第155話 橙色美青年の激昂
橙髪の男は柔和に微笑みながら喋る。鉤爪の男は腕を組んだままじっとこちらを見ていた。
「うむ、いかにも。我々は竜の鉤爪の最高幹部職の二人だね。後ろの彼がボスで、私がナンバーツーの……」
「おい、言わんでええ」
「おっと、すまない。そうだね、お忍びで人攫いに来たのに自己紹介していてはいけないねっ」
ペラペラと饒舌に喋る橙男を後ろの男が制止する。というか、今確かにその鉤爪男のことをボスと言った。やはりこいつがオルトの家族を殺したその人なのだ。
「ところで少年。せっかく我々トップツーがこうして出向いたというのに、肝心のエルトゥールが見当たらないのだがどこにいるのかね? あ、いや一番肝心なのはそこの治癒娘なのだがねっ」
「……さーな」
「ふむ、少々反抗的な態度だね。でも分かっているのだろう? 君は私には敵わないことが。大人しく従った方が賢明だと思うよ?」
「……」
セファンの足が僅かに震えている。セファンだけではない、気づけば私の足も震えていた。本能が逃げろ、と叫んでいる。
「なかなか強情だね。でもそういうのは嫌いじゃないよ。美しい仲間愛というやつだねっ」
「オルトに会って、どーするつもりだよ?」
「んん? まぁちょっと戦ってみたくてねっ。だって興味あるじゃないか! なんてったってこのボスから逃げおおせたというのだからねっ。しかも当時まだ小さな子供だったというではないかっ。成長した今、一体どれほど強くなっているのだろうねっ」
「……おい、さっさと娘を回収して出るで。ここにエルトゥールはおらへん。時間も無い」
「ふむ、確かにそうだね。じゃあ少年、悪いが君には死んでもらおう。エルトゥールは自力で見つけるさ」
「!!」
すると、橙男が鎌に手をかけた。先ほどまでの温和な雰囲気が消え、急に表情が暗くなる。そして鋭くなった目つきでこちらを見た。その突然の変貌ぶりに私は尻込みしてしまう。体が震えて上手く動けない。
「っ!! そうはさせねーっ!!」
セファンが叫ぶ。それと同時に床から岩ドリルが生えた。素早く何本も伸びるドリルが二人の男を狙うが、橙男が軽く一振りした鎌でそれは一掃されてしまう。
しかしそれは囮だ。男の上に飛び上がったセファンと鎧サンダーが同時に炎を放つ。だが橙男はいとも簡単に鎌で炎を振り払った。
「威勢は良いけど、子供騙しだね。それでは私は討てないよ」
「ハッ! んなこと分かってらぁ!!」
次の瞬間、橙男のすぐ後ろの床からドリルが突き出た。気配を察知したらしい男はヒラリと身を翻しながら躱す。
「おや、三段構えで来るとは子供にしては中々の……」
「余裕ぶっこいてんじゃねーっ!!」
「!」
橙男が躱した先に、その行動を読んでいたセファンとサンダーが待ち構えていた。セファンの拳が男の腹を殴りつけようと、そしてサンダーの鋭い牙が足を引き千切ろうと迫る。
「があ!!」
「ガウッ!!」
だが直後、吹き飛ばされたのはセファンとサンダーだった。男が素早く振り回した鎌の柄に殴り飛ばされたのだ。彼らは壁に打ち付けられて床に崩れ落ちる。
「ふふ。少年、良く鍛えている様だね。良い動きだ」
「ぐ……てめーに褒められても嬉しくねーよ」
「おや、立ち上がれるか。丈夫だね。結構強く殴ったつもりだったんだけどな」
「へっ! 今まで散々痛い目には遭ってきてるからなぁ! こんなん慣れっこだぜえ!」
再びセファンが飛びかかった。今度は懐から短剣を取り出し立ち向かう。
橙男が返り討ちにしようと鎌を構えた時、突如部屋内に砂煙が舞い上がった。セファン達が出したものだ。濃度の高い土色のベールが周囲を包んで全員の視界を奪う。
直後、何かが打ち付けられる大きな音がした。
「せ、セファン大丈夫……?」
私は不安げに声を出した。すると目の前の砂煙が窓から吹く風によって掻き消され、部屋の中の戦況が明らかになる。
「がは……」
「ガル……」
「セファン! サンダー!!」
そこには、橙男の下でもがくセファンとサンダーがいた。セファンは鎌で床に首を押し付けられて苦しそうにしており、サンダーは腹を踏みつけられて喘いでいる。
「残念だけどこの程度じゃ目くらましにはならないね。さて、急いでるから仕留めさせてもらうね」
「ま、待って!! その人達を殺さないで! 大人しく捕まるから……」
「な、八雲!?」
ハッキリと分かる。この人達には勝てない。力の差が圧倒的過ぎる。このままでは私以外全員皆殺しだ。そんなのは絶対に嫌だ。……しかし私には戦える力なんて無い。結界だって先ほど簡単に壊されてしまった。
──ならば、私が皆を救う方法はこれしか無いじゃないか。
「おい何言ってんだ馬鹿!! てかそんなこと言ってねーで俺達になんか構わず早く逃げろよ!!」
「そ、そんなことできるわけないでしょ!!」
「ふむ、またまた美しい仲間愛というやつだねっ。うーん、でも残念だね……私達は君以外を生かしておくつもりは無いよ。そうだろう、ボス?」
「……あぁ」
「……だったら、ここで舌をきって自害するわ!!」
「へぇ……なるほどねぇ?」
橙男が目を細める。暗い瞳で微笑んだ。
直後、私は全身に違和感を感じる。
「え……!?」
手足が動かない。体が全く言うことを聞かない。口や瞼も辛うじて動く程度だ。
「な、に、これ……」
「ふふ、君の体の自由を奪わせて貰ったよ。本当に自害する覚悟があるかどうかは知らないが、まぁこれで何もできないよね」
「八雲……!!」
「さて、少年にはさっさと退場してもらおうか。血で汚れるのはあまり好きでは無いんだけど……仕方ないね」
「や、やめて……!!」
私が絞り出す声を橙男は全く聞き入れない。彼はセファンの首を掴んで持ち上げ、鎌を握る手に力を入れた。そしてセファンの首を掻き切ろうと鎌を振り上げたその時。
「キュ!!」
葉月が飛び出した。鎌を振る腕に噛みつこうと突っ込む。
「おや!」
気付いた橙男が葉月を振り払おうと鎌を持っている腕を振ろうとする。すると葉月と腕が振れた瞬間、雷光が走った。
「!」
葉月が直前にコピーしていた琴音の電撃。不覚にもそれを食らった橙男が驚いて目を見開く。
そのほんの一瞬できた隙をセファンとサンダーは見逃さなかった。セファンは首を掴まれたまま、サンダーは足蹴にされたまま、岩の針を大量に発射する。
「おおっと!!」
至近距離からの攻撃にたまらず男はセファンとサンダーを手放した。そして鎌で氣術を全て薙ぎ払う。
「げほっげほっ。ナイスだぜ葉月!」
「ワウワウ!」
「キュ!!」
「はーあ、今のはちょっと驚いたね。まさかその小さな竜の子供もそんな術が使えるのか」
男は頬にできたかすり傷を触りながら言う。傷からかすかに血が滴っていた。
「……それにしても君達はとんでもないことをしてくれたね」
「「「「……?」」」」
橙男の声のトーンが急に低くなる。ガックリと下を向き、肩を震わせ始めた。明らかに、これは怒っている。
そして勢いよく顔を上げ、その整った顔が台無しになるくらいの怒気に溢れた表情でこちらを睨みつけてきた。
「この! 私の!! 完璧なる美貌に満ち溢れた顔に傷を付けるだなんて!!! 万死に値する!!!」
先程までの温和な話し方から打って変わり、大声で叫び出す男。その凄まじい威圧感に押されてセファン、サンダー、葉月が後ずさる。
「うげ……いきなり怒り出しやがった!」
「死ね!!!」
橙男が鎌を一振り。セファン、サンダー、葉月はギリギリで躱したが、しかしその斬撃は勢いのまま部屋を斬り刻む。振ると同時に発生した風圧がセファン達を吹き飛ばして壁に強く打ち付けた。床、壁、扉に大きな斬り跡が入る。もしあれに直接当たっていたら一瞬で真っ二つにされていただろう。
「ぐ、痛て……」
「よく避けたな。でも次は無い」
再び鎌を振り上げる橙男。セファン達は体を強打した衝撃でまだ動けない。
「待って!! 止めて!!」
私の声が虚しく部屋内に響く。構わず男は鎌を振り下ろそうとした。
──だがその時。
「そこまでだ悪党!!」
「!!?」
突然扉が開く。その場にいた全員が何事かと扉の方を見た。
そこに立っていたのは……ユニトリク騎士団だ。一番前に立っている青年が剣の切っ先を橙男に向け、その鋭い双眸で睨みつけている。
「民に害為す過激派盗賊団め!! 覚悟しろ!!」
「あー、騎士団のおでましかぁ……どうするボス?」
「お前が騒がしくし過ぎなんじゃ。撤退や」
「ち、少年ら殺せないのは悔しいけど……了解」
「……次は覚悟しとけ、治癒娘」
そう言って鉤爪の男は窓枠に飛び乗り、そして外へとジャンプした。
「逃がすか!!」
騎士団の青年が部屋の中に飛び込み、逃げた男を追おうとする。続いて何人もの騎士達が部屋に入ってきた。
しかしその青年達の前に橙男が立ちはだかる。
「こんな夜遅くまでお勤めご苦労様だねっ」
橙男が鎌を一振り。青年はギリギリでその斬撃を避ける。だが同時に発生した風圧で後ろの騎士達もろとも吹き飛ばされた。騎士たちは壁に打ち付けられて呻き声を上げる。
「じゃあねっ」
橙男は窓枠に乗って手を振る。そして華麗に窓枠から飛び降りた。
「待て!!」
痛みを堪えて立ち上がった青年が窓に駆けつけ、下を覗き込んだ。そして悔しそうに口を歪める。
「逃げたか……!!」
橙男が去った瞬間、私の体を縛り付けていた謎の呪縛が消えた。二人の異常なほどの威圧感から解放され、ようやく緊張が解ける。私はセファン達の元へと駆け寄った。
「大丈夫!?」
「うぅ、全身いてーけど大丈夫……」
「クゥン」
「キュウゥ」
ひとまず皆命に別状はなさそうだ。一安心である。倒れている騎士達も、皆鞭打ち程度で特に重症者はいない。
それにしても、あの騎士団の青年は確か──
私は葉月を抱え上げ、周囲にバレない様にこっそりと腕の中で治癒術をかけながら青年の元へと歩いて行く。
「あ、あの……ありがとうございました」
「君、大丈夫か? 怪我は?」
「あ、いえ私は大丈夫です……ってわぁ!」
葉月を抱えていたお陰で足元への注意が疎かになり、私は橙男が付けた床の斬跡に躓く。そして、勢い余って青年の胸へと飛び込んでしまった。驚いた葉月が腕から跳び抜け、私は治癒術を発動した状態のまま青年に抱き着く形となる。
「ちょ…………!!?」
抱き着いたその瞬間、青年の体が一瞬光る。そして何かが溶ける様な音と共に、黒い靄が体から飛び出して消滅した。
「……え?」
今の現象を私は見たことがある。
……そう、コンクエスタンスの作り出す影、憑魔が体外に排出され消えた時と同じだ。
今、目の前にいる青髪で目つきの悪い騎士団の青年──レオンハルト・ローウェンスの中から、憑魔が排出された。




