第157話 ローウェンスの苦難
レオンさんに抱えられた状態で眠りにつくオルト。顔色は悪いが、表情は穏やかだ。私は懸命に彼に治療を施す。
「もう! 毎度毎度本当に無茶ばっかりするんだから……!」
「すみません、私が無理をさせてしまいました……」
「ううん、琴音の所為なんかじゃないわよ。っていうか琴音も酷い怪我よ? オルトの治療が終わったらすぐ治してあげるわね」
「はぁ、御嬢さんの力本当に凄えな? みるみるうちに治ってく」
私の治癒術を見て感心するレオンさん。彼には既に私の能力のことは説明してある。
「でも傷を治すことはできても失った血を戻すことはできないわ。だから流した分の血はちゃんと自分で作り直してもらわなきゃいけないの。オルト、この怪我だとたぶんかなり出血してたはずよ。傷を治したら早く休ませて栄養のあるもの摂らせないと……」
「なんか八雲医者みてーだな」
「これだけ毎回傷だらけで倒れられてたらさすがに私も分かるわよ……」
「ある程度治療が終わったらすぐに場所を移しましょう。また襲撃があるかもしれませんし」
「でもどこで休むんだ? こんな時間じゃ新しく宿取り直すなんてできねーよな」
「それならアテがあるから来い。そんなに広い部屋じゃないが、まぁこの人数が雑魚寝するくらいのスペースはある」
「え、レオンさんの家に泊めてくれるの?」
「いや、家じゃねえ。……まぁ、ついてくりゃ分かる」
「なんだそりゃ? ……まぁ他に行くところもねーし良いか」
セファンはサンダーを撫でながらそう言う。すると琴音がこちらに歩いて来た。
「……私は反対です」
「「琴音?」」
琴音が低いトーンで発言する。そして、私達の目の前に立った。
「八雲、本当にその方は信用できる方なのでしょうか? いくらオルトの昔の友人だとはいっても、簡単に信頼して良いのですか? 彼は神子一族です。もしかしたらコンクエスタンスと繋がるスパイの一人なのかもしれませんよ。自分のアジトに私達を連れて行って殺す算段なのかもしれません」
「こ、琴音何言ってんだ!? レオンさんが悪い人間なら俺達を竜の鉤爪から助けたりしねーだろ?」
「一度助けて信用させた方がアジトに連れ込み易いからかもしれませんよ?」
「な……そ、それに、もし悪いこと考えてたらオルトがさっき気付いたんじゃねーか? 親友なんだし様子が変だったらきっと分かるだろ! 大丈夫って分かったからこうしてぐーすか寝てんじゃねーか?」
「それは逆ですね。親友だからこそ、裏切るはずがないという思い込みが発生します。親友フィルターがかかって隠れた悪意に気付かなかっただけでは? それに、先ほどのオルトは体力も氣力も消耗してヘトヘトの状態でした。そんな状態では観察力も洞察力もガタ落ちしていたはずです」
「ぐぬぅ……」
「琴音……」
私はオルトの治癒を続けながら琴音を見上げる。彼女は冷たい目でレオンさんを睨みつけていた。手には苦無が握りしめられている。完全に臨戦態勢だ。
対するレオンさんはその琴音の表情を見て溜息をつき、オルトの体をゆっくりと床に寝かせた。そして立ち上がり、琴音の険しい視線を真っ向から受け止める。
「ま、当然の反応だな。むしろこいつらが警戒しなさ過ぎだよ」
そう言ってレオンさんは腰に携えている剣に手をかけた。
「ま、待ってよ二人共! ここで戦うだなんて……」
私はオルトの治療を中断して立ち上がり、二人を止めようと声を出す。
すると、レオンさんは剣を抜かずに鞘ごと腰から外した。そしてそれを静かに琴音の前に置く。
「まだちゃんと名乗ってなかったな。俺の名はレオンハルト・ローウェンス。今は統合されちまった神子一族、ローウェンス家の長男だ。このユウフォルトスとは幼馴染で親友。今はユニトリクの騎士団に所属している。俺はあんたと戦う気は無いし、スパイでも敵でも無い。敵じゃない証拠って言われちまうと困るが……俺がむしろそのコンクエスタンスとやらの被害者だってのはそこの御嬢さんが証言してくれるんじゃねえかな」
「八雲が……?」
レオンさんと琴音が私の方を見る。琴音は訝しげに眉をひそめていた。
「琴音、あのね。実はレオンさんに憑魔が憑いてたの。偶然私がさっき浄化して今は大丈夫なんだけど……」
「な……!」
「体の中の憑魔にずっと今まで監視されてたんだが、さっき御嬢さんが解放してくれたお陰で気兼ねなく本当のことを話せる。だから感謝してるんだ」
「本当のこととは?」
「ま、それについては一先ず場所を移してからにしようぜ。ここだと誰に聞かれるか分かんねえからな。それに、ユウにも聞いてほしい。宿の弁償やらは盗賊団の被害に遭ったってことで騎士団の方で手続きしとくよ。あぁ、疑いが晴れねえならその剣はあんたが持っててくれ。もし俺が怪しいと思ったらいつでもそれで俺を斬ってくれて構わねえよ」
「……」
レオンさんが真剣な目で、琴音が険しい目で互いを見合う。そして少しの沈黙の後、琴音が溜息をついた。
「……分かりました。取り敢えず今はあなたの言葉を信じましょう。あなたが言う本当のこと……つまり、コンクエスタンスと神子一族のことですよね? それを移動先でしっかり聞かせてもらいましょうか」
「琴音……!」
琴音がなんとか信じてくれたことに私はホッとする。セファンもふう、と溜息をついていた。
「ですが、少しでも妙な行動をすればすぐに斬り捨てますからね」
「あぁ、分かってる。じゃ、取り敢えずすぐ荷物まとめて出発しよう。えーと、ユウは俺が担いで行こうかと思ってたんだがその様子じゃ俺がやらない方が良さそうだな?」
「オルトは風太丸に運んでもらいます」
「オルト、か。今ユウはそう名乗ってんだな……」
複雑な表情でレオンさんはオルトを見る。
すると、風太丸が窓から部屋に入ってきてオルトの傍に着地した。琴音がロープでオルトを風太丸に括り付ける。
「へぇ、あんた鳥使いなのか」
「……」
レオンさんの質問をガン無視する琴音。しかしレオンさんは特に気にした様子は無い。
「オルト何か荷物みてーだな。ってか治療はもう大丈夫なのか?」
「取り敢えず応急処置はしたわ。後は移動してからゆっくりやるかな。琴音は今治療しなくても大丈夫なの? だいぶ怪我が酷いけど」
「私は大丈夫です。多少移動するくらいなら問題無……あ、やっぱりここだけ治してもらっていいですか? もし彼が裏切った場合力が出せないと困るので」
「あーもう、はいはい」
私は琴音が差し出した腕の傷を癒す。かなり深い傷口なので相当痛いはずなのだが、良く今まで平然としていたものだ。オルトといい琴音といい、痛覚が馬鹿になっているとしか思えない。
「さ、早いとこずらかるぞ」
こうして、私達はレオンさんに連れられて宿を後にした。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
フェラーレルの閑静な住宅街。その一角にある家に私達は連れてこられた。周囲の家となんら変わらない、一般的な戸建て住宅だ。
琴音は手際よく風太丸からオルトを下ろして背負う。私も一応警戒しながら中へと入った。
「ここは元々俺の遠い親戚の四人家族の家だったんだがよ、神子一族が統合されるってなった時にどっかに行っちまった。統合された一族に入りたくなくて国外にでも逃げたのかな。まぁその後は分からねえけど今は誰も住んでねえ」
「確かにいきなり一族を統合するなんて言われたらビックリしちゃうわよね。統合を嫌がった人達は結構いたの?」
「統合して喜んでる人間なんてほぼ一部だ。だが……俺達に拒否権なんて無かった」
レオンさんが悔しそうに言う。彼は喋りながら私達をリビングへと案内した。落書きの入ったテーブルや小さなシミがついているソファ、それに写真立てや子供の絵など家族が暮らしていた頃の名残が見受けられた。本当に、ごく普通の家だ。琴音がオルトをソファに下ろして寝かせる。
「神子一族が統合されたのってエルトゥールが滅ぼされてすぐのことなのよね? 一体何があったの?」
「それについてはユウが起きてからちゃんと話す。取り敢えずもう夜も遅いしあんたらボロボロだから一旦寝て休んだ方が……」
「ん……」
「オルト!」
するとソファで寝ていたオルトが目を覚ます。目を擦りながらゆっくりと上体を起こした。
「オルト大丈夫? まだ寝てた方が良いわよ?」
「ん……大丈夫。それよりここはどこだ? あれからどれくらい経った? 俺が寝てる間にどうなった?」
「ここはレオンさんの親戚のお家よ。今は誰も住んでないみたい。オルトが気絶してからそんなに時間は経ってないわ。宿はめちゃくちゃになっちゃったし、誰かに話を聞かれても困るからここに移動したの」
「そうか……」
重い瞼をなんとか持ち上げながら周囲を見回すオルト。するとレオンさんが溜息をついた。
「えらく早起きだな。まだ寝てていいぞ」
「そーだぜオルト? 血が全然足りてねーんじゃねえの?」
「うん。まぁ貧血でフラフラするけど、それより今は情報交換がしたい。色々気になって安眠できないよ」
「全く……もう少し自分の体を大事にしてほしいわ」
「本当ですね」
「琴音も人のこと言えないからね?」
私の発言を聞いて琴音がキョトンとする。そして少し恥ずかしそうに目を逸らした。
「じゃあ、お互い情報交換といこうか。……とその前に、大前提の話をしなきゃな。ユウ、お前コンクエスタンスって組織のことは知ってるんだよな?」
「あぁ。秘密裏に動く裏の組織で、神子信仰の撲滅を狙っている。世界各地の神子信仰のある土地で起きている厄災の原因を作り出しているのが彼らだ。竜の鉤爪に依頼して十年前にエルトゥール一族を滅ぼしたのもそいつらの仕業。そして……神子一族、しかも玉座に近い人間の中にそのコンクエスタンスのスパイがいる」
「あぁ、その通りだ。ってか国外にずっと居たくせにそこまで分かってんのか。凄えな。……で、そいつらの危険なところは他人を操ることができる憑魔っていう奇妙な術を使うところだ。合成獣を作る実験もしてるっぽいが、それよりは憑魔の方が厄介だな。なんせ俺も憑魔を憑けられて非常に面倒な思いをしていた」
「! レオンに憑魔が……!?」
「さっき私が浄化したから安心して」
レオンさんがキッチンからお茶を人数分持ってきてテーブルに並べた。彼に促されて私とセファン、琴音が椅子に座る。オルトは少し体を起こした状態でソファに寝そべっていた。
「さて、じゃあ本題に行こう……まずは俺から今までこの国で起きたことを全部話そうか」
レオンさんが琴音を見ながらそう言う。琴音はレオンさんの剣を握ったまま無表情で視線を返していた。
「ユウ。お前の家族が全員皆殺しにされた次の日、俺と父上と母上とビアンカはバルストリア家に緊急会議の名目で呼び出された。エルトゥールが一夜にして滅びたってことで、原因究明と神子選考をどうするかってことを話し合うためだ。そこで俺達家族は──口封じの憑魔を埋め込まれ、ビアンカを人質に取られた」
「「「「!!」」」」
「いきなり暗い部屋に押し込まれて気絶させられて、気がついたら憑けられてたから誰にどうやってやられたのかは分かんねえ。起きたらガブリールって奴に術の説明された。さっきまで俺の中にいた憑魔はもし俺が妙な行動をすれば術者に通報されるって仕組みのものだ。俺が見たもの聞いたものを俺の中でずっと見張ってて、少しでもコンクエスタンスのことを嗅ぎつけようとしようもんなら通報されてビアンカが苦しむ。だから、コンクエスタンスに逆らうことも奴らについての情報を調べることもまともにできなかった」
「ちょっと待て、バルストリア家で憑魔を埋め込まれてビアンカも人質に取られたってことは……」
「あぁ、バルストリア家にコンクエスタンスの一員がいる。王候補者を消すためにエルトゥールに竜の鉤爪をけしかけたのもそいつだろう。今のバルストリア家がどこまでコンクエスタンスに染められてるのかは良く分かんねえ。で、あの日から俺達はバルストリア家の言いなりだ。ちなみに今王座に座ってんのはバルストリア家の人間だ。でも国民どころか俺達にも顔を明かしていない」
「顔は表に出さず、名前だけ出てるのか? 確かゼルギウスって人だよね? 俺は全くそんな人物に覚えが無いんだけど」
「俺も初めて聞く名前だったから驚いたよ。ローウェンス家当主である父上がバルストリアの言いなりになっちまったから、ローウェンス家は簡単にバルストリアに吸収された。まぁ合併ってことになってるけどな。お陰で一族内で大混乱が起きて大変だったぜ。一族を抜ける人間もたくさん出たしな」
レオンさんが天井を見上げながらそう言った。
ここの家主も、その合併騒動で一族を抜けた一員なのだ。幸せな家庭を築いていたはずなのに、ある日を境に全てが変わり崩れ落ちる。信頼していた当主が急に軟弱になり、長い歴史を刻んでいた一族をいとも簡単に吸収させるとなれば一族内での反乱は不可避だっただろう。きっと血も流れたはずだ。
コンクエスタンスはローウェンス一族にも多大なダメージを与えたのだ。
「父上は今の王城であるバルストリア家の屋敷で王の側近をやってる。まぁ側近っていうか副王っていうか……王に近い権限を持った立場だ。一応ローウェンス家の人間も力のあるポジションに置いとかないと、国民がバルストリア家が他の二家を排したんじゃないかと疑うからだ。だからあくまでも、強い王族を作るために仲良く統合したってことに表向きはしてある」
「なかなかゲスいことするよなコンクエスタンスって……ホント抜け目ねえって言うか」
「まぁ今まで会ったコンクエスタンスの関係者にまともな人間なんていませんでしたからね」
「レオンもずっと言いなりだったんだよな? 騎士団に入って何か色々やらされたのか?」
「たまに国王命令で隣国攻めさせられたりとかはするかな。まぁでも国を守るための行為の命令が殆どで、変な命令は出されねぇ。それに無茶振りやらされまくってる父上と母上は王城に軟禁状態だけど、俺は普通に外を出歩ける。割と自由にやらせてもらえてるぜ。コンクエスタンスに関わる部分以外は」
「ビアンカは今どうなってるんだ?」
「鳥籠の中だ。王城の部屋に閉じ込められて、そこで一人でずっと過ごしてる。俺だけは面会を許されてるから、行ける日は毎日通ってるけどな」
「そんな……」
思わず声が漏れる。レオンさんの妹は憑魔を憑けられた挙句、この十年間ずっと監禁生活を送っているというのか。何と酷い話だろう。
「ビアンカに埋め込まれた憑魔が一番危険だ。俺達家族がもし謀反と取られる行動をすれば、すぐ術者に通報されてビアンカに憑いた憑魔が命を刈り取る。前に一度、エルトゥール一族が滅びた時の記事を見ようと思って資料室に入ろうとしたら、通報されて脅されたよ。ビアンカも殺されはしなかったが痛い目に遭わせちまった」
「八雲が憑魔を浄化したのは相手にバレないのですか? もし憑魔が消えたのが知られれば妹殿は危険な目に遭うのではありませんか?」
「それは多分大丈夫だ。俺に埋め込まれてた憑魔は俺が妙な行動をした時のみ、術者と交信してた。普段は交信してねえみたいだから、連絡が無くても俺がただ大人しくしてるって思われるだけだろ。浄化される時に交信する暇も無かったしな」
「なるほど……それで憑き物が消えたあなたは晴れてこうして本当のことの暴露が出来ているということですね」
「そういうこと」
レオンさんが指を鳴らす。セファンはいまいち会話についていけてない様で、眉間に皺を寄せながら首を少し傾げていた。
「でもコンクエスタンス関連のことを調べるのを禁止されてたのに、どうしてレオンはコンクエスタンスのことをそんなに知ってるんだ? 憑魔を憑けられた当時はコンクエスタンスなんて組織知らなかっただろ? 仮にも秘密組織なんだし、調べるの止められてたら組織名すら分からないと思うんだけど」
「あぁ、そりゃ心強い味方がいたからな。そいつに色々教えてもらった」
「味方?」
「おう。ユウも良く知ってる人だぜ? もうすぐここに帰ってくるかもな」
「え、帰ってって……ここって誰も住んでないんじゃなかったかしら?」
「ま、表面上はな。とある事情で身を潜めなきゃいけない人だから、誰も住んでないってことにしてある。俺が定期的に掃除の名目でここを訪問して、水道とかが使われてても変じゃない様にカモフラージュしてな」
「俺が知ってる人で、身を隠さなきゃいけない人物……?」
オルトが顎に手を当てて考える。
するとその時、玄関の方で物音がした。ドアが開く音だ。
「お、タイミング良いな。ちょうど帰って来たか」
レオンさんが玄関の方へと歩いていく。ここからでは玄関は死角になっており、誰が家に入って来たのか分からない。私達四人は廊下の方をジッと見つめた。
すると、足音と共にレオンさんがリビングへと入ってくる。そしてその後ろから来たのは五十代くらいの女性だった。
「……!!?」
突然オルトが立ち上がる。とても驚いた表情で女性を見ていた。対する女性も驚いているらしく、目を見開いてオルトを見ている。
すると、オルトが縋るような声を絞り出した。
「…………ジゼル?」




