第153話 逆転の好機
紅く煌めき、大量の火の粉を撒き散らしながら火龍は勢いよく飛び出す。周囲に張り巡らされたレオナールの見えない糸をブチブチと断ち切りながら彼の体を飲み込んだ。レオナールは竦んで動くことができず、なされるがままに炎の餌食となる。
「ぐあああああ!!」
レオナールの悲鳴が辺りに響き渡る。俺は糸の束縛が切れた宝剣を風で浮かし、両掌に打ち付けられた矢の先を斬らせた。そして手を無理やり前に押し出して矢から引き抜く。
「ぐぅ、痛っ……」
痛みに耐えながら手を抜き切り、穴の開いた両手と宝剣に貫かれた太腿、そして左腹の傷口に氷を張りつけて止血した。これで俺の体は糸からも矢からも解放され、ようやく自由に動かすことができる。顔を上げると、前方には火龍に吐き戻されて横たわっているレオナールが見えた。先ほど炎でぶち抜いた壁の穴近くに倒れている彼は全身に火傷を負っており、苦しそうに呻きながらこちらを睨みつけている。
俺は宝剣を拾い、彼の元へと歩き出した。
「ぐ……あの小僧がまさか、ここまでの力を持っていたとはな」
「フィデリオ伯父さんはもっと強かったはずだよ」
「……ふん、それはどうだかな。確かにあの時は二対一だったし私達も若かったから奴を殺せたが……だがもしあの日、今の君と対峙していたら勝てなかったかもしれないな」
「それは買いかぶりだよ」
「なるほど、ボスが取り逃がすだけのことはある。……そして、取り逃がしたがためにとんでもない化物になって帰ってきてしまった様だ」
「……」
俺はレオナールの目と鼻の先で立ち止まり、宝剣を彼に向けた。その月明かりで怪しげに煌めく刃を見ながら、レオナールは歯を食いしばって立ち上がろうとする。
「寝ていた方が良い。あんたの体はもうまともに戦える状態じゃないよ」
「全く……年は取りたくないものだな」
全身を震わせながら、なおも立ち上がるのを止めないレオナール。少しずつ体勢を起こし、ゆっくりと立ち上がりかけたその時──背後に寒気を感じた。
「はぁ、いつまでも騒ぎが収まらないと思うたら……何やってんねや」
「──!!?」
咄嗟に俺は振り向く。すると壁の穴の向こう、中庭に一人の華奢な男が立っているのが見えた。ツンツン頭に細い目、尖った鼻。
その顔立ちと鋭い殺気を感じて昔の記憶が呼び起される。……あの男を俺は知っている。
そう、子供の頃廃墟で見かけた謎の男──キェルだ。
「な……!」
やはり彼も竜の鉤爪だった。彼がナンバーツーなのだろうか。それとも仮面を被ったナンバーワン本人だろうか。いやしかし体格がナンバーワンのあいつとは違う気がする。それに声も似ているがやっぱり違──
「このロクデナシが」
舌打ちをしながらキェルは中庭に生えていた木の枝に飛び乗った。そしてこちらと視線の高さがあった途端、彼の手から高速で黒い塊が飛んでくる。
「!!!」
直後、目の前にいたレオナールの頭が叩き潰された。血をぶちまけながら首から上を失った彼の体が通路奥へと飛ばされていく。その一瞬の惨劇に、返り血を浴びながら俺は呆気に取られていた。
「な、仲間を……」
「敗者はウチの団には必要あらへん」
キェルはレオナールを粉砕した鉄球──モーニングスターを引き戻しながら澄ました顔でそう言った。
「アンタがこの騒動の犯人やな? ようここまでアジトを荒らしてくれたなぁ」
「……」
マズイ。もう既に俺の体力氣力共に限界が近い。彼がナンバーワンだろうがナンバーツーだろうが、そんな強敵から逃げる余力がもう残っていないのだ。戦うなんて以ての外だ。
「はぁ、これあんちゃんが帰ってきたらどえらい怒られるんやろうなぁ……留守番もまともにできないのか、とかどやされそうや。まぁこんなになるまで下っ端に任せっきりだったワィにも非はあるんやけど」
「留守……?」
「ん? あぁそうや。ウチのボスは今お出かけ中。運が良いなぁアンタ」
「!」
「……ってあ、金髪紅目ってアンタ近頃話題のエルトゥールか。何でこんなとこにおんの。ウチに何の御用?」
「……探し物を」
「へぇ、何やろな? 教えてもらおうか」
「それは言えない」
「連れの治癒の娘はどしたん?」
「ここにはいないよ」
「琴音はここに来てるんか?」
「いない」
「へぇ、そーかそーか」
キェルはモーニングスターの鉄球をグルグルと振り回してレオナールの血糊を飛ばす。そして鎖を掴んで回転の勢いを止め、ニヤリと笑った。
「あの日の兎ちゃんがよう立派に育ったもんやなぁ」
「……」
「あん時は邪魔が入って仕留められへんかったけど、今度は逃がさへんで」
「悪いけど、ここで仕留められるつもりはないよ」
「へぇ、余裕やなぁ? でもそんな態度取ってる場合と違うで?」
「……?」
「さっきボスはお出かけ中言うたやろ。どこ行ってると思う?」
「何……!?」
キェルが歪に笑う。嫌な予感がした。冷や汗が頬を滴る。
「まさか……」
「そう、兎ちゃんが大事にしてる姫を攫いにいったんや」
「!!!」
「はは! ボスから逃げた上にカルヴィンを倒した兎ちゃんが護衛って話だからわざわざウチのトップツー二人が出向いたってのに、まさかこっちに来てるなんてなぁ! こりゃ傑作だわ!!」
「な……!!」
あぁ、最悪だ。竜の鉤爪ナンバーワン、ツーが八雲を狙って宿へ向かっただと!? 今八雲の傍にいるのはセファンと葉月とサンダー。間違いなく殺される。
「くそ……!」
全身から血の気が引き、最悪の場面が想像される。
しかしすぐさまこの場を立ち去さろうと足を踏み出したその時、モーニングスターが目の前の床を破壊した。
「兎ちゃん、その大怪我でこっから無事に逃げられると思うか?」
黒い鉄球がめり込んで床に亀裂が走り、穴が開いて瓦礫が下階に落ちていく。鉄球に付いている数多の鋭い棘が月明かりを怪しげに反射してその威力の強さを誇示していた。床にめり込んだモーニングスターをキェルは引き戻し、鎖を掴んで先の鉄球を回し円を描かせる。鉄球と空気が擦れて音が鳴り始めた。
そしてキェルは鼻を鳴らし、再びモーニングスターを放ってくる。今度は俺を直接狙う気だ。
「っ!」
負傷で上手く動かない足に鞭を打って俺は飛び退く。間一髪、剛速球を躱した。狙いを外した鉄球は壁に当たり、豪快にその壁面を破壊する。
しかし次の攻撃に備えようとキェルの方を向いた瞬間──周りが闇に包まれた。
「これは!!」
月が雲に隠れた訳ではない。ここは完全に光の無い、真っ暗闇だ。何も見えない。何も聞こえない。先ほどまでのアジトの景色も、壁が破壊されて巻き起こった砂埃の臭いも、キェルの声も、何も感じることができない。全ての感覚がたった今までいた世界から切り離された感じだ。
「やられた! キェルの能力だ……!」
子供の頃廃墟で食らったものと同じ術。術対象者の五感を外界から遮断し、動けなくなっているところを仕留めるのだろう。恐らく今この瞬間にも、キェルは俺を殺そうと攻撃してきているかもしれない。
……しかし、これの対処法を俺は知っている。
「うおおおおお!!」
体中から残っている氣力をかき集めて練り、一気に体内に回す。全身に氣力を勢いよく巡らせて、そして体外へと放出した。すると闇が突然晴れ、元の景色が戻る。
次の瞬間目に映ったのは眼前に迫る黒い鉄球だ。
「うわっ!!」
風の力を利用して勢いよくその場から離れ、ギリギリでモーニングスターを避けた。あと少しでも闇を抜けるのが遅れていたら、闇に飲まれたまま頭を潰されて死んでいただろう。
攻撃を回避した俺を見て、キェルは鳩が豆鉄砲を食らった様な顔で立ちすくんでいる。
「ありゃ、解除できるんか!? 兎ちゃん成長したなぁ」
「俺だって負けっぱなしは嫌だからね。あの日その術を食らってから、ずっと対処法について考えてたよ。どういう術のカラクリなのかも。その術、闇の空間を操ってる訳じゃなくて、人の神経系に氣力を無理矢理流し込んで感覚を遮断してるんだろ?」
「ほほーう。……いいなぁ、説明続けてみ?」
キェルはモーニングスターの柄を握る腕を下ろし、舌なめずりをしながら暗い笑顔でこちらを見る。
「もし空間を操る術だったら、空間に飲まれた俺に父さんが何の障害も無く触れて救出するなんてことできないだろうからね。要するに、これは外面からじゃなく内面からの攻撃なんだ。俺は三度、この術から抜け出してる。一度目と二度目は父さんが触れた瞬間に解けた。三度目は、俺が我武者羅に氣力を放出した瞬間に解けた。まぁ二度目と三度目はあんたじゃなくてお宅のボスにやられたんだけど」
「……」
「同じ特殊氣術を使えるってことは……もしかして血縁なのかな?」
「さーなぁ?」
「で、術の解除法についてだけど。あんたは体から出る影を相手に伸ばして触れた瞬間、その対象者の体内に自分の氣力をねじ込んでるんだ。そしてその人の五感を司る神経系統に氣力を癒着させて、感覚を奪う。それで術にハマった人はまるで闇に閉じ込められたみたいな状態になるんだよ。だから、解決法はその神経にまとわりついた氣力を吹き飛ばすこと」
俺は人差し指で自分の頭をつんつんと突きながら説明を続ける。
「父さんが俺を助けてくれた時は、俺の体に触れて氣力を流し込んであんたの術を吹き飛ばしてたんだ。当時の俺はよく分かってなかったけどね。で、三度目に俺が自分で解けたのは偶然。でもそのお陰で術の仕組みや対策法が推測できたよ」
「……」
俯いて沈黙するキェル。そして肩を震わせ始めた。
「っあははははは!! いやぁ凄いわ兎ちゃん!! ボスから逃げただけじゃなく、ちゃーんとこの闇の仕組みと対策法までしっかり大正解にこぎ付けてくるとはなぁ! これ見破られたのは何人目やろか!?」
キェルは顔に手を当てながら上を向き、高笑いする。中庭に面する建物に声が反射して、狂気じみた笑い声が響き渡る。そしてひとしきり笑った後、ガクリと肩を落としてこちらを見た。
「はぁーあ、人の成長ってのは面白いもんやなぁ。久しぶりに良い刺激もらったわ。……まぁでも、この術見破ったところで兎ちゃんが立つ状況が悪いのは変わらんけどな?」
「……」
キェルは再びモーニングスターの柄を握る手に力を入れ、鉄球を回し始める。いつでも発射できるぞ、と言わんばかりの表情でこちらを見つめてきた。そのキェルに睨み返しながら俺は宝剣を握る手に力を入れる。しかし先ほどの負傷のせいで痛みが走り、力が上手く入らなかった。この状態では剣を振ることができない。
「さて、どうするかな……」
時間が無い。八雲達が危機に晒されている。しかし俺は満身創痍だし体力も尽きかけている。琴音の現在の状況も分からない。事態は最悪だ。
焦る心を必死に落ちつけながら、この状況の打開策を考える。後方を見ると、先ほど出した火龍がまだそこで燃え続けていた。
「これなら……一発逆転できるか……?」
思考をフル回転させながらキェルを警戒し続ける。彼は相変わらずモーニングスターを振り回しながらうっすら笑んでこちらを見ていた。まるで上等な獲物を前にした狩人の様に。
「んー、何や必死に逆転する方法でも考えてるみたいやな? でも残念、そう甘くはないで」
「それは……どうかな!」
俺は太腿の激痛を堪えながら踏み出す。痛みの走る手で宝剣を握りしめながら中庭へと飛び降りようとした。同時にキェルは振り回していたモーニングスターをこちらへ飛ばそうと構える。
──しかしその時、キェルの背後で爆発が起こった。
「「!!?」」
中庭を挟んで反対側の一階の壁が吹き飛び、瓦礫がキェル目掛けて大量に飛ぶ。キェルはすぐさま飛び退いて回避した。
「おいおい、これ以上アジト壊すのはマジでやめてくれへんかな」
「言っとくけどそれは俺がやったんじゃないよ」
投石器に設置した爆弾はもう全て発射し終えたはずだ。あれは一体何の爆発だろうか。
俺とキェルは謎の爆発が起こった一階の方を見る。直後、何かが爆煙から飛び出した。
「……天音!?」
「琴音!?」
一階から飛び出た人影がアジトの壁に張り付いた──天音と、彼女の肩に担がれた琴音だ。琴音は気絶しているのかグッタリとしている。
「……おいおい、何やってんだぁ天音?」
「おい、琴音を離せ!!」
壁に張り付いたまま天音は周囲を見回し、俺とキェルを交互に見る。彼女も琴音もボロボロの状態で、激しい戦闘を繰り広げたことがうかがえた。しかし何故天音が敵対していた琴音を抱えてあそこから出てきたのだ。そして琴音は無事なのだろうか。不安で心臓の鼓動が早くなる。
「その肩に大事そうに抱えてんのは裏切者だよなぁ? ……天音、この状況でそうしてここに出てきたってことは……覚悟はできてるんやろな」
「……勿論や」
「……?」
何故かキェルが仲間であるはずの天音に対して殺気を放っている。そして天音もそれについて動揺することなく毅然と構えていた。二人の間に緊張が走る。キェルも天音もその緊張感の意味について分かっている様だが、俺にはこの状況の意味が全く理解できなかった。何故天音が琴音を抱えてこの場に飛び出てきて、何故キェルと天音が敵対し一触即発の状態なのか。
「一体何が起こってるんだ……? いやそれより早く琴音を救出しないと……」
取り敢えず天音から琴音を奪還しないと、仲間割れの戦闘に巻き込まれてしまう。ただ、どうにかして天音に近づきたくてもこの足だ。止血こそしてあるものの、かなり負傷具合が大きい。氣術を使う手だって今は穴を開けられて、術の発動やコントロールがかなり難しい状態となっている。全くできない訳ではないが。
風を体に纏わせて素早く移動し、琴音を奪還するか? いや天音にスピードで挑むのは危険だ。それに、例え奪還できたとしてその後どうやってこの場から逃げる。琴音を抱えたまま、あの二人から逃げられる力が今の俺には残っていない。
「全く……古株のよしみで今までは大目に見とったけど……もう後戻りできへんで」
「ふん、だからもう覚悟はできてるて言うたやんか」
「へぇ、そのボロボロの状態でよう言うわ。じゃあ遠慮なしに行くわ」
俺が悶々と策を練り続けている間にも、キェルと天音の間の緊張感が更に高まっていく。キェルは再びモーニングスターを回し始めた。天音はチラリとこちらを見る。一瞬、天音と目が合った。その瞬間彼女は僅かに微笑んだ様に見える。
「……?」
天音はすぐ視線をキェルへと戻し、口を歪める。そして次の瞬間、天音がキェルに向かって飛んだ。同時にキェルがモーニングスターを放つ。
天音はヒラリと鉄球を躱し、キェルへと近づいた。そして手裏剣を投げる。
「しゃらくせえ!!」
キェルはモーニングスターの柄を握る手とは反対側の手で素早く鎖鎌を取り出し、手裏剣を弾き落とす。そして黒い影を背中から出し、通り過ぎていく天音に向けて伸ばした。しかし天音はキェルとすれ違う瞬間に彼の立つ木に巻きつけておいた細い糸を引っ張り、空中で進行方向を変えて影を躱す。そして枝伝いに飛んで次々と迫る影を回避し、俺がいる場所すぐ近くの壁に張り付いた。キェルは眉間に皺を寄せながら天音を睨んでいる。彼の顔のすぐ横の幹には銀の針が三本突き刺さっていた。恐らく天音が彼とすれ違う瞬間に発射していたものだろう。
「はぁ、今日は手の内知られてる輩とばかり戦わなかんからホントしんどいわぁ」
「手の内知ってんのはお互い様だろうがよ」
天音が溜息まじりに呟く。キェルは舌打ちした。
「天音の暗器と毒は厄介やけど……こっちにはそれ以上にたくさんの武器があるからなぁ!」
「!」
キェルがモーニングスターを放ってくる──彼はそれを放った瞬間柄を離した。そしてチャクラムを取り出し投げつけてくる。
天音は琴音を抱えたまま跳躍し、鉄球とチャクラムを避ける。黒い鉄球は俺の立っている箇所すぐそばの壁に当たり、建物を破壊した。その衝撃で俺の足場が崩れ、重力で体が下方へと引きずりこまれていく。
「くっそおお!」
俺はなんとか風を発生させて中庭の方へ飛び出し、落下速度を緩める。壁が大きく壊れたことで発生した粉塵が辺りに立ち込め、周辺が灰色で覆われてキェルと天音が視認できなくなった。
とその時、すぐ近くに気配を感じる。
「──わっ!?」
煙の中から突如琴音が飛び込んできた。いや、投げ込まれた様な感じだ。俺は落下しながらも琴音をキャッチする。すると一瞬、近くの煙が晴れて天音が見えた。彼女はこちらを見て口を開け──何かを言う。
「────」
すぐにまた粉塵に覆われて天音の姿が見えなくなる。俺は風を調節して中庭地面に着地した。そして抱きかかえている琴音の顔を覗き込む。
「琴音、大丈夫か!?」
体中傷だらけにはなっているが、致命傷は負っておらず呼吸も穏やかだ。ただ気絶しているだけらしい。琴音の無事に安堵しながら、周囲を警戒する。キェルと天音が交戦する音が飛び交っているが、今のところこちらに殺気は向けられていない。
「う……」
「琴音!」
ちょうど琴音の意識が戻り、ゆっくりと目を開ける。まだ状況が掴めていない琴音と数秒、目が合った。
「「……」」
流れる沈黙。すると琴音が目を見開いた。
「おおおオルト!!?」
「わっ!?」
琴音が顔を真っ赤にしながら俺の腕の中から抜けて飛びずさった。どうやら体は大丈夫な様だ。
「琴音大丈夫?」
「あ、えっと……!!? は、はい大丈夫ですがこここれは一体どういう状況なのでしょううぅ……?」
依然赤面しながら周囲をキョロキョロと見回し、そして質問してくる琴音。いつもの冷静な彼女とは違い、かなり挙動不審だ。
「今そこでキェルって幹部と天音が何故か戦ってる。琴音は天音に抱えられてここに来たんだけど、一体何があったんだ?」
「し、師匠が幹部と戦ってる……!? い、一体何が起こって……」
「琴音にも分かんないか。残念だけど俺にも何が起こってるのかさっぱり分からない。まぁ取り敢えずこの場を早々に逃げなきゃいけないってことだけは分かるかな」
「ここはどこですか? この粉塵は一体」
「ここは中庭で粉塵はキェルが建物を破壊したせいで発生したもの。俺はこのザマでまともに戦える状態じゃない。あと、一番最悪なのが……」
「何です?」
「宿にナンバーワンとナンバーツーが向かったらしい。八雲を狙って」
「な……!!」
「だからすぐにでも引き返さなきゃならない」
「私達の宿がバレている……ということは師匠が居場所の告げ口を……?」
「どういうことだ?」
「……後でご説明します。取り敢えず今は、すぐに戻りましょう」
琴音がそう言って一歩踏み出そうとした時、大量の短剣が俺達の前に突き刺さった。そして風が吹き、粉塵が急に晴れていく。
「……師匠!!」
俺達の目に映ったのは、天音を槍の棒部分で木に押さえつけているキェルだった。槍で首を押されて苦しそうにもがいている天音。琴音はどうすべきか悩んでいるらしく、苦無を握りしめながら天音の方を複雑な表情で見つめていた。すると、視線に気づいたらしい天音がこちらを見て僅かに首を振る。その行動に、俺と琴音は目を見合わせた。
「どうや、苦しいやろ? 今楽にしたるわ」
「ぐ……!!」
更に力を強めて押すキェル。天音の顔が更に苦痛に歪む。
「……ふん、これで勝ったと思ったら大間違いやで」
「あぁ!?」
天音は苦しみながらも口角を上げた。直後、キェルの体が勢いよく木の上へと浮く。
「なぁっ!?」
「はぁ!!」
槍から解放された天音はキェルに向かって何かを投げた。体勢を崩したまま意図せず持ち上げられたキェルは咄嗟に取り出したナイフでそれを弾く。どうやらキェルは天音の見えない糸で吊り上げられたらしい。
「今のうちにはよ逃げ!!」
「は、はい!!」
天音の叫びに琴音が条件反射で返事をする。するとキェルがこちらを睨んだ。
「あぁ!? 逃がすわけないやろが!!」
「それはどうやろなぁ?」
鬼の形相で糸をナイフで断ち切り、着地するキェル。しかし地面に着いた瞬間に片膝をついた。
「な……ぐぅ、毒盛られたか」
よく見るとキェルの背中、肩辺りに細い鉄針が刺さっていた。天音の毒入り暗器だ。
「ほら、ボサっとせんと!!」
「し、しかし……」
「あーもうアホか、何やっとる! 風太丸!!」
戸惑う琴音に痺れを切らして天音が風太丸の名を呼んだ。すると上空から風太丸が舞い降りてくる。風太丸は迷わず俺達を足で掴み、そして上空へと舞い上がった。俺はすかさず気流を発生させて風太丸の体を押し上げる。
「させるかあぁ!!」
顔を歪めながら立ち上がったキェルが大きなチャクラムを二つ、投げてきた。風太丸を打ち落とそうと鋭い刃がついた円盤が高速で迫ってくる。
「来い!!」
俺は下方に向かって叫ぶ。すると先ほど出した火龍が猛スピードで立ち上ってきた。火龍はチャクラムに追いついてそれを飲み込み、瞬時に溶かす。それと同時に火龍も消えた。
「はぁ、氣力の供給無しによく残っててくれたよ……」
火龍が消えて見えた先、中庭でキェルが悔しそうにこちらを睨んでいた。そして、彼は天音の方に向き直る。
その直後、キェルは服の中から鎖鎌や長剣、短剣、斧、槍、棍棒など大量の武器を出す。一体あの細身のどこにそんな武器を隠し持っているのか不思議だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
キェルは天音を襲いだした。次々とキェルは武器を持ち替えて天音を攻撃していく。対する天音はその猛攻を必死に避けていた。
「師匠、師匠……!!」
「琴音、暴れると危ない! 今俺達は逃げることに専念するんだ!」
「でも……!!」
「じゃないと彼女が命がけでくれた好機を無駄にすることになる!」
「……」
だんだんと中庭が遠くなり、二人の姿が見えなくなる。琴音は風太丸に掴まれたままうなだれた。
風太丸は飛翔高度をどんどん上げて町の方向へと飛んでいく。上空から見た竜の鉤爪アジトはいたるところで火災が起きており、既に半壊状態だ。
アジトから立ち上る日煙が、夜の空を赤く照らしていた。
次回は特別編として、琴音と天音の間で何が起こったのかを綴る予定です……!(唐突な次回予告)




