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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
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第169話 悪趣味な余興

 両手を縛られ、顔に殴られたらしい痣を付けた状態で立ちすくんでいるビアンカさん。彼女の背からは黒く先端の鋭い歪な形の影──憑魔ドゥルジが生えている。憑魔ドゥルジはまるで少女が尾を立てているかの様にビアンカさんの背後に聳え立ち、先が湾曲して隣に立っている男性と女性の方に向いていた。

 あの髪の色、年齢、そして風貌──まさか彼らは。


「ビアンカ、父上、母上!!」


 真っ先に叫んだのはレオンさんだ。表情が怒気に満ちている。

 やはり、そこに立っているのはレオンさんの両親らしい。彼らも両手が縛られていた。


「全く……玉座のあるこの部屋を破壊するだなんてとんでもない子達だね。実験場も派手にやってくれたし、我が城は大々的に補修が必要になったじゃないか」


 憤慨を滲ませたギルベルトの声が聞こえる。彼は顔をしかめながら窓際からこちらへ歩いてくるところだった。

 ここは先ほどの謁見の間。三千人は余裕で入りそうな大きな空間に、大きな扉の正面、一番奥の壇上には玉座が据えられており、その玉座から一段下がって少し離れた位置にビアンカさん達がいる。ビアンカさん達も驚いて目を見開いていた。


「お、お兄ちゃん……!?」


「レオン、お前……」


 困惑した表情で見つめ合う家族。するとレオンさんの父親がオルトに視線を向ける。


「まさか……ユウフォルトスか……!?」


「そうだよ、ベルトラム。さっき話したじゃないか」


 ギルベルトが溜息をつきながら答える。オルトを見るレオン父の瞳が微かに揺れた。ギルベルトは平然と玉座の前に立つ。


「さて。この状況の意味が分かるよね、聡明な君達には。ならばどう行動すればよいかも分かるはずだ」


「「……」」


 オルトとレオンさんが黙ってギルベルトを睨む。


 つまり、こういうことだ。今、ビアンカさんの憑魔ドゥルジの先端はレオンさんの両親に向けられている。憑魔ドゥルジはビアンカさんの意思では制御できない。もし私達がギルベルトに歯向かえば、憑魔ドゥルジが両親を貫くのだろう。そうされたくなければ、大人しくギルベルトの命令に従え、ということだ。

 セファンも、琴音も、ジゼルさんもギルベルトを睨みつけながら息をのむ。


 あぁ、これが一国の王がやることなのか。友人一族を皆殺しにし、友人の家族を無理矢理従え、名を偽り、過激派盗賊団と裏では繋がって取引をし、友人の子供達には自分の目的のために苦渋の決断を迫る。どれも利己的な行動で、ユニトリクのために行ったこととは思えない。王とは、国のことを第一に考えて政治を行う者のことではないのか。


「……卑怯者」


 気付けば私は声を発していた。するとギルベルトが眉を顰めながらこちらを見る。


「ほう、君は物分かりが悪い様だね。もし妙な真似をすればレオン君の両親が死ぬのだよ?」


「でもこっちがじっとしていたらあなたは私達を皆殺しにするのでしょう?」


「そうだね。だが、歯向かったところで君達が死ぬ運命に変わりは無いよ。それならば彼らを殺さない選択をする方がまだ賢いとは思わないかな?」


「思わないわ。そもそもが間違ってる。さっきだってビアンカさんを人質にとって……あなた、王なのにそんなやり方でしか人を従わさせられないの?」


「……ふむ、君とは会話する意味が無さそうだ。治癒能力を奪われて頭の中もからっぽになってしまったんだね」


「……」


 ギルベルトが目を細める。オルトが唇を噛み締めた。


 するとその時、後方から複数の足音が聞こえる。誰かが謁見の間に入ってきた。


「はーぁ、お手を患わしてすいませんですいかるびー」


「ったく、ちょこまかと飛び回りやがって」


「……」


 振り向くと、そこにいたのはガブリールとニコロとハインツさんだった。ザウルが回復させたのか、ガブリールに傷は残っていない。走ってきたらしく彼は息をきらしており、ニコロは汗を拭いていた。ハインツさんは暗い表情で俯いている。


「いや、構わないよ。あぁ……そうだ、せっかくギャラリーがいるんだ、少しゲームでもしようか」


 何かを思いついた様にギルベルトが手を叩いた。嫌な予感がする。

 彼は私達に向かって右掌を向けた。


「ガブリール、ニコロ、彼らと遊んであげなさい」


「!!」


 次の瞬間、セファン、サンダー、琴音の周囲に四枚の淡いピンク色の壁が出現した。半透明なそれは二人と一匹以外を弾きながら四角い囲いを作って百畳程に広がり、壁の上辺からさらに一枚の壁を出現させて蓋をし、彼らを直方体の中に閉じ込める。

 そしてガブリール、ニコロが急にその立体に引き寄せられ、壁を透過して中に投げ出された。ガブリールが着地に失敗して床に突っ伏し、ぐえ、と声をあげる。

 セファン、サンダー、琴音は訳が分からずキョトンとしていた。壁に弾かれた私達はギルベルトを睨みつける。


「な、なんだこれええ!!?」


「これは……亜空間に閉じ込められたということですか」


 焦るセファンの傍ら、琴音が苦無を壁に向かって投げる。硬い音を立てながら苦無が弾かれた。


「ちょ、オーサマ? こりゃ一体……」


「彼らと遊べと言っただろう? 君達は今、亜空間の中に閉じ込められた。出るためにはガブリールと一緒にその二人を殺さなければならない」


「!!」


「これはゲームだ。ニコロとガブリールがその二人を殺すか、逆に殺されれば亜空間は解除される様にしてあるよ」


「なっ!? そんなん無茶苦茶じゃねーか!!」


「悪趣味なゲームですね」


「くそ、二人を出せ!!」


 オルトが炎の宿った宝剣で亜空間の壁を斬りつける。しかし、琴音の苦無同様に弾かれてしまった。壁には傷一つ付いていない。


「おっと、この亜空間はそう簡単には壊せないよ。まぁでもユウ君のことだから、放っておくとまたとんでもないことをしでかしてくれそうだね。君にもゲームに参加してもらおうか」


「な……!?」


 ギルベルトがオルトに掌を向ける。オルトは咄嗟に飛び退いた──しかし、飛び退いた位置よりも後ろにピンク色の半透明の壁が出現する。

 先ほどと同じく、四枚出現した壁はオルトとレオンさんを囲った。弾き出された私の目の前で蓋がされ、二人は閉じ込められてしまう。


「オルト!!」


「しまった……!」


「くそ!」


 レオンさんが剣で壁を殴りつけるが、やはりビクともしない。

 ギルベルトが高笑いする。


「さて、ユウ君とレオン君には殺し合いをしてもらおうか」


「「!!?」」


「君達がその亜空間から出られる条件は、どちらか一方が死ぬことだ」


「なっ! ギルベルトふざけんな!!」


「ふざけてなどいないよ。これは君達の運命を決するゲームだ。もしガブリールとニコロを倒し、ユウ君かレオン君どちらかが死んで無事に二つの亜空間を解除できれば、ビアンカちゃん達を解放しよう。どうだい? やる気が出ただろう。愛しの妹君を解放できるまたとないチャンスだ」


「な……!」


「お、お願いです! 私はどうなってもいいので、お兄ちゃん達を助けてください!」


「ダメだよビアンカちゃん。もし彼らが条件をクリアできなければ、ビアンカちゃんの憑魔ドゥルジはベルトラム達を刺し殺すことになる。今からゆっくり気持ちの整理をしておいてね」


「そんな……!!」


「ギルベルトよ、いい加減にしろ。こんなことをして一体誰が得をするのだ。それに、俺達が殺されたことをどう国民に報告するつもりだ。バルストリアとローウェンスの二家が協力をして国を保っているということになっているのに、片方の当主と家族が殺されたとなれば疑いの目がバルストリアに向くのではないか?」


「ベルトラム、もうバルストリアとローウェンスは存在しないんだよ? 二つの神子一族は統合された。国民からは三つの神子一族の時代の記憶が薄れつつある。 あの時代を知らない若い子達は元々王家は一つしかないと思っているよ。だから、賊にでも襲われたことにしておけば、特に問題はない」


 レオンさんの父、ベルトラムさんが苦虫を噛み潰したような顔をする。

 ギルベルトは一歩前に踏み出し、腕を下から上に振った。すると、彼の目の前に腰の高さ程ある砂時計が出現する。


「さぁ、この砂が落ちきるまでが制限時間だよ。もし時間を過ぎても亜空間を解除できなければ、目の前でベルトラム達の首が飛ぶからね」


 砂時計に手を置いて話すギルベルト。

 上部のガラス球から少しずつ白い砂が落ちていく。乾いたサラサラの粒がくびれた管を通して下部のガラス球の中に吸い込まれていく光景。それは普段であれば何とも言い難い不思議な魅力があって、何も考えずにじっと見ていたい気持ちになるが、今はあれがレオンさんの両親の死へのカウントダウンだと思うと悍ましい。

 既にカウントダウンは始まっている。突然始まった恐ろしい殺人ゲームを前にして、体の中の血が一気に冷えきった様な感覚に陥った。


「おいおいマジかよぉ!!? 俺殺すのヤダし、殺されるのもヤダぞ!!」


 亜空間の中でセファンが叫ぶ。壁を通しても、声は篭ったりせず普通に聞こえる。音は透過するらしい。

 琴音は苦無を構え、ニコロは溜息をついた後で爪を立てた。二人は覚悟を決めたらしい。

 ガブリールはうーん、と伸びをした。


「はーあぁ、仕方ないですねーとしょっぴん。正直ガブは戦闘系じゃなく頭脳系要員なんだけどぉ、まぁ王様命令じゃやるしかないなぁるでんてん」


「セファン、どうやら戦うしかない様です。最後の詰めは私がやりますので……戦えますか?」


「うぅ、クソ……俺だって死ぬのはゴメンだぜ。でもよ、俺達が勝ったところでオルトかレオンさんどっちかが死なないといけないんだろ? そんなの無理だし嫌だぜ?」


「……それはきっと、オルト達自身が何とか解決してくれるはずです」


 セファンと琴音はオルト達の方を見る。オルトとレオンさんは互いに目を見合わせて、そして頷いた。恐らく、同士討ち以外であの亜空間を破るつもりなのだろう。


 このまま皆を戦わせてはいけない。セファンと琴音の実力を信じていない訳では無いが、ニコロはキメラ特有の高い身体能力と獣魔の力を所持しているし、ガブリールは壊死という恐ろしい特殊氣術の持ち主だ。琴音は怪我が完治していないし、私の治癒能力が使えない今、無茶な戦いをして欲しくない。そもそも、オルトかレオンさんどちらかが死ぬなんて以ての外だ。

 四人が亜空間に閉じ込められて身動きが取れない今、私が何とか状況を打開しなければ。


 すると、私の隣のジゼルさんが右手を腰の後ろに回した。横目で確認すると、短剣が握られている──仕掛ける気だ。


「……おや、穏やかではないね」


「っつ!!」


 ギルベルトが微笑んだ直後、ジゼルさんが顔を歪めた。彼女は冷や汗を垂らしながらしゃがみこむ。


「ジゼルさん!!」


 ジゼルさんの足に、床から生えた細く長い氷の針が突き刺さっていた。ふくらはぎを貫通し、細い透き通った凶器を伝って赤が静かに、そしてゆっくりと床を染める。


「馬鹿な真似はやめておいた方が良い。次に何かすれば、大切なユウ君の足が片方無くなるよ?」


「く……!!」


 ジゼルさんは痛みを堪えながら針から足を抜く。

 すると抜いた瞬間、彼女の体が浮いた。ギルベルトの風で巻き上げられたのだ。


「わっ!!?」


「ここで一緒にゲームを鑑賞してもらおうか。勿論、もしユウ君達がクリアできなければあなたも死ぬことになるが」


 ギルベルトはジゼルさんをベルトラムさん達の前に下ろす。ビアンカさんに憑いた憑魔ドゥルジが、いつでも刺し殺せる様構えた凶器の目の前だ。

 ギルベルトはジゼルさんの両手に氷の手錠を施す。そして私を見た。


「さぁ、君も来たまえ。ゲームの行く末を共に見守ろうじゃないか。あぁ、君に選択権が無いことくらい分かっているよね?」


「……」


 ギルベルトは邪悪な笑顔で私を見る。私は正面から睨み返した。

 ……そして目をそらし、歩き出す。腕の中の葉月は寝入ったままだ。ハインツさんは扉の前で俯き、何かをぶつぶつと呟いている。セファンと琴音とニコロとガブリールは睨み合い、オルトとレオンさんは難しい表情をしながら私を見ていた。


「良い子だ」


 私はジゼルさんの隣に立つ。それを確認したギルベルトが満足げに鼻を鳴らした。



「さて、もうゲームは始まっているよ。制限時間内でせいぜい足掻いてくれ」



 ギルベルトは手を叩く。


 乾いた音が謁見の間の中で木霊した。






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