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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
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第146話 竜の鉤爪本部潜入作戦

 日が暮れ、琴音との竜の鉤爪本部潜入作戦開始の時間となる。俺と琴音は宿を離れ、フェラーレル郊外にあるアジトへと向かった。ちなみに特殊メイクは出発前に外してある。

 今俺達はそのアジトが目視できる位置の茂みで様子を窺っているところだ。アジトはランバートのものとは比べ物にならないくらい大きい。郊外の森を抜けたところにこんな大きな建物があるとは知らなかった。建物自体は古いが、下手をすれば神子屋敷を超えるくらいの大きさだ。案内役がいなければ目的地まで辿り着けず、あっさりタイムオーバーになりそうである。夜も遅いが灯りが点いている窓が多数あり、まだ中では多くの団員が活動していることがうかがえた。


「琴音、どうする?」


「正面玄関前には見張りが二人います。さらに入った中の通路にも見張りがいる上に隠れる場所がありません。ですので別の入口を狙います」


「別の入口?」


「窓ですね。五階の右端の灯りの点いていない窓、あそこから侵入します。あの部屋は確か倉庫になっていて、もし誰かいても身を潜める場所があります。それに、私達が目指す中央執務室は五階の最奥なのでそこに近いに越したことはありません」


「そこに俺達が求める物があるといいんだけどね」


「私がいた頃は確か、重要書類はそこに全てまとめてあったはずです。コンクエスタンス関連の物証もそこにある可能性が高いかと。もしそこでなければ地下倉庫かと思われます」


「さっさと見つけて静かに帰れるといいね」


「まぁ幹部に見つかって殺されれば静かに土に帰れますけど」


「嫌なこと言うなぁ……」


 琴音は冗談を言いながらも、真剣な表情でこちらを見てウインクした。俺はそれを見て頷く。


「もし最悪師匠に見つかった場合は、手の内が知られていないオルトに相手をお願いします。オルトが時間を稼いでいる間に私は最短距離で中央執務室に向かいますので。五分もあれば戻って来れるかと」


「分かった」


「さぁ、行きましょうか。準備はいいですか?」


「いつでも」


「では……参ります!」


 琴音が茂みの中を音を立てないように駆け出す。俺もそれに続いた。アジト正面玄関前に立っている見張りに気づかれない様、細心の注意を払いながら回り込んで建物に近づいていく。夜風が木々を揺らす音が鳴り、それが俺達の気配を気付かれにくくしていた。見張りの死角に入り、素早く建物に接近する。俺達は侵入予定の窓のすぐ真下の物陰に隠れることに成功する。見張りはまだ気付いていない。

 見上げると五階の窓が目に入る。年季の入った窓は何度も補修された形跡が残っており、ひび割れたガラスがつぎはぎ状態になっていた。完全には割れ目が塞がれておらず、隙間ができている。俺と琴音は目を合わせた。


「では頼みましたよ、風太丸」


 そう言って琴音は人差し指と親指の先を咥え、息を吹く。空気が擦れる音がしたその時、アジト正面の森の中から猛禽類のけたたましい鳴き声が聞こえた。


「わぁっ!?」


「なんだっ!?」


 正面玄関前に立っている見張りの男二人が鳴き声に驚いて森の方を見る。その瞬間、琴音は高く跳躍し三階の壁に張り付いた。そして壁を駆け上がり五階の窓のすぐそばまで辿り着く。すばやくひび割れたガラスの隙間に手を伸ばし、鍵を開けた。

 そして森の方では大きな鳥が飛びだしていた──風太丸だ。巨大な鷲に驚いた夥しい数の小鳥たちが一斉に跳びあがり、その影が静かだった夜の空を黒く覆う。突然の大鷲の出現、そして小鳥の大群の飛翔に見張り達は呆気に取られている。

 その間に琴音は静かに窓を開け、内部を確認した後片身を入れて俺を手招きした。俺は即座に風を発生させてジャンプし、琴音の元へ舞い上がる。俺は琴音の手を取りながら窓枠に足をかけて止まり、薄暗い部屋の中を見た。古本や農耕用の機材、そして錆びた短剣などが雑然と置かれている。確かに倉庫の様だ。

 見張りはまだ夜空に飛び交う鳥達を訝しげに見上げたままだ。こちらには全く気付いていない。


「潜入成功だね」


「はい……ですが油断禁物です」


 俺達が窓枠から部屋の中へと降りようとしたその時、琴音の顔色が変わった。


「──オルト!!」


「!!」


 床に着地しようとした俺の足首目掛けて何かが飛んできた。咄嗟に足を上げて避ける。飛んできた物体が壁に当たって落ちた。錆びて茶色くなった短剣だ。錆びているとは言っても生身の足にあのスピードで飛んで来れば普通にグッサリ刺さるだろう。


「罠か……」


「窓から部屋に侵入した者へのトラップですね。この糸に触れたら剣が飛んでくる様になっていたみたいです。このアジト内でこういう類のものを仕掛けるのは師匠くらいでしょう」


 部屋の中に入った琴音が切られた細い糸をこちらに見せる。よく目を凝らしてみないと見えないくらいの細くて白い糸だ。窓から侵入すれば確実に触れる位置に設置されていたらしい。俺も着地し、部屋を見回した。


「この倉庫は常にこういう罠が張られてるのか? ……ってそんな訳ないか」


「まぁ、私達の行動が読まれているということですね」


「じゃあ今の罠の発動で侵入したことを師匠さんに気付かれたかな」


「恐らくは。まぁどちらにしろ急がなければならないことに変わりはありませんよ」


 そう言って琴音は手裏剣を八つ指の間に挟み、そして部屋内に向かって投げる。八つそれぞれの手裏剣が部屋内を湾曲しながら舞うと、立てかけてあった鍬や杵、剣や棍棒が次々と音を立てて倒れた。どうやらあれらも短剣と同様に糸で繋がれていた罠だったらしい。琴音は無数の糸を的確に見抜いて手裏剣で全て断ち切ったのだ。窓から差し込む月明かりが反射して切られた細い糸が煌めく。


「あんな見にくい糸、よく見えるね」


「これくらい見えないと忍は務まりませんから」


 涼しい顔で琴音は罠が機能を停止した部屋の中を歩いて行く。俺も彼女に続いた。そして、廊下へ出ると思われる扉の前で立ち止まる。


「……オルト、第一弾お願いします」


「分かった」


 振り向いた琴音の目を見て俺は頷く。そして目を瞑り、意識を建物の外に集中させた。そして──氣力を練る。

 次の瞬間、下階でガラスの割れる音と爆発音がした。


「よし、成功」


「ありがとうございます」


 今俺は、アジト近くに琴音が仕掛けた簡易の着火式投石器二つに火をつけたのだ。それぞれの投石器にセットされた爆弾と等身大の藁人形が発射され、下階の部屋を破壊したのである。陽動作戦だ。


「では進みます。オルト、こちらへ」


 琴音は俺の体を扉の隣、壁際に誘導した。そしてドアノブに手をかけようとする。


「……用心に越したことはありませんか」


 琴音はドアノブを握るのを止め、先程切った糸をドアノブに巻きつけた。すると糸が変色する。


「やはり毒が塗ってありましたか」


 琴音は糸を引く。すると扉がゆっくりと開いた──その瞬間。


「!」


 開いた扉の向こうから矢が十本ほど飛んできた。それを読んでいたらしく、琴音は難なく躱す。俺を壁際の矢の射程外に移動させたのはこういう訳か。


「罠だらけだな」


「まぁ相手が師匠なので。まだまだこれからですよ。それよりも気をつけなければいけないのはナンバーワン、ツーに見つからないことです。奴らに見つかれば今回の潜入計画は水泡に帰すと思ってください」


「でもこの罠を仕掛けたのが琴音の師匠で、俺達がここにいることに気付いてるならそいつらにももう連絡がいくんじゃ?」


「いえ、昔から師匠は他のメンバーとそういう連絡は取り合わないので大丈夫です。さっきのオルトの陽動で下階に向かってると思いますよ」


「そういうもんなの……? まぁ陽動って言っても藁人形に火を噴かせながら適当に動かしてるだけだからすぐにバレると思うけど」


 先ほど爆弾に次いで下階に投げ入れたのは俺と同じ大きさの琴音作藁人形だ。俺はそれに風の氣術を宿して走っている様に動かしつつ、近づけない様に周囲に炎をばらまかせている。幹部はともかく、雑魚メンバーをしばらくは引きつけてくれるだろう。


「すぐバレても問題ありません。少しでも時間を稼ぐことが重要なのですから」


 琴音は部屋の外へと駆け出す。俺も続いて部屋を出た。薄暗い廊下が長く続いており、数人の盗賊団メンバーの男達が下階の騒ぎに驚いてあたふたしていた。


「オルト、この階の廊下全て凍らせてください!」


「あいよ!」


 琴音の指示通り、俺は走りながら宝剣を振って廊下を全て一気に凍らせる。男達は走ってくる俺達に気付いて何事かとこちらを向いた瞬間、凍らされた。一瞬にして五階の廊下が氷の洞窟となる。


「これで罠を避ける手間も省けます」


「中央執務室まではどのくらい?」


「突き当りを左に曲がったところにあります。すぐですよ」


 俺達は凍った廊下を走り抜けていく。廊下にはところどころ爆弾やその他の罠が仕掛けられていた。氷によって無効化されているが、天音が設置したのだろう。他のメンバーもいる廊下にもこんなにたくさん罠を仕掛けているなんて、仲間ごと俺達を吹き飛ばすつもりだったのだろうか。


「オルト、第二弾お願いします」


「分かった」


 再び建物の外に意識を集中させる。そして、投石器に火をつけた。先ほどと同様に爆弾と藁人形が発射され、第一弾とは別位置の下階を破壊する。


「うん、成功」


「では五分後に第三弾を」


「了解」


 俺達は角を曲がり、中央執務室の扉へと走る。あそこに行けば、スパイの正体がきっと掴める。そう思うと気が逸った。

 しかしあと数歩で辿り着く、そう思った時殺気を感じた。琴音もそれを感じ取ったのか目を見開く。


「──いけません!」


 前を走っていた琴音が急に方向転換し、俺を抱えて飛びずさり扉から離れる。それと同時に突然扉が爆発した。


「……最悪ですね」


「待ち伏せか」


 俺と琴音は氷の廊下で執務室の方を睨みつけながら武器を構える。すると、部屋の中から足音が聞こえた。




「──はぁ、凝りもせずよう来たなぁ琴音」




 消え去る爆煙の中から現れたのは、天音だった。




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