第137話 再起へ
アリオスト王との謁見の翌日。私とセファンと琴音は朝からヴォルグランツの町の観光に来ていた。町の観光自体は先日の情報収集の際にちらっとしたのだが、本格的にがっつり観光するのは今日が初めてだ。なんせ、私もオルトも追われる身だったためあまり自由に動けなかったからである。
とは言っても、オルトは隠れる必要は無くなったが私はまだ竜の鉤爪に狙われる身だ。結局ローブとフード生活である。身を隠さなければならない人物が減ったので、かなり行動はし易くなったが。
「はぁー、やっぱ下町を歩く方が落ち着くぜ。王城は何か凄すぎて息詰まりそうになるもん」
「私も同感です。私の様な下賤な人間が王城に客人として迎えられるなど……」
「げ、下賤な人間だなんて……。 私は凄く快適だと思ったけどなぁ。ご飯は美味しいし部屋も広いしベッドもフカフカだし」
「まぁそういう意味では快適だったけどよ。ってゆーか昨日の騎士団の取り調べホント辛かったぜ……」
「取り調べというよりは事情聴取ですね」
「しょうがないじゃない。今回のこと一番良く分かってるの私達なんだから。騎士団も騎士団長がいなくなって大変なのよ」
昨日の王への謁見の後、昼食を済ませた私達は副騎士団長に呼ばれて詰所に赴き、アレクについての詳しい事情の説明を求められた。彼が屍使いであったこと、ウルビーストは架空の獣魔であったこと、そしてアイゼン渓谷にあるアジト内にたくさんの人の骸が放置されていること。それらを話していくうちに、副騎士団長と同席していた騎士団幹部の表情がみるみる険しくなっていった。アリオストの数多の行方不明者の死体が弄ばれていたというのだから怒るのも当然だ。
さらにはコンクエスタンスについてのできるだけ詳しい情報や、竜の鉤爪の話までさせられたのでかなり時間がかかった。もちろん私の特殊能力については濁しておいたが。気づけばもう外が暗い時間帯で、私達も疲れてヘロヘロになっていたのである。
だがお陰で騎士団が竜の鉤爪にも目を光らせ、この国内では私に手出しさせないと言ってくれたのは心強かった。一応ローブとフードはいつも通りつけておくが。
「ってかその……八雲はオルトも一緒に来なくて良かったのか? 誘ってないんだろ?」
「えぇ、いいの。オルトだってきっと、久しぶりに会えた親友とゆっくりしたいはずだわ」
今朝、鍛錬を終えたオルトはちょうど王城に来たらしいロベルトと中庭で話をしていた。遠目で見ただけなので何の話をしていたのかは分からないが、二人の表情はとても穏やかで和やかだった。やはり旧友との会話は楽しいのだろう。セファンと琴音と一緒に出掛けることだけ伝えて、誘わずに出てきてしまった。正直一緒に町を回りたかったが……我慢だ。
「で、どこに行きましょうか?」
「うーん、まずはあそこに登ってみましょ!」
「展望台ですね」
「お! いいねー!」
騎士団から逃げるために風太丸に乗った際、町の風景を見下ろした中で気になる建物がいくつかあった。美しい建物が多く、どこから行こうか迷うがまずは中でも一番気になっていた展望台にしよう。
私達は展望台に向かい、入場料を払って中に入る。他の観光客はいなかった。
「うおお高けーー!!」
「わぁ、良い眺めね!」
「本当に綺麗な町ですね」
私達は展望台の中を歩きながら町を三百六十度見回す。風太丸に乗った時よりも高度がだいぶ低いため、また違う風景に見えた。葉月とサンダーも楽しそうにはしゃいでいる。
「そいや、ランバートでも展望台登ったよな。やっぱ町によって全然景色が違うなぁ」
「そうね。ランバートはランバートでまた趣があって良かったわよ」
「エイリンさん達どーしてるかなぁ。元気にやってっかなぁ?」
「んーエイリンならきっと大丈夫よ。神子として奮闘してるわ!」
「そのうちまた会いに行かねばですね」
「琴音は伊織のことも心配だもんな!」
「……そうですね」
「どうしたの琴音?」
「いえ……伊織のことは確かに心配ですが、恐らくあの子なら大丈夫だと思います。正直自分だけランバートに残ると言われた時は驚きましたが、同時に彼の成長を凄く感じました。ですから……きっと伊織は大丈夫です」
琴音はとっても優しい表情でそう言いながら町を眺める。その様子を見て私とセファンは顔を見合わせ、そして微笑んだ。
「ユニトリクに行ってコンクエスタンスも竜の鉤爪も片付けたら、ランバートに行きましょうね!」
「はい」
にっこりと笑う琴音。うん、美人だ。
「なぁ、次はどこ行く?」
「そうね、あの大きな建物はどうかしら?」
「あれは確か博物館でしたね」
「よし! じゃあ降りよーぜ」
町の展望を満喫した私達は次に博物館へと向かうため、展望台を降りる。地図を確認しながら歩いていると、セファンが周囲をキョロキョロと見回しだした。
「どうしたの?」
「いや何か……今日は町の人達がなんとなく慌ただしいっていうか、変な雰囲気っていうか」
「そうですね。騎士団長とアレク外務官の件が公表された影響でしょうか。それにオルトの冤罪の件も」
「そりゃ今まで信頼してた騎士団のトップが闇組織のスパイだったなんて知ったら混乱するわよね。アレク外務官もそうだし、そもそもいきなり闇組織があるなんて知ったらビックリしちゃうわよ。それにエルトゥール一族が実はオルトの裏切りじゃなくその組織に滅ぼされてたっていうのも寝耳に水だろうし」
「まぁ公表されてから間もないので多少の混乱は仕方がないでしょう。むしろこの程度で済んでいるのが凄いと思います。王からの公表の仕方が良かったんでしょうね」
「まだ幼いのに凄いわよね。ちゃんと公表するべきところは公表して、コンクエスタンスの話はかなり濁してって感じにしたのが功を奏してるのかしら」
「まぁコンクエスタンスのことを知ったら大混乱になるでしょうからね。それにもしコンクエスタンスの情報を流せば、奴らは国を潰しに来るかもしれませんから」
「あいつら手段を選ばねーからなぁ。非道、外道、なんでもアリって感じ」
「まぁ、この多少の混乱もきっと副騎士団長がなんとかまとめてくれますよ」
「そうね。あの人ならキッチリまとめてくれそう」
「あの鬼副騎士団長だからな」
ははは、と笑いながらセファンが先頭を歩く。
少し歩くと博物館に辿り着いた。ここでも入館料を払って中に入る。館内にはアリオスト建国の歴史についての資料や貴重な宝剣や剥製など、様々なものが展示されていた。私と琴音は一つ一つまじまじと展示物を見るのだが、セファンはあまり興味が無いらしくスイスイと歩いていく。そして私達と距離が開いてはまた戻ってきて、を繰り返していた。葉月とサンダーは展示物の匂いが気になるらしく、触れない様に気をつけながらそこら中嗅ぎ回っている。
「アリオストはなかなか歴史が長い国なのですね」
「そうみたいね。でもインジャも負けてないわよ?」
「そうなのですか。実は自国の歴史はあまり知らないのですよね。学ぶ機会が無くて……」
「そうなの? 私は教養として一継達から無理矢理勉強させられたわ。じゃあ今度ざっくりと教えてあげるわね!」
「はい、お願いします」
「おーい、見終わったかー?」
するとセファンがこちらへ駆けてきた。もう一通り流し見し終わって飽きたのだろう。
「セファン、ちゃんと見てないでしょ? せっかく来たのに……」
「んーでも俺こーいう説明文読んでると眠くなっちゃうんだよな。ま、ざっくり何となく見てるから問題ねえぜ!」
「はぁ、まぁいいけど……」
「そいや、神子関係の展示って無いのか? アリオストって元々は神子がいた国なんだよな?」
「そう言えば無いわね。リアトリスさんの時代までは神子信仰があったはずだから、何かしら展示があっても良さそうなんだけど」
神子本人の情報は機密事項なので展示できないのは分かるが、公表されたお告げや神子の使用していた物品などは出せるはずだ。アリオストの歴史を語る上で、国を支える一端を背負っていた神子という存在は欠かせないと思うのだが。
「おや、お若いのに神子信仰をご存知ですか」
「!」
振り向くと、博物館の職員と思われる老爺が立っていた。髪が無くなった頭部、顎から伸びる長い白髭、少し腰が曲がって前傾になった姿勢。割と高そうなスーツを着たその男性は穏やかな表情でこちらを見ていた。
「えぇ、勿論知ってるわ。アリオストにも神子信仰があったと思うんだけど、その展示が無いのは何故かしら?」
「……こちらへついて来てくだされ」
そう言って老爺は振り返り、歩いて行く。
「え、何なんだあのじーさん?」
「格好からしてここの職員だとは思いますが」
「神子のことで何か教えてくれるのかしら? 取り敢えずついて行ってみましょ」
私達はゆっくりと歩く老爺の後についていく。私達に危害を加える様な人物ではなさそうだ。もし仮にそうだとしても、こちらには心強いボディーガードが二人と二匹もいるので問題ないだろう。
「……あぁ、申し遅れましたが私はここの館長です。見たところあなた方は遠い国からいらしたのですな?」
「えぇ、私はインジャから来たわよ」
「……私もです」
「俺はモルゴ」
「ほほぅ。遠いところからよくお越しくださいました。なるほど、神子信仰を知っているのはインジャ出身だからですか。あそこは神子信仰の厚い国ですからなぁ」
「あら、良く知ってるのね」
「はは、まぁ年の功ですよ」
「なぁ、どこに行くんだ?」
「……あなた方は先ほど、先代神子の名前を仰っていた。神子の名を知る者など国政関係者以外はいないはずです。しかしどう見ても国政関係者には見えませぬ。ですから……神子信仰を消し去ろうとした政府とは無関係で、更に神子の名を知っているあなた方に──これを見て頂きたいのです」
「……?」
老爺は立入禁止のロープを跨ぎ、その奥の扉の鍵を開けて開く。そして私達に入るよう促した。
「え、これって……!」
足を踏み入れるとそこは小さな倉庫の様な部屋であり、多数の展示物が棚に丁寧に保管されていた。そしてその展示物の意味に私は驚く。
「何だ? 倉庫みてーなとこだな」
「展示できない物品の保管庫でしょうか」
「これ……神子関連の資料よ!」
「「!!」」
恐らく神使のものであろう飾りやお告げを記した紙、神子装束と思われる服など。館内には展示されていなかった神子関連の物がたくさんそこには並べられていた。
「その通りです。一目で分かるとは……流石ですね」
「何でここにこんなに保管されてんだよ? 表に出さねーのか?」
「先代神子の没後、政府は神子信仰を消し去ろうとしました。神子関連の資料は没収され、展示は禁止となったのです。ここにあるのは政府の手を何とか逃れた一部の資料です」
「……コンクエスタンスのせいね」
「そしてこれが……お見せしたかったものです」
老爺は棚から何かを取り出し、私に手渡す──古びた日記と髪飾りだ。
「これは?」
「先代神子のものです。この方の所有物は政府によって全て処分されてしまいました。ただ、何とかこれだけは手に入れることができたのです」
日記の裏表紙を見ると、端っこの方に小さくリアトリス・カルティアナと書いてあった。
「リアトリスさんの……日記……」
「マジかよ!?」
「……館長殿、どうして私達にこれを見せようと思ったのです?」
「先代神子の名を知っているということは、あなた方は何かしらの繋がりがあるのでしょう? 神子はクーデターの中で殺され、形見も全て無くなって神子を慕う者達は大層嘆いたはずです。もし先代を大切に思う方を知っているのなら、渡して欲しいのです」
「……でもいいの? これだけたくさんの資料を隠し持っているなら、あなたも相当な神子信仰の信者のはずよね。この日記と髪飾りは唯一残った先代の貴重な形見。手放したくなんてないはずだわ。それに素性の知れない私達に渡すなんて……」
「……あなたは、インジャの神子ではございませんか?」
「!」
「ほほ、これも年の功というやつですか。長年熱心に神子信仰を続けていると何となく分かるのですよ」
「……えぇ。私は上依の里の神子、神郡八雲よ」
「こうして神子様本人とお話できるとは夢の様です。長生きした甲斐がありましたなぁ」
老爺は感慨深そうに私を見る。そして、跪いた。
「八雲様、どうかそれを本来受け取るべき者の元へお返しください」
本来受け取るべき者──家族だろうか。しかしリアトリスに家族はいなかったはずだ。となると、家族同然に共に暮らしていたオルトに渡すのがやはり正解だろうか。
「……分かったわ」
「ありがとうございます」
老爺は頭を垂れる。セファンと琴音は私達のやり取りを静かに見守っていた。
「貴重な資料をありがとう。必ず、リアトリスさんを大切に思う人の元に届けるわ」
私は老爺に手を差し伸べる。気付いた老爺は顔を上げて手を取り、立ち上がった。
「館長さん、あなたの名前教えてもらえるかしら?」
「はい。神子様に名乗るほどの名は本来持ち合わせていないのですが──名をセドリックと申します」




