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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第8章 第二の故郷にて
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第136話 アリオスト王

 エリザベートに促されて入った部屋の中は、更衣室というだけあってたくさんの服が掛けられて並んでいた。王族が着ると思われる、男性用のいかにも高価そうで煌びやかな正装に目がくらんだ。この中から選んで着ろ、ということだろうか。


「目が覚めたか。早かったな」


 奥にある窓の傍に立っていた人物が声をかけてきた。グランヴィルだ。


「八雲から聞いた。グランが騎士団長の謀略を証明してくれたんだって? ありがとう」


「証明というほど大したことはしていない。ただ手に入れた資料を見せただけだ」


「あの秘密組織の資料なんてよく手に入ったね」


「……手に入れるのに少々難儀したがな」


「助かったよ。それに俺が無実なことも話してくれたんだろ?」


「それについては、今から王座の間で副騎士団長から話があるはずだ」


「え……?」


「……取り敢えず着替えろ。俺は副騎士団長にお前が起きたと連絡してくる」


 結論を濁されて、頭の中にモヤモヤが残る。俺は八雲の話だと無罪放免になったはずだが……違うのだろうか。副騎士団長から直々に話がある、といのは正直良い予感はしない。

 グランヴィルは顎で彼の傍らにある椅子を見ろと指示する。そこに視線を向けると、椅子に黒い服がかけてあった。あれを着ろということだろう。


「……お前、目が」


 部屋を出ようとするグランヴィルがすれ違いざま立ち止まり、こちらを見て口を開く。俺の目の色が紅くなったままなことについて言いたいのだろう。


「……いや、何でもない」


 しかし彼は言葉を続けず、再び歩き出した。俺の過去の話を全て聞いたグランヴィルだ。恐らく焔瞳ブレイズアイズのままである意味を察したのだろう。


「また呼びに来る」


 グランヴィルはそう言い残して部屋を出て行った。俺は部屋を見回す。ここには俺しかいなかった。


「さて、着替えるか……」


 指定された黒い服がかけてある椅子へと歩く。近づくと、それがどういった意味を持つ服なのかが分かった。


「はは、これは……」


 服を手に取った。嬉しい様な、可笑しい様な妙な気分になる。これを着るためにアリオストでの五年間を捧げたもの──騎士服だ。結局これを着ることは無かったが。

 複雑な気持ちになりながら、俺は着替えを始めた。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 着替え終わり、グランヴィルに指示されて待合室の様な部屋に入る。部屋の中央にテーブルがあり、その周りにフカフカなソファが置いてあった。壁にはきっと名画なのであろう美しい抽象画が飾ってある。小さい時からエルトゥールの屋敷でこういった類の絵は見てきたが、しかし俺にそちらの才能は無いらしく絵の良さが全く分からなかった。

 俺はソファに座り、窓の外を眺める。小鳥が鳴きながら数羽飛んでいた。


「はぁ、話って何だろうな」


 これから聞かされるらしい副騎士団長からのありがたいお言葉について、予想を巡らせながら憂鬱な気分になる。すると、扉の方に人の気配を感じた。顔を向けると、扉がゆっくりと開く。


「……あ、オルト!」


 そこにいたのは八雲だった。俺を見ながらぎこちない歩き方で部屋へと入ってくる。

 八雲は白と赤を基調としたドレスを着ていた。細やかで美しい刺繍が多数入っており、何重にも重なった一級品の生地が着る者の魅力を引き立てている。胸にかけられているネックレスや、綺麗にまとめ上げられた桃髪に付いている飾りが太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。


「……八雲?」


 本当に八雲だろうか。豪華なドレスを着ている上に化粧もしていて、普段見ている彼女とはまるで別人だ。俺は思わず見とれてしまった──美しい。


「なあに?」


 不思議そうに近づいてきた八雲がこちらを見上げた。心臓が早鳴る。


「オルト? どうしたの?」


「え、あ、いやえっと……何でもない」


「?」


 彼女は首を傾げた後、ドレスの裾を引っ張ってみせた。


「こんなの着たの初めてだわ。すごく可愛いし、いかにもお姫様って感じ。こういうの着れるのは嬉しいんだけど……でもちょっとお腹がキツイわ。コルセットっていうやつ付けられたんだけど、これでもかっていうくらい締め付けるんだもの。それに歩きにくいし」


「……」


「……オルト、聞いてる?」


「え、う、うん。聞いてるよ」


「本当に? 何か上の空なんだけど」


「そんなことないよ。ただ、服装が変わると雰囲気がだいぶ変わるんだなと思って」


「そう? 変かしら?」


「いや、似合ってるよ。凄く……可愛いと思う」


「!」


 自分で言っておいて凄く恥ずかしくなった。別に恥ずかしがるような発言はしていないつもりなのだが……何故か体が熱くなる。


「あ、ありがと……」


 八雲は顔を赤らめて目を逸らした。


「ええっとその……オルト来てるのはグランヴィルと同じ騎士の服かしら?」


「そうだね。もう俺はアリオストの騎士じゃないはずなんだけど、グランにこれを着ろって言われた」


「そう……似合ってると思うわ」


「ありがとう」


 俺達はお互い目を合わせ、そして微笑んだ。少しの間、温かい時間が流れる。


「この部屋で呼ばれるまで待ってればいいのよね? ちょっと座りたいわ……わわっ」


「大丈夫!?」


 部屋を見回し、ソファに向かおうとする八雲がよろめいた。慌てて俺は彼女の腕を掴む。


「あ、ありがと。このドレス凄く重くて疲れるから座りたいんだけど……動きづらくて座るのにも一苦労ね」


 はぁ、と溜息を吐く八雲。数歩歩いた先のソファがとても遠く見えるらしい。


「ちょっと失礼」


「きゃ」


 見かねた俺は八雲をお姫様抱っこする。確かに腕にずっしりと重量感を感じた。これを王族はずっと身にまとっているなんて大変だなぁなんて思いながら八雲をソファに下ろしてやる。


「……ありがと」


 八雲は恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いた。それを見て、つられて俺まで顔が熱くなる。


「……何で照れてんだ、俺」


 むず痒い気持ちになりながら、そうボソッと呟いて俺は窓の外を見た。相変わらず可愛らしい小鳥の声が聞こえる。

 すると、廊下の方にまた気配を感じた。


「……何やってんだ?」


「え?」


 俺が扉の方に向けて言葉を発したことに八雲が少し驚く。扉がほんの少しだけ開いており、そこからこちらの様子を見ている者たちがいた。気を張っていなかったとはいえ、すぐに気付けなかったのが情けない。


「あちゃー見つかっちゃったかぁ」


「気配はしっかり消していたつもりなんですが」


「あ、もしかして俺のせい?」


「え……み、皆そこにいたの!?」


 エリザベート、琴音、セファンが部屋に入ってくる。八雲の顔が更に真っ赤になった。

 セファンは子供用のタキシード風の服、琴音は騎士服に着替えていた。エリザベートは普段着だ。


「エリちゃんは着替えないのか? ってか何で琴音は騎士服着てるんだ?」


「エリちゃんはお話の場に参加しないからねー。着替える必要なし! そういう堅苦しいのって苦手なのよー」


「私は……八雲の様なドレスよりはこちらが落ち着きますので」


「もーう琴ちゃんったら、ドレス着るの断固拒否するんだものー。メイドさん達困ってたわよ? 結局自分でそれ着ちゃうし」


「私にはその様な煌びやかなものは似合いません」


「琴音もスタイル良いしドレス着たら似合うと思うけどなぁ?」


「な、オルトまで!? だだ断じてそんなことはありません!! もう私のことは放っておいてください!」


 俺の言葉を聞いて琴音が顔を赤くしながらそっぽを向く。褒めたつもりだったのだが、怒らせてしまったのだろうか。


「はぁ、オルト……何やってんだよ」


「ホント困った人ねー」


「はぁ?」


 セファンとエリザベートが何とも言えないジトッとした目でこちらを見る。意味が分からない。


「戯れはそこまでだ。行くぞ」


 すると、廊下の方から声が聞こえた。グランヴィルだ。


「じゃーあ、皆頑張ってねー?」


「気楽だよなぁエリちゃんは。俺も一緒に待ってちゃダメなの? 正直オルトと八雲だけでいんじゃね?」


「私もそう思います。オルトと八雲なら王族と会う理由がありますが、私達には特に何もないでしょう? 一緒に謁見する必要性を感じないのですが」


「え、なになにー? ファンファンも服に不満があるのかしらー?」


「ちげーよ!! いや、不満はあるけど! 何か俺だけサイズ合うやつ無くて使用人が着るやつあてがわれたとかね!!」


「似合ってますよ」


「嬉しくねぇ! どうせなら俺だって豪華なやつ着たかった!」


「何かこうやってみると八雲姫親衛隊みたいねー」


 着飾った姫と、騎士が二人に使用人が一人。確かにそう見える。


「……おい、王族を待たせるな。行くぞ」


「ってことで謁見拒否は認めないそうでーす! 皆行ってらっしゃい!」


 エリザベートとグランヴィルに促され、しぶしぶ部屋を出るセファンと琴音。俺は座る八雲に手を差し伸べた。


「行こうか、姫」


「えぇ」


 八雲は手を取り、立ち上がる。俺は八雲をエスコートしながら、グランヴィルに連れられて歩いていった。




 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 促されて入った王座の間。中は教会の様な作りになっており、祭壇に当たる場所に玉座が構えられていた。玉座の斜め前には王の従者と騎士団幹部と思われるメンバー、そして正面には副騎士団長がいる。グランヴィルと共に俺達は副騎士団長の前まで歩き、跪いてこうべを垂れた。ドレスを着ていて跪けない八雲だけはカーテシーだ。


「グランヴィル、下がってよい」


「は!」


 副騎士団長の命令でグランヴィルが後ろへ下がった。緊張する。


「顔を上げなさい」


 副騎士団長の声。俺達は正面を見上げる。


「アリオスト王。彼がユーリ・カルティアナ、またの名はユウフォルトス・E・エルトゥールです」


「……うむ」


「並びに、神郡八雲、琴音、セファンとなります」


 玉座には、まだ幼い男の子の──齢十くらいだろうか──王が座っていた。淡い水色の髪に水色の瞳、人形の様に可愛らしい王だ。


「ちょ、あれが王様!? 俺より年下じゃね!?」


「セファン、静かにしましょう」


 ひそひそ声で話すセファンと琴音を副騎士団長が睨みつけた。


「ユーリ・カルティアナ」


「は!」


「此度この場を設けたのは、王のご意志によるものだ。今からアリオストにおいて指名手配されたお前の処分と待遇について私から説明する」


 処分と待遇。王の前で一体何を宣告されるのだろう。まだ疑いが完全には晴れていないのだろうか。背筋に緊張が走る。


「ユーリ・カルティアナ。ユニトリクにおける王族殺害、及び国家反逆の罪によるアリオストでの指名手配──これを、取り消す」


「!」


「なお指名手配解除の理由だが、証拠不十分であるのと、そもそもユニトリクからの要請自体に信用性が無いことが判明したことによる。これにより、ユーリ・カルティアナのアリオスト騎士団所属権の剥奪を取り消す」


「──!」


「よって、アリオスト騎士団はユーリ・カルティアナを神子付きの騎士として再び迎え入れる」


 なるほど、グランヴィルが騎士服を着ろと言ったのはこういうことだったのか。だが俺が仕えることを誓ったのは神子リアトリスであって、他の神子ではない。それにそもそも今のアリオストには神子がいないのではないか。更に言えば今はコンクエスタンスを潰す旅の最中であって、アリオストに残るつもりは無い。


「……ですが」


 俺が口を開こうとした時、副騎士団長が目で制止した。恐らく俺の発言権は王が許したタイミングでしか出されないのだろう。

 すると、王が口を開いた。


「ユーリ。あなたとお会いするのは初めてですね」


 副騎士団長が俺を見ながら小さく頷いた。発言許可だ。


「はい。お初にお目にかかります」


「ユニトリクとアリオストであなたの身に何があったのか、ティル・ゲーベル副騎士団長から全て聞きました。コンクエスタンスという恐ろしい組織がアリオストを侵食していたこともです。よくぞ、アリオストに蔓延る毒を摘出してくれましたね」


「いえ……勿体ないお言葉です」


「そして、嫌疑をかけてしまい申し訳なかった」


「いえ、とんでもございません。元はと言えば私の力不足が故です」


「……今まで、大変でしたね」


「……」


「私は、ティル・ゲーベル副騎士団長から全てを聞いて愕然としました。家族が死んだことも、私が王として就任したのも、アリオストがユニトリクに侵されているのも、全てコンクエスタンスの謀略とも知らずにずっと過ごしてきました。ですが……一時期国が荒れ、そしてユニトリクに侵食されてしまったのはコンクエスタンスのせいだけではなく私が不甲斐ないことも原因でしょう」


 王は目を伏せる。俺は彼の言葉の続きを待った。


「……ですから、私はあなたに会いたかったのです」


「……?」


「アリオストがコンクエスタンスの手によって操り人形となっている事実を暴いてくれたことを、そしてスパイを炙り出し倒してくれたことを、感謝したくて。あのまま何も知らないままであれば、アリオストは消滅していたでしょう。本当にありがとうございました」


「……お役に立てて光栄です」


「そして、本当に申し訳なかったです。あなたを指名手配犯としてしまったこと、そしてアリオストを守れていなかったことを」


「いえアリオスト王、それは……」


「こうして直接会って、ちゃんと謝りそしてお礼を言いたかったのです。ユーリ・カルティアナ。アリオストを代表する王として、感謝と陳謝の意を示します」


 王は軽く俯く。俺は跪いたままお辞儀をした。


「そして神郡八雲。ディートリヒ・バイエル元騎士団長が大変な失礼をしたと聞きました。申し訳ありませんでした」


「あ、い、いえ。そんな……」


 突然指名されて八雲がたじろぐ。


「琴音、セファン。あなた達も、コンクエスタンスの排除のために頑張ってくれたそうですね。感謝します」


「おおおうぅ。い、いえたた大したことないです」


「恐縮至極に存じます」


 八雲以上にたじろぐセファンと、やたらこなれ感の出ている琴音。


「そこまで緊張しなくても大丈夫ですよ。あなた達は客人であり、私の恩人でもあります」


 王は優しい瞳でこちらを見た。吸い込まれそうな綺麗な瞳だ。


「もし、何か助けが必要なことがあれば遠慮なく申してください。アリオストとして、あなた方を援助します」


 透き通った声が玉座に響く。彼の言葉を聞いて、肩の荷がかなり軽くなった気がした。もうアリオストで追われることはない。遠慮なくリアトリスやロベルトに会いに来ることができる。それがかなり嬉しかった。

 まだまだアリオストには問題が山積みだが、コンクエスタンスがいなくなった今、きっと良い国へと向かっていくだろう。


 ──こうして、アリオスと王との謁見はつつがなく終わったのだった。




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