第141話 所縁
ヴォルグランツの町を出て馬車で街道を進み、ユニトリクの国境付近まで来た。この貸切の馬車はアリオスト騎士団が好意で用意してくれたものだ。これなら他の客を巻き込む心配も無いし、御者も騎士団の一人なので簡単に殺されたりはしないだろう。お陰で私達はかなり時間を短縮してユニトリクの近くまで来ることができた。
現在、アリオストとユニトリクは国交断絶状態だ。というのも先日の一件でオルトの冤罪が判明した結果、アリオストはユニトリクへのオルトの引き渡しを拒否したため関係が悪化したのだ。コンクエスタンスを使ってユニトリクがアリオストを乗っ取ろうとしていたことも露見したため、今まで行われていた貿易やユニトリクの要望要請の執行も凍結された。よって、完全にアリオストとユニトリクは敵対国となったのである。
今はまだ物騒な話にはなっていないが、もし何か小さな火種でもあれば戦争になりかねない。コンクエスタンスが率先してそういうことを企みそうなため、アリオスト上層部はかなり警戒している状態だ。しかしこういった状況になることは王も予測済みで、あえてそうしたのだという。アリオストという国を取り戻すために。
「ありがとうございます。この辺りまでで大丈夫ですよ」
オルトが御者に声をかける。するとすぐに馬車が止まった。私達は荷物をまとめ、馬車を降りる。
「では、お気をつけて」
「副騎士団長によろしくお願いします」
御者は一礼し、馬車を転回させて街道を戻っていく。私とセファンはうーん、と伸びをした。
「はぁ、久々の馬車旅だったわ。やっぱ楽ね」
「これはこれで俺は退屈だったけどな。尻痛くなるし」
「でしたらセファンだけ歩いて来ても良かったですよ?」
「いやごめん馬車めっちゃ楽しかったぜ」
セファンは片手で尻をさすりながら親指を立てる。
私達の会話に入ってこないオルトはユニトリクの方角を見ていた。風に吹かれて綺麗な金髪が揺れる。美しい焔瞳と相まって絵になるなあ、なんてことを考えながら見とれてしまっていた。すると視線に気づいたオルトがこちらを向く。
「っ!」
つい顔を逸らしてしまった。あぁダメだ。ヴォルグランツでセファンにオルトとのことを指摘されてから、必要以上に彼のことを意識してしまう。以前の様に普通に目を合わせることができない。
「……」
オルトは何も言わず、再びユニトリクの方を見た。特に何も指摘されなかったことに私はホッとする。変に思われなかっただろうか。
ここから歩いて一時間もかからない距離のところに国境がある。目視できる位置に検問所と思われる門が見えた。
「……いよいよですね、オルト」
「あぁ。ようやく帰ってきたな」
「どうやって入国するの? オルトはユニトリクでは国家反逆罪の罪人なのよね? 正規ルートじゃ入れないと思うんだけど」
「もちろんあそこから正々堂々とは入れないよ。それに俺と同行してるのがバレてる八雲もセファンも琴音も普通には通れないと思う」
「では密入国ですね」
「げ、やっぱそーなるの? なんか何も悪いことしてないのにコソコソしなきゃいけないの面倒くせーなぁ」
「ごめんな、俺のせいで」
「あ、いや別にオルトを責めてる訳じゃねーよ」
オルトが申し訳なさそうに苦笑いする。しかしセファンの言う通り、私達はオルトのせいで迷惑を被っているだなんて微塵も思っていない。
「わざわざ国境よりも手前のこの位置で降りたのは正規ルートで入らないからだ。ユニトリク側の人間に見つからないためにね」
「検問所の人にバレないように国境を越えればいいんだよな? どーやって入る?」
「身を隠しながら近づいて、侵入できそうなところを探す」
「あれ、やんちゃだったオルトなら検問所の穴くらい探検してるかと思ったけどな」
「はは、さすがにそこまでは冒険できなかったなぁ」
「じゃあ取り敢えずあっちまで進みましょ」
国境の方へと足を進めようとしたその時。
「──それでしたら、私がご案内します」
「「「え?」」」
琴音の発言に私達は驚き、彼女の方を見る。琴音はすまし顔でオルトを見ていた。オルトはキョトンとしている。
「琴音、侵入路を知ってるのか?」
「はい。私は竜の鉤爪に入って最初の約五年ほどは、ユニトリクにある本部内で訓練を受けたり任務の遂行をしていました。ユニトリク国内はほぼ回りましたので、あそこの侵入経路も分かりますよ」
「えぇ、マジ!?」
「え、琴音ってランバート近くのアジトにずっといたんじゃなかったのね」
「伊織は才能を買われて、入団してすぐにあそこに入れられました。私は伊織の様な才能は無かったので、ある程度使える駒になるまでしばらくは厳しい訓練生活でしたね。何度も異動を願い出てようやくガルシオの下に配属させてもらえましたよ」
「き、厳しい訓練生活……」
「血反吐を吐く様な毎日でした」
「ひえ……」
そう言いながら不敵な笑みを浮かべる琴音に私とセファンは引く。するとオルトが首を傾げながら琴音に尋ねた。
「じゃあ琴音の体術は全部竜の鉤爪に仕込まれたものなのか? でもそれにしては他のメンバーと戦い方がだいぶ違う気がするけど」
「全部、というと違いますね。私の母が元々はくノ一だったので、母からある程度特訓は受けていました。伊織は体が弱いし運動は苦手なので習っていませんでしたが。親が殺され竜の鉤爪に入れられてからは、本部にいるインジャ出身の師匠に体術を教えてもらいましたよ。あとは暗殺術とかも」
「「「……」」」
サラッと真っ黒で凄惨な過去を明かされて私達は固まる。琴音もなかなか悲惨な幼少期を過ごしたのか……。過去について色々聞きたいこともあるけれど、今はやめておこう。
「とまぁ私のことはいいですので、さっさと進みましょう。私がいたころと変わっていなければ、検問所の西側に抜け道があります。そこを抜ければすぐフェラーレルですよ」
琴音は颯爽と歩き出す。私達は一度顔を見合わせ、そして琴音の後に続いて歩いて行った。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
検問所の少し西。国境沿いに設置された高い鉄柵が切り立った岩壁に切り替わり、忍び返しが付けられて不法侵入を阻んでいる。乗り越えようと思えば乗り越えられそうだが、オルトと琴音の話だと国境付近は監視役が目を光らせているため登り切ったところで発見されてしまうそうだ。よって、監視の目が届かない地下や隠し通路でないとここを突破することができないらしい。
「ここです」
琴音が岩壁沿いに少し歩いたところで立ち止まる。特に何も無い場所だ。
「ここって……何もねーけど?」
「登ればいいのかしら?」
「いえ、ちょっと待ってくださいね」
そう言って琴音は岩壁に手を当て、そして押す。すると琴音が手を当てた部分が急に凹んだ。凹んだ箇所の左の岩壁が静かに動き出し、岩壁内へと続く入口が現れる。
「! 隠し通路がこんなところに……」
「これを知る者は殆どいません。まず見つかりませんよ」
「凄いわ琴音!」
琴音は先導して隠し通路に入る。続いて私、セファンが入り、オルトは殿だ。私達が通路内に入ると、入口が自動で静かに閉じていく。
「暗いわね……」
「ちょ、これ入口が完全に閉まったら何も見えなくなるんじゃねーの? 大丈夫か?」
「琴音、これを」
「! ありがとうございます」
オルトが琴音に向かって何か光るものを投げた。手のひらサイズの光る石だ。オルトの手にも光る石が握られている。
「石ころに光の氣術を宿しといた。灯りに使って」
「便利ね、オルトの能力って。氣術器無くてもこういうことできるんだもの」
「はは、だからエルトゥールは氣術器屋潰しだなんて言う人もいるよ」
「あら、それは心外よね」
「まぁこんな力使える人間限られてるんだから、氣術器屋が潰れるほどの影響はまず出ないよ。冗談半分の言葉だと思う」
あっけらかんと話すオルトと目が合う。すると顔が熱くなった。思わず顔を逸らしてしまう……目が合うのは嬉しいけど、恥ずかしい。
「……おいお前ら俺を挟んでイチャつくのは止めてくれ」
「な、イチャついてなんてないわよ!?」
「な、イチャついてなんてないぞ!?」
「息ピッタリですね」
「「……」」
あぁ、恥ずかしい。いきなり顔をそらしてしまったが、オルトはどう思っただろうか。今どんな顔をしているだろうか。見たいが恥ずかしくて見られない。そして後ろのセファンからの視線が痛い。
「もう、セファンたら変なこと言わないで……きゃ!?」
突然立ち止まった琴音の背中にぶつかってしまった。急にどうしたのだろうか。
「琴音? 何かあったの?」
「いえ……これは……」
前に立つ琴音を覗き込むと、神妙な面持ちで進行方向を見ていた。あまり良い予感はしない。殿のオルトも琴音の様子を見て真剣な表情になる。
「どうした琴音?」
「……私がここを最後に通ったのは数年前です。この通路を知る者は先ほど言ったように殆どおらず、まず人など通らないはずなのに……つい最近人が通った形跡があります」
「……一部のここを知る者が通った可能性は?」
「私以外でここを以前使用していた竜の鉤爪メンバーは皆死んだと聞きました」
「えぇ、じゃあ一体誰が通ったのかしら……」
「もし他に、ここを知っている人物がいるとしたら──」
琴音が途中で言葉を途切れさせる。嫌な予感がした。
すると琴音とオルトが武器に手をかけた。気配を感じ取ったらしい葉月とサンダーも前方を見て毛を逆立てる。
「八雲、下がってください」
琴音は前を向いたまま手で私を後ろへ押しやる。私はいつでも結界を張れるよう構えた。
通路の奥から足音が聞こえる。
「おいおい、こんな狭い通路で敵かよ……?」
隣のセファンが唾を飲み込む音が聞こえた。
ゆっくりと近づいてきた足音の主が、光る石の灯りに照らされてその姿を露わにする。その人を見て、琴音が驚きと困惑の混ざった声色で言葉を発した。
「────師匠」




