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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
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第172話 調和の光

 琴音の音響爆弾によって、ファントヴォルフの幻影がキャンセルされた。まだ耳に先ほどのノイズ音が残っていて、少し音が聞き取りにくい。

 八雲も耳をさすりながら、ファントヴォルフが消えたことに驚いていた。


「ざっけんなよオォ!!」


 ニコロが琴音に殴りかかる。琴音は短剣でニコロの爪を弾き、苦無を放ちながら避けた。ニコロが腕で打ち落とした苦無が床に刺さる。

 琴音は攻撃を止めない。次々と苦無や手裏剣を撃ち出し、そのたびにニコロが弾き落とす。


「あービックリしたぁ。まだちょっと耳の奥がキーンってなってるぜ」


「クウン」


「はーあ、あの幻覚を見破ったのは褒めてあげるけど、でも根本的解決にはなってないからねんぐろいど。時間も無いことだしさっさと死ぬのがよろしーべるてぃか」


「やなこった!!」


 琴音の音響爆弾によって一時的に足を止めていたセファン、サンダー、ガブリールが戦闘を再開する。今度は追いかけっこではなく、ガブリールが攻撃を始めた。

 素早い動きでガブリールが切りつけてくるのをセファン達はギリギリで躱している。


「おいユウ、ぼーっとあいつらの戦い見てる場合じゃねえぞ。俺らも早くこの亜空間を解除しないとビアンカ達が……」


「そうだな。彼女らを死なせてたまるか」


 幻影も解除できたことだし、きっと琴音達は大丈夫だ。それよりも、自分たちが閉じ込められている亜空間を何としても壊さなければならない。砂時計の砂はもう四分の一。八雲達の死へのカウントダウンが刻々と進んでいる。


「でも一体どうしたらいいんだ!? どんだけ攻撃してもダメだし、思いつくことはやり切っちまった。時間がもう無えってのに……!!」


「最大出力で攻撃すれば、もしかしたら壊せるか……?」


「でも力出し切っちまったら、その後が困るだろ? 亜空間を出られたところで、向こうにはギルベルトだけじゃなく竜の鉤爪のボス達もいる。俺とユウがガス欠になっちまったら、たぶん全員でここから逃げることはできねえ。そしたら皆殺される」


「だよな……」


 向こうには八雲達が人質に取られている上に強敵が四人もいる。扉の近くに立ち止まってずっとぶつぶつ独り言を言い続けているハインツが戦闘に参加しなかったとしても三人だ。

 力を使い切った状態であの三人を翻弄しつつ、ビアンカの憑魔ドゥルジを抑えながら人質全員を連れて逃亡……無理にも程がある。


「いや、でも考えてる暇は無え! 取り敢えず攻撃するぞ!!」


「あぁ!」


 もしかしたら、攻撃を続けていればそのうち壁に限界がきて壊れるかもしれない。……ギルベルトのあの余裕の表情と残り時間の少なさから、かなり希望的観測だが。


「ユウ……変なこと考えんなよ? もし皆のために自分が死ぬとか言い出したら本気で怒るからな」


「大丈夫、そんなこと考えてないよ。俺かレオン、どっちかが死んでここから出るなんてごめんだ」


 もし八雲達に出会っていなかったら、俺は死ぬことを選んだかもしれない。俺と違ってレオンには家族がいる。それに、彼が余力を残していれば、この場から家族全員で逃走できる可能性が高くなる。ならば、俺は犠牲になろう、と考えたかもしれない。

 だが、今の俺には仲間がいる。俺が傷つけば皆が心配してくれる。ここまでついてきてくれた仲間達を、ここで裏切る訳にはいかないのだ。彼女らを悲しませてはいけない。八雲を、泣かせてはいけない。


「だから、何としても二人でここから出る!!」


 宝剣に氣力を込める。灼熱を纏う剣で壁を斬りつけた。相変わらず無傷だ。

 しかし俺もレオンも諦めずに攻撃を続ける。


 一方、琴音とニコロはまだお互い引かずに攻防を繰り広げていた。ニコロの足元には、撃ち落とした苦無や手裏剣が突き刺さっている。彼はチラリと砂時計の方を見た。


「あーやっべ、そろそろケリ付けねえとなぁ!? ったく、ちょこまか動くんじゃねえよ女ァ!」


「安心してください。ケリはすぐに着くと思いますよ?」


「アァ?」


「……そろそろ大人しくしてもらいましょうか」


「何言って……ッツ!?」


 琴音が薄暗い笑みを漏らした瞬間、ニコロがふらつく。ニコロは頭を押さえ、苦しそうに唇を噛み締めながら、足に力を入れて倒れない様に踏ん張った。唇から滴る血と共に、涎が垂れる。


「うぅ……何だァ、頭が痛え、クラクラする……てめえ、何しやがった」


「さすがキメラ、効くまでだいぶ時間がかかりましたね。この短剣には毒が塗布してあります。少し掠っただけで大抵の者はすぐ昏倒しますよ」


「な……まさかこれか……!!」


 ニコロが唇のかすり傷を押さえる。そして目が血走った。


「ふざけんな!! こんなもんでオレが倒されるかよオォ!!」


 怒りに顔を歪め、咆哮するニコロ。琴音を襲おうと爪を振りかざそうとした。


「無駄ですよ」


「!?」


 ニコロの動きが止まる。大きく振り上げた腕が、踏み出そうとした足がその場で固定され、ニコロは驚いて目を大きく開いた。


「あなたの体は毒に犯されていて、もう本来の力を出すことはできません。大人しく私の糸に捕まっていなさい」


「な、んだと……!?」


 ニコロが自身の手足を見る。彼の手元で何かが光を反射した。よく見ると、そこには非常に見えづらい糸が絡みついており、その端は足元に突き刺さった苦無の柄に括り付けられている。そう、彼の手足には細い糸がいつの間にか巻きつけられ、それで拘束されていたのだ。

 恐らく琴音が投げた苦無や手裏剣全てに糸が括り付けられており、ニコロがそれを弾く度に糸が体に巻き付いていったのだろう。苦無の柄についている輪や手裏剣の中央の穴には、ご丁寧にペグの様なものが打ち込まれていて、苦無等が簡単に抜けないための細工まで施してある。


「ハッ! だがてめえの力じゃオレには傷一つ付けられねえだろうが!!」


「えぇ、確かに私の力では足りませんね……私の力では」


「……?」


 ニコロが訝しげに琴音を見る。

 直後、琴音が跳躍した。その影から現れたのは────サンダーだ。

 岩の鎧を着たサンダーがニコロの目の前で巨大化する。大きく開いた口から多数の凶暴な牙が覗いた。セファンの氣力を流し込まれて強化されている。

 それを見てニコロは戦慄した。


「なっ!? てめえらっ……!!」


「ガウウウ!!!」


 サンダーの鋭い牙がニコロの腹に突き刺さる。抵抗できないニコロの腹から鮮血が噴き出した。


「あああああああ!!」


 巨大化したサンダーは軽々とニコロの体を持ち上げ、振り回す。床から外れた苦無や手裏剣が、糸で繋がったニコロと共に揺られた。


「なっなんてことしやがるんですかいらるでぃあー! ちょっとチビちゃん邪魔っ」


「うおおっと」


 ニコロの様子を見て驚いたガブリールは、セファンをナイフで威嚇しながらニコロの元へと走ろうとする。すると彼の目の前に琴音が出現した。


「げっ!?」


「セファン、交代です!!」


「おーよ!!」


 ニコロの救援に入ろうとするガブリールの前に立ちはだかり、妨害する琴音。琴音が投げる苦無を慌ててガブリールは躱し、そして後方へと逃げる。それをまた琴音が追う。

 セファンは琴音の隣を反対方向に駆け抜け、サンダーの元へと向かった。


「チッ! なんて小賢しい奴らなんだよはねすくっ! でもでもぉ、ニコロんはあの程度じゃまだやられたりしないよーだますかんっ」


「はい、知ってますよ」


「!?」


 サンダーがニコロを投げ飛ばした。狼男の体が壁に打ち付けられ、鈍い音が鳴る。壁に真っ赤な軌跡を塗りたくりながらニコロが床へとずり落ちた。白目を剥きながらうつ伏せに倒れる。

 彼の肩から腰にかけて、たくさんの大きな穴が牙によって開けられており、大量の血が流れ出して銀色の毛皮が染められている。恐らく内臓のほとんどが損傷しており、もう戦うどころか立つこともできないだろう。かろうじて息をしている状態だ。

 サンダーは体をブルブルと振り、大量についた返り血を飛ばす。ちょうど近くに来たセファンがその血を浴びて、うわっと小さく声をあげた。そしてニコロの方を見る。


「俺……テオルの時のこと覚えてんぞ。キメラって宿主が瀕死状態になると、中の獣魔が出てくるんだよな」


「あやー、知ってたのねーぱるらんど」


「全く、本当に悪趣味な実験です」


 琴音がそう言った直後、倒れたニコロの体がビクンと動いた。その動きに合わせてセファンも肩をビクっと上げる。


「う……きやがったな……!」


 痙攣するニコロの背中に亀裂が入った。赤黒い血を垂れ流す体がバックリと割れ、中からゆっくりと銀色の毛並みが姿を現わす。

 宿主以上の体積がある獣魔がどうやって埋め込まれていたのか、理屈はよく分からないが、先ほどの幻影と同じファントヴォルフがニコロから生まれ出た。彼の血で毛がところどころ赤く染まっている。

 ファントヴォルフはブルブルと体を振った後、大きく口を開けて首を垂らした。


「げ、やっぱりお前ら宿主食うのかよっ!!」


「八雲、ビアンカ、見るな!」


「っ!」


 俺の声に反応して八雲達が亜空間から目をそらす。サンダーがセファンの前に立ちはだかり、彼の視界を塞いだ。

 直後、嫌な咀嚼音が響く。


「はぁ、ニコロんが居なくなっちゃったのは残念だけどぉ、でもこれでチビちゃんとワンコには勝ち目が無くなったんじゃないかなたでっこー」


 セファンはサンダーに背を向け、琴音から逃げるガブリールを睨みつけた。そしてガブリールを指差す。


「舐めんじゃねーよ、馬鹿」


 言い放った後、セファンはファントヴォルフの方へと向き直る。サンダーがどいた先にニコロの姿は跡形も無かった。

 そこにいるのは、毛を逆立てて唸りを上げるファントヴォルフだ。口元を赤に染めながら牙を鳴らし、大量の涎を垂らしながら、黄色く鋭い目でサンダーを睨みつけている。


「セファンの言う通りです。舐めてもらっては困りますね」


「はぁ!? 何でそんな余裕ぶっこいてんのか、意味不明だしるくろん!」


 琴音が短剣を振る。ガブリールはヒラリと躱した。琴音は更に畳み掛ける。

 短剣で斬りつけ、苦無で突き、手裏剣で刺す。しかしそのどの攻撃もガブリールはギリギリで回避する。


 そして彼が琴音から距離を取るために踏みきろうとした瞬間──犬の悲鳴が聞こえた。

 咄嗟にガブリールはファントヴォルフの方へと視線を移し、視界に入った光景を認識して驚く。その隙に琴音が彼の左腕を斬りつけた。


「ぐぅ!!」


「先ほど、あなたはセファン達に勝ち目がないと言いましたね? でもそれは逆です。セファン達がニコロに苦戦していたのは、ニコロが頭を使って的確に対処していたからです。理性のないただの獣魔など……セファンとサンダーの敵ではありませんよ」


 琴音の後方では、サンダーの前に倒れるファントヴォルフがいた。前足を大きく引き裂かれ、喉元には噛み跡がある。銀の毛皮が更に赤く濡れていた。


「ちっ! あの役立たずがーでぃあるざす!!」


 斬りつけられた腕を押さえながら飛びずさるガブリール。すると、琴音が何かを引っ張る様に腕を動かした。


「もう逃がしませんよ」


「ぎゃふっ!?」


 琴音の腕の動きに合わせて、ガブリールの体が彼女の方へと引き寄せられる。ここからでは良く見えないが、どうやら彼の腕には糸が括り付けられているらしい。琴音がさっき斬りつけると同時に糸を巻きつけたのだろう。

 ガブリールは体を引っ張られながらも、左掌を琴音に向ける。だが琴音は、迫るその左手首を横から掴み、勢いを利用して彼の体を床に叩きつけた。

 そして短剣を突き立てようとしたその時──。


「うおりゃっ!!」


「!!」


 ガブリールが右手を懐に伸ばし、そして何かを取り出して琴音に投げつけた。琴音は反射的に腕でガードする。

 投げられた試験管が割れ、彼女の腕に液体がかかった。


「っこれは……!」


「油断大敵なのだーるめにあん! ガブの硫酸のお味は如何かないちんげいらっ」


 液体がかかった部分の服がジュウウと音をあげながら解ける。溶けた服の下から、沁みた硫酸の影響で赤くなった皮膚が覗いた。琴音が痛そうに顔を歪める。

 ガブリールはその隙をついて琴音の腕を振り払い、素早くナイフで糸を切断する。そして飛びずさりながら複数の試験管を取り出した。あれらに入っているのもきっと硫酸だ。


「どろどろに溶けちゃえーんげるけいっ!」


 琴音に向かって発射される試験管。短剣で破壊すれば中身が飛び出て体にかかる。離れた位置から苦無等で打ち落とすか、避けるのが正解だ。

 しかし琴音はその場を動かない。その様子を見てガブリールが眉をひそめた瞬間。


「そんなもんが効くかあーっ!!」


「なぁっ!!?」


 ガブリール前に飛び込んできたのはサイズを元に戻した鎧サンダーだった。いつもの様な頭部、背などのみを覆った部分的な鎧ではなく、全身をガッチリ岩でコーティングしている。目、鼻、口内だけが唯一鎧を被っていない。パッと見、岩が動いている様だ。

 サンダーは試験管を尻尾で叩き割る。ガラスが割れる音がして、中身が噴出し、サンダーの尾と背に液体がかかった。しかし鎧は音を立てて溶けることは無い。

 そしてサンダーは勢いよくガブリールに飛びかかった。怯んだガブリールは避けることができず、サンダーの前足に押されて床に叩き付けられる。サンダーが馬乗りになった。


「っなにすんだあーーーっ!!」


 中性的な少年の顔が似ても似つかぬ鬼の形相となり、他者の細胞を破壊する左手を鎧犬へと伸ばす。彼は叫びながら、犬の胸へと触れた。


「死ねええぇーーっ!!!」


 目が血走り、歯をむき出し、声を荒げて左手に力を入れるガブリール。

 しかし──サンダーの体に変化は訪れない。サンダーは平然と少年を見下ろしていた。ガブリールは呆然として左手を離す。


「な、なんで……?」


「あなたの壊死能力は、生きている他者の細胞を破壊するというものですよね? 今サンダーが着ている鎧は生きていない無機物です。あなたの力では破壊できませんよ」


「っ!!」


 ガブリールの左手に苦無が刺さり、床に打ち付けられる。同時に右手も苦無に貫かれながら床に固定された。サンダーが彼の上から退き、脇に琴音が立つ。


「まさか……最初からこのつもりで相手を交換したのかっとれいや……?」


「勿論。では、時間が無いので失礼します」


「!!!」


 琴音の短剣が、ガブリールの喉笛を掻き切る。大量の鮮血が噴出した。少年の体が痙攣する。


「おいユウ、やべぇ、やべえぞ時間が……!!」


「くそ、やっぱり最大出力で攻撃するしか……」


 琴音がガブリールを屠ったところを横目で確認しながら、レオンが呟く。俺は砂時計の方へと視線を移した。

 砂はもう、ほぼ落ちている。残り時間はあと一分、いや、あと数十秒だ。

 切迫感が増し、冷や汗が垂れ、鼓動が速くなる。


「ダメだ、こうなったら俺が……」


「よせレオン! 二人でここから出るって言ったじゃないか!」


 焦燥感に駆られて、レオンが剣を自身の首に突き立てた。俺は慌てて彼の手を止める。


「だってこのままじゃビアンカと父上と母上が!!」


「それでもレオンが死んだら意味が無いじゃないか!!」


「俺は家族が助かればそれで良い! それにユウが生き残った方が、ここから逃げられる確率は高い!!」


「何言ってるんだ馬鹿!!」


「落ち着いて二人共! オルトもレオンさんも死ぬなんてダメよ!」


 俺の手を必死に振り払おうとするレオン。俺達が揉み合っている姿を見て八雲が叫んだ。隣ではビアンカが涙目で震えている。


「セファン、こっちに来てください!」


「お、おう」


 琴音はガブリールの両手に刺さっていた苦無を抜き、そして彼の左手を片手で掴む。そして勢いよく持ち上げ、砲丸投げの要領で一回転振り回した後、手を離した。放り出されたガブリールの体は、横たわるファントヴォルフの腹の上に落ちる。ガブリールの目からは、生気が消えかけていた。

 セファンとサンダーが琴音の後ろに隠れる。琴音は自身の前に水の膜を張った。そして、黒い玉を五つ、ガブリール達の方へと投げる。


 黒い玉──爆弾がファントヴォルフの腹に当たった瞬間、大きな爆発が起こった。一つ目の爆破によって残りの爆弾も連続して爆ぜ、亜空間内を真っ赤な爆炎が蹂躙する。

 琴音は自分たちを水泡で包み、水の膜との二重の防御で炎をやり過ごす。セファンとサンダーが必死で息を止めていた。

 そして、亜空間の壁がバリィンと音を立てて粉々に割れる。半透明の欠片が、キラキラと光を反射しながら落ちるにつれて消滅した。


 これで、あちらの亜空間は消滅した。あとは俺達がここから脱出するだけ──


「頼むから死なせてくれええ!!」


「ダメだ!!」


 狂乱気味になるレオンの手足を凍らせ、動きを封じて自害できない様にした。そして全身に氣力を巡らせる。

 もう時間が無い。砂が途切れかける。あと十秒、あるだろうか。


「頼む、壊れてくれ!!」


 最大パワーで氣術を放った。振られた宝剣から、三匹の炎の竜が出現する。

 轟々と唸りながら熱風を撒き散らし、壁の一点目掛けて畝り迫る火竜。竜達がぶつかった衝撃で壁が振動した。


「うおおおお!!」


 猛火が壁を焼き尽くそうと暴れる。大量に火の粉が散り、熱風の渦が派生し、亜空間の中が熱気に包まれた。

 あかい竜達の灼熱が、壁に大ダメージを与え続ける────しかし、壁は壊れない。


「そんな……!!」


 これでもまだ、出力が足りないというのか。絶望感が背中を駆け上がる。

 上のガラス球から消えゆく小さな砂。白い粒は細い管を通り、通り抜けて落ち、積もる。


 その時。



 ──砂が全て、落ちた。



「時間切れだ、ユウ君」


 ギルベルトが卑しく笑う。血の気が引いた。

 途端、世界がスローモーションで動く。


 ビアンカの憑魔ドゥルジが、鋭利な影の切っ先を八雲達へと走らせる。ジゼルが八雲を庇おうと動く。

 全身ずぶ濡れの琴音が八雲達を救おうと走る。距離が開いているため、きっと間に合わない。

 レオンとセファンが悲痛な声で叫ぶ。ザウルとジェラルドは残念そうに視線を落とす。


 あぁ、俺にもっと力があれば。亜空間を破り、憑魔ドゥルジを排する力があれば。

 このまま全てを失うだなんて御免だ。頼む、お願いだから俺にこの状況を変える力を──





 ────強く念じてください、焔瞳ブレイズアイズ




「────!!」



 脳内に響く、聞き覚えのある透き通った声。

 咄嗟に頭に浮かんだ言の葉を、俺は叫ぶ。





「ハルモ・ヴィクス!!」




 直後、目の前が真っ白い光に包まれる。

 光の中から何かが出現し、物凄い速さで亜空間の壁へと駆けた。それは火竜達が攻撃している壁の一点へと突進する。

 それが火竜の体の中に突っ込みながら壁にぶち当たった瞬間、亜空間の壁全体が弾けた。


「なっ……!?」


 目を丸くするギルベルト。粉々になった壁の微細な欠片が、火竜の熱風によって吹き飛ばされる。


 壁を完膚なきまでに破壊した犯人は、猛スピードで八雲達の元へと向かう。

 憑魔ドゥルジの凶器の先端はジゼルの目の前だ。もう、間に合わない。

 だが次の瞬間、目を瞑る八雲とジゼルの前に結界が出現した。八雲が咄嗟に出した、分厚い壁だ。

 影は結界に突き刺さる。刺された部分に亀裂が入るが、ギリギリ貫通はしない。

 そのほんの一瞬の時間稼ぎのお陰で、八雲の近くに辿り着く金色の毛並み。

 九本のしなやかな尾を揺らしながら、それは発光した。


「きゃあああっ!?」


 大きく響くビアンカの悲鳴。眩しさで、腕で目を覆うギルベルト達。

 優しいその光がローウェンス一家を明るく照らすと、彼らの背中から黒い影が逃げる様に出た。その体から排出された憑魔ドゥルジ達は、強い光に負けて消滅する。


 光が止み、八雲、ビアンカ、レオンがその場にへたり込んだ。そして驚いた表情で目の前の獣を見つめる。



『ようやく名を呼んでくださいましたね、焔瞳ブレイズアイズ



 そこには、金色の毛皮を纏った、九本の尾をもつ狐の獣魔がいた。





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