第160話 箱入り娘大作戦
レオンさんと会ったその翌々日。私達はビアンカさんの奪還及びギルベルトさんを倒す作戦を決行することにした。
私と共に行動するのは琴音とレオンさんと葉月だ。
「本当に、これで潜入できるのかしら……」
「まぁやるしか無いだろ。頑張ろうぜ」
「もし失敗したら私達に構わず八雲は逃げてくださいね」
「そんなの嫌よ。だから絶対成功させましょうね」
「そうだな」
ここは王城の通用口。そして今日はレオンさんの勤務日だ。本日彼は王城での仕事があるらしく、ここに出勤していた。今は昼の休憩時間で、そのタイミングに合わせて私達は集合している。
琴音は騎士に変装、私と葉月は琴音が押すカートに載っている箱の中だ。まぁつまり荷物として王城に侵入予定なのである。王城に潜入するには全員が騎士の格好をするのが一番手っ取り早いのだが、残念ながら私とセファンは騎士に変装するには身長が低過ぎる。オルトは容姿ですぐにバレるのでダメ。ジゼルさんも神子一族に顔バレしてるので却下。という訳で騎士になりきれるのが琴音しかいない。
レオンさんは普段休み時間を利用してビアンカさんに会っている。今回、レオンさんが隣国の友人からの届け物を連れと一緒に渡しに来た、という体で箱入りの私を潜入させるのだ。箱入り娘だ。何言ってるんだ。
「いつもビアンカの部屋に入る前に見張りからチェックを受ける。昨日言った作戦通り、俺が適当に理由付けてそいつを追い払った後、俺と御嬢さんで部屋に入ろう。あんたは扉の外で見張っててくれ」
「了解です」
「ビアンカの憑魔が取れ次第、窓から青色の狼煙を上げてユウ達に知らせる。ビアンカの憑魔が消えたらたぶんガブリールが気付くからな。そしたら俺はユウ達と合流してギルベルトおじさんの部屋に行くから、あんたは御嬢さんとビアンカを連れて王城から逃げてくれ。もし失敗したら全員退散の緑の狼煙か助けを求める赤の狼煙だ。じゃ、二人を頼むぜ」
「はい。命に代えてもお守りします」
「ちょっと! 命に代えるとか不吉なこと言わないで!」
「八雲、荷物が喋ってはいけませんよ」
「むー……」
箱の外から聞こえる会話に反応したところを琴音に制止される。ここからでは琴音の姿は見えないが、何となく彼女が今どういう表情をしているのか分かった。
「さ、時間が無え。行くぞ」
「はい」
琴音たちが動き出す。私は箱の中で葉月を抱えたまま息をひそめて座っていた。
琴音がカートを押し、小さな段差を通る度にお尻の方から振動がくる。馬車旅を思い出した。王城内の通路を通り、階段の場合は琴音が箱を抱えて上り、いくつも角を曲がってビアンカさんの部屋に近づいていく。まぁ箱の中の私は何となく進んでいることを感じることしかできず、王城内の風景を堪能することはできないのだが。
ちなみに私の頭の上にある仕切りの上には大量の花束が乗っている。もし荷物検査で蓋を開けられても、私が見えない様にするためだ。そのため箱の中には花の甘い香りが充満していた。
しばらく琴音達は無言で歩いていたが、いくつか階段を上がったところでレオンさんが声を出す。
「あそこがビアンカの部屋だ」
「見張りが一人、ですか」
どうやらビアンカさんの部屋のすぐ近くまで来たらしい。レオンさんが進行方向に走って行く音がする。
恐らく見張り役、と思われる男性とレオンさんが会話する声が聞こえた。琴音もゆっくりとレオンさん達の方へ進んで行く。
「では、くれぐれも妙な気は起こさない様に」
「あぁ、分かってるよ」
琴音が二人に近づいたところで、男性が去っていく音が聞こえた。レオンさんが適当に言いくるめてどこかへ行かせたのだろう。カートが止まる。きっと今目の前にビアンカさんの部屋があるのだ。
「うし、入るぞ」
「はい」
「──おやおや、何をしているのかなレオンさまさまっくりーにぃ」
「「「!!?」」」
突然、私の知らぬ人の声が聞こえた。高い、子供の様な声だ。
「が、ガブリール!? 何であんたがここに……」
「ほほ、さっき窓からレオン様とそちらの騎士殿が見えたからちょいと気になって覗きに来たんだよーでりっく」
「な……」
レオンさんと琴音に緊張感が走るのが分かる。葉月もそれを感じ取り、警戒している様だ。
レオンさんがガブリール、と言ったが、確かそれはレオンさん達が憑魔を埋め込まれた時にその説明をした人物の名前だったはず……! というか、何だその変な語尾は。
「そちらの騎士殿、見かけない顔だけどどちら様なのかなるじっとぉ」
「ビアンカへの贈り物を一緒に運んでくれた新入りだ。見ての通り、大荷物でよ」
「へぇーえ? 新入りが入るなんて話、ガブは聞いてないけどなるなるしー?」
「騎士団が一体何人で構成されてると思ってんだ。このフェラーレルだけで十万人以上いるんだぞ。いちいち新入りの話なんてあんたの耳に入らないだろ」
「でもでも王城に入る人間の名前くらいは事前に通してもらわないといけない規定になってなかったかなっとれんぐす」
「そうか? きちんと申告したはずなんだが……もし手違いで聞いて無かったら申し訳無え。取り敢えず今取り込み中だからさっさと……」
「そ、れ、に、今! 二人一緒にお部屋に入室しようとしている様に見えたよんどっく。部屋にはレオン様しか入っちゃいけない約束なのではーれすてっど」
「いや、別にそんなことは……」
マズイ、風向きが怪しい。箱の中からではどんな人物かは見えないが、明らかにガブリールという者はこちらを疑ってきている。
すると、レオンさんの小さな囁き声が聞こえた。
「俺があいつをここから引き離す。あんたはその間に部屋に入ってくれ」
少しの沈黙が流れる。琴音からの言葉は聞こえない。目でレオンさんに合図でもしたのだろうか。
すると一人がガブリールの方へ歩く足音が聞こえた。音の主はレオンさんだろう。
「あー、誤解を招く様な真似してすまねえ。そんなに気になるなら一緒に今から帳簿の確認しに行こうぜ。新入りの名前が載ってるはずだ。あいつはあそこで待機させとくからよ」
「んーでもガブ達が行っている間に妙なことしようだなんて考えてないないーりんぐぅ?」
「じゃあ妙な真似できねえように剣はあんたが預かっとけばいいさ。おい、新入り剣を貸せ!」
「はい」
琴音がレオンさんの元へ早足で歩いて行き、腰に携えていた剣を恐らく渡した。そもそも琴音の騎士服も剣も借り物だが。
「じゃ、さっさと行こうぜ」
「んー、まぁ仕方無いですねんどらー」
レオンさんとガブリールが離れていく音が聞こえる。それと同時に琴音がこちらに戻ってきた。よし、これで今のうちにビアンカさんを……
するとその時、葉月が急に琴音達とは逆の方向を向いて全身の毛を逆立てる。
「ま、待ってください!」
同時に琴音が慌ててこちらに駆けてきた。私も背後に何者かの気配を感じる。
箱のすぐ後ろに──誰かがいる。
「……ただの荷物じゃないな。花の香りに紛れて……人間の匂いがするぜぇ」
「「──!!!」」
私がいることがバレている。一体そこにいるのは誰だ。コンクエスタンスか!? 今すぐ箱を飛び出して逃げるべきか!?
すると箱の蓋が開けられる音がする。血の気が引いた。
「八雲!! 行きますよ!!」
直後、箱の外側が光り、爆発音が聞こえた。そして箱が斬り裂かれ、私の瞳に明るい爆発の炎が映る。目を見開いて状況把握を図る私を琴音が抱きかかえて素早く飛んだ。
「怪我はありませんか!?」
「えぇ!」
爆煙の中を抜ける琴音。華麗に着地した先、そこは王城のどこかの一室の様だった。綺麗に整理された本棚や、可愛らしい置物が置いてある机が目に入る。爆破された扉から灰色の煙がもくもくと部屋の方へ入ってきていた。
「えっと、ここは……」
「だ、誰ですか!?」
笛の様に綺麗に澄んだ声が聞こえた。私はそちらを見る。するとそこには、青い髪を床に着くほど伸ばした愛らしい瞳の女性が立っていた。手足に枷が付いている。
「ビアンカさんですね? 急ですみませんが、一緒に来てください!」
「え、え!?」
「私達はあなたの兄、レオンさんの仲間です。事情は後で話しますので」
「え、えっと……」
私を抱えたまま琴音がビアンカさんに近づいていく。ビアンカさんは状況が飲み込めずあたふたとしていた。
直後、琴音が何かを察知して跳躍する。すると扉の方、煙の中から狼男が爪を立てながら飛び込んできた。あと少し飛ぶのが遅ければ私達は八つ裂きにされていたかもしれない。
琴音は天井に張り付く。抱えられたままの私も宙吊り状態だ。
「ずいぶんなご挨拶だなあハッハァ!! ちょっとビビっちまったぜぇ!!」
頭部は狼、手は爪がやたら鋭く伸びた人間、足は狼、尻からは尻尾が生えている奇妙な男。人間でも、獣魔でも無い。こいつはまさか。
「合成獣!?」
「お? 合成獣知ってんのか箱入り娘。てことは……オレらコンクエスタンスのこと知ってんだよなぁ? 姫の部屋に侵入するとか何者だよオイ」
「答える義理はありませんね」
「へぇ、舐めやがって。……ぶっ殺す!!!」
「ひゃあ!」
逞しい狼の脚のバネを使って勢いよくジャンプする狼男。牙を剥いて私達に迫る。
琴音はすぐさま天井を蹴って飛び、避けた。それと同時に苦無を放つ。しかしそれは狼男に躱された。
「うおぅ、危ねえもん投げんなよ」
こちらを睨みつけながら毛を逆立てる狼男。すると彼は拳を握り、唸りだした。力を溜めている様だ。
「はぁ、面倒くせえから一気に行くぞ……!!」
「八雲、しっかり掴まっていてください」
「うん!」
すると狼男の腕からフサフサの毛が生え、肩の付け根から指の先まで狼化する。指先についていた鋭い爪は更にその長さを鋭さを増した。二足歩行していること以外はもう完全に狼の獣魔だ。
「ウオオォーーーゥ!!!」
狼男が遠吠えをする。そのあまりにも大きな爆音で、耳がキーンとなった。
そして遠吠えを終えた狼男がうなだれる。彼は長く息を吐いた。……来る。
直後、狼男が鬼の形相でこちらを睨み、飛びかかろうする。だがその瞬間。
「──動くなよ」
狼男の動きが止まった。彼は大きく目を見開く。
彼の喉元に剣が添えられていた。狼男の懐に入り、大手を取ったのはレオンさんだった。
「今だ!! 二人連れて逃げろ!!」
レオンさんの声に反応して琴音が苦無をビアンカさんに向かって投げる。苦無は彼女を縛っていた手枷を全て破壊した。
「お、お兄ちゃん……!? 一体何が……」
「ビアンカ! そいつらと逃げろ!」
「ほーら、やっぱり悪巧みしてたじゃんじゃじゃーん」
「!」
間抜けな発言をしながら突如レオンさんの後ろに現れた男の子。……男の子? 女の子?
身長は私と変わらないくらいの中性的な顔立ちのその人は、無邪気な笑顔でレオンさんの後ろに立っている。声と口調からして先ほどのガブリールだ。
「ほうら隙ありぃ!!」
「ぐあっ!!」
ガブリールに気を取られたレオンさん。狼男はその隙を見逃さなかった。レオンさんの頭を狼男は掴み、床に叩きつける。
「ぐ……早く!!」
レオンさんがこちらに向かって叫ぶ。琴音はすぐさま苦無を投げて窓を割った。そして私とビアンカさんを両脇に抱えて外へ飛び出す。
「お兄ちゃんっ……!!」
「レオンさん……!!」
私とビアンカさんが悲痛な声をあげる。しかし琴音は構わない。
窓枠を越えると、眼下に王城の庭の景色が広がった。広い庭だ、というか高くて怖い。ちゃんと着地できるのだろうか。
私はビアンカさんの部屋の方に視線を戻す。すると窓の中、押さえつけられるレオンさんの隣でガブリールが笑った様に見えた。
「ふっふー。逃す訳無いよねるがんとー」
次の瞬間。
「がはあっ!!!」
琴音の体が大きく揺れる。彼女の方を見ると、私達を抱える琴音の腹部から黒い鋭利な物体が突き出ていた。……憑魔の爪だ。
「琴音!!」
琴音を背後から貫いた憑魔の爪、それを辿って見ていくと────出発点はビアンカさんだ。彼女の背から生えた黒い影が琴音を貫き、赤く染めていた。
ビアンカさんは何が起きているのか分からず口を開けながら震えている。憑魔の攻撃は本人の意思では無い。
重傷を負った琴音は体勢を保てない。私達三人は重力に引っ張られて落ちていく。
「ぐ……八雲、狼煙を!!」
「は、はい!!」
苦しそうに口から血を吐きながら叫ぶ琴音。私は落下しながらも琴音の腰に括り付けられていた筒に火を灯す。オルト達への合図用の狼煙を上げた。赤い狼煙だ。
そして琴音は足の指で挟んだ苦無を投げる。苦無にはロープが括り付けられており、それが琴音に繋がれていた。苦無は庭に生えていた木に刺さる。
「ひゃああ落ちる、落ちるー!!」
地面がどんどん近づいてきた。血の気が引く。ビアンカさんは放心状態だ。
そして地面にぶつかる直前、張り切ったロープにガクンと引っ張られた。反動で少しだけ上昇する。
しかし三人分の重量を支えきれず、木に刺さっていた苦無が外れた。私達は自然落下して地面に打ち付けられる。全身に衝撃が走った。
「う……痛た……」
「はうぅ……」
私とビアンカさんが起き上がる。ロープで落下の勢いが殺されていたこと、地面が芝生だったこと、そして何より琴音が下敷きとなってくれたお陰で私達二人は軽症だ。
「琴音!! 大丈夫!?」
私達は慌てて琴音の上をどく。彼女の腹部からは血が大量に流れ出ていた。服が真っ赤に染まっている。ビアンカさんから出ていた憑魔は消えていた。
「や、くも……早く、ビアンカさんを連れて逃げ……」
「何言ってるのよ!? 今治すからしっかりして!!」
腹に穴を開けられた上に全身を強く打ち付けた琴音は虫の息だ。表情から生気がどんどん失われていく。
「ご、ごめんなさい……わ、私が……私のせいでっ……」
「あなたのせいじゃ無いわ! 悪いのはあなたの中にいる憑魔!」
「ど、どぅる……?」
「後で詳しく説明するわ! 今は取り敢えず琴音を助けて早くここから離れ……」
私はそう言いかけたところで、背後に殺気を感じた。ビアンカさんは青い顔をして後ろを見る。
「だーかーらーぁ、逃がさないって言ったよねーでるわいすぅ」
私の背後で、愉快そうにガブリールが笑った。