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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第9章 神子のいる世界
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第142話 琴音と天音

 琴音が睨みつける暗い通路の先、そこには一人の和服の女性が立っていた。年は五、六十くらいだろうか。長身でスラッとした体つき、整った顔立ちが作り出す妖艶な笑み、そして──殺気。切れ長の双眸がこちらを射殺さんとばかりに睨んでいた。オルトが私を庇うように前に立つ。


「こ、琴音? 今師匠って……?」


「……お久しぶりです、師匠」


「──久しいなぁ、琴音。すこぶる元気なようで何よりやわ」


 師匠と呼ばれたその女性はこちらへ向かってはんなりと歩いてくる。もし彼女が先ほど言っていた琴音の師匠であるなら、竜の鉤爪のメンバーだということだ。私達が来ることを予期してここで待ち伏せていたのだろうか。


「琴音、あれがさっき言ってた元師匠か?」


「はい、そうです。竜の鉤爪時代に私をしごいた鬼教師、天音あまねです」


「マジかよ!? じゃあ俺達がユニトリクに侵入しようとしてるのバレバレってことか!?」


「……師匠、よく私達がここへ来ることが分かりましたね」


「ふふ、アリオストのエルトゥール騒ぎはこちらにも伝わっとる。すぐ隣国に来ておると分かれば、私だけでなく皆も次はユニトリクに来ることが予想できるやろうて」


「ですがこの通路は特定の人物しか知らないはず……」


「お前に洞察術や暗殺術を教えたのはこの私。お前の考えることなんて全部お見通しや」


 琴音の間合いの外で立ち止まる天音。彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「私達を殺しに来たのですか?」


「そこの治癒の娘以外はな。殺害命令が出てるのは裏切者の琴音だけなんやけど、まぁ邪魔するなら他もあの世に行ってもらわなあかんなぁ」


「……そんなこと、させません」


「ほう。ずいぶんと師匠に偉い口をきくようになったなぁ、琴音」


 琴音の握りこぶしに力が入る。すると琴音は前を向いたまま小声で私達に話しかけてきた。


「師匠は暗殺の名手です。瞬きの間に首を飛ばされている、なんてこともざらにあります。気を付けてください」


「うええ、ヤベえじゃんどーすんの……」


「琴音、俺が出ようか?」


「いえ、この狭くて暗い隠し通路内ではオルトも戦い辛いでしょう。隠匿を得意とするあちらに分があります」


「でも四対一よ? まぁ私は戦力外だけど」


「この場所では彼女の速さと姑息さでカバーできて有り余るくらいですよ。オルトの術なら速さも何も関係なく吹き飛ばせるかもしれませんが、それだとこの通路も吹き飛んでユニトリクに侵入できなくなる可能性があります」


「うーんそれは困るね」


「えっと……じゃあどうするの?」


「ここは……私が出ます」


 そう言って琴音は前に踏み出す。緊張感が走った。

 琴音がこちらに顔をちょっとだけ傾け、オルトを見る。すると少しの沈黙の後、オルトが頷いた。何かしらのメッセージが二人の中で交わされたらしい。私にはさっぱり分からなかったが。


「作戦会議は済んだかえ? 最期の言葉になるんやから、しっかり言いたいこと言っておきなはれ」


「それはいらぬ気遣いですよ、師匠。最後になどならないのですから」


「相変わらず威勢がいいなぁ。お前は私の弟子達の中でも特に優秀やった。私の元に来た当初から光る才能を感じておったよ。センスはあるし、飲み込みも早い。あそこまで短期間で優れた暗殺者になる者は中々おらんぞ?」


「昔の話です」


「だからお前が盗賊団を裏切ったと聞いた時、とてもショックを受けた。なぁ琴音、聞かせておくれ? 竜の鉤爪を辞めた理由を」


 天音は袖で自身の口を隠し、琴音に話しかける。琴音は足を止め、苦無を手に取った。


「……元々私は竜の鉤爪になど入りたくありませんでした。伊織が人質に取られていたから仕方なく任務を遂行していたまでです。死んでいるも同然の日々でしたよ。ですが……この人たちが伊織を、そして私をあそこから助け出してくれました」


「ほう……」


「ですから……師匠にこの人達を傷つけさせたりしません!!」


 次の瞬間、琴音が天音に向かって飛び出した。目にも止まらぬ速さで天音に攻撃を仕掛ける。


「──っ!」


 しかしその一手は天音に容易く防がれていた。天音が懐から取り出した短剣が琴音の苦無を受け止めたのだ。琴音はすぐに飛び退く。


「「……」」


 琴音と天音は互いに出方をうかがいながら睨み合う。そして、再び琴音が仕掛けに行った。走りながら手裏剣を投げる。天音は短剣でそれを的確に撃ち落とした。だがその間に間を詰めた琴音が苦無で天音に襲いかかる。天音は再度それを短剣で受け止めた。


「ふむ、あれから更に腕を磨いたようやね。しかし私にはまだ届かんなぁ」


「くっ」


 天音は苦無を押し返し、そして即座に短剣で琴音を斬りつける。すんでのところで琴音は躱した。そして躱すと同時に天音の頭目掛けて苦無を投げる。天音は首を大きく屈ませて避けた。更に振られた短剣が琴音を狙う。琴音が身を捻ってそれを躱そうとしたその時。


「!」


 琴音が短剣を躱したその先にもうひとつの短剣の切っ先があった。琴音の顔面に刃が迫る。


「ぐ!!」


「「「琴音!!」」」


 ギリギリで体勢を変え、攻撃を逃れた琴音。しかし短剣が頬を掠り切り傷ができる。すぐに琴音は飛び退いて天音と距離を取った。


「大丈夫!?」


「問題ありません」


 再び琴音は天音に飛びかかる。苦無と短剣が衝突し、鋭い音が通路内に響いた。琴音の苦無が天音の首を狙う。しかし天音の短剣は苦無を弾き、琴音の腹部に迫る。手裏剣を投げて天音の体勢を崩しながら琴音は攻撃を躱し、反撃する。だが天音も一歩も引かない。琴音の手を読んでいるかの様に反撃を躱し、そして袖の中から苦無を発射した。


「!!」


 体を思いっきり逸らせて苦無を避ける琴音。そこへ天音の短剣が迫る。


「弟子を殺すのは心苦しいが、これで終わりや!」


「琴音──!!」


 その時、刹那の時間がとても長くゆっくりに感じた。琴音の喉元に肉薄する天音の短剣。ここからではオルトの助けも間に合わない。天音の口角が僅かに上がる。どうしよう、琴音が殺されてしまう──そう思った直後。


「オルト!!」


「あぁ!!」


 琴音の足元から突如、煙が勢いよく噴き出す。それと同時に琴音周りに突風が発生し、天音を通路奥へと吹き飛ばした。煙がみるみるうちに通路内に充満し、視界が灰色に覆われていく。


「今です! 逃げますよ!!」


「は、はいっ!!」


「うおおおそーいう感じ!?」


 こちらへ鬼の形相で走ってくる琴音に私とセファンは少しビビりつつ、琴音の言う通りに急いで通路を引き返す。オルトを先頭に私達は全速力で入口へと走った。琴音はまきびしをまき散らしながら走っている。


「八雲、後ろに結界を張って壁を作って!」


「はい!」


「オルト、通路を氷漬けにしてください!」


「分かった!」


 オルトの指示で私は琴音が通り過ぎた位置に結界を張り、天音が追ってこれない様に透明の壁を作る。それと同時にオルトは琴音の指示で前方の通路全体を氷漬けにした。


「おいおい、全部氷にしたら走り辛いんじゃねーの!?」


「よく足元を見てください! 爆弾が仕掛けられています!」


「えぇ!? うわわ本当だ!!」


 私達が走り抜ける通路の足元、見えにくい位置に小さな爆弾らしきものが確かに仕掛けられている。先ほどここを通った時は全く気付かなかった。この暗い通路の中、かなり注意して見ないと気づかない位置だ。これも天音が仕掛けたものだというのか。


「く……」


「琴音!? 大丈夫!?」


 琴音がふらつく。顔がかなり青ざめていた。しかし彼女は構わず走り続ける。


「問題、ありません……多少毒が回り始めただけです」


「ど、毒!?」


「さっきの短剣か!」


「私達暗殺を得意とする者の中では武器に毒を盛るのは定石です。それより早くここを抜けないと……!」


 その時、背筋に悪寒が走った。琴音の後ろの方からガラスが割れた様な音がする。


「──結界が割られたわ!!」


「げええすぐそこまで追ってきてるってことだよな!!?」


「もうすぐ出口だ! 皆頑張って走って──」


 オルトがそう言いかけた時、私達の足元が光った。


「「なっ!!?」」


 オルトと琴音が青ざめる。発光したのは──氷漬けにされ機能を停止したはずの爆弾だ。


「きゃああああ!!」


 咄嗟に私は全員の周りに結界を張る。発光した爆弾は爆ぜ、通路内を暴力的に破壊した。通路内に大量に仕掛けられた爆弾の衝撃で結界が軋む。するとその時。


「逃がしまへん」


「!!!」


 爆炎を物凄いスピードで突き抜けてきた天音の握る忍刀が結界を貫いた。刀に破られた結界が瞬時に崩れ去り、そしてその刃が琴音の胸に突き刺さる。


「琴音!!」


「か……」


 しかし次の瞬間、琴音の体が水へと変化した。変わり身だ。驚いた天音の目が見開かれる。


「まさか……」


「師匠、お別れです!!」


 琴音のその言葉と同時に、天音の真上で爆発が起こった。崩れた天井が天音の頭目掛けて落ちてくる。


「っ!!」


 咄嗟に飛び退く天音。崩れ落ちた大量の岩が通路を塞ぎ、彼女の姿が見えなくなった。着地した琴音は苦しそうに片膝を着く。

 しかしこれで逃げ切れる、そう安堵した瞬間。


「ひゃあああ!!?」


 爆発の衝撃で通路の足場が抜ける。浮遊感に全身が包まれた。ごっそりと抜け落ちた地面に私達はどうすることもできず、重力に従ってどんどん落ちていく。


「こ、琴音ええ! 風太丸は!!?」


「だ、ダメです……ここは狭すぎ……て……」


「ちょ、琴音大丈夫か!?」


 血の気が引いた琴音の表情は虚ろで、彼女の体は落下に抵抗することなく真っ逆さまに落ちていく。その様子を見て私も血の気が引いた。下方は真っ暗で何も見えない。どれくらいの高度があるのか、下には何があるのか全く確認できなかった。




 私達は暗い暗い底へと、逆らうことができずに吸い込まれていく──。




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