第149話 兄弟=姉妹
砂埃が舞う中、壁の穴からゆっくりと歩いてくる音が聞こえる。全身にチクチクと刺さる殺気を感じながら俺は剣を構えた。するとヒョロッとした長身長髪の男が、気怠そうな表情をしながら穴の中から出てくる。
「全く……あんたが侵入者ってやつかしらん? はぁ、見つけちゃったわぁ面倒くさい」
面倒くさいなら壁を切り刻まなくても良かったのに、と心の中で突っ込みを入れながら俺は男の様子をうかがう。
心底嫌そうに頭を掻きながら溜息をつく男。腰には長剣が携えられていた。細い目が特徴的なキツネ顔──どこかで見たことがあるような気がする。
「竜の鉤爪本部をこれだけ掻きまわせるだなんてあんた結構ヤリ手よねぇ? 一体何者で、何の目的でこんなことしてくれちゃってるのかしらん?」
「ちょっと探し物をしててね」
「探し物? ウチのアジトで? 何かしら」
「内緒だよ」
「あらやだ」
細い目を更に細めてくねくねと動く男。このオカマ口調といい、仕草といい、俺には見覚えがあった。どこで会ったのだろうか。記憶を遡っていく。
「……ん? あなたのその紅い目と金髪……もしかして最近話題のエルトゥールかしら!?」
「げ」
琴音の特殊メイクを長時間し続けるのは体に負担だ。よって、出発前に取ってしまっていた。まぁ天音に行動を読まれている時点でここで正体を隠す必要はなくなるので、バレたところで問題は無いのだが。
「はあぁ、まさかこんな形で出会えるとは思ってもみなかったわん。神に感謝しなきゃねぇ」
「は?」
俺に会えて感謝? 一体何が言いたいのだ。
「……あら、覚えてないのかしらぁ? 私を見れば気付くかと思うんだけど……それほど記憶に残らない人物だったってことかしらねぇ。あぁ屈辱」
男はそう言いながら髪をかきあげ、舌なめずりをしながら長剣を抜く。
「ふふ、それにしても良い男じゃない。タイプだわぁ。ゆっくり食べてア・ゲ・ル」
「……!!!」
全身に悪寒が走る。そして、この得も言われぬ悪寒と共に思い出した──モルゴの宿場町で戦ったヨーテルだ。ヒョロッとした体つきにキツネ顔、長剣、そして怖気の走るこちらへの色目使い。
……しかし彼は俺があの場で殺したはず。それに何か違和感がある。
「ヨーテル……じゃないよな?」
「あら、思い出してくれたのねぇ!! 嬉しいわぁ。そう、私はヨーテルじゃなくてラーテル。ヨーテルは私の可愛い双子の妹よぉ」
「弟だろ」
「い・も・う・と!! 確かに体はちょっぴりゴツイけど中身はれっきとした女子よぉ!」
「そうかい……」
「で、あの子を思い出したってことは、私があなたに会いたかった理由もわかるわよねぇ?」
「……復讐か」
「そのとーりぃ」
ラーテルは長剣の切っ先をこちらに向けながらウインクした。背中に寒気を感じる。
「悪いけど君に倒されるわけにはいかない。それに今急いでるんだ」
「あら、つれないわねぇ……でも、私だってあなたを見逃すわけにはいかないのよ。竜の鉤爪幹部としても、ヨーテルの姉としても」
「……」
兄だろ。なんて突っ込みはせずに、俺は剣を握り直した。ラーテルから発せられる殺気が強くなる。
「それに何より、こんな良い男放ってなんておけないじゃないの!!」
「それ一番いらない!!」
ラーテルは叫びとともに斬りかかってきた。俺は剣で受け止め、弾き返す。かなり長い長剣だ。一撃が重く、更にリーチ差があるためこちらは反撃するために一歩踏み込まなくてはいけない。
「らあぁっ!」
力強く間合いを詰め、斬撃を放つ。しかしそれは軽くいなされてしまった。続けてラーテルが重い一撃を繰り出し、俺はそれを弾きながら飛び退く。
「あらぁ、ヨーテルを殺したってのにまさかその程度じゃないわよねぇ? もっと本気を見せて欲しいわぁ」
そう言いながらラーテルが飛びかかって来た。再び、間合いの外から長剣の鋭い切っ先がこちらの喉元を狙う。
俺はギリギリまで引きつけて躱し、懐に潜り込んで反撃しようとする。しかし潜り込む前に彼は素早く長剣を引いて次手を打ってきた。俺は体を反らしながらそれを避けて蹴りを入れる。ラーテルはそれを咄嗟に躱した。更にその避けた先に俺は斬撃を放つ。だがラーテルは長剣を素早く動かしてそれを受け止め、弾いて飛びずさった。
「ははぁ、やっぱ一筋縄じゃいかないわねぇ」
「……太刀筋が弟とそっくりだな」
「だから妹だってばぁ」
ラーテルは煩わしそうに舌打ちしながらこちらを見た。そして、再度斬りつけにくる。
弾き、いなし、避けて、受け止め反撃する。お互い一歩も引かない攻防が続いた。次々と繰り出される攻撃を弾きながら俺は隙をうかがう。
「ふふん、まだまだ本気は全然出していないようねーぇ? じゃあ、嫌でも本気出させてあげるわん」
ニヤリと笑いながら長剣を掲げたラーテル。すると次の瞬間、周囲に突風が吹き荒れた。腕で顔をガードしながら様子をうかがうと、彼の周辺に鋭い風の刃が二つ出現する。
「……ヨーテルと同じ、鎌鼬か!」
俺がそう言い終わると同時に鎌鼬が襲ってきた。周囲の瓦礫を巻き上げながら二つの風の刃がこちらへ迫る。俺はそれをヒラリと躱した。
「ふん!」
攻撃を躱されたにも関わらず、ラーテルが余裕の表情で鼻を鳴らす。すると躱した鎌鼬が方向転換し、再度こちらへ迫ってきた。
「追尾するのか!」
俺は側転してその刃を避ける。だが風の刃はまた方向転換してこちらへ向かってきた。俺が走って避けようとしても、更に軌道を変えて襲いかかってくる鎌鼬。
「なら、相殺するまでだ!」
鎌鼬を真似て、俺も風の刃を放つ。二対の鎌鼬が正面からぶつかり合い、周囲に暴風をまき散らしながら消滅した。
だがそれを読んでいたかの様にラーテルは間髪入れずに突っ込んできた。長剣が俺の腹へと迫る。
「はあっ」
「くっ」
俺は剣で長剣の軌道をずらしつつ、身を大きく逸らせて斬撃を躱す。そしてその体勢のまま炎を放った。
「っそうくると思ったわぁ!!」
「!?」
火炎がラーテルを飲み込もうとしたその時、彼が懐から何かを取り出す。そして炎の術がそれに当たって反射し、通路の天井を焼いた。それを見て、ラーテルが取り出した手鏡を満足げに掲げる。
「その鏡は……氣術器か?」
「ふふ、そうよーん。妹があなたに殺されたって知ってから、ずっとエルトゥールに復讐してやろうと思ってたんだもの。そのための対策はいくつも考えてあるわ」
「うげ……」
ロベルトに無理やり付けられた氣術封じの腕輪を思い出す。彼も俺を倒すためにずっと作戦を練っていたらしいし、わざわざ珍しい氣術器まで取り寄せて対策してきていた。お陰で酷い目に遭わされたものだ。腕輪は正直本当にしんどかったので、もう二度とああいう目に遭うのは御免である。
「それ、さっさと破壊させてもらうよ」
ロベルト同様にラーテルも俺への数々の対策を講じているとなると、かなり面倒なことになる。下手に全策を講じられる前に何とか倒してしまいたい。
俺は追い風でスピードを上げて、ラーテルの懐に突っ込んだ。
「はいやぁっ」
「!」
斬りつけようとしたその瞬間、ラーテルの叫びと同時に彼の後ろから光線が三本飛び出した。至近距離からの攻撃に、咄嗟に俺は身を捻る。一本の光線が額を掠った。身を捻りながらも繰り出した回し蹴りがラーテルの横腹にヒットし、彼の体を吹き飛ばす。
「ぐふうっ」
飛ばされたラーテルは瓦礫の山に突っ込んだ。俺は額の傷から流れ出る血をぬぐう。
「今の光線は一体……」
ラーテルは氣術を発動するモーションを起こしていなかったし、光線の発生源も見えなかった。一体どこから攻撃されたのだろうか。
「あぁ、良い感じに血が滴ってるわねぇ」
ラーテルがゆっくりと起き上がる。横腹を抑え、服に着いた砂埃を払いながら不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「さぁ、まだまだよぉ!!」
ラーテルが斬りこんでくる。俺は剣でそれを迎え撃とうとした。
「……!」
長剣を受け止めようとして、俺は直前でそれを止めて飛び退く。するとその瞬間光線が地面に直撃した。もしあのまま飛び退かなければ、今頃光線が胸を貫いていただろう。
それにしても妙だ。ラーテルは発射モーションをしていないし、光線原はやはり見当たらない。
「あら、もう読まれちゃったのぉ? さすがねぇ」
「うーん、どういうカラクリかな? もしかして氣術器?」
「うふふ、ご名答」
ラーテルは楽しげにすぐそばの見えない何かを掴む。すると、彼の手の中に白い球体が現れた。目の様なものが付いている。
「このフワフワ浮いてる玉もあなた対策で買っちゃったのよん。とっても強力な光の術を出してくれる上に、光の屈折を利用して氣術器自体が不可視になるんだもの。ちょいと値は張ったけど、いい買い物だったわぁ」
「……でもそんな高度な力を使う氣術器なんて、使いこなすの大変だろうに」
「全くそうなのよねぇ。氣力は食われるし、コントロールが中々難しくて最初は苦労したわぁ。でもあなたを殺すためならって思ったら頑張れたの。これ使うのってすっごく疲れるからあんまり長い時間は使えないんだけど、でもあなたを倒すには十分よぉ」
「……」
「うふふ、それにしてもあの子が負けたのも分かるわ。とーっても強いし、それになんてったって良い男なんだもの」
ラーテルがうっとりとした表情でこちらを見た。あぁ、また怖気が走る。
「そうね……もしあなたが私のものになるっていうなら、許してあげてもいいかもしれないわねぇ」
「……悪いけど、俺にはもう一番って決めた子がいるから。それに許してもらわなくて構わない」
「あらぁ残念」
俺がヨーテルを殺したことは事実だ。どんな理由があれ、例え相手が極悪人であってもそれは許される行為ではない。しかし俺はそれを分かっていて、その十字架を背負うことを選んだのだ。だから今更許しを請おうとは思っていない。いつか罰を受ける日がくるかもしれないけれど、生きるために、そして約束を果たすために選んだその道を後悔は──していない。
「ふふ、まぁ……許すことなんてないんだけどねーぇ!!」
ラーテルは目を細め、そして鎌鼬を放ってくる。そして同時に再び姿を消させた氣術器で光線を発射してきた。
「こんなもの!」
俺は火炎放射で鎌鼬と光線を相殺しようとする。するとラーテルが飛び込んできた。手には鏡が握られている。
「!」
次の瞬間、俺が放った炎が鏡に反射されて明後日の方向へ曲がった。同時に鎌鼬と光線がこちらに迫る。
「う!」
その状態から更に放たれた斬撃を受け止めながら俺は術を躱そうとする。しかし、風の刃と光線がそれぞれ左腹と右腕を掠めた。切られた腹部と腕から血がにじむ。
「っなめるなよ!!」
「な!?」
俺は長剣を握るラーテルの腕を掴んだ。そして一気に電流を流す。これなら鏡で反射はできまい。
「あああああ!!」
電流でラーテルがひるんだところに、更に蹴りを入れて突き飛ばした。同時に、さきほどの光線の角度から予測した、氣術器があると思われる位置に向かって炎を放つ。
「手応えあり!」
炎に焼かれて、焼け焦げヒビの入った球体が姿を現した。あれだけ破損すればもう姿を消すことはできないだろう。
「く、やってくれたわねぇ!!」
乱れた髪を揺らしながらラーテルが糸目を吊り上げて襲いかかってくる。間合いの外から長剣が思い切り振られた。俺はそれをヒラリと避け、隙ができた腹部を斬りつける。
「がはぁ!」
腹から血を流しながら苦痛に顔を歪めるラーテル。手加減はしたのでそこまで深くは入っていないが、これでまともに戦うことはできなくなるはずだ。
「ぐ……手心を加えたわねぇ? なんたる屈辱かしらぁ」
「俺だって、人は殺したくない」
「妹を殺しといて何を今更。なぁんて都合のいいことなのかしらねぇ」
「……」
「……ふん、妹をやったみたいに、私のこともさっさと殺しなさいよぉ」
「……断る」
「はぁ、復讐も失敗して、情けまでかけられて……私あの子に顔向けできないじゃないの」
息を切らしながら悔しそうにラーテルはこちらを睨む。俺は剣をしまった。
「悪いけど、俺は──」
言いかけたその時、殺気を感じた。
「──ではお望み通り、殺してやろう」
次の瞬間、ラーテルの胸から赤く鋭い刃が突き出していた。




