第148話 奔走
五階から飛び降り、鬼の形相で短剣を振りかざした天音。俺を狙ったその短剣が琴音に遮られて天音は苦い顔をする。
「全く……お前の毒にやられる日がくるなんて思ってもみなかったなぁ。エグいの盛りよって」
「もうそこまで動けるだなんてさすが師匠ですね」
「ほざけ」
天音は短剣を引いて飛び退く。先ほど負傷した腕の傷口は千切った和服の布きれでぐるぐる巻きにされていた。血が滲み出ており痛々しい。しかし毒はさっさと解毒したらしく、先ほどの苦しそうな表情は消えていた。
「まだ碌に年も重ねてないひよっこが!! ここに来たからには生きて返さん!!」
「風太丸!!」
猛スピードで斬りこんできた天音を、琴音は跳躍して躱す。そして同時に召喚した風太丸に飛び乗った。
「オルト!!」
「あぁ!!」
俺は周囲に炎を放つ。天音は火に触れない様即座に俺から距離を取った。しかし狙いは天音ではない。
「これは……!」
天音が地下倉庫内を見回す。俺の放った炎が麻袋やその他燃えやすい資材に燃え移り、倉庫内が赤く照らされた。俺は天音を攻撃するために炎を出したのではなく、薄暗い倉庫内を明るく照らすためだったのだ。暗い場所での戦闘を得意とする天音のアドバンテージを削るために。
「なるほど、私への対策は万全にしてきたってことやねぇ。感心するわ」
天音は溜息を吐き、俺を睨みつけた。
するとその時、藁人形への氣力の供給が途絶えたのを感じる。
「! 琴音、一号がやられた!」
「! 了解です!」
藁人形一号が誰かに破壊された。ということは、竜の鉤爪幹部が動き出したということである。ナンバーワン、ツーに見つかるのはマズイ。早くここもケリをつけなければならない。
「何や表情がちと変わったかえ? 何か不都合なことでも起こったのかねぇ?」
「……」
「あんたらの不都合はこっちの好都合や」
そう言って天音は目を細めた。次の瞬間、彼女が振った袖の中から苦無が多数こちらへ発射される。
「っまたか!」
俺は横へ飛んで苦無を避ける。そして避けた先、苦無に隠れて飛んできていた手裏剣を更に躱した。
「同じ手は食らわないよ!」
「どうかねぇ?」
「!」
不敵に笑う天音に嫌な予感がして、俺は即座に氷の壁を周囲に張った。すると直後、壁に何本もの針が突き刺さる。俺が手裏剣を躱すことを予期して放たれていた三段構えの攻撃だった。
「あっぶな!」
「ちっ」
ホッとする俺を見て眉をひそめる天音に苦無の雨が降りかかる。天音は飛び退き、バク転して次々と襲い来る琴音の苦無を躱した。そしてその天音の動きを先読みして更に放たれていた短剣を素手で掴み取り、琴音に投げ返す。琴音は帰ってきた短剣を弾き飛ばした。
するとその時、再び氣力の供給が切れたのを感じる。
「琴音! 二号もやられた!!」
「! 早いですね……」
一号に続いて藁人形二号までもが屠られた。琴音は俺の目を見て頷く。
「オルト、第四弾を! あとは手筈通りにお願いします!」
「分かった!」
次の瞬間、琴音を乗せた風太丸が天音へと突っ込んでいく。同時に琴音はいくつもの氷柱を発生させて天音目掛けて発射した。天音はそれを短剣で打ち落としていく。
その琴音の行動と同時に俺は風を使って天井へと飛び上がった。勢いよく飛びながら氣力を練り、第四弾の爆弾と藁人形を発射させる。
「ふん、逃がしはせえへんよ!!」
氷柱を打ち落としながら天音がこちらを睨んだ。そして短剣を放ってくる。それを振り払おうと宝剣を振ろうとした瞬間、気流が乱れて体勢を崩した。
「なっ」
天音が氣術で暴風を向けてきたのだ。バランスを崩しながらもギリギリで短剣を避ける俺に、更に天音の氷柱が追い打ちをかけてくる。
「──でも! 氣術対決なら負けない!!」
自分の風を増幅して天音の風を振り切り、そして氷柱を弾き飛ばした。こっそりと後方から迫っていた短剣も吹き飛ばす。そして宝剣を振り、火炎放射を放った。ちょうどそのタイミングで風太丸が天音に最接近し、琴音が彼女に糸巻きつける。そして風太丸は直上に飛び上がった。
「ううっ」
糸を巻かれたことにより初動が遅れた天音は火炎に飲み込まれた。彼女は苦しそうに悲鳴を上げる。しかしこの程度では倒せないはずだ。
俺はどんどん天井へと近づいて行きながら、小さくなっていく天音の姿を警戒して見続ける。と、次の瞬間炎の中から大量の苦無と手裏剣が飛び出てきた。
「風太丸!!」
「クアァ!!」
風太丸と俺に向かって大量に飛んでくる暗器。琴音の指示で的確に風太丸は避けていく。俺は風で全て弾き飛ばした。
するとちょうど一階に浮上する。抜けた床の穴の中に、悔しそうにこちらを見る天音と信頼してこちらを見る琴音が見えた。琴音が小さく頷く。
「よし。俺は俺で頑張らなきゃな」
風を消して一階に着地し、琴音に手振りした後俺は穴から離れて走っていく。琴音との作戦を完遂するために。
天音の相手は琴音が最適だ。幹部が動き出した今、天音は琴音に任せて俺はできるだけ敵の目を逸らしながら時間を稼ぐ。
「うし、第五弾!」
再び投石器に着火。アジト内のどこかで爆発被害が起こったのが聞こえた。
俺は通路を曲がり、階段を上り、更に走ってアジト内をどんどん進んでいく。全ては琴音に指示された通りに。すると騒がしい足音が正面、角を曲がった先から聞こえてきた。
「いたぞ!! 侵入者め!!」
「てめえか爆弾魔は!!」
「何者だおめえ!?」
すぐに足音の主達が現れ、次々と怒鳴りつけてくる。俺は構わず走り続けて彼らの方へと近づいて行った。
「ちょ、来んじゃねえ!!」
「一人で竜の鉤爪にたてつくとはいい度胸じゃねーか!!」
「俺達のアジトをめちゃくちゃにしやがって! 死ねえー!!」
何人もの無粋な男達がこちらへ剣や棍棒、槍などを構えて突っ込んでくる。俺は宝剣をしまい、通常剣を抜いて突っ走った。
「ちょとどいてもらえないかな」
俺は剣で男達の攻撃を次々といなしていく。同時に手刀、肘打ち、膝蹴りなどで男達を昏倒させた。しかし更にまた別の雑魚メンバーが湧いて出てくる。これではキリがない。
「ごめん、急いでるんだ」
俺は発生させた突風で男達を吹き飛ばした。そして目の前の通路に氷の壁を張り、彼らがこちらへ来れない様にする。まぁ同時に俺が通路を進めなくなるのだが。
「仕方ない」
俺はそう言いながら巨大な氷柱をひとつ発生させ、横の壁にぶつける。見事に氷柱と壁が相殺した。俺は壁にできた穴から飛び降り、風で勢いを殺して着地する。
「!! なんだてめぇっ」
「うお!? こいつが犯人か!?」
着地した先、一階のホールの様な場所にはたくさんの盗賊団メンバーがいた。皆武器を持ちながら、呆気に取られてこちらを見ている。先ほどの男達同様、アジト襲撃犯を探していた途中だったのだろう。
「……ここにも幹部はいなさそうだな」
もし幹部がいれば、強烈な殺気や威圧感を感じるはずだ。ここの人達からはそれが感じられない。
「おい野郎共! こいつをぶっ殺せー!」
「死ねー!!」
「首は頂くぜえ!!」
一人の掛け声と同時に全員が飛びかかってきた。この数を倒し切るには少々時間がかかり過ぎる。
「はぁ、こんな調子で氣力もつかな」
俺は風で勢いよく飛び上がった。そして見下ろした男共に向けて強力な冷気を発する。途端、冷気に触れた者たちがみるみる凍てつき氷像となった。一階ホールにいた俺以外の全員が氷漬けとなり、先ほどまでの喧騒が嘘の様に静かになる。
「よし、次!」
俺はホール内にあった階段を駆け上がり、扉をくぐる。また長い通路が現れた。
「えっと、こっちかな」
琴音に教えてもらったアジト内の構造図を頭の中で組み立てながら、先ほどそれてしまった道を修正する様に走っていく。何度か角を曲がり、何人かの雑魚を蹴散らし、階段を上って下りてひたすらアジト内を駆け回っていった。
「……あっちは上手くやれてるかな」
琴音の姿が脳裏に浮かぶ。相手は琴音の師匠だ。琴音が天音の手の内を知っている様に、天音も琴音の手の内は知り尽くしているだろうし、それに師匠でもあるのだ。琴音にとってはかなり厳しい戦況だろう。有利な状況に持って行ったとはいえ、勝てるだろうか。
「いや、信じよう」
そもそも作戦を立案したのは琴音だ。きっと勝算があるのだろう。それに琴音は強い。それよりも、今は自分のすべきことをしなければ。
そう思いながら走っていたその時、斜め前から殺気を感じた。
「!!」
直後、右斜め前の壁に亀裂が入る。そして勢いよく壁材が周囲にはじけ飛んだ。俺は咄嗟に飛び退く。
「……幹部クラスのお出ましか」
壁が爆ぜて舞い上がった砂埃が視界を灰色に染めている。警戒しながら殺気の発生源を睨みつけていると、壁に空いた穴から何者かが歩いて出てきた。
「……はぁ、ホントやんなっちゃうわねぇ」
気怠そうに話す、男の声が聞こえた。




