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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
162/194

【特別編】天音

本話は第148〜153話の天音ルートの話です。

 アジトの地下倉庫内で続く激しい攻防。互いの手の内を知り尽くしているだけあって、中々決定的な一手が相手に入らない。風太丸から降りた琴音は苦無、手裏剣、刀、手榴弾など様々な武器を上手く使いこなしながら攻撃してくる。私はその軌道全てを完璧に見切り、躱して反撃する。投げた手裏剣や針は見事に避けられ、短刀の刃も届かない。


「はぁ、キリがあらへんなぁ」


「……そうですね」


 琴音に戦い方を教えたのはこの私だ。当然、彼女の戦法も得手不得手も癖も熟知している。琴音はあの頃よりかなり強くなっているとはいえ、まだ私の方が戦力的には高いだろう。経験の差もある。負けているところといえば、若さくらいだろうか。


「でもこんだけ用意周到に私対策をしてきはったのに、まだ私を討てんとは修行が足りないなぁ? 私を殺すつもりで来てるんやろ?」


「……目的達成のために、師匠は倒さなければならないと思ってます」


「殺す、じゃなくて倒す、か。甘いなぁ琴音。やる時は徹底的にやれと教えたはずや」


「……」


 琴音が口をギュッと結ぶ。神妙な顔でこちらを睨みつけていた。彼女の体には至る所に切り傷や打撲の痕が付いている。対する私も同じく、体中に切り傷や打撲の痕、火傷痕があった。これらはこの戦闘の中でお互いに少しずつ付け合ってきた傷である。火傷に関してはエルトゥールにやられたものだが。


「さて、お互い致命傷は受けてへんけどもうボロボロやなぁ? 琴音は氣力がもう底をついとるんちゃう?」


「……それは師匠も同じではありませんか?」


「ふふ、まぁかなり消耗はしとるわね」


 私も氣術はあまり得意な方では無いし潜在量も多くない。正直、もうまともに術は出せないだろう。


「……これで、終わりにします」


「ほほぅ」


 琴音は姿勢を少し屈め、苦無を手前に出した。私も短剣を構える。


 直後、琴音は飛び退きながら苦無を四本放ってくる。私はそれを短剣で全て弾き飛ばし、高く跳躍した。私が飛ぶと同時に足元に投げ込まれていた手榴弾が爆発する。私は残っている天井に逆さまに着地し、足を貼り付けたまま手裏剣を投げた。琴音はそれをジャンプして避け、彼女はまた苦無を投げてきた。私はそれを弾こうとして直前で止め、天井から離れて回避する。同時に、私が手裏剣に隠して投げていた針を琴音は避けていた。

 天井に突き刺さる苦無。そこには閃光弾が括り付けられており、天井に刺さると同時に爆ぜた。眩い光が周囲を覆うが、私は袖で顔を覆って直視を避ける。そして同時に、先ほどの手裏剣に括り付けていた細い糸を引き戻した。


「ぐ!!」


 光が消えたのを感じて目を開き、床に着地する。正面には肩に手裏剣が刺さった琴音が立っていた。


「この程度のが避けられなくなってるなんて、琴音だいぶお疲れやな?」


「く……ですが師匠もだいぶ消耗してますね。毒を塗っていないなんて、もう在庫切れですか?」


「……」


 琴音の言う通り、毒入り武器は全て使い果たしてしまった。今手元にあるのは通常武器のみだ。しかし、何も問題は無い。

 私と琴音は互いの次の一手をうかがいながら睨み合う。


 踏み出すタイミングをジリジリと見極めていたその時、上方で爆発音がした。


「「!!」」


 一瞬、私達の意識がそちらへと向く。しかし私はすぐ琴音に意識を戻し、その刹那の隙を狙って手榴弾を投げた。


「しまった!」


 琴音が逃げ遅れる。琴音のすぐそばで小規模の爆発が起こった。そして私はその爆炎の中に向かって手裏剣と針を投げる。更にそこへ短刀を突き立てながら突っ込んだ。

 爆炎に踏み込む瞬間、手裏剣と針が弾かれる音が聞こえた。それに構わず私は爆炎を突き抜ける──その先に、目を見開いた琴音がいた。


「ぐぅっ!!」


 琴音の腕に短剣が突き刺さる。琴音の顔が苦痛に歪んだ。私は更に間髪入れずに彼女の腹を殴りつける。すると琴音の体が後方に吹っ飛んだ。その吹き飛ぶ体を追いかけて飛び、首を掴んで床に叩きつける。


「がはぁ!!」


 私は仰向けに倒れる琴音に馬乗りになり、首を押さえたまま反対側の手に握った短剣を振りかざした。──これを琴音の胸へと振り下ろせば命を絶つことができる。


「これでしまいや!」


 勢いよく短剣を振り下ろした。その鋭い切っ先が琴音の体に迫る。


 するとその時、琴音の潤んだ瞳が視界に入った。







「…………師匠?」



 首を掴まれた琴音が掠れ声を出す。短剣は、胸を突き刺す直前で止まっていた。


「……!」


 誰に止められた訳でもない、私が止めたのだ。琴音の目を見て、手が止まってしまった。

 琴音は首を掴む手が緩んだ隙にすぐさま私の下から脱出する。そして距離を取り、困惑に満ちた双眸でこちらを見た。


「師匠……どうして今……」


「……」


「何故止めたのですか……」


「…………やっぱり、私に琴音は殺せへんなぁ」


「な……!?」


「琴音、堪忍な。私の方が甘かったわ……情が移るだなんて情けない」


「し、師匠……?」


「今更そんなこと言われても、って感じやろ? まぁそうやろなぁ……自分の気持ちも整理できない自分に嫌気が差すわ」


「……」


「……ごめんな琴音。と言うわけで私に琴音は殺せん。でも私を殺していいんやで」


「さ、さっきから何を言っているのですか……!!」


 あぁ、もう無茶苦茶だ。自分の心も碌に制せない根性無しがこの訳の分からない状況を生み出してしまった。琴音はどうすべきか判断できずに目を泳がせている。


 しかし次の瞬間、再び上方から爆発音がした。今度は先程のものよりかなり大きく、地下倉庫内がかなり揺れる。

 すると天井に亀裂が入り、柱もヒビ割れる。地下倉庫の構造躯体が崩壊し、天井が崩れ落ちてきた。


「「!!」」


 上から物凄い質量の瓦礫が大量に落ちてくる。地下倉庫と地上階を繋ぐ扉もひしゃげて開かなくなっているし、そもそも今から通路へ向かったところで間に合わない。倉庫内には隠れられる構造物もない。全く逃げ道が見つからなかった。このまま瓦礫に押し潰され──




「師匠!!!」


 琴音がこちらに飛び込んできた。そしてまるで私を庇うかの様に覆い被さろうとする。


「琴音!?」




 直後、私達は瓦礫の雨に飲み込まれた。




 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎




 私が琴音の世話を任されたのは、彼女が竜の鉤爪に連れてこられた十歳の時だっただろうか。同じインジャの国出身で、しかも親が私と同じくノ一だということから押し付けられた。

 天才少年である弟の伊織が団から投げ出さないための人質として琴音は連れてこられており、もし使えそうなら調教して戦闘員に、才能無しなら監禁室に送れと言われた。何故私がこんな赤の他人の娘の面倒をみなければならないのか非常に不満だった。


 最初会った時の琴音の目は死んでいた。親を殺され、弟を軟禁されて絶望の淵に立っていたのだった。食べ物も碌に食べないし言葉も発しない。ずっと俯いて座ったままで、放っておけば死んでしまう状態だった。


 そんな琴音が目に光を宿したのは、私の口から母親の名が出た時だ。


「……か、母様を知っているのですか?」


「あぁ、まぁ同じくノ一やからね。昔一度、一緒に戦ったかなぁ」


「……!!」


「それがどしたん? もうあんたの母様はおらんし、私はそこまで詳しく知ってるわけじゃあらへんよ」


 すると琴音の瞳から涙が溢れる。初めて私の前で声と感情を出した。


「……母様は強かったですか?」


「せやなぁ」


「……私も、母様みたいに強くなれますか?」


「それは分からへん。あんたの努力次第とちゃう?」


「……」


 琴音はえずきながら俯く。そしてしばらく静かに泣いた後、顔を上げてこちらを見た。


「……私を、強くしてください」


「いきなりどしたん。さっきまでずっと暗い顔して座り込んどったのに」


「あなたは母様と同じ、くノ一で強いんですよね? だったら私を鍛えてください。それで、いつか母様くらい強くなれたら……伊織を助け出します」


「……つまり、強くなったら盗賊団を裏切って弟を外に連れ出したいってことなん? それ私に言ってええの?」


「……あ、え、ええっと……」


「あはは! まぁええわ! 最後のは聞かなかったことにしといたる。ここの人間を出し抜いて抜け出せるくらい強くなれるかどうかなんて分からんしなぁ」


「……! あ、ありがとうございます……」


「それに強くなりたいって心意気は好きやよ? だから……あんたをしごいたるわ」


「!」


 私の言葉を聞いて、琴音の目に宿った光が更に強くなった。強い眼差しだ。


「と言うわけで特訓つけたるで、まずはちゃんとご飯食べなさいな。体力付けんと何にもできへん」


「は、はい分かりました師匠!」


「師匠って……あは、まぁええか」


 こうして、琴音は私の元で暗殺者としての訓練を受け、竜の鉤爪の戦闘員となったのだった。



 琴音はメキメキと力を付けていった。私は何人か弟子を取っているが、その中でも才能が秀でている。幼少期にくノ一の母から訓練を受けていたこともあるが、元々持っている抜群の運動神経と忍としてのセンスには光るものがあり、年上の兄弟子達の実力をいとも簡単に上回っていった。私が琴音を鍛え始めた翌年からもう実戦に出たほどである。当時の琴音はまだ十一歳だった。


 その類稀なる実力から最初は兄弟子達と対立することもあったが、共に実践を重ねるうちに亀裂は無くなり次第に仲良くなっていった。普段は感情を押し隠している琴音も、兄弟子達の前では笑顔になることもある。そうして琴音が竜の鉤爪の中でも貴重な戦力であり、そして優秀な諜報部員として評価されてきたころ、琴音が拠点を移すことになった。


「師匠、私はランバートに移ります」


「……へぇ、ようやく異動希望を聞いてもらえたんか」


「はい」


 琴音は今まで何度もランバートに移りたいと上にかけあっていた。薬を作っている弟がそのアジトにいるからだ。弟のそばで仕事をしたい、としつこく要望していた。最初は軽くあしらわれていたが、琴音が団の中でも実力者になるにつれて上も要望が無視できなくなったらしい。


「良かったなぁ。ちょっと寂しくなるわぁ」


「今までありがとうございました。師匠、私がいなくてもちゃんと上には報告を怠らないでくださいね」


「んー、努力するわぁ」


「……する気ないですよね。そんなんだから煙たがられるんですよ?」


「あはは、別に私は気にしてないで」


 基本、盗賊団の任務をこなしたあとはその報告をボスに上げなければならない。しかし私はそれが面倒で大概何も言わないのだ。後で事が進んでいることが幹部内で発覚して怒られるのが通例である。団内で私は一匹狼だのと呼ばれていた。まぁ琴音が使える様になってからは彼女が私の分の報告まで丁寧に上げてくれるので叱られる機会は減ったが。

 とは言っても私は今の竜の鉤爪の体質が好きではないし、元々なんとなくこの団に入っただけなのでいつ追放されても特に悔いは無い。あると言えば弟子達と会えなくなるということだろうか。


「……琴音」


「はい」


「……くれぐれも変な気起こすんじゃないよ」


「……何のことでしょうか」


「琴音を預かった当初は子供の戯言と受け取っとったけど……今のあんたならやりかねんからなぁ」


「……」


「竜の鉤爪を見くびるんじゃないよ。琴音一人でどうにかしようとしても、必ず返り討ちに遭うで。裏切って弟と一緒に殺されるよりは、ここで二人共生活する方が賢いんと違う?」


「……師匠、言っている意味が分かりません」


「それに兄弟子達が今まであんたの面倒みてきたこと、忘れるんやないで。兄弟子らはあんたのこと可愛いと思っとる。裏切ったらあかん」


「私は裏切りなんてしませんよ」


 琴音の双眸が揺れる。──この子は嘘をついている。


「……約束やで」


「はい」


「元気でな」


「お世話になりました」


 私は琴音の頭を撫で、そして後ろを向いた。琴音は一礼して部屋から出ていく。

 これが、私と琴音が竜の鉤爪として交わす最後の言葉となった。






 それから数年後、琴音が盗賊団を裏切り弟と共に逃げたとの情報が入った。やはりな、という気持ちと、裏切られた、という気持ちが入り交ざった非常に複雑な心境になったのを覚えている。琴音は謀反者ということで討伐対象となり、何人もの団員が駆り出された。皆討ち損じた様だが。

 そしてしばらくしてエルトゥールがアリオストに来ているという情報が世間に広まった。当然治癒の娘と琴音も同伴しているだろう。そして隣国まできたということは、恐らく次には彼の故郷であるユニトリクに乗り込んで来るのだろう。

 私は琴音が使用するであろう侵入経路を読んで待ち伏せにかかる。しかしその心は悶々としていた。


「さて、一体どういう態度でいったらええんやろうねぇ」


 当然彼女は裏切者なので殺すつもりでいかなければならない。それが師匠としてのけじめだ。せっかく手塩にかけて育てたというのに約束を破られた恨みもある。

 だが、自分の心に何かが引っかかっているのが分かった。


「……でも迷ってる暇はあらへん。それに迷いなんてあったらたぶん返り討ちに遭うわな」


 いつも通り、非常になれと自分に言い聞かせて出陣する。琴音の行動を読んで何重にも罠を張った。





 ……しかし、取り逃がした。





「はぁ、何やってんやろな」


 まんまと逃げられてしまった。隠し通路の中で溜息をつく。

 一体私は何をやっているんだろうか。今、私は仕留められるものをむざむざと取り逃がしたのではないか。私の手に迷いがあったのではないか。


「……あかん、取り敢えず戻ろ」


 もやもやとする心を抱えながらひとまずアジトへと戻る。

 正面玄関をくぐり、通路を歩いているところでふと『報告』の二文字が頭をよぎった。いつもならボスに報告などしない。しかしこの時、私の頭の中では報告すべきだという声が囁かれていた。


「……たぶん、琴音は今夜最大戦力のエルトゥールと一緒にここに乗り込んで来るやろな。でもいくら天下のエルトゥールといえど二人じゃこのアジトは突破できへん。ボス達に殺されるのが関の山や」


 誰もいない通路を歩きながらぶつぶつと独り言を言う。


「……でも、もしボスが不在だったらどうや? 琴音は殺されずに逃げ帰れるんとちゃう? ……もし、私が琴音たちの潜伏先を教えればボスは今夜襲撃に行くと違うか?」


 一体私は何を言っているのだろう。何て馬鹿げたことを考えているのだろうか。琴音は造反者で、殺さなければいけない相手。私との約束を破った相手。それなのに何を助けようとしているのか。


「阿呆か私は……」


 私は頭を掻く。すると後方から気配を感じた。


「……キェルか」


「どしたんそんな神妙な顔して? その恰好、どっかでドンパチでもしてきたんか?」


 キェルが目を細め、悪戯に笑いながら話しかけてくる。今の独り言を聞かれていただろうか。いや、私以上に気配を読むのも隠すのも得意な人間はこの団にはいないはずだから、聞かれてはいなかったと思うが。


「……いや、私は……」


「まぁーた何も言わないで放置? ちゃんと報告はしてもらわんといい加減首切るで」


「……エルトゥールがユニトリクに入った」


「!」


「ボスがご執心の治癒の娘も一緒や」


「……へぇ、さすが諜報能力に長けた天音やな。で、潜伏先は分かっとるんか?」


「予想やけどここや」


 私は懐からメモ用紙を取り出して宿の名前と住所を走り書きする。立地と金額を考慮して琴音なら一番選びそうな宿だ。私がメモ用紙を渡すと、キェルはそれに目を通した後まじまじとこちらを見た。


「これ、ホンマやろなぁ?」


「あくまで私の予想や。でもエルトゥールが来てるのは予想やなくて事実やで」


「……ならええけど」


 キェルはメモを懐にしまい、立ち去ろうと踵を返す。そして一歩踏み出して立ち止まった。


「……なぁ天音、エルトゥールが来てるってことは琴音も一緒やろ?」


「!」


「……天音は琴音のことよーお可愛がっとったなぁ」


「……何が言いたい」


「……妙な考えは起こすなよ」


「……」


「天音のその一匹狼な行動は団内でも問題視されとる。ワィもボスもそろそろ我慢の限界や。……もし不審な行動しとったら、容赦なくぶち殺すからな」


「……」


 キェルはそう言い捨てて去っていく。私は自身の行動に疑問を持ちながら彼の背中を見送った。

 報告してしまった。これで恐らく今夜ボスは宿へ出向く。それでちょうど琴音たちと入れ違いになり、琴音は殺されずに済む。

 しかしこれは裏切り行為だ。竜の鉤爪に忠誠を誓っているなら琴音達が今夜ここへ乗り込んでくるであろうことを伝えなければならないし、裏切者の琴音の安否を気遣うなんて以ての外だ。私は一体何をしているのだろう。


「はぁ、もう分からへん……!!」


 琴音にもう一度会えば答えが出るだろうか。本気で彼女と戦い、殺そうとすれば私がどうすべきなのか分かるだろうか。


 出ているはずの答えと向き合えないまま、刻々と時間が過ぎていった。





 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎




 全身を劈く痛みに叩き起こされて目を開ける。辺り一面真っ暗で埃っぽい。ここは──瓦礫の下だ。


「……うらっ!」


 残る氣力を振り絞って風の力を借り、上に乗っかっている瓦礫を吹き飛ばした。視界が開けて瓦礫の山に覆い尽くされた地下倉庫の風景が目に入る。と、胸元に温もりを感じた。


「……琴音!」


 私と抱き合う形で一緒に瓦礫に埋もれていたのは琴音だ。生きているが全身ボロボロで気を失っている。


「あぁ、そうか。天井が落ちてきて生き埋めにされたんやったな」


 埋まる直前の光景が思い出される。琴音が何故か咄嗟に私を庇おうと飛び込んできた。だがそれを見た私の体は無意識のうちに琴音を庇うために彼女の体に覆いかぶさろうとした。結果、抱き合った状態で埋まったのである。


「どれくらい気絶してた? 今何時や? あとどれくらいでボスは帰ってくる? エルトゥールはどうなった?」


 思考をフル回転して状況把握を図りつつ、琴音を抱えながら瓦礫から脱出する。すると上方から破壊音が聞こえた。


「! 戦闘が行われとる……ってことはまだそんな時間経ってないな。場所は中庭の方か?」


 抱えた琴音の顔を見ながら、これからどうすべきかを考える。すると、不思議と笑みがこぼれた。



「……ふふ、もう答えなんて出てるのになぁ」



 もう解答は出た。覚悟もできている。


 私は琴音をここから──生かして返す。例え私が命を失うことになったとしても。



「よし、さっさとエルトゥールに引き渡して帰ってもらうで!!」


 私は中庭のほうへ駆けた。







 キェルの術にかかった私は闇に包まれ何も見えないし何も聞こえない。ただ、研ぎ澄ました神経で僅かに感じる気配を頼りに攻撃を躱し、反撃をする。キェルの憤怒も、琴音の心配そうな表情もなんとなくではあるが感じ取ることができた。

 琴音がいつまでも逃げようとしないので、風太丸を読んで無理やり退場してもらう。あとは一緒にいるエルトゥールが何とかしてくれるだろう。



 私が闇の術にハマる直前、エルトゥールに琴音を託した。強く、頭が良く回りそうで、そして竜の鉤爪から琴音と弟を連れ出したという彼になら預けられる。どうか私に代わってこの子を助けてほしい、守ってほしい。そう思いを込めて彼の元へ琴音を投げた。


「──まかせたで」


 その言葉は彼に届いただろうか。彼と目が合った瞬間、その双眸には様々な感情が渦巻いたように見えた。きっと機転の利く彼なら、私の言いたいことも察してくれただろう。



 琴音達が離れていき、キェルの殺気が増したのが感じ取れる。彼お得意の大量の武器攻撃が降りかかるのだろう。視覚も聴覚も封じられたまま戦うのは至難の業だが……最後まで抵抗してみせる。




 ──もう私は、迷わない。





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