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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
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第170話 チーム戦

 二つの亜空間内で鳴る金属音。一つの空間ではセファンと琴音が狼男と変態科学者と交戦中、もう一つの空間ではオルトとレオンさんがそこから抜け出そうと剣撃や氣術で壁へ攻撃している。

 私達はその様子を唇を噛み締めながら見ることしかできていない。


 セファンと鎧サンダーは主にニコロと戦闘中だ。狼の割合を多くしたニコロの爪と牙、そして咆哮は強力だが、セファン達だって負けていない。的確に相手の動きを見切り、体術と氣術を使い分けて攻撃している。対するニコロも相当武芸には秀でているらしく、その表情からは余裕がうかがえた。


 琴音はガブリールと対戦しているが、こちらは戦うというよりはガブリールが逃げ回っている感じだ。本人も言っていた様にガブリールは戦闘が得意ではないらしく、ひたすらその素早さを生かして琴音の攻撃から逃れている。彼の速さは琴音と競り合うくらいなのでかなりのものだ。

 琴音は苦無や手裏剣、そして爆弾などを使用してガブリールを討ち取ろうと攻め続けているが、中々当たらない。もう少し近くまで踏み込めば当たるのかもしれないが、ガブリールの壊死を警戒しているのか接近戦には持ち込みたくないらしい。

 ちなみに風太丸は既に帰していた。


 一方、オルトとレオンさんは亜空間の四方の壁を触って調べた後、ある一点目掛けて集中攻撃を始めた。部分的に強度が低い場所があったのだろう。二人でひたすら壁を攻撃している。

 しかしギルベルトはそれを気にも留めていない。あそこを集中攻撃されたところで痛くも痒くもないということだろうか。


「お兄ちゃん……」


 隣でビアンカさんが涙目でレオンさんを見ている。足が震えていた。

 もし砂時計の砂が落ち切るまでに亜空間を解除できなければ、彼女に憑いた憑魔ドゥルジが両親、ジゼルさん、そして私を貫くのだ。恐ろしくてたまらないに違いない。

 ……私だって、この状況が恐ろしい。


 すると、謁見の間の扉が開いた。男が二人、入ってくる。


「やぁ、ザウル殿。調子はどうかな?」


「あぁ、ようやく力が馴染んできたで。特に拒絶反応も出とらん」


「それは何よりだ」


「ところでユニトリク王、これは一体どういう状況なのですかねっ? 我々が一休憩しているうちにとんでもなく面白いことが始まったみたいですが」


 ジェラルドが二つの亜空間を眺めながら尋ねる。その表情は嬉々としていた。


「ゲームだよ。この砂時計が止まるまでにどちらか一方が死ななければ、亜空間は解除されずベルトラム達は死ぬ。ユウ君達は同士討ちの形になるね」


「なんや、てことはエルトゥールと琴音はここで死ぬかもしれへん言うことか」


「ふむ、まぁそういうことになるね。それだと公開処刑ができなくなってしまうが、まぁその場合は首を晒すという形でどうだろうか?」


「……ホンマは団員の前で苦しみながら死にゆく様を見せたかったんやけどなぁ…………まぁ、あんたには借りがあるからそれで飲み込んどくわ」


「ありがとう、ザウル殿」


 渋々、という感じでザウルは承諾するが、ギルベルトを一瞥するその視線は冷たい。明らかに殺気立っていた。余程、オルトと琴音を竜の鉤爪団員の目の前で惨殺したかったのだろう。


「ということでレオン君、心置きなくユウ君を殺してもらって構わないよ。あぁ、首だけはちゃんと残しておいてね」


「ふっざけんなよ馬鹿野郎!!」

「ちょ、レオン落ち着いて! 的がズレてる!」


 オルトと共に壁への攻撃を続けているレオンさんの一手が逸れた。狙いとは全く別の個所に斬撃が当たる。

 彼は青筋を立てながらギルベルトを睨みつけた。


「くっそ、余裕ぶっこきやがって……!!」


「レオン、冷静になろう。きっと二人でここから出られる」


 オルトは攻撃を止め、ギルベルトを見る。そして亜空間の中を見回した。未だ、集中攻撃をした箇所には傷一つ付いていない。

 オルトは難しい顔をする。他の脱出方法を思案しているのだろう。レオンさんは小さく舌打ちをした。


「ぐあぁっ!」


 するとその時、悲鳴が聞こえた。セファンだ。

 私がはっとしてもう一つの亜空間を見ると、セファンが片膝を付いて痛そうに肩を押さえていた。左肩を押さえる右手の指の隙間から血が滴っているのが見える。


「セファン、大丈夫!?」


「っ問題ねーよ!」


 セファンはこちらを見て引きつった笑みを浮かべた後、大きく飛び退く。すると彼がたった今いた床に、飛びかかってきたニコロの強靭な爪がめり込んだ。


「ガウ!!」


「おっとぉ!」


 爪が突き刺さり、ニコロの動きが止まった瞬間を狙ってサンダーが噛みつきにかかる。しかしニコロは力任せに無理矢理爪を引き抜き、身を捻って躱した。

 サンダーは素早く離れる。爪が引き抜かれた床の硬い部材が見事に抉れていた。対して爪は全くの無傷で、その頑丈さがうかがえる。


「全く、二対一ってのはやりにくいなぁオイ。まぁだいぶお疲れさんみたいだから少しは狩り易くなってきてるか?」


 頭を掻きながらセファンとサンダーを指差すニコロ。セファン達もニコロも、戦闘の中で軽い切り傷を多数負っている。

 だが、まだ余裕のありそうなニコロに対してセファンは息切れし始めている上に、肩に深手を負った。致命傷では無いが、それなりの血が流れているので時間が経つほど彼の命が削られていくことになる。


 同一空間内で戦う琴音とガブリールも互いに小さな傷がいくつか付いている。こちらは相変わらず逃げるガブリールを琴音がひたすら追い続けていた。

 琴音はただ単純に追いかけるのではなく、暗器や爆弾などを巧みに使って陽動、待ち伏せ等様々な作戦で強襲をかけているが、ガブリールも戦闘の心得があるらしく上手くすり抜けていた。

 ガブリールはまだ余裕がありそうだが、琴音は少々苦しそうだ。恐らく、先ほどまで負っていた深手のせいだろう。傷が塞がったとはいえ、失った血や体力が回復したわけではない。正直、あそこまで動き回れるのが不思議なくらいである。


 すると壁を走る琴音がセファンの方を流し見た。


「……手法を変えた方が良さそうですね」


 そう言って琴音はセファンの隣に着地する。懐から包帯を取り出した。


「セファン、手をどけてください。手当します」


「う、さんきゅ……って琴音、大丈夫か!? 汗びっしょりだぞ!?」


「私は大丈夫です。それより、作戦を変えましょう」


「作戦?」


 冷や汗を垂らしながらも琴音は手早く包帯を巻いていく。

 すると琴音が追ってこないことに気がついたガブリールが突進してきた。他にはナイフが握られている。


「ちょっとーお、なにコソコソしてるんですかるぱっちゅ!」


「ワウ!!」


 迫るガブリールの目の前に岩の壁が突然生える。セファンと琴音の前に立ちはだかったサンダーの氣術だ。

 ガブリールは避けきれずに激突する。


「ぶふぇ!!」


「はーぁ、何してんだよオイ。ってかお前ら何してんだよコラ」


 ガブリールは思い切り頭をぶつけてフラフラとしている。

 すると目を回すガブリールの元に歩いてきたニコロが爪で岩の壁を破壊した。ニコロは歩みを止めずにセファン達の方へと進んでいく。


 サンダーは唸り声をあげて威嚇し、手当を終えたセファンと琴音は立ち上がった。二人はヒソヒソ声で何かを話していた様だが、ここからは聞き取れなかった。


「何ってそりゃあ……てめーらを倒す作戦考えてたんだぜっ!!」


「──クソガキが!!」


 セファンの叫びと共にサンダーの真上に出現した茶色の球体から、土石流が噴出する。それはニコロを飲み込もうと石を撒き散らしながら迫るが、彼は高く跳躍して回避した。同一射線上にいたガブリールも、驚きながら大きく横に跳んで避ける。

 次の瞬間、琴音の苦無がジャンプ中のニコロへと放たれた。


「チィ!!」


 空中で回避行動ができないニコロは、爪で苦無を薙ぎ払う。しかし苦無の対応で大きく腕を振り下ろしたところに、手榴弾が飛び込んできた。


「!!!」


 亜空間内で小規模の爆発が起こった。咄嗟に腕でガードしながら落下するニコロの体は、爆風の影響で床に叩きつけられる。狼男が小さく呻き声をあげた。

 直後、琴音の姿がニコロの目の前に現れた。黒く光る小さな刃物がニコロの目を狙う。


「舐めんなぁ!!」


「くっ!」


 逞しい狼の腕で琴音を振り払うニコロ。苦無は目標を外して腕を切りつけたが、毛皮に覆われたそれに傷が付くことは無かった。振り放されて距離を取る琴音。

 するとガブリールが叫んだ。


「ちょっと、ガブを無視しないでくださいーあるふぁん!!」


 ガブリールはナイフを二本、琴音に向かって投げる。


「安心しろ、俺達が相手してやるぜ!!」


「なっ!!?」


 サンダーが纏う鎧でナイフを弾き返した。更にガブリールに噛みつきにかかる。

 しかしガブリールは素早く飛び退いた。


「へぇー、対戦相手を交換するって作戦かあなすたしらん。作戦って言うほどのもんでもないし、芸がないっすねーとりんぐす」


「うっせぇ!! 俺がキッチリ倒して亜空間解除してやるから覚悟しろよ!」


「はぁ、そうやって大口叩く奴ほど大したことないんだよねえりざべるたる」


「同感。相手交換したからって、てめえらに勝機は無えんだよ!」


 ニコロは大きく溜息をつき、そして突如、力みながら咆哮した。

 途端、衝撃波を撒き散らしながら彼の上半身の服が爆ぜる。服の下にあった人の体からは急速に狼の毛皮が生え、逞しかった腕は更に筋肉が隆起して逞しさを増した。

 ぱっと見はパンツを穿いた二足歩行のゴツイ狼だ。


 彼は衝撃波をガードして凌いだ琴音に襲いかかる。琴音は両手爪の攻撃を素早く躱し、懐に入り込んで苦無を彼の腹に突き立てた。

 しかしニコロの体を覆う毛皮は硬く、刃が全く刺さらない。


「ハッハァ! 無駄無駄ァ!!」


 琴音はすぐさま引いて手裏剣を投げるが、これもまた毛皮を傷つけることは無かった。

 先ほどサンダーが攻撃していた時は、小さな傷くらいはニコロに与えられていた。琴音の攻撃力では足りないということなのだろう。


「待てこらー!!」


「ひゃっほいほいひーえらるはいきー」


 一方、セファンとサンダーはガブリールと追いかけっこをしている。先ほどと違うところは、セファン達がガブリールの動きに全く付いていけてないということだ。

 彼らの攻撃は悉く避けられ、ガブリールとの距離は縮まらないどころか離れている。セファン達がある程度追いつくのをガブリールが待っている始末だ。

 ガブリールは余裕の表情でケラケラ笑いながら、攻撃はせずにセファン達と一定距離を保って逃げ続けている。

 私達の中で一番速さに定評のある琴音でも捕まえられない相手が、セファン達に捕らえられる訳が無かった。


「これって、作戦ミスなんじゃないかしら……」


「私もそう思います……」


 私の呟きにジゼルさんが反応する。ビアンカさんと両親も、険しい顔で戦いを見つめていた。


 琴音の攻撃はニコロに通じず、セファン達はガブリールに追いつけない。どう見ても戦闘相手を交換したのは判断ミスに見えるが……琴音がそんなミスを犯すとは思えない。

 何かきっと、考えがあるはずだ。


「ホラホラぁ! かかって来いヨォ!!」


 腕を、足を、尾を大振りして琴音を狙うニコロ。琴音は一発一発を確実に見切って反撃するが、効果が無い。

 少し距離を取って爆弾を投げてみるも、毛皮を多少焦がしたくらいで大きくダメージを与えることはできなかった。


「はぁ、このままダラダラやって時間切れにしても良いんだけどよぉ……オーサマ達はそれを望んでねえよなぁ?」


「そうだねニコロ。勿論君達が勝利して彼らの亡骸を晒してくれることを期待しているよ。あぁ、もしちゃんと勝てたら君達には褒美を与えよう」


「へぇ、そりゃあ楽しみだ」


「え、ご褒美くれるんですかーまいとっく? そりゃやる気でちゃうなでぃあぱーふ」


 笑顔のギルベルトの返答を聞いて、ニコロとガブリールの目が輝く。

 するとニコロは両手を床につけ、遠吠えした。大音量の狼の声が鼓膜を激しく揺らす。私は驚いて一瞬目を瞑ってしまった。


「な……!?」


 次の瞬間、私達は自身の目を疑う。琴音も驚いて目を見開いていた。



 ────目の前では、ニコロより一回り大きい、硬そうな毛皮を纏った狼の獣魔が二十頭、牙を剥き出しながら唸り声をあげていたのだった。





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