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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
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第168話 バルストリア親子の強襲

 狼の遠吠えが耳を劈く。壁一枚挟んでいるというのに、とんでもない音量だ。最初会った時も思ったが、間近で聞けば鼓膜が破れてしまうかもしれない。皆が両手で耳を塞ぐ。


「出るぞ!!」


 隣にいたオルトが叫んだ。遠吠えがうるさい上に、耳を塞いでいるので声は聞こえなかったが、口の動きで言葉は分かった。他の皆も同様らしく、一斉に頷く。

 次の瞬間、オルトは宝剣で屋根裏の床を切りつけた。鋭く煌めく切っ先が素早く輪を描く。私達が片膝を立てていた屋根裏の床が円状に切りとられた。床はガクン、と揺れて切り離され、部屋の中へと落下する。下は客間なので大した高度は無いと思われるが、それでも嫌な浮遊感に少しヒヤっとした。


 途端、遠吠えが中断される。オルトが私を抱えて落下中の床を蹴って跳んだ。セファン、琴音、レオンさん、ジゼルさん、サンダーもすぐさま床から離れる。

 直後、その円盤の中心部に亀裂が入った。下から突き破られて、一気に円周部までヒビが走り、細かい破片を撒き散らしながら損壊する。砂埃が舞う中、円盤の破片を薙ぎ払いながら現れたのはニコロだ。

 オルトは私を下ろし、宝剣を構える。


「ちぃ……舐めた真似してくれんじゃねえかよぉ。あぁ面倒くせえ」


「はっ!」


 被った砂埃を振り落としながら悪態をつくニコロ。そこに一番に斬り込んだのはレオンさんだ。先ほど取り戻した騎士剣で突きを繰り出すが、ニコロは狼の脚力を活かして勢いよく飛びずさる。


「うおっと危ねえ。オイ囚人共、大人しく捕まりやが……うおぉ!?」


 こちらと距離を取って、数では不利にも関わらず余裕の表情を見せていたニコロに向けて、黒い一筋の軌跡が高速で走る。間一髪、ニコロは大きく屈んで躱した。彼の頭上を通り越して壁に突き刺さったのは琴音の苦無だ。


「なっ!? ビックリしたじゃねえか……ってお前!? 重傷で動けねえんじゃなかったのかよ?」


「うおらあぁ!!」


 琴音が回復していることに関して驚くニコロに構わず、セファンとサンダーが地の氣術で畳み掛ける。床から一本の太い岩ドリルが生え、瞬時に伸びてニコロの胸部を狙った。

 ニコロは大きく腕を振る。その鋭い爪がドリルの先端を掻き切った。

 ──しかしこちらの攻撃はそれで終わりではない。

 次の瞬間、ジゼルさんの短剣がニコロの喉元に迫る。


「あぁーもう!! 鬱陶しい!!」


 叫ぶと同時にニコロが大きく口を開けた。ジゼルさんが危険を察知してすぐさま方向転換する。


「グオオォ!!」


 ニコロは咆哮する。その猛々しい声と同時に口から発せられたのは衝撃波だ。音が破壊力のある凶器となってこちらに迫り来る。皆が回避しようと構えた。


「はぁっ!!」


 しかし私は掌をかざし、氣術を発動する。私達の目の前に透明な壁が張られた。

 衝撃波は壁にぶつかり、壁を強く振動させて割った後消失する。


「良かった、結界は使える……!」


 治癒能力は引き剥がされてしまったが、結界の方は健在だ。それに少しだけ安堵する。


「あークソ、流石にオレ一人じゃ厳しいなぁオイ! 早くあいつら来やがれよ!」


「来られたら困るな」


 オルトが駆け抜ける。宝剣を振ったが、ニコロはギリギリで躱した。更にオルトは間髪入れずに斬撃を繰り出す。

 ニコロは回避した、が、肩に掠った。オルトは追撃をやめない。銀色の鋭利な刃が狼男へ襲い来る。

 当たる、これなら勝てる、そう思った瞬間────オルトが目を見開いた。


「──ダメだよ」


「!!!」


 静かで、淡々とした声を聞くと同時にニコロ周辺に暴風が吹き荒れた。オルトはたまらず吹き飛ばされる。暴風の中心部にいるニコロは風の影響を受けていないが、驚いて目をぱちくりさせていた。


「……ハインツ!!」


 私の近くに着地したオルトが扉の方に目を向ける。そこには、虚ろな目でこちらを見ているハインツさんが立っていた。


「……ユウ、レオン。逃げたりしちゃダメじゃないか。お父さんが怒ってるよ? 大人しく捕まっててくれない?」


「そういう訳にはいくかよ!! 目を覚ませハインツ!!」


「……」


 叫ぶレオンを見つめ返すハインツさん。無表情だ。


「おっと、ありがとうございますオーサマ。まさかあなたが一番早いとは思わなかったぜぇ」


「礼には及びません。たまたま近くにいただけなので」


 そう言ってハインツさんは掌をこちらに向けた。次の瞬間、彼の手から猛火が飛び出す。


「くっ!!」


 オルトも宝剣を振って炎を出した。二つの太い火炎放射がぶつかり合う。火の粉をばら撒き、熱風を撒き散らしながら氣術同士が競り合った。

 すると少しの拮抗の後、オルトの炎が押され始めた。


「──皆、避けろ!!」


 オルトが叫ぶ。同時に、ハインツさんの炎がオルトの炎を飲み込み爆散する。

 細かく分かれた火の弾丸が四方八方に飛び散った。細かく分かれたと言っても、一つの火の玉は直径一メートルほどの大きさがある。まるで目の前で隕石が爆発した様な光景だった。

 私は咄嗟に自分の前に結界を張る。


「うおおおお!!?」

「ぎゃあー!!」

「ひゃああ!!?」


 レオンさん、セファン、ジゼルさんが悲鳴をあげる。無数に飛んでくる炎を必死に避けていた。オルト、琴音も険しい顔をしながら回避している。私は結界でガードしたお陰で無傷で済んでいた。

 だが、炎の威力が強いため、全ての炎が消失しかけた頃には結界も破れてしまった。


 ──それにしても、驚いた。

 オルトは氣術の扱いにかなり長けている。今まで私が見る限り、彼が氣術合戦で負けたことはなかった……と思う。張り合えるのはエリザベートくらいだっただろう。

 ところが今さっき、オルトの術がハインツさんのそれに飲み込まれてしまっていた。完全にオルトが押し負けていたのだ。オルトの術でもとんでもなく強力だというのに、ハインツさんはそれ以上の実力者ということになる。


「ハインツ……頼む。君と戦いたくない」


「……ユウ、なら大人しく捕まってくれないかな」


「それはできない。殺される訳にはいかない」


「おいハインツ……頼むから元のお前に戻ってくれよ!」


「元の僕? 僕は僕だ。ハインリヒ・バルストリア以外の何物でもない……あぁ、今はゼルギウス・バルストリアでもあったっけ」


「くっそ、何とか憑魔ドゥルジを剥がす方法はねえのか……!?」


 睨み合うオルト、レオンさんとハインツさん。

 かつて仲良く遊んでいた友人同士がこの様に敵対して命を削り合っている。……何とも悲しい光景だ。胸が締め付けられる。


「ハインツ、君は憑魔ドゥルジに操られているんだよな? ギルベルトと一緒に王をやっているのは自分の意思じゃないんだよね? 俺達がいずれ君を解放してあげる。だから、頼むから手を引いてほしい」


「……ユウ、あぁ、君って人は本当に……どうして……どうして……」


 ハインツさんの虚ろな表情に影が差した。そして彼は頭を掻く。


「おいオーサマ? どうしたんですかい?」


「ユウ、君は……」


「ハインツ……?」


 ハインツさんは俯き、両手をだらんと下げて小さく呟く。暗い表情で、暗い声でぼそぼそと喋りながら震える。

 オルト、レオンさん、ニコロが訝しげに彼を見た。

 直後、勢いよくハインツさんが顔を上げる。そこにあったのは先ほどまでの虚ろな表情ではなく、目はギョロリと見開かれ、口角は大きく上がり、口の隙間からはギラリと白い歯が見え、その顔全体からは狂気が感じられた。


「何で戻ってきたんだぁーーーーーー!!!」


「!!?」


 突然大声をあげるハインツさん。隣にいたニコロは驚いて扉の方へと飛び退いた。

 直後、ハインツさんの目の前の景色が歪む。オルトの顔色が変わった。


「逃げろ!! 引きずり込まれるぞ!!」


「えぇ!?」


 オルトが焦った表情で私の元へと駆け寄る。そして私を抱え、窓の方へと駆けた。皆もハインツさんを見ながら逃げる。


「なに、あれ……」


 ハインツさんの胸の前あたりに景色が収束されていく。収束された中心には黒い球体が生成され、それが景色を吸い込むと共にどんどん膨らんでいく。次第に周囲には風が吹き、その風は球体に向かって吸い込まれていた。

 オルトとレオンさん、琴音が窓ガラスを豪快に割る。太陽光を反射して煌めきながら、ガラス片が落ちていく──しかし、中庭に落ちる前に軌道を変えた。破片は球体へと吸い込まれる風に引き寄せられて、ハインツさんの元へと向かう。風に乗ってダイヤモンドダストの様に飛ぶガラスが黒い球体に飲み込まれた。


「何だよあれ!!?」


「ブラックホールだ!! あれに飲まれたら死ぬぞ!!」


「えぇー!?」


 青ざめるセファン。皆は一斉に窓の外へと飛ぶ。


「風太丸!!」


「クワァ!!」


 琴音が召喚した風太丸に全員が掴った。すぐさまオルトが気流を発生させて風太丸の体を空高くへと持ち上げる。

 即座に離れたお陰で、風太丸まではブラックホールの吸引が届かなかった。私達はどんどん上昇して部屋から離れていく。

 ──すると、部屋の方で何かが光った。


「八雲!! 結界を!!」


「は、はい!!」


 オルトに言われて私は風太丸の後ろに結界を出現させる。直後、部屋から発射された三本の光の矢が結界を貫いた。

 透明の壁を半ばまで通ったところで、矢は結界もろとも消滅する。

 部屋の方を見ると、窓からハインツさんが身を乗り出しながら恨めしそうにこちらを睨んでいた。ブラックホールは消えている。

 すると、その隣からガブリールが顔を出した。ニコロの遠吠えを聞いて駆け付けたのだろう。私達を見て顔を歪めながら何かを言っている。


 ハインツさんは少しの間こちらを見続けた後、諦めたように溜息を吐いて踵を返した。その様子を見て私はホッとする。


「ハインツ……あいつ、本気で俺達のこと殺そうとしてきたな」


「うん……」


 オルトとレオンさんが切なそうに俯いた。当然だ。彼ら三人は幼馴染であり、親友なのだから。


「なぁ……さっきのブラックホールとかいうやつ一体何なんだよ? あれに吸い込まれたら本当に死ぬのか?」


 風太丸の足に掴まれながらセファンが言う。ちなみに彼がそんな状態になっているのは、人数が多すぎて全員は風太丸の背中に乗れないからだ。私とオルト、琴音、ジゼルさんは背に乗り、セファンは足に掴まれ、レオンさんはブランコに乗る要領で足に腰かけている。下からの上昇気流を受けて風太丸は飛行しているので、足元にいる二人は風をモロに受けて若干苦しそうだ。


「あれはハインツ達バルストリア家の人間が得意とする特殊氣術を利用した技だね。前言った通り、彼らは空間を操る術が使える」


「空間を操るって……よく分かんねーな」


「例えばあの木の空間を一部切り取って、枝だけ転送してセファンの手元に出したりとか。あとは、亜空間を作り出して他者を閉じ込めたらできるらしい」


 オルトが中庭にある木を指差して言う。言いたいことは何となく分かるが、全く現実味が湧かない。


「え……それ凄くね? てかヤバくね?」


「それですと、今私達がいる空間を切り取って、再びあの実験場に転送することもできるということですか?」


 オルトの説明を聞いて眉を潜めながら琴音が尋ねる。


「いや、何か発動条件が結構厳しいらしいよ。まず人間とか動物とか獣魔とか、つまり自分の意思で動けるものは転送できない。あと空間を切り取れる位置も、自分からある程度距離が離れちゃうとダメとか。亜空間に関しては大量の氣力を使うし、かなり練習しないと発動すらできない」


「やけに詳しいなユウ。それハインツに聞いたのか?」


「うん。昔、氣術の練習でスランプに陥ったことがあってね。その時、たまたまバルストリア家に父さんと一緒に行く用事があったから、氣術が得意なハインツにコツとか聞いたんだよ。ついでにハインツの能力についても色々」


「へぇ……お前にもそんな時期あったのな」


「レオンにも言ったと思うけど……あの時確か、へーそーなんだ、がんばれーって適当に流された気がする」


「え……そうだったかな。まぁ俺氣術はてんでダメだからな。特にアドバイスとかできねえし」


「……で、その空間を操る能力をどう使ったらあのブラックホールを作れるんですか?」


「……たぶん、ハインツが作り出している亜空間の中に、ブラックホールを生成する氣術器があるんだと思う」


「え!! そんなとんでもねえ氣術器があんのかよ!?」


 レオンさんが驚いて声を荒げた。風太丸が少し驚いて体が揺れる。琴音が風太丸を優しく撫でた。


「元々はブラックホールを作るために開発された氣術器じゃないよ。重力場を操る氣術器だ。人が飛行できる様にするために作られたんだとか。まぁ氣術器自体が少ないし、出力も大したことないから実用化まではいってないらしいけど」


「ブラックホールとは重力場を高密度に圧縮してできるものですよね? その氣術器でそんなことが可能なのですか?」


 琴音が食い入る。私は最早この話についていけてない。オルト達が何を言っているのかさっぱりだ。ちなみにセファンも理解を放棄したらしい。


「ハインツが言ってたんだ。氣術器をなんらかの形で出力を増強させて、それを亜空間の中に閉じ込められれば、自分専用のブラックホールがいつでも出せる様になるんじゃないかって。当時色々と研究していたみたいなんだ。正直、突拍子もない話だし現実味が無いと思ってたんだけど……まさか完成していたとはな。ガブリールあたりが協力したんだろうか……」


 オルトが話し合えたところで沈黙が流れた。皆、難しい顔をしている。

 取り敢えず、ハインツさんがバルストリア特有の能力と氣術器を使ってあの恐ろしいブラックホールを出しているということは分かった。


「えっと……ところでどうします? だいぶ高度が上がりましたが。一旦引き上げだ方がいいですか?」


 琴音が風太丸をさすりながら言う。私達は客間を飛び出したまま上昇を続けている。今のところ追手はきていない。




 しかし直後、前方から突風が吹き付けた。


「わっ!?」


 強力な空気の流れに押されて風太丸がバランスを崩す。同時に、間欠泉が風太丸の翼を濡らした。

 だがここは地面からかなり距離が離れている。普通の間欠泉で届く高さではないし、そもそも中庭からいきなり間欠泉が噴くだなんておかしい。

 私達は下方に視線を向ける。


「──ギルベルト!!」


 オルトが屋敷の方を見て叫んだ。そちらを見ると、最上階の窓からギルベルトが手を出している。恐らく、今の風と間欠泉は彼の氣術だ。


 次の瞬間、更に強い颶風が風太丸を襲う。オルトの気流を搔き消し、風は私達を屋敷の方へと勢いよく飛ばす。


「わぁーー! ぶつかるーー!!」


 風太丸の足に掴まれたままのセファンの悲鳴も虚しく、屋敷の壁が急速で近づいてきた。自分たちが壁に叩き付けられる映像が脳裏に一瞬よぎって血の気が引く。


「「はああ!!」」


 オルトが氷柱を放ち、琴音が手榴弾を投げた。それらはギルベルト近くの壁に激突して爆ぜる。

 轟音を立てて壁が崩れ落ちた。瓦礫が次々と重力に従って地面へと引きつけられていく。綺麗なレンガ調の屋敷の壁が見るも無残だ。

 ──あぁ、きっとこうやってオルトと琴音は竜の鉤爪のアジトを崩壊させたのだな、だなんて場違いな感想が頭に浮かぶ。


 風でなす術もなく飛ばされた風太丸の体が、今破壊した壁の穴へと吸い込まれる。穴をくぐり、屋敷に入ったところで風が止み、風太丸と私達は転がりながら着地した。オルトが私を庇って抱きしめているので体はどこも痛くないが、目が回る。


「おいおい、もう何が起こってんだか訳分かんねー……」


 セファンが文句を言いながら上体を起こして硬直した。オルト、琴音、レオンさん、ジゼルさんは既に起き上がって前方を見つめている。

 私も体を起こし、顔を上げた。



「え……?」



 目の前にいたのは、ギルベルト、ビアンカさん、そして青髪の四、五十代くらいの男性と女性だった。





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