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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
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第161話 邂逅

 隠れ家で休息を取った翌日の昼。俺達は王城の庭の茂みに身を隠していた。一緒にいるのはセファン、ジゼル、サンダーだ。

 ここで俺達は身を潜め、先に王城内へ潜入した八雲達からの合図があり次第、作戦行動に移る予定となっている。


「八雲達、大丈夫かなぁ? 本当にそんな簡単にビアンカさんの部屋に侵入できるのかよ?」


「うーん、琴音がついてるし毎日ここに来てるレオンがいるから大丈夫だと思うけど……」


「神子一族の屋敷に入れる人物は限られてますので、そこまで警備の人数は多くありませんよ。一度王城の中に入ってしまえば部屋に辿り着くのはさほど難しくないかと思います」


「そう考えるとこの国の神子一族の屋敷って意外とセキュリティがザルなんだよな……。まぁその分俺達は小さい頃から必死に鍛錬してた訳だけど」


「まぁユニトリクは神子信仰の厚い国でしたから、そもそも神子屋敷に乗り込もうなんて考える人間そういませんからね。それに神子一族の方達の強さは国中の人が知っていますし」


「へぇ、神子一族は皆この国では有名人なのか? あ、でもレオンさん以外の情報は出回ってなかったんだっけ」


「今はどうなってるのか知らないけど、俺がいた当時一般人が知ってた個人名は当主と騎士団長の名前くらいじゃなかったかな。あとは、それぞれの神子一族の特性はよく知られてたかも」


「特性?」


「レオン達ローウェンスは三家の中で一番武術に長けた一族。でも氣術は苦手。体から自由自在に刃を生やす特殊能力を持ってる」


「や、刃!?」


「うん。レオンも腕から刃出したりできるよ」


「マジか!! かっけー!!」


「ちょ、セファンさん静かにしてください」


「あ、ごめん」


 テンションが上がって声が大きくなったセファンをジゼルが制止する。恥ずかしそうにセファンは声を潜めた。


「で、バルストリアは三家の中で一番氣術に長けてて武術は苦手。彼らは空間を操る。エルトゥールは武術も氣術も他の二家の中間くらいの実力かな。特殊能力はセファンも知っての通り遠隔操作」


「ふーん。どの一族が一番強いんだ?」


「総合力で言うとどの一族も大して能力差は無いよ。まぁ相性もあるから戦い方次第かな? エルトゥールはローウェンスに武術では勝てないけど氣術では勝てる。逆に、バルストリアに氣術では勝てないけど武術では勝てる。だから戦略次第でどうとでもなるよ」


「へぇ。でも何かエルトゥールだけ氣術も武術も実力が中間って何かパッとしないな」


「悪かったな中途半端で」


「ですが、一族の中でもかなり個人差は大きいですよ? ユウ様はローウェンスにもバルストリアにも引けを取らないくらい武術にも氣術にも秀でてらっしゃいます。エルトゥール一族に生まれた天才児ですね。子供の頃は神童なんて言われてましたよ」


「え、何それズルい。最強じゃん」


「それは昔の話だよ、ジゼル。今はきっとレオンの方が武術はだいぶ強いだろうし、氣術でハインツには敵わないと思う。……今の二人と戦ってないから分からないけど、たぶん」


 恐らく二人もあれからかなり訓練を積んで成長しているはずだ。レオンからは何となくそんな雰囲気を感じたし、ハインツは……今どういう状況の中にいるのか不明なので何とも言えないが、きっと強くはなっていると思う。


「っていうか、何食べてんだセファン?」


「ん? これフェラーレルで人気の菓子らしいぜ」


 セファンがボリボリと音を立てながら食べているのはチョコレートのコーティングがかかったクッキーだ。何とも緊張感が無い。というか音も煩い。


「だって中々合図が出ねーからよぉ? ちょっと小腹空いちまって」


「まぁエネルギーを補給するのはいいですが……もう少し静かに食べてもらえませんか?」


「へーい」


 ジゼルに怒られて、音が小さく鳴るように口を押えながら食べるセファン。彼の食べこぼしをサンダーが拾って食している。

 俺は上を見上げた。王城の屋根の向こうに青く広がる大空が見える。八雲達がビアンカを奪還できれば青、失敗して全員即時退散なら緑、失敗し且つ救援が必要な場合は赤の狼煙があそこに上がるはずだ。

 もう八雲達と別れてからだいぶ時間が経つ。無事だろうか。


「そいやさ、この作戦が成功したらオルトは名前、元に戻すのか? えーっと、ユウなんとかってやつに」


「ユウフォルトスな。うーん、そうだねぇ」


「何か、アリオストでロベルト達がユーリって呼んでた時も思ったけど……俺達もやっぱ元の名前で呼んだ方がいいのか? 俺はもうオルトって名前で呼びなれてるからすげー違和感あるんだけど」


「はは、呼びやすい言い方で良いよ」


「そっか。じゃあこれまで通りオルトって呼ぶ」


「うん」


 セファンは菓子を頬張りながら笑った。

 そう言えば、レオンにも昨日同じことを言われた。




 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎




「……ユウ、本当にとんでもない目に遭ってたんだな。生きてユニトリクに戻ってこれたのが奇跡か?」


「我ながらそう思うよ。悪運だけは強いのかな」


 作戦前夜。皆は既に就寝した。

 レオンは俺がユニトリクを追われてからの十年間、どうして過ごしていたかを聞いて複雑な表情をする。


「なんか……俺、情け無えよ」


「何で?」


 レオンが視線を落とし、俯く。窓から差し込む月明かりが彼の青髪を幻想的に照らしていた。


「十年前、ユウがいなくなって、俺達家族はコンクエスタンスに支配されて……自分の力ではどうにもできなかった。それでも足掻こうって決心してひたすら体鍛えて騎士団にも入って、ジゼルの協力も得て必死に奴らの情報集めて……。俺、結構それなりに頑張ったつもりだったんだよ」


「つもりって……レオンは十分頑張ってると思うけど? 辛い思いもいっぱいしてきただろうし」


「死線もそれなりに潜ってきた。でも……ユウの話聞いて、それに比べたら俺なんて全然まだまだだなって思った」


「レオン……」


 レオンは大きく溜息を吐く。窓の向こうの夜空を見上げて少し月を見つめ続け、そして俺の方に視線を向けた。


「あー……勝手に落ち込んでごめん。何でも無えよ」


「あのさ、レオン。人それぞれの頑張り具合に優劣なんてつけられないし、より不幸な経験をした方が偉いとかも無いからね? 別に俺、不幸自慢したい訳じゃないよ。……まぁ一時期そんな感じになったこともあったけど」


「……おう、そうだよな。変に考えちまってすまねえ。ってか、それを差し引いてもユウには勝てない気がする」


「何で?」


「たった二人で竜の鉤爪本部に乗り込むなんて自殺行為俺にはできねえよ。まず思い浮かばねえ」


「あれはそうせざるを得なかったのと、あとは琴音が本部の状況をよく把握してたからできたことだよ。しっかり作戦立てて色々準備して行ったからね。勝算が無かったら俺だって行かない。まぁ無事に帰ってこれたのは運が良かったのもあるけど」


「無事じゃなかったじゃねえか。御嬢さん血相変えてたぞ?」


「はは……そうだね」


「そいやさ、ユウは今オルトって名乗ってるんだよな?」


「うん」


「……なら、これからはオルトって呼んだ方が良いのか? その……まぁ人によって呼び名が違うと色々煩わしいかもしれねえし、御嬢さん達にはオルトの名ですっかり定着してるみてえだし」


「いや、別にレオンの好きに呼べば良いよ」


「そっか。……じゃあユウのままにしとく」


 レオンが少し嬉しそうにする。正直、レオンにはユウの名で呼んでもらった方が懐かしい感じを味わえるので好きだ。まぁそこまで拘らないが。

 それにしても、レオンは割と細かいところを気にするのだなぁと思う。外見と言葉遣いが似ているロベルトはその辺り全く気にせずにユーリと呼んでいたのに。

 二人は似ているが、レオンのほうが少し繊細で真面目なのだろう。いや決してロベルトを批判している訳では無い。ロベルトはロベルトで気さくな感じがして親しみやすい。


「ふう、もう遅いしユウは寝た方が良い。俺は仕事の準備する」


「そうだね。……明日、頑張ろう」


「おう。俺達の手で、コンクエスタンスから国を取り戻してやる」






 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎





「──!?」


 突然、爆発音が聞こえた。回想にふけっていたところを急に呼び戻される。


「な……今の音は何でしょうか!?」


「び、ビックリしたぜ……屋敷の中で爆発でも起こったのか!?」


「まさか……琴音か?」


 もしあの音が琴音の手榴弾によるものなら、ビアンカを秘密裏に奪還する作戦は失敗したということだ。今琴音達は敵と戦闘になっているのかもしれない。


「ど、どうするオルト……?」


「作戦変更だ。爆発音が聞こえた方へ行くぞ」


「ですがまだ合図が出ていませんよ?」


「もし今の音の犯人が琴音なら、コンクエスタンスの誰かと戦っていて合図ができないのかもしれない。それに、音を聞きつけて騎士達が一斉に集まってくるはずだ。騎士が多くなればなるほど俺達は動き辛くなる。その前に行動しないと」


「うおぉマジかよぉ」


 俺達は茂みを出て人目を避けながら王城へと侵入する。中では騎士達が慌ただしく動いていた。彼らもまだ状況を把握できていないらしい。


「爆発音がしたのは方向と距離的にビアンカ様の部屋辺りです。まずはあそこの階段を上りましょう」


 ジゼルが指をさす。物陰に隠れて騎士達が通り過ぎるのを待った。

 周囲を見回し、誰もいないことを確認してから俺達は階段へと走る。素早く駆け上がり、二階にいた騎士を隠れてやり過ごす。そして廊下を駆け出した。


「なぁオルト、あれって……!」


 走り出した矢先、セファンが空を指差す。

 その先には屋敷上空に立ち上る一本の煙があった──赤色だ。


「八雲達に何かあったのか……!? すぐにあそこへ行くぞ!」


「おう!!」


「はい!!」


 そう言って急ごうとしたその時、俺は背中に違和感を感じる。


「!?」


「どうしたオルト!?」


「──ちょっと待って!」


 俺は咄嗟にセファンとジゼルの腕を掴んで物陰に引き込む。そしてしゃがませ、息を潜めた。サンダーもセファンの下で伏せる。

 ……背中の傷が、ズキズキと疼く。


「ちょ、オルト!? 一体なんなん……」


「しーっ」


 俺はセファンを制止し、廊下の先を見つめる。

 ……あぁ、嫌な予感がする。急に冷や汗が流れ、動機がし始めた。

 背中の傷が訴えている。早くここを逃げろ、と。


 すると廊下、前方から誰かが歩いて来た──二人組だ。


「む……? 誰か来ましたね」


「え……は? ちょっと待て、あいつらって……」


 遠くから歩いてくる二人の男を見て、ジゼルは目を細め、セファンは驚いて口を開ける。

 二人の男。一人は鮮やかな橙色の髪を生やしており、物騒な大きな鎌を持っている端正な顔立ちの青年。もう一人は筋肉質な体つきに長身、そして──見覚えのある仮面と鋭利な刃がついた鉤爪を腰にぶら下げている。まさか。


「オルト……あいつら、宿を襲撃してきた奴らだよ……竜の鉤爪のボスと、ナンバーツーだ!」


「あの腰の仮面と爪……まさかあの時の!!」


 震え声で言うセファン。ジゼルも驚いて目を見開いた。

 俺は何も言えず、視線を逸らすこともできない。傷が更に激しく疼く。ダメだ、息すらもまともにできない。


「ゆ、ユウ様!? 大丈夫ですか!?」


「オルト!? 苦しいのか!?」


「はぁっはぁっ……」


 俺から全てを奪った男。家族の仇。そいつが今目の前にいる。

 なのに体が思うように動かない。あの日体に刻まれた恐怖がそうさせているのか。

 落ち着け、俺。冷静になれ、俺。疼くのを止めろ、傷。


「大、丈夫……!!」


 自分に言い聞かせて気持ちを落ち着け、息を整える。セファンとジゼルが心配そうにこちらを見た。


「無理はしないでください。ユウ様の最大のトラウマでしょうから」


「あいつらどんどん近づいてくるぞ? 俺達ここにいて大丈夫なのか?」


「最大限に気配を消して通り過ぎるのを待ちましょう。何故彼らがここにいるのかは分かりませんが、戦闘は避けて一刻も早くレオン様たちの方へ行くべきです」


 すると、澄んだ声が聞こえた。


「────おや、そこにいるのは誰かな?」


「「「!!!」」」


 男の声に、俺達は固まる。……ここに隠れているのがバレている。


「隠れている、ということは何かやましいことでもあるのかな?」


「「「……」」」


「さっきの爆発音といい、何だか王城内で妙な動きがあるみたいだねっ。どうするボス?」


「……ふん、手土産に持ってこか。恩を売っといて損はあらへん」


「了解」


 そんな会話が聞こえる。心臓の鼓動が早鳴った。



 次の瞬間。


「な……!!」


 目の前に現れる橙色の髪の男。彼はこちらと目が合うと同時に整った笑顔を見せた。

 彼の右手は大きな鎌を振り上げている。


「ぐ!!」


 鎌の一撃を俺は咄嗟に宝剣で受け止めた。重い。

 なんとか踏ん張って鎌を止めるが、同時に発生した風圧で俺達は飛ばされ壁に打ち付けられた。


「がはっ」


 鈍い音を立てて俺達の体が床に落ちる。全身に強い衝撃が走った。痛い。

 しかしすぐ立ち上がる。すると目の前に橙男が立っていた。


「おや? そこの少年と犬は一昨日会ったね? 治癒娘は見当たらないが……あれ、もしかして金髪の君は……エルトゥールかい?」


「……!」


「おぉ! 君がそうなのか!! いやぁ会えて嬉しいねっ! まさかこんな場所で出会えるとは思ってもみなかったよ。これは偶然なのか、それとも運命の悪戯なのかっ」


「は……何言ってんだあんた」


「おやおや、怯えているのかい? あぁそうか、ボスが怖いんだね? まぁ子供の時にあんな怖い目に逢わされればそうなっても仕方がないかもしれないねっ」


 額に手を当てて嘆く橙男。こいつ、いきなりベラベラと一人で喋り出して一体なんなのだ。


「いやぁまぁ怯えるのは仕方が無いが……もしそうだとしたら、とんだ見当違いだね」


「!?」


 急に、橙男の雰囲気が変わる。先ほどまでの柔和な表情から暗い顔つきになった。

 俺は剣を構える。


「ボスから逃げおおせたというからとんでもなく強い少年なのかと思ったが、その程度なら手合せする価値も無いかもしれないね」


「……」


「ボス、殺しちゃってもいいかな?」


「手土産にする言うたやろ阿呆」


「あ、そうだったね。……ではさっさと連行することにしよう」


 鎌を担ぎながらこちらを見る橙男。

 直後。


「「「!!?」」」


 体が、動かなくなった。手も、足も、全く動かない。セファン達も同じらしく、硬直している。

 一体何が起こった。こいつの特殊能力なのか。


「さ、じゃあ行くとしようね」


 橙男が近づいてくる。


 俺達は、何もできなかった。





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