番外編6 それぞれの想い
セファン達はアリオスト観光を終え、王城に戻って夕食を摂った。今日もビックリするくらい豪華な夕食だったよ。セファン達人間だけでなくオレや葉月にまで専用の凄く美味しい食事が毎回用意されていて、さすが国最高峰の暮らしは違うなぁと感心する。今は各自部屋に戻ってゆっくりタイムだ。でもセファンは夕食から戻ってきてからずっとベッドに突っ伏している。
『セファン、大丈夫?』
「……」
『おーい、寝てるの?』
「……」
『無視は良くないと思うなぁ』
「……」
『あ、食べ過ぎて気持ち悪いとか? セファン滅多に食べられない豪華な食事だからって凄く食い意地張ってたもんね』
「ち、違えよ! いつもより食べまくってるのは事実だけど、そんなんじゃねえ」
ようやく顔を上げて反論したセファン。だが歯切れが悪い。
『……昼間のこと、気にしてるんだ?』
「……分かってて聞いただろサンダー」
『うん』
「……」
セファンが眉間に皺を寄せながらこっちを睨んだ。オレは小さく溜息を吐く。
「……あぁ、そうだよ。何か勢いに乗って告白しちまった……何やってんだ俺は」
昼間のヴォルグランツ観光の時、セファンは八雲に好きな気持ちを打ち明けた。しかし残念ながら八雲はオルトのことが好きなので、その想いは届かなかった。勿論それは元々分かっていたのだけれど。
セファンは恥ずかしそうに顔を赤らめ、両手で頭を掻く。
『でも告白するのってとっても勇気がいることだと思うよ? ちゃんと言えたセファンは凄いよ』
「でもフラれた」
『うーん、それは……仕方ないよ。てか八雲がオルトのこと好きなの知ってるのに、告白したセファンは度胸があるね』
「なんかもうアレだ。完全に勢いで口が滑っちまった感じだよ。だって八雲があんなにオルトのこと考えてウジウジしてんだぜ? 見てるこっちがむず痒かった」
『はは、確かにそれはオレも思う』
すると、セファンはまたベッドに顔を埋める。
「俺……八雲が好きだ」
『うん』
「だから……悔しい」
『うん』
「フラれたの……マジで辛い」
『うん』
「八雲には頑張れって言っちまったけど、正直頑張って欲しくない」
『うん』
だんだんとセファンの声が震え始める。悲しい気持ちが伝わってきて、胸が締め付けられる様だった。
オレはベッドに飛び乗り、セファンの背中に顔を乗せる。
「あんなこと言わなきゃ良かった……。調子に乗って告白してフラれて、しかも八雲の背中を押すとか……何やってんだよ俺」
『セファン、頑張ったね。あの時凄く恰好良かったよ』
「……」
『まさかあそこまで言うとは思ってなかったから、オレもビックリした。でもとっても良かったよ。セファンの想いは届かなかったけど、セファンの気持ちはちゃんと八雲に伝えられたし八雲もあれで元気になった。だから言って良かったと思う。だからそんなに後悔しないで』
「うっ……で、でもっ……」
『うん、やっぱりフラれるのは辛いよね。だから……いっぱい泣いていいと思う。大丈夫、誰もそれを笑ったりしないよ』
「うっ……サンダー……」
『もし気にするならオレ部屋を出てようか? ちゃんと外で人が来ないよう見張っとくよ』
「……いや、いいよ。サンダー……」
『うん?』
「ありがとう」
『……うん』
セファンがオレの頭に手をまわす。そして優しく撫でた。
「う、ううぅーー」
ベッドに顔を埋めながらセファンが泣く。オレは彼の上で、何も言わずにじっと寄り添っていた。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
翌日朝。オレとセファンは早朝に起きて、いつも通りオルト、琴音との鍛錬をしに中庭に向かう。泣いてスッキリしたのか、セファンの表情は昨夜よりだいぶ明るかった。一安心だ。
「あぁ、やべえ目が腫れてる。これバレるよな?」
『うーん、結構腫れてるねぇ。寝相が悪くて、ベッドから落ちて思いっきり顔ぶつけたとかにしとく?』
「なかなか厳しい言い訳だなぁ。オルトと琴音のことだからすぐ気づきそう。オルトは泣いた理由までは分からないだろうけどな」
『じゃあやっぱ今日はトレーニング止めといた方がいいんじゃない? 体も心も乗り気じゃないなら無理して行く必要ないよ。オルト達だって咎めたりしないだろうし』
「んーでも何か体動かしたいんだよ。色々発散したいって感じ?」
『セファンがそう言うならいいけど……』
そうこう言っているうちに中庭に到着する。オルトと琴音はすでに鍛錬を始めていた。二人がオレ達に気づく。すると琴音がオルトに何か言い、こちらに歩いてきた。少し表情が暗い気がする。
「おはようございます、セファン、サンダー」
「おはよ」
「ワウ!」
「……その、昨日はすみませんでした」
「ん? え、何が?」
非常に申し訳なさそうに謝る琴音。セファンは意味が分からずポカンと間抜けに口を開けている。
「河原で八雲といきなり二人きりにしたことです。私は空気を読んで退散したつもりだったのですが……結果的にセファンが辛い思いをすることになってしまいました」
「やっぱ会話聞いてたんじゃねーか」
「本当にすみません……セファンが大声で八雲への愛を叫ぶ辺りから聞いていました」
「ちょ、そーいう言い方すんな! めっちゃ恥ずいじゃねーか!」
「ですからその……セファン……」
「……別に俺は琴音のこと何も怒っちゃいねーし恨んでもいねーよ。それよりも気持ちを伝える機会をくれて感謝してる」
「え、ですが……」
「そりゃフラれてめっちゃ辛かったぞ!? お陰様で目がパンパンだ! ……でもあれはあれで良かったんだって今は思ってる」
「セファン……すみませんでした」
「だから謝んなくていーんだってば。勢いに乗って勝手に告白したのは俺だし。それに俺は俺で気持ちの整理つけようとしてるから、あんま突っ込まないでくれ。はい、この話終わり!」
しょげる琴音の横を、手をヒラヒラと振りながらセファンが通る。琴音は複雑な表情でセファンがオルトの方へと歩いて行くのを見ていた。
「……セファンは強いですね」
琴音はオレの方を見下ろした。
「もし私が同じ状況に置かれても、ああしてすぐ気持ちを切り替えることはできないでしょう。……情けない話です」
しゃがみこんで俯き、琴音はオレの頭を撫でる。
『琴音は情けなくないよ』
「……?」
琴音にオレの言葉は通じない。不思議そうに彼女はこちらを見た。
『セファンは強い心の持ち主だ。オレはそれを誇りに思う。でも琴音だって凄いと思うよ? 周りの人の気持ちを察するのが上手いし、思いやりもあるし優しい。昨日の河原のことだって、琴音は良かれと思ってやったんでしょ? 確かにセファンはフラれちゃったけど、セファンにとっても八雲にとってもあれは必要なことだったと思う。だから、そんなに自分を責めないで欲しいな』
「……サンダーは私を慰めてくれているのですか?」
『そうだよ。昨日のことを悔やんでも仕方ないし、琴音も前を向いてよ』
「……ふふっ。ありがとうございます」
どこまでオレの意思が通じたのかは分からない。でも琴音の表情は和らいだ。
「そうですよね。セファンがああ言ってるのに、私がウジウジしていてはいけませんね」
気持ちを切り替えたらしい琴音は立ち上がり、セファン達の方を見る。オルトはセファンの腫れた目に気付いた様だったが、特に指摘していなかった。
「さて、鍛錬に戻りますか」
琴音は二人の元へと歩き出す。オルトとセファンが笑顔を琴音に向けた。
いつも通りの朝の時間が、また始まる──。




