第144話 神子一族の今
大通りに並ぶ多くの人の歓声に迎えられて、遠征から帰ってきた騎士達が誇らしげに顔を上げながら進んでくる。観衆に手を振る者、しとやかに笑む者、無表情でひたすら前を向き進む者など、騎士の対応も様々だ。その騎士団を率いる先頭の人物は眉間に皺を寄せながら人々の視線を浴びていた。青い短髪に目つきの悪い人物。ロベルトに何だか似ている。表情が浮かないが、こういうシチュエーションが嫌いなのだろうか。
「ねぇオルト、あの先頭の青い髪の人知って……」
知っているか、と聞こうとして私は言葉を止めた。オルトがひどく複雑な表情をしていたからだ。これはまさか──
「……レオン?」
オルトが小さく呟く。その困惑が滲み出た声を聞いてセファンと琴音もオルトの方を見た。
「え、レオンって……えっと誰だっけ?」
「オルトの幼馴染じゃなかったでしたっけ?」
「そうよね、確か仲良くしてたお友達なのよね?」
「……」
オルトは何も言わずにレオンをじっと見つめている。私達の言葉はどうやら耳に入っていないらしい。十年ぶりの再会に心打たれているのだろうか。
私もレオンの方に視線を戻す──するとその時。
「「「「!!」」」」
レオンがその鋭い視線をこちらに向けた。マズイ、見つかった。慌てて私達は水路の奥に隠れる。
「やっべえ今目が合ったよな!? 俺達見つかっちまったか!?」
「明らかにこちらを見てましたね。見られたのは一瞬なので素性までバレたかは分かりませんが」
水路の壁際に固まってじっとする私達。しかししばらく経っても騎士達が騒ぐ声は聞こえない。
「ど、どうしようオルト……? 大丈夫かしら」
「……」
「オルト?」
「あ、いやごめん。騒ぎが起こってないからたぶん正体まではバレてないと思う。怪しい奴等がいるくらいには思われたかもしれないけど。凱旋パレードが通り過ぎ次第、すぐにここを離れよう」
「……そうですね」
外は相変わらず人々の歓声に溢れ、嬉々とした雰囲気で満たされている。どうやらいきなり発見されて追われる、だなんて状況は回避できたらしい。私とセファンはホッと息を吐いた。
「ねぇオルト、何だか様子が変だけど大丈夫? あの青髪の人見てから何だかおかしくなってるわよ?」
「あぁごめん。ちょっと色々考えたりしちゃって。あの先頭の隊長は俺の幼馴染のレオンハルト・ローウェンスだよ。ずいぶん立派になって見違えたけど、十年経ってもあの目つきの悪い表情は変わらないな」
「目つきの悪さで言えばロベルトだって相当だぜ? てかオルトって目つきの悪い親友ばっかりだな」
「別に目つきで友達選んでるわけじゃないけどね。ちなみにロベルトは目つき悪いって言っても適当に流してくれるけど、レオンは本気で怒るから気を付けてね。まぁさすがに今は大人になってるからそんな怒らないかもしれないけど」
「ロベルトとレオンさんって何か出で立ち似てるわね」
「俺も最初ロベルトと会った時そう思ったよ」
「で、オルトの考え事とは一体何だったんです? 昔を思い出していましたか?」
「あぁいや、久しぶりにレオンを見れて嬉しかったってのもあるんだけど……コンクエスタンスのことだよ。神子一族の関係者の誰かがコンクエスタンスと繋がってるって話だったよね。レオンも神子一族の一員だ。さっきのレオンの雰囲気なんだけど、昔よりかなり固くて暗くなってた気がするんだよな……。もしかしたら既にコンクエスタンスの影響でローウェンス家にも何か起こってるのかなとか色々考えててね」
「そうだったのね。レオンさんはオルトの親友だものね、確かに暗かったら心配よね……」
「まぁでも町でちゃんと情報を得てユニトリクの今の状況を把握しないと何とも言えないしな。取り敢えず心配は町に下りてからだ」
「そーだな! ……ん、何か大通りの方静かになってきたぞ?」
「騎士たちがもう通り過ぎたのかしら?」
「では早くここを離れましょう」
琴音がそーっと出口付近に近づき、外の様子を確認する。チラチラと周りを見た後、こちらを向いて親指を立てた。もう出ても大丈夫らしい。私達は水路の出口へと歩き出す。
すると、オルトが途中で立ち止まった。私達はどうしたのかとオルトの方を見る。
「……えっと、琴音にちょっと頼みがあるんだけど」
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私達はフェラーレルの町中を散策する。先ほどの凱旋パレードの影響か、人々は浮かれ町は賑やかだった。顔を見られない様私はしっかりをフードを深く被って俯き歩く。お祭りムードで仮装している人も多かったお陰か、異国のバラエティ溢れるメンバーで構成された私達パーティが特段目立つことはなかった。
「さっさと宿を確保して隠れましょう。適当に決めて構いませんね?」
「えぇ、お願い」
「それにしてもアリオストそっくりだなぁ。ってかアリオストがユニトリクに寄せられてたんだっけ」
「コンクエスタンスのせいでユニトリクっぽくさせられてたのよね」
「……」
街並みをキョロキョロと見回しながらセファンが述べる感想に私が答える。すると後ろを歩く人物が頷いた。フードを目深に被った彼は顔を包帯で覆っており、露出しているのは紅い左目だけだ。
「……やっぱちょっと怖えな」
「……そうね。ミイラみたい」
「……」
「仕方ありませんよ。顔全体を隠そうと思うならこれくらい巻いておかないと。ちゃんと包帯の下も火傷した様に特殊メイクしてあるので、怪しまれても問題ない様にしましたし」
この包帯男の正体はオルトだ。ここフェラーレルはオルトの故郷であり、エルトゥールの特徴を知る者は多い。よってただフードを被るだけでは身バレする可能性が高いので、こうしてカモフラージュしているのだ。琴音の特殊メイク術はかなりのもので、私とセファンは舌を巻いた。
「まぁでも唯一出てる左目がやっぱ目立つけどな」
「セファン、あんまり大きな声で言わないであげて。誰に聞かれてるか分かんないし」
オルトの特徴的な焔瞳が包帯の間から怪しげに光っている。美しいその瞳は他の者の視線を惹きつける様だ。
「ここにしましょう。セファン、お願いできますか?」
「あいよー!」
琴音が手ごろな宿を見つけてセファンに言う。セファンは受付を済ませるために意気揚々と宿の中に入って行った。琴音も念のため後ろからついていく。
私達は宿の外で静かに待つ。すると通りすがりの二人の中年の男の会話が耳に入った。
「そういえばよぉ、アリオストにあのエルトゥールの生き残りが現れたんだって?」
「あぁ、あの大罪人の? 何で今更また出てきたんだろうな」
「分かんねえけど、十年も姿をくらましてたのにまた現れたってことは何かしでかすつもりなんじゃねえの? またユニトリクに来て王族殺しをするとか」
「うっへぇ恐ろしいなぁ。まぁ自分の家族全員皆殺しにする様な奴だからやりかねねえか」
「当時あいつまだ子供だったよな? もし成長して強くなってたら、合併した今の神子一族でもひとたまりもないかもな」
「まさか。それができたら本当に化物だな」
「だよなぁ。ってか、今の王族制度に変わったのってあのすぐ後だよな。何で急に神子制度止めるとか言い出したのかな」
「さぁ? 上の考えることは下々の俺らには分からねえよ。あれからもう十年経つのか。今の子供は神子って言葉知らない奴も多いみたいだぞ」
「うわ、何かそれ急にジジイになった気がするな……」
その会話を聞いてオルトは二人を凝視していた。包帯で表情は読み取れないが、焔瞳は困惑に揺れている様に見える。
「オルト、今の話……」
「神子信仰が廃止されただって……?」
「オルトがいた時は三つの神子一族の中から神子候補を出して、神使に選ばれた人が神子であり王になったのよね? 今は神子制度自体が無くなっちゃってるって……一体何が起こったのかしら」
「……コンクエスタンスの仕業だろうね。神子信仰を疎ましく思ってるあいつらが、バルストリアかローウェンスの中に潜り込んで神子制度を廃止させたんだ」
「でも、ただのスパイがそこまでできるのかしら」
「……」
すると、オルトは俯いた。悲しそうな目をする。
「……そこまで国政に手を出せる力があるとなると、スパイは神子一族の中でも特に位の高い人物ってことになる」
「え……」
暗いトーンでそう言うオルト。その燃え盛る様に紅い焔瞳がこちらを見た。
「──スパイは神子一族の関係者のうちの誰か、じゃなくて神子一族の誰かだ。しかも当主かその側近。俺が昔特に良く会っていた人達の中に、犯人がいる」




