第135話 王城にて
ベッドの上で身を起こしている、美しい金髪と端正な顔立ちを持った青年。彼の紅い焔瞳からは涙が溢れて頬を伝っていた。ぼーっとした様子で、ゆっくりとこちらを向く。目が合った。
「お、オルト? どうしたの?」
「……あ、えっと! ゴメン何でもない!」
ハッとしたオルトは急いで袖で涙を拭う。そして改めて私を見た。
「八雲おはよう……で、いいのかな? 無事で良かった」
「お、おはよう。もう昼前だから微妙なとこだけどね。オルトは体大丈夫?」
「うん。騎士団長倒したところで記憶が途切れてるんだけど……八雲が治してくれたんだよね? ありがとう」
「ううん。当然のことをしただけよ。それにお礼を言うのは私の方だわ。助けに来てくれてありがとう」
「……八雲は大丈夫? その、騎士団長に……」
「えぇ。襲われかけてビックリしちゃったけど、もう大丈夫よ」
「なら良かった」
オルトはホッと胸を撫で下ろす。私は部屋の中へと入り、オルトへ近づいた。彼は部屋の中を見回している。
「ところで、あれからどうなった? ここはどこなんだ?」
「あの後すぐ副騎士団長さんが来て、気絶してる騎士団長を捕まえて行ったわ。グランヴィルが騎士団長がスパイだってこと証明してくれたの。それとアレクもスパイだっていうのと、オルトの罪がでっち上げだっていうのも説明してくれたわ」
「グランが?」
「えぇ。お陰で私達、捕まらないで済んだの。それで、今はこうして王城に客人として迎えられているのよ」
「じゃあここは王城の客室なのか……」
「さすが王城よね。ベッドもフカフカだしお部屋は広いし、快適すぎてちょっと寝過ごしちゃったわ。まぁ昨日の夜は大変だったから仕方ないんだけど」
私の発言を聞いてオルトはベッドの感触を押して確かめた後、降りて立ち上がった。本当にもう大丈夫そうだ。傷はすぐ治したとは言え、血は結構流れていたし氣力も一時は空っぽになったはずだ。普通ならこうして起き上がるどころか目が覚めないと思うのだが、この人の回復力はやはり半端ない。
それよりも、私はオルトが涙を流していた訳が気になった。何か悪い夢でも見たのだろうか。
それに、瞳の色が──
「……オルト、今術使ったりしてるの?」
「え?」
「その、目が……紅くなってるわ」
「……あぁ、そうだね」
オルトは少し切なげな表情で俯いた。何かまずいことを聞いてしまっただろうか。
「……リアが、居なくなったんだ」
「え?」
「……あ、じゃなくて。リアが俺の目にかけてくれた術の効力が切れたんだよ。だからもうずっと本来の色のままだ」
オルトはボソッと呟いた一言を訂正する。リアトリスは四年前に亡くなったはずだが、居なくなったとはどういう意味だろうか。しかしそれを聞くのは憚られた。
「ごめん、何かまだぼーっとしてて。気にしないで」
そう言ってオルトは窓の外を見る。今日は快晴だ。彼は紅い瞳で外の景色を見つめた。その姿を見て、私の中に何か切ない様な、しかし温かい様な不思議な感情が宿る。
「……リアトリスさん、今までずっとオルトのこと守ってくれてたのね」
「……え?」
「オルトの瞳の色を青にして、正体がバレるのを防いでくれてた。亡くなってからもずっと」
「……あぁ」
「今はもう術の効力が無くなっちゃったかもしれないけど、それでもオルトの中にリアトリスさんはずっと居続けると思うの」
「……」
「例え何かの形として残っていなくても、オルトの中にはリアトリスさんとの思い出がいっぱいあるでしょう? だから、オルトがリアトリスさんを忘れない限りずっとそこにいるわ」
「八雲……」
「リアトリスさんのこと、忘れないであげてね」
オルトは私の言葉を聞いてキョトンとした。そして、優しい表情になる。
「ありがとう。うん、忘れないよ」
「きっとリアトリスさんも、空からずっとオルトのこと見守ってるわ」
オルトはニコリと微笑んだ。そして私の方へと近づいてくる。
「八雲……本当に、ありがとう」
オルトは私の頭を優しく撫でた。私は思わず顔を赤らめる。嬉しくて照れくさくて恥ずかしくて、全身が熱くなるのを感じた。
すると、オルトがふと顔を上げる。
「……エリちゃん、隠れてないで出ておいで」
「え?」
私はオルトを見上げた。彼は扉の方を見ている。私もそちらに目をやると、てへぺろしながら廊下からエリザベートが姿を現した。
「あはは、見つかっちゃったかぁー残念。まぁ隠れてたつもりはないんだけどねー? ただちょっとお邪魔しちゃいけない雰囲気だったからさぁ」
「あ、え!? みみ見てたの!?」
「ふふ、八雲姫ったら慌てちゃって可愛いー」
一体どこから見られていたのだろうか。まぁ見られてマズイ言動などはしていないはずだが、やっぱり恥ずかしい。
「で、エリちゃんは俺に何か用があって来たんだよね?」
「そうそう。もし起きてたら連れてきてくれってグランから頼まれたのよ」
「グランが?」
「何か副騎士団長からありがたーいお話があるみたいよん? お偉いさんもいっぱいいるらしいから、しゃんとして来てねーって」
「え……」
オルトの表情が少し強張る。寝起き早々に一体何の話だろうか。王城に客人として来ているのだから、王族関係者に挨拶でもしておけということだろうか。
「八雲姫達も一緒に来てっていってたわよ」
「え、私も!?」
「ファンファンと琴ちゃんもね。今は中庭で鍛錬中かしらー?」
「えーっと、分かった。どこに行けばいい?」
「もう動けるならエリちゃんについて来て。更衣室まで案内するわー」
「「更衣室?」」
私とオルトの声が被る。
「だって王族と会うんだもの。身なりはきっちりとしないとねー? 服は準備してあるらしいから、あとはグランと副騎士団長の言う通りにしていけば良いと思うわよ」
「お、お偉いさんって王族のことなのか!? 王族がなんだって俺達と?」
「まぁその辺はグランに聞いてちょーだい」
エリザベートはにやにやしながら答える。オルトは訝しげに彼女を見た後、私に視線を向ける。
「八雲は今行けそう?」
「え、えぇ。大丈夫よ」
「じゃあ行こうか」
「取り敢えず二人を案内するわね。ファンファン達はエリちゃんがまた連れてくるわー」
陽気に振る舞う彼女に言われるがままに私達はあとについて行った。長く広い廊下を歩き、手入れのされた美しい庭を眺めながら渡り廊下を通り過ぎ、高価そうな置物や絵画が並ぶ廊下を進んでいく。さすが王城だけあって広いなぁなんて思っていると、ある部屋の扉の前でエリザベートが立ち止まった。
「ここよー。オルトくんはこっちで八雲姫はこっちかしら」
「わ、私もやっぱ着替えるのよね?」
「当然でしょー? その寝巻みたいな恰好じゃ謁見できないわよー。八雲姫にぴったりなのもちゃんと用意してあるらしいわ」
昨夜、私の着物は騎士団長によってビリビリに引き裂かれてしまったため、今は客人用の寝具を着ている。旅の荷物の中に替えの着物も入っているが、動きやすさを重視した神子装束の簡易版みたいなもののため正式な場には相応しくない。それにしてもこの短時間で私達全員分の正装をグランは用意したというのか。
「さ、ぼーっとしてないで入った入った!」
私達はエリザベートに押されて隣り合う部屋へと放り込まれる。入った先、そこには侍女達が待ち構えていた。
「おはようございます、八雲様。早速ですが、お召し物を替えさせてもらいますね」
「あ、ええっと、はい。よろしくお願いします」
「ではこちらへ」
私は部屋の奥へと案内される。するとそこには、煌びやかなドレスがあった。これでもかとばかりにフリルと宝石が付いている。インジャの国育ちの私には着方が全く分からない。
「八雲様は立っていてくだされば結構です。私どもで着付けさせて頂きますので」
「髪もセットしましょうね」
「お肌も整えましょう」
次々と侍女達がわたしに群がってくる。私はただ、彼女達にされるがままだった。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
着替えが終わり、侍女に連れられて私は部屋を出る。廊下に出たがエリザベートの姿は無かった。これから王族に会うことになると思うとドキドキする。副騎士団長の話とやらも何なのか気になって落ち着かなかった。
「こちらで少々お待ちください」
侍女が少し歩いた先の部屋の扉を開ける。待合室の様な部屋だろうか。私は言われた通り、部屋へと入る。
「……あ、オルト!」
──するとそこには既に着替えを終え、アリオストの黒い騎士服を纏ったオルトがいた。




