第171話 ファントヴォルフの特殊能力
亜空間を作る壁を構成する氣力が部分的に弱い箇所を集中攻撃しても、そこには傷一つ付かない。氣力を直接流し込んで破壊しようとしてもダメだった。
ならば床をぶち抜けば下階に逃げられるかとも思ったが、何と床下にもう一枚の壁が設置されており、それは叶わなかった。
砂時計の砂は、もう半分以上落ちている。時間が無い。
このまま脱出方法が見つからなければ、八雲達が殺されてしまう。
サラサラと優雅に落下する砂を見て焦燥感に駆られていたその時、狼の大音量の遠吠えが聞こえた。あまりに大きな声だったため、刹那、目を瞑ってしまう。
驚いてセファン達が閉じ込められている亜空間の方を見ると、そこにはセファン達の他に、約二十頭もの大きな狼の獣魔が出現していた。
「何だ……!?」
つい先ほどまで、そこにいたのはセファン、琴音、サンダー、ガブリール、ニコロの四人+一匹だったはずだ。
それが今、ニコロを囲う様にして、四足歩行の獣魔達が唸り声をあげながら琴音を睨みつけている。
固そうな銀色の毛並みに黄色く鋭い目、長く伸びた爪と牙。姿形からして、恐らくニコロに埋め込まれているのと同じ獣魔だろう。
ニコロより一回り大きい獣魔が多数出現したことによって、亜空間内が少々窮屈に見える。
「おいおい、何だよいきなり!? めっちゃ獣魔でてきたぞ!? まさか……琴音と同じ召喚の能力でも持ってんのか!?」
「……いえ、それとは何だか違う様な気がします」
「じゃあ一体何なんだ? 遠吠え聞いて瞬間移動でもしてきたのか!?」
「……」
「ハッハァ、驚いてるみたいだなぁ! よーし、てめえらやっちまえ!!」
ニコロが手を振り上げると同時に狼の獣魔達が琴音に襲いかかる。凶悪な爪が一斉に琴音へと降り注いだ。
「──!?」
琴音は顔をしかめながらお得意の大ジャンプで華麗に獣魔達を躱す。そして空中で手裏剣を投げた。
放たれた十ほどの手裏剣は獣魔の背に当たるが、ニコロの毛皮同様に硬く、キインと金属音を立てながら手裏剣は弾かれた。獣魔達は踵を返し、琴音の予想着地点へと走る。
「はっ」
琴音は手榴弾を投げる。獣魔達が着地点に辿り着く前に、彼らの群れの中に爆弾が投げ込まれ、そして爆ぜた。爆炎と爆煙に琴音と獣魔達が飲み込まれる。
すると琴音が煙の中から飛び出た。煤を少し被りながら着地して爆破地点を睨みつける。
次の瞬間、煙の中から一頭の獣魔が勢いよく出てきた。大きく鋭い牙が琴音に迫る。
「くっ!?」
琴音は咄嗟に苦無二本でガードした。両手に握られた苦無で噛みつこうとする獣魔の口を無理矢理こじ開けている。
しかし巨大な獣魔の力はかなり強いらしく、琴音の腕がどんどん押し負けていく。
あと少しで琴音の腕が噛み千切られそうになった時、彼女は素早く苦無を離して飛び退いた。獣魔の口は空気を噛み切り、苦無が床に落ちる音がする。
「おい琴音、大丈夫かー!?」
「あらー、仲間の心配してる場合じゃないよーくしゃーてっと」
琴音の対角線上では、セファンとガブリールが依然追いかけっこを続けている。セファンに少しずつ疲労の色が見え始めていた。
「……妙ですね」
琴音がゆっくりと消えつつある爆煙を見ながら顔をしかめる。煙の中からは再び二十の獣魔が現れた。爆発の中心部にいたにも拘らず、傷一つ負っていない。
琴音がチラとこちらを見た。その視線に気づいてレオンも俺を見る。
「何だ? こっち見てんぞ?」
「……何か変だな」
「は? 何が?」
「あの獣魔達。……違和感がある」
「違和感? 突然現れたことか?」
「それもだし、あとあの綺麗な状態で保たれてる体とか」
「あいつら綺麗か? 毛並みもボサボサだし体もゴツイぜ? 騎士団の馬の方が俺にはよっぽど綺麗に見えるけど」
「そういう意味じゃないよ。俺もあいつらが綺麗だとは思ってない。どっちかと言えば汚らわしい」
「酷えな」
「えーと、じゃなくて、綺麗って言ったのは傷どころか汚れも付いてないって意味。いくらあの毛皮が頑丈だからって、あの爆発で煤ひとつ付いてないのはおかしいんじゃないか? 琴音だって煤をかぶっているのに」
「そいやそうだな。あんな至近距離で爆発があったのに、塵一つ付いてねえな」
「登場の仕方も謎だし、何かあの獣魔にはカラクリがあるんだと思う。琴音の召喚とは別物となると……なんだろうな」
俺は琴音に向かって頷く。すると琴音も小さく頷いた。恐らく琴音も今、同じ疑問を抱いている。
「何見つめ会ってんだーァ? お前らそういう関係カァ?」
ニコロが琴音に殴りかかった。琴音が避けた先で、回り込んだ獣魔が待ち構えている。
噛みつこうとした獣魔の口を琴音はヒラリと回避し、苦無を投げながら距離を取る。他の獣魔達が更に追撃してくるが、琴音は軽々と躱していく。だが、大怪我の影響で彼女の顔色は優れない。あまりこの戦いを長引かせるのは危険だ。
するとふと、脳裏に先ほどの琴音の戦闘の光景が浮かぶ。
「……そういえばさっき、琴音が投げた手裏剣が獣魔に当たって弾かれた時、硬い音がしたよな?」
「ん? あぁそうだっけ?」
「ニコロの毛皮に琴音が攻撃した時はそんな音はしてなかった。それに毛の見た目からしても、頑丈だからと言ってもあんな金属音が鳴るようには思えない。手裏剣は……何か別の硬い物質に当たったんじゃないのか?」
「じゃあ、あの獣魔の特殊能力か? 体を硬化できるとか、バリア張れるとか」
「手裏剣の時そんな様子見せてなかったと思うけど……」
突如現れた二十頭もの獣魔、全く汚れの付かない体、そして金属音……。
「きっとあいつらってニコロの中にいるのと同じ獣魔なんだよな。そういえば、あの姿形の獣魔、何かで聞いた様な気が……」
隣のレオンが首を傾げた。俺は記憶を掘り起こす。
どこかであの銀色の毛並み、黄色く鋭い目をもった狼の獣魔の話を聞いた気がする。
どこだ。いつ聞いた。思い出せ。
ユニトリクにいた時か? いや、そこまで昔の話では無い。
アリオストにいた時か? いや、聞いたのはリアトリスの屋敷でも無ければ騎士団の詰所でも無かったはずだ。それにもう少し大人になってからだった気がする。
ではキャラバンに入ってから──
「────あ!!」
「ユウ、どうした!?」
俺は顔を上げ、琴音を見る。彼女は獣魔達の攻撃を回避している最中だ。
「琴音!! そいつらは幻え……」
「ダメだよ、ユウ君」
「!!」
琴音の視線がこちらに向いた瞬間、壁が一瞬光る。そして急に辺りが静かになった。何事かと玉座の方に目を向けると、ギルベルトが首を振りながらこちらを見ている。
亜空間内にも壁にも見た目上の変化は見られない。しかし、明らかに先ほどと違うのは、周囲が静寂に包まれていることだ。その意味を察して俺は愕然とする。
「何だ!? 急に聞こえなくなったぞ……?」
「音が……遮断された」
「そう、その通りだよユウ君。ゲームに横槍を入れるのは良くない。君達は君達のゲームに集中しなさい」
ギルベルトの声が亜空間内に響く。彼の声だけはここに届くらしい。
俺はギルベルトを睨みつけた。
「あぁ、全く外の音が聞こえないというのは不便だし面白くないかな? じゃあ、外の音は届けてあげよう。君達の声は亜空間外には届かないがね」
ギルベルトがパチンと指を鳴らす。すると、静寂に包まれていた空間内に音が入ってきた。琴音達が戦う音だ。
「さぁ、ユウ君とレオン君はどちらが死ぬか早く決めたまえ」
「く……!!」
砂時計の方へと視線を移す。残りはもう三分の一を切っていた。
琴音は獣魔の攻撃を躱し切り、距離を取ってこちらを見る。
「琴音、そいつらは幻影だ! 攻撃しても当たらない! ニコロを倒せば獣魔は消える!」
「……」
俺は叫ぶが、やはり壁によってこちらの亜空間内の音が完全にシャットアウトされており、声は届いていないらしい。琴音は息を切らしながら難しい顔をしている。
「くそ、せっかくあの獣魔の正体が分かったってのに……」
せっかく突破口が見えたところを、ギルベルトにまんまと潰された。彼は嫌味に笑んでいる。
俺は悔しくて壁を叩いた。壁はビクともせず、鈍い痛みが拳に走る。
すると──琴音が小さく頷いた。そしてすぐさま振り返り、獣魔達へと攻撃を始める。俺とレオンは目を見合わせた。
「……もしかしてあの姉さん、ユウの言ってること通じたのか?」
「どうだろう。音は聞こえてないはずだけど……もしかして口の動きで察してくれたか?」
琴音は読唇術が使えたはず。彼女とは距離があるのでちゃんと読めていたかは微妙なところだが、あの表情からして何かしらの解決策を思いついた可能性は高い。
「てかあれが幻影ってどういう意味だよ?」
「レオンはファントヴォルフって知ってる?」
「ファントヴォルフ? あー……何か聞いたことあるな。相手に幻を見せる獣魔だっけ? ……ってそれがあの獣魔なのか!?」
「うん。俺が前キャラバンにいた時に獣魔に詳しいメンバーから聞いたんだけど、ファントヴォルフってのは銀色の毛に黄色い目を持つ大きな狼型の獣魔なんだって。音で敵の脳の一部を麻痺させて、幻覚を見せるらしい」
「音で?」
「あの二十頭のファントヴォルフが出る直前、ニコロが大音量で遠吠えしたろ? あれがたぶんトリガーだったんだ」
「え、じゃああの馬鹿でかい遠吠えを聞いたせいで、俺達は二十頭のファントヴォルフの幻影を見せられてるってことか!?」
「そういうこと。それなら急にファントヴォルフ達が現れたのにも説明がつくし、実際にはそこにいないんだから煤を被らないのも分かる。手裏剣が当たった時の音が変だったのは、実際は手裏剣は床に当たって跳ね返っていたからだ。幻に物理的に触れることはできないからね」
「でもさっき、姉さんは苦無でファントヴォルフの牙を受け止めてたぞ?」
「それはたぶんニコロが幻影に隠れて攻撃してたんだ。あいつ、二十頭の実態のないファントヴォルフに紛れて琴音を狙い撃ちにきてる」
「自分は幻に隠れて攻撃か! 卑怯な奴だな!」
レオンが憤慨して壁を叩く。その視線の先では琴音がファントヴォルフ達と戦っていた。攻撃はせず、ひたすら牙と爪の猛攻を避け続けている。
すると琴音は突然、動きを止めて目を閉じた。俺達はその行為に驚いて目を見開く。
「琴音!?」
ここぞと言わんばかりにファントヴォルフ達が飛びかかった。前後左右から鋭い凶器が琴音の首を刈り取ろうと迫る。
琴音は微動だにしない。幻影だと分かって避けるのを止めたのだろうか。だがあのファントヴォルフのどれかに紛れてニコロが攻撃してくるはずだ。無防備はマズイ。
しかし次の瞬間。
「──そこですね」
硬いもの同士がぶつかる鋼音がした。
琴音は静かに目を開く。
「ぐぇ……て、めぇ……!」
琴音の斜め後ろには牙をむき出しにしたニコロがいた。その牙は短剣で受け止められ、同時に出していた爪もまたもう片方の苦無で受け止められている。牙を止める直前に短剣が触れたのか、ニコロの唇からは血が出ていた。
あの短剣──柄の模様が、天音が所持していたものと似ている。
「何でっ……バレたんだっ……!」
「最初から妙だとは思っていたんです。獣魔は目の前にいるはずなのに、気配を感じられないだなんて。まぁオルトの言葉で確信に変わりましたが。あとは、視えるものに惑わされずに気配を追えば、自然とあなたの居場所が分かる訳ですね」
ニコロはすぐさま飛び退き、そして琴音を睨みつけた。血が滴る唇を拭う。
「へっ! だが幻影を見破ったところで攻撃手段が無いんじゃお前に勝ち目はねえよナア!?」
ニコロは琴音へと腕を突き出す。鋭利な爪が琴音の腹を狙った。
琴音は素早く跳躍し、そしてニコロに向かって手榴弾の様な何かを投げつけた。彼は迫り来るそれを爪で引き裂く。
見事に投げられたそれが真っ二つになった瞬間。
「「「ああぁ!?」」」
キーンという、耳を刺す鋭いノイズ音が鳴り響く。音の発生源間近にいるニコロはもちろんのこと、そこにいる琴音以外の全員が思わず耳を塞ぎ、目を瞑る。
そして目を開けた直後、皆が目を見開いた。
「ファントヴォルフが……消えた」
隣で唖然とするレオン。先ほどまで琴音の周囲にいたファントヴォルフ二十頭は、跡形もなく消えていた。
そしてレオン以上に唖然としているのはニコロだ。
「てめぇ……やりやがったなオイ」
耳元を掻きながら青筋を立てるニコロ。その鋭い眼光の先にいるのは、すまし顔の琴音だ。
彼女は鋭い短剣の切っ先をニコロに向ける。
「さぁ、これで元通りです。師匠の形見で討ち取って差し上げますよ」




