第139話 恋心
アリオスト王への謁見を終えた翌日。俺はロベルトとヴォルグランツの町を歩いていた。
「こうして二人で町を歩くのも久しぶりだな。懐かしいよ。町の様子はだいぶ変わっちゃってるけど」
「そうだな。まぁお前が消えてから色々この町も大変だったし」
「そうだね……」
夢の中でリアトリスが見せてくれた、疲弊したアリオストの映像が脳裏に浮かぶ。胸が締め付けられた。
「ま、コンクエスタンスも排除したことだしこれからアリオストは良くなってくだろ。オレもその為に頑張るしな!」
「そうだね。よろしく頼むよ」
「そいやユーリ、神子付きの騎士に復職するの断ったんだって? 勿体無えなぁ。まぁリアとの約束があるし仕方ないか」
「神子付きって言っても、今は神子がいないからロベルトと同じ通常の騎士業務になるけどね。まぁ俺はリア以外の騎士になるつもりはないし、ユニトリクに行かなきゃいけないから丁重にお断りしたよ」
「そっか」
「ロベルトの方はどう? てか騎士団長がいなくなってバタバタしてるだろうに、俺と一緒に町に来て大丈夫なのか?」
「おーよ。宿直の日から昨日までずっと長時間連勤したことになってるからな。まぁ追われてた時もほとんど休んでねえから実際そんな感じだし。今日はさすがに休めって言われたよ」
「ふうん。まぁ取り敢えずロベルトが無事に騎士団に戻れて良かったよ」
「俺が裏切者扱いされたのユーリのせいだからな」
「あはは、でも俺を庇ってくれたの嬉しかったよ」
「……おーよ。あったり前だ」
ふん、と鼻を鳴らしながら隣を歩くロベルト。そんな彼を見てアリオストでの懐かしい日々が思い出される。
「アレクの被害者の件はどう? 何とかなりそうかな?」
「騎士団が今捜査始めたところだ。副騎士団長が全力をあげて取りかかれって鬼の形相で言ってたから何とかなるんじゃね? まぁもし特定不可能な人ばっかりだったらスラム街の連中にも協力を頼むことにするよ。たぶんあいつらなら別の方法知ってる」
アレクに凌辱された骸達はアイゼン渓谷のアジトの中だ。その骸一人一人が誰であったのかを特定し、家族の元へ返さなければならない。数が数なので膨大な作業量になるだろう。
「ってかユーリこそ、あの嬢ちゃん達置いてオレと来て良かったのか?」
「八雲達は今日はヴォルグランツ観光するらしいよ。さっきそれだけ言って逃げる様に三人で出かけちゃったんだよね」
「置いてけぼりか」
「そう言われればそうかな。まぁでもこうしてロベルトと久々に町歩きできるし良かったかな?」
「へっ。小っ恥ずかしいこと言うな馬鹿」
吐き捨てる様に言って目をそらすロベルト。しかし嬉しそうだ。その様子を見て俺も笑みがこぼれる。
俺達は昔からある花屋に来た。リアトリスの墓参り用の花を購入するためだ。
「この店は昔から変わらないね」
「おーよ」
「リアのお墓、これを機に町の中に移せないかな。もう神子を排除するコンクエスタンスはいなくなったから、町中にお墓を設けても荒らされたりはしないと思うんだけど」
「……それはオレも考えてた。でもいい場所が思いつかないんだよな」
「リアの屋敷の跡地とかは?」
「あそこ立ち入り禁止になってるんだよな……まぁひとまずリアには秘密基地裏でしばらく眠っててもらって、もうちょいアリオストの雰囲気が神子に友好的になってきたら移すのもアリかもな」
「うーんそうかぁ。そうだね」
リアトリスは夢の中でまた新たな神子が現れ、アリオストを導くと言っていた。神子信仰が復活するにはまだ少し時間がかかるかもしれないが、それを待つとしよう。
俺達は花を受け取り、町を出て秘密基地へと向かう。今日はいい天気だ。街道の散歩は清々しくて気持ちいい。広大な景色を眺めながら歩いていると、さして時間もかからずに秘密基地に着いた。
「リア、帰ってきたぞ。ちゃんと守れてなくてすまなかった」
「本当にごめんね。今ちゃんと眠らせてあげるから」
ロベルトはリアトリスの骨が入った壺を置く。俺は地面に刺さっている錫杖を抜いた。俺達は顔を見合わせ、そして墓穴を掘り始める。
「……そいやさ、夢の中でリアと会った」
「……は?」
「この目の術が切れる寸前にさ、夢の中で話したんだ。まぁただの俺の妄想なんだろうけど」
「あーその真っ赤な目? 最初見たときすっげえ充血してんなと思ったよ。もうそのままなんだな。オレまだ慣れねえ」
「充血って……」
「で、何話したんだよ?」
「アレクから守ってくれてありがとうって言われた。ロベルトにも感謝してるって」
「へぇ……って、え。リアはアレクのこととか知らねーだろ」
「だから俺の妄想なんだってば。俺の記憶で作られた夢の中だから、リアもアレクのこととか俺達の行動とか全部知ってた」
「へぇ、まぁそれでも……会えたってのは羨ましいな」
「だろ? 俺達がリアのために戦ったこと、凄く嬉しかったって言ってたよ」
「へへ、そうか。そりゃ良かった」
「あとはクーデターの後アリオストがどういう状況になっただとか、新しい神子がまた自然に現れるとか話してた」
「新しい神子か。早く出てきて神子信仰が復活してくれりゃ、リアも町に移せるんだけどな。まだ町に連れ帰るのはちょっと怖え」
「そうだね。もし新しい神子が現れたらロベルトは神子付きの騎士に志願する?」
「どうだかな。オレもリア以外の神子に仕えようとは思えねえ。今の仕事もそこそこ楽しいしな」
「そっか」
そんな話をしているうちに穴を掘り終わり、リアトリスを埋葬する。埋めた箇所に錫杖を刺し、花を供えて完了だ。俺達は墓の前にしゃがみ、手を合わせる。目を瞑るとリアトリスの笑顔が瞼に映し出された。心が温かくなる。
「……なぁユーリ、あんまそういう表情あの嬢ちゃんの前ですんなよ」
「は?」
目を開けて隣のロベルトを見る。呆れ顔でこちらを見ていた。
「オレとかリアの前だけでは良いけど、あの嬢ちゃんの前でそんなデレ顔したら勘違いされちまうからな」
「え、何どういうこと?」
「どういうこともなにもユーリ…………え、まさか何、あれ? 気づいてない系?」
「は? 何言ってるのか全然わかんないんだけど」
「……」
ロベルトは至極残念そうに溜息をつく。意味が分からない。
「お前って本当に自分のことには鈍いっていうか……馬鹿なんだな。そいやリアの時も素直に自分の気持ちと向き合ってなかったもんな」
「ちょっと待って、何一人で納得してんの。どういうことか全然分かんないんだけど」
「あーもう!」
ロベルトは少し苛立ちながら立ち上がった。俺もつられて立ち上がる。
「ユーリお前さ、あの嬢ちゃんのこと好きだろ」
「…………は?」
「は? じゃねえ。好きってのが滲み出てるぞ」
「……」
思考がフリーズする。俺が八雲のことを好き? 確かに八雲は守るべき存在で、大切な旅の仲間だが……まさか四つも年下の少女が恋愛対象だとは考えてもみなかった。
「え、いや八雲は俺の雇用主で護衛対象で、コンクエスタンスを討とうとする仲間で……」
「それだけか? そうは見えなかったけどな」
「俺はリアのことが好きで……」
「それは知ってる。オレもリアのこと好きだ。でもユーリのそれは過去形だぞ」
「……」
「今一番好きなのは嬢ちゃんだろ」
「俺、は……」
八雲の姿が思い浮かべられる。可愛らしい笑顔、元気で明るい仕草、人を癒す優しさ、決して折れない芯の強い精神力。どれもが愛おしかった。顔が熱くなってくる。
「つくづく面倒な奴だな! オレに言われねえと自分の気持ちにも向き合えねえのか?」
「俺は……八雲が好きなのか」
「そうだよ!」
「俺、ずっとリアのことだけが好きだと思ってたんだけど……まさか八雲を……」
「そりゃリアのこともめっちゃ好きだったろーがよ。でも今は一番じゃないだろ。ユーリの行動見てたらそうとしか思えねえ」
最近八雲と接した時の数々の違和感、それが好きだからこその感情だと思うと説明がつく。
「そうか……そいやリアにも最後、大切な人ができたんだねみたいなこと言われたな」
「リアにもバレバレじゃねえか」
「あーー俺……本当に馬鹿だな」
「おう、馬鹿だ。超絶鈍感脳筋野郎だ」
「……」
最早何も言い返せない。脳裏に眉間に皺を寄せた一継の顔が浮かぶ。もしこれが知られたら殺されるかもしれない。
「はぁ、何やってんだ俺……」
「ホントだよ、馬鹿」
「あー、次どういう顔して会えばいいんだ……」
「ん……あれ、おかしくねえか? ユーリが自分の気持ちに気付いてねえのに、何で夢の中のリアはそんなこと言ったんだ?」
「え……深層心理では分かってた、とかそんな感じなのかな」
「いやそれにしても変だぞ。だってユーリが知らないはずの、クーデター後のアリオストの話もしたんだろ? ユーリが知り得ない情報が何で妄想で作られたリアの口から語られたんだ?」
「……確かにそうだね」
「もしかして、ユーリが見た夢の中のリアは本物じゃないのか?」
「本物って……でも本人はもう死んでるし。幽霊とか魂とかそういう話?」
「オレも分かんねえけど。でも……何かアレだ。ユーリの目にかかってたリアの氣術に魂が残ってたとかそんな感じだったりして」
「でもそれだったらリアの魂はずっと俺と行動してたことになる。アリオストの荒廃した過去は知り得ないんじゃないのか」
「ここで眠ってたリアとも繋がってて、それで過去のことも知ってる。それでどうだ?」
名推理だろ、とでも言わんばかりのドヤ顔でロベルトがこちらを見る。
「……そんなことが可能なのか? 術に魂が宿ったり体と交信したりするなんて聞いたこと無いけど」
「まぁそういうことにしとこうぜ? だって原因の突き止めようが無いだろ。ユーリの夢はユーリにしか見れねえし、リアだってもう消えちまったんだろ?」
「まぁそうなんだけど……じゃあそういうことにしとこう」
「で、話戻すけどよ。嬢ちゃんの前であんまリアが好きーって感じ出してやるなよ。勘違いされるだろ」
「う……わ、分かったよ」
また自分の恋心に触れられて恥ずかしくなり、端的に回答して目をそらす。
「リア、ユーリは見ての通り浮気したぜ。オレはまだちゃんとリアのことが好きだから安心しろよな」
「な、浮気っておい!」
「はは、冗談冗談」
リアトリスの墓に向かって喋るロベルトの言葉に俺は反論する。ロベルトは笑いながら手をヒラヒラとさせた。
「よし、町に戻るか。リア、ちゃんとまた定期的に来るから心配せずに眠っててくれよな」
「頼んだぞ、ロベルト」
「おーよ」
「リア、行ってくるね」
俺達はリアトリスに挨拶し、秘密基地をあとにした。