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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
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第147話 天音攻略作戦

 爆発によって吹き飛ばされた中央執務室の扉はひしゃげて廊下に放り出されている。小規模の爆発による煙と砂埃が廊下内を薄く漂う中、部屋の中からは和服姿の女性が袖で口を隠しながら歩いてきた。氷の床を踏みしめながら天音が不敵な笑みを浮かべる。


「わざわざ殺されるために本部に足を運んでくるとは、まことに律儀な者どもやね」


「殺される予定はありません。それよりもここまで周到にお出迎えしてくださる師匠の方がよっぽど律儀ですよ」


「そらありがとなぁ。見事に全部切り抜けてくれたみたいやねえ」


 天音は髪をかきあげながら目を細めた。緊張感が走る。


「オルト……」


「……あぁ」


 琴音が俺を横目で見る。俺は小さく頷いた。

 次の瞬間、琴音が飛び出す。それと同時に俺も天音に斬りかかった。


「はぁ、芸が無いなぁ」


 目つきを鋭くしながら天音が俺の攻撃を躱す。そこにできた隙を利用して琴音が中央執務室へと飛び込もうとしたその時──天音の手から手裏剣が複数放たれた。至近距離で発射された手裏剣に反応した琴音はそれらを苦無で打ち落とす。しかしその間に距離を詰めた天音が琴音の首を掴んだ。


「ぐ!!」


「ふふ、エルトゥールを囮にして琴音が中を調べる算段やったんよねぇ? まだまだツメが甘いなぁ琴音」


「──!!」


 俺と琴音が外で交わした会話内容がバレている。琴音は苦しそうに顔を歪めた。


「琴音!」


 俺は再び天音へと斬りかかる。すると天音は琴音を離して飛び退きながら苦無を飛ばしてきた。俺はそれを宝剣で弾く。天音は短剣を抜き、そしてこちらに突撃してきた。短剣を受け止めようと宝剣を動かしたその時、何かの気配を感じる。


「っ!」


 俺は咄嗟に飛び退いてそれを躱す。天音の背後、死角から短剣が飛んできたのだ。あと少しでも反応が遅れていれば、顔面に短剣が突き刺さっていただろう。


「ほう、良く気付いたなぁ。さすがは天下のエルトゥールの生き残りか」


「そんな大層な人間じゃないよ」


 すると直後、天音が大きく跳躍した。天音がいた箇所に苦無が突き刺さる。琴音の苦無だ。


「はあっ」


 空中の天音に畳み掛けるように俺は炎を放つ。天音は宙でヒラリと身を捻り回避した。更にそこに琴音の苦無が飛ぶ。天音は苦無を短剣で弾いた──しかし、彼女は何かに気付いて眉をひそめる。


「……糸!」


 先ほどの細い糸が天音の手首に巻きついていた。先端には小さな手裏剣が付いており、苦無に隠れて発射されたそれが糸を巻きつけたのだ。琴音は握った糸の片側を引っ張って天音の体勢を崩す。


「オルト!」


「あぁ!」


 俺は天音の落下地点に走り、宝剣を振る。天音が険しい顔をしながら短剣をこちらに向けてきた。宝剣と短剣がぶつかり、鋭い音を立てて火花が散ったその時。背後に迫るものを感じて俺は身を大きく屈めた。


「う!!」


 次の瞬間、天音の腕に苦無が刺さる。俺の後ろから琴音が投げたものだ。天音の表情が歪む。


「前回の借り、お返しします」


「おのれ……!」


 体勢を崩しながら着地した天音が琴音を睨む。俺はすぐに天音から距離を取って琴音の元に駆け寄った。

 天音は息を切らしながら刺さった苦無を抜く。どうやら即効性の毒が塗ってあったらしく、かなり苦しいらしい。


「これでようやく一発か」


「オルト、第三弾を。あと、やりますよ」


「分かった」


 琴音の指示で俺はまた外の投石器に意識を集中させた。そして着火させ、爆弾と藁人形を発射する。すると今度は五階、俺達のいる場所のすぐ近くに爆弾が投げ込まれて爆発した。更に真下でも爆発の音がする。


「わっ!?」


「何っ!?」


 爆弾の着弾地点を知らなかった俺と、片膝をついて苦しそうにしている天音が爆発に驚く。俺は琴音がせっせと設置した装置に合図で火を付けろと言われていただけで、その照準がどこに定められているかまでは聞いていなかった。放り込まれた藁人形が中央執務室入り口前に横たわる。


「オルト、火を!!」


「あ、あぁ!」


 俺は藁人形に火を噴かせる。俺達と天音を隔離する様に炎が走った。更には執務室内へも火の手が広がる。


「琴音よ、そんなことをすれば目的のものが二度と手に入れられなくなるぞぇ?」


 すると琴音が黒い球体を投げた──爆弾だ。


「いえ、その心配はありません。なぜならここには私達の求める物は無いからです」


「──!!」


 俺と琴音は同時に飛びずさって天音から更に離れる。そして爆弾が天音の目の前に落ちた。直後、閃光が走り爆発が起こる。俺は氷の壁を作って爆炎から身を守った。次の瞬間床に一気に亀裂が入り、俺達の足場が崩壊する──全て作戦通りだ。


「く! 待て!!」


 瓦礫と共に下階へと落ちていく俺達。数メートル落下したところで五階の床穴から天音が乗り出すのが見えた。彼女は短剣を四本、落下中の俺達へと投げてくる。


「く!」


「たぁっ!」


 俺と琴音は空中でそれを二本ずつ弾いた。すると天音の口元が少し上がったのが目に入る。直後、左肩に痛みが走った。


「っ!!」


「オルト!!」


 短剣の死角に隠れて手裏剣が投げられていたのだ。それが左肩に刺さって血が噴き出す。琴音はすぐさま天音に向かって苦無を投げた。天音はそれを避けたが、苦無に括り付けられていた煙玉が爆ぜて五階に煙幕が立ち込め彼女の視界を奪う。


「大丈夫ですか!?」


「問題ない!」


 俺は崩れかけた体勢を戻し、落下地点に向かって掌を広げる。第三弾の爆弾は直下にもいくつか投げられていたらしく、一階まで床が突き抜けていた。琴音は一階の床に向かって苦無を五本ほど投げる。すると苦無が床に突き刺さると同時に括り付けられていた爆弾が爆発し、一階の床をぶち破った。俺達の体は地下階へと吸い込まれていく。第一、第二の陽動によって盗賊団の人間は落下中には見受けられなかった。


「はあっ」


 俺は風を自分達周りに発生させて落下速度を緩和し、地下階に着地する。すると、体の力が抜けて片膝をついてしまった。手裏剣の刺さった左肩に違和感を感じる。全身が倦怠感に襲われ、息が苦しくなった。


「毒か……!」


「待ってください。処置しますので」


 琴音は刺さった手裏剣を抜き、そして塗り薬を取り出して傷口に手際よく塗った。ズキズキとしみて痛い。


「これを飲んでください」


 俺は琴音が差し出した薬包紙を受け取り、一気に薬を飲み込んだ。苦い。


「はぁ、はぁ……ありがとう」


 俺は何度か深呼吸して息を整える。倦怠感が無くなり、息苦しさも消えた。さすが琴音の薬だ。


「立てそうですか?」


「あぁ、大丈夫。ヘマしてごめんね」


「いえ、あれは仕方がないです。ああいう裏をかく手は師匠の得意技ですからね。わざと私ではなくオルトを狙ったのでしょう。……それよりも、オルトは結構毒の耐性があるみたいですね。回復が早いです」


「そう? 琴音もこんなもんじゃなかった?」


「私は元の体質もありますが、訓練を受けていますからね」


「じゃあ俺も似たようなもんだよ」


 未来の神子候補は命を狙われる危険性があるため、エルトゥールの家では小さい頃から毒耐性を付ける訓練をしていた。まぁあくまでも一般人よりは多少強くなる程度だが。


「えっと、ここが地下倉庫?」


「はい。陽動作戦のお陰でもぬけの殻ですね。まぁ元々そんなに人が立ち寄る部屋ではありませんが」


「はぁ、取り敢えずここまでは全部作戦通りに進んでるってことか」


「はい。ですが油断は禁物です」



 琴音との潜入作戦。それは、町を出る直前に聞かされたものだった。




 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎




 作戦開始前の宿。俺は琴音に呼び出された。八雲とセファンとの氣術訓練を抜けて、もう一室の中に入る。


「……うわ、これ全部今から持ってくやつ?」


「はい、アジト攻略用の道具です」


 琴音がせっせと準備を行っていた部屋の中には大量の爆弾、大きな藁人形、そして謎の装置があった。形からして投石器か何かの類だろうか。まぁ爆弾と投石器なら今からの作戦に必要であることは理解できるが、藁人形の意味が分からない。


「えっと、これって……?」


「それはぼーぼーオルトくんです」


「え」


「今から作戦内容を説明しますね。座ってください」


 そう言って琴音はベッドに座るよう促す。人形の命名について非常に突っ込みたかったが取り敢えず俺は大人しく従った。琴音は俺の前に立って真剣な眼差しでこちらを見る。


「その前に、まず作戦の大前提についてお話します。私達はこれからフェラーレル郊外の森を抜けたところにあるアジトに潜入します。目的は竜の鉤爪と繋がっている神子一族でありコンクエスタンスであるスパイが誰なのかを調べるためです。伊織とは竜の鉤爪を潰すと約束しましたが、本部にはナンバーワン、ツー、そして師匠がいるので二人であそこを制覇するのは厳しいでしょう。制覇にはもう少し戦力が必要です。ですので今回は静かに潜入して証拠奪還、そして静かに退却することにします。ここまでは良いですか?」


「あぁ」


「ではここからが重要なところです。恐らく私達が潜入することは師匠に読まれています。彼女はきっとこちらの行動を先読みして何重もの罠を張ってくるでしょう。更に悪いことに、師匠は遠くの人の会話を盗み聞きできる氣術器を所持しています」


「そんな氣術器があるのか」


「はい。子機がキャッチした音を親機に送る仕組みのものです。子機は硬貨くらいの大きさのもので、小さいのでなかなか見つかりません。きっとアジト周辺に大量に仕掛けられていると思います」


「じゃあアジト外でも俺達の会話は筒抜けになってるってことか」


「その通りです。ですので、この町を出てからは一切本当の話はしないことにします。今から話す作戦内容が正しいものです。町の外で私が話す作戦内容は全て嘘ですので、信じないようにお願いします」


「嘘の情報を盗聴させるってこと?」


「はい。師匠はその情報に従って私達を撃ちにきますので、こちらはそれを逆手に取って攪乱します」


「うん。確かにそれなら師匠さん対策にはなるけど、でもアジトには竜の鉤爪ナンバーワン、ツーもいるんだよね? それだけで攪乱できるのかな?」


「そこで登場するのがこのぼーぼーオルトくんです」


「ねぇ、その名前は……」


 なかなかのネーミングセンスだ。何だか妙な誤解を招きそうな名前なので即座に改名してほしい。


「この着火式の投石器を潜入前に私がアジト周囲に設置しますので、オルトは合図と同時にここに火を付けてください。そうすれば機械が作動して、乗せたものが発射されます」


 俺の言葉をスルーして説明を続ける琴音。投石器の後ろについている導火線を指差して点火位置を示す。


「爆弾を乗せた投石器、ぼーぼーオルトくんを乗せた投石器でワンセットです。二つ同時に点火してもらえれば、まず爆弾がアジトに着弾して壁を破壊し、その後からぼーぼーオルトくんが投げ込まれるように調節してあります。ぼーぼーオルトくんが投げ込まれたら、オルトはこれを氣術で動かして火を噴かせてください。あたかも侵入者が炎をまき散らしている様に」


 あぁ、火を噴くからぼーぼーオルトくんなのか……。というか別に俺の名前入れなくてもいいんじゃないのか。


「この程度ではナンバーワン、ツーの足止めにもなりませんが、アジト内の雑魚メンバーを攪乱することはできます。アジト内が大騒ぎになれば幹部連中は鎮静に行かざるを得ませんので、それで少しでも時間稼ぎするのです。時間差でいくつも投下する予定ですので、幹部の目が逸れて私達の居場所がすぐにバレるのは防げるかと」


「うん、分かった。分かったけどその人形の名前は……」


「で、目的の物がある場所ですが目星はついています。ですが師匠が必ず先回りして妨害してくるでしょう。ですので師匠だけは倒さなければなりません」


「……」


「師匠の持ち味は狭くて暗いところで最大限に発揮されるので、広い場所におびき出さなければなりません。アジト内ですと、地下倉庫が広くて人も立ち入らないので最適でしょう。あそこは特殊な鍵がないと降りれないので、入るには天井をぶち抜くのが一番手っ取り早いです」


「ずいぶん大胆だな」


「天井を抜くときに同時に他箇所にぼーぼーオルトくんを投げ入れていれば問題ありません」


「……」


「まずは地下倉庫真上の五階の中央執務室に師匠をおびき寄せて、挑発してから床を爆破して地下倉庫に飛び込みます。いきなり広い地下倉庫には来てくれないかもしれませんから。下手したら毒ガスで苦しむ私達を遠くで高みの見物、なんて事態にもなりかねません」


「そういう挑発には乗ってくれそうなのか?」


「弟子である私が傷を付けたりすれば、少しは冷静さを失ってくれるかと。そういう少しお茶目な面もありますので」


「……なら良いけど」


「どうしました? 何か作戦に変な点でもありましたか?」


 部屋に置かれた数々の道具を見ながら俺が歯切れの悪い返事をする。すると琴音が不安そうにこちらを見ながら尋ねてきた。


「いや、作戦自体は良いと思うよ。琴音の方がアジトのこともメンバーのことも詳しいから、君の立案に任せるよ」


「それにしては何か不満げに見えますが」


 訝しげにこちらを見る琴音。ようやくまともに聞いてもらえそうだ。


「えっと……その人形の名前、何とかならない?」


「ぼーぼーオルトくんですか? オルトをイメージして作ってみたのですがイマイチだったでしょうか。この一号の毛先の跳ね具合とか三号の体のバランスとか結構オルトに似せられてて良いかと思ったのですが……」


「そういうディティールいらないから! っていうかその名前ホントに止めて!」


「じゃあスーパーオルト号とか」


「俺の名前入れなくていい!!」





 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎




 俺は周りを見回す。かなり広い部屋だ。床と一階までの間は二階分くらいの高さがあるし、馬車が何十台と置けるくらいのスペースもある。地下倉庫という割には物が少なく、多少の麻袋や鉄パイプなどが置かれているくらいだった。


「確かにここなら俺も戦い易いし、琴音も風太丸が呼べるな。でも地下倉庫っていう割には何も無いんだね」


「はい。倉庫と言ってもここは死体を一時的に仮置きしたり、あとは捕虜を拷問するのに使われるのが殆どですので」


「え……」


「こちらの戦力を活かすにはいい場所です。あとは師匠が来るのを待つだけ……」


 徐に顔を上方へと上げる琴音。すると、彼女は眉をひそめた。そして俺を見て叫ぶ。


「来ました!!」


「!!」


 次の瞬間、琴音の背中が目の前に現れた。彼女は俺を狙った天音の短剣を苦無で受け止めている。




「──やってくれたなぁ」


 ドスのきいた声で、天音が囁いた。




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