第134話 瓦解する信頼
オルトの叫びと同時に騎士団長の目が見開かれる。そして次の瞬間、眩ゆい閃光が部屋中に走った。刹那の光の蹂躙の後、騎士団長が白眼を剥く。
「──がはぁっ!!」
騎士団長の全身から血が噴き出た。体を真っ赤に染めて、強健な体躯が仰向けにゆっくりと倒れていく。鈍く、大きな音を立てて騎士団長の体が床へと叩きつけられた。
一体何が起こったのか、私には全く分からない。
「え……い、今何があったんだ?」
「オルトが何か攻撃した様には見えませんでしたね」
「あやー、でも何か倒したっぽいねぇー?」
セファン、琴音、エリザベートも私と同様に何が起きたか把握できていないらしい。ロベルトとグランヴィルも呆気にとられてオルトの方を見ている。
「ゆ、ユーリ……やったのか!?」
「……あぁ、成功したみたい……だ……」
「ユーリ!?」
「「オルト!?」」
ロベルトの声に反応して立ち上がりながら振り向いたオルトが、少し笑みを浮かべた後崩れ落ちる。その顔からは血の気が引いていた。オルトの体は力なく膝から落ち、うつ伏せに突っ伏してしまう。
「おい、大丈夫かユーリ!?」
「マジかよ!!」
慌ててオルトの方へと走るロベルト達。私も今すぐ駆け寄りたいが、騎士団長が倒されても未だに震え続ける体が言うことを聞かなかった。
「あ、う……」
懸命に力を振り絞り、弱々しく一歩踏み出す。葉月が心配そうに私を見上げた。すると、隣にいた白丸がこちらに顔を近づけてくる。
「……?」
「クァ」
「きゃ」
白丸が長細い体をくねらせて私を背に乗せた。そしてオルトの方へと移動する。どうやら私が上手く動けないことを察してくれたらしい。
「あ、ありがと」
オルトの横に移動した白丸は、私が降り易い様に体を傾けた。私は白丸を撫で、そしてゆっくりとオルトの傍らに降りる。少しよろめいたが、無事に横に座ることができた。私は少し安心する。
オルトの肩をロベルトが抱き上げていた。皆に囲まれる中、彼は苦しそうに薄目を開けている。左肩から斜めに入った斬り傷からたくさん血が流れており、顎と頬も斬られて血が付いている。痛々しい状態だった。思わず涙目になる。
すると、オルトが虚ろな目でこちらを見た。
「──」
「オルト、どうしたの!?」
オルトが何かを言おうとして口を動かす。しかし弱った彼の口から言葉は出ない。
そして──彼は目を閉じ体から力が抜けた。
「オルト!!」
「ユーリ!?」
ぐったりとしたオルトに私とロベルトは焦った。
「大丈夫、気絶しただけです! 八雲、それより早く治療をお願いします!」
「え、えぇ!」
このまま放っておいては命が危ない。私はすぐさま治癒を開始する。オルトのそばに来て安心したお陰か、体の震えは少しおさまっていた。
「ユーリ……」
「なぁ、大丈夫だよな?」
「幸い致命傷はなさそうなので大丈夫かと思います。このまま治療せずに血が流れ続ければ死にますが」
「はぁーとりあえず安心ねー。でも一体どうやって最後の一撃を入れたのかしらねー?」
「……オルトは最後、全部くれてやると言っていた。氣力を全て渡した様だったぞ」
少し離れたところでグランヴィルが口を開いた。眉をひそめながらこちらを見ている。イマイチ感情が読み取れないが、オルトを心配しているのだろうか。それとも騎士団長を自身の手で倒せなかったことを悔しがっているのだろうか。ともあれ、彼の言う通りであればオルトは騎士団長に残り全ての氣力を渡したことになる。それなら確かにこの衰弱具合にも説明がつくだろう。
「ははーなるほど。オルトくんの莫大な氣力を吸収し過ぎて、風船が破裂するみたいにパーンと弾けちゃったってワケね」
「げ、氣力って体に入れすぎるとそーなるのか?」
「うーん、こんなことは滅多に起きないと思うわよ? 氣力量のキャパシティは個人個人で違うけど、例えキャパが少なくたって多少過剰な氣力をもらってもこうは弾けないわ。よっぽど大きくキャパを超えた量を流し込まれたのね。たぶんもう全身の氣術回路が破壊されて、まともに氣術使うことなんてできないわよ。あぁー恐ろしやー」
エリザベート達が考察する中、私はオルトの治療に集中する。傷口がだんだんと塞がっていった。苦しそうだったオルトの表情が少しだけ和らぐ。その様子を見て私を含め、皆が安堵した。
──するとその時、何者かが扉の方で呟いた。
「これは一体……何があったんだ」
私達は一斉に警戒して声のした方向を向く。壁が破壊され、部屋中が荒らされ、そして血まみれで倒れている騎士団長を見て、そこにいた人物は困惑した表情を見せた。緑色の長い前髪を垂らす気難しそうな騎士──副騎士団長だ。
「副団長!? どうしてここに……」
「ロベルトか? ユーリと共に逃亡したはずでは……それにグランヴィルまで。反逆者と揃って何をしている。まさかお前らが……騎士団長を殺したのか?」
「ち、違います!! それにまだ死んでねぇ!」
「誤解です、副団長」
だんだんと目を吊り上げていく副騎士団長を見て、慌てたロベルトと冷静なグランヴィルが訂正する。副騎士団長は今にも抜刀して飛びかかってきそうだ。
「副団長。スパイについてですが、団長がそうでした」
「何だと……!?」
「報告が遅れ、そして勝手に討伐してしまい申し訳ございません」
「……」
グランヴィルの言葉に驚き言葉を失う副騎士団長。超が付くほど真面目で正義感の強いらしい彼は、恐らくとても信頼していた騎士団長の裏切りという事実を突然突きつけられて思考が追いついていないのだろう。グランヴィルの言葉をかみ砕きながら部屋の中をゆっくりと見回す。
「お前が騎士団長を討ったのか」
「違います。オルト……いえ、ユーリです」
「ユーリが……!?」
呆気に取られながら副騎士団長はゆっくりとこちらへ近づいてきた。額に手を当てながら、必死に現況を飲み込もうとしている。
「王城での爆発音に気づいて来てみれば、衛兵は全くおらんし関係者や王族までおらずもぬけの殻。他の騎士達と手分けして城を詮索し、ようやく現場に辿り着いたら騎士団長が倒れている。しかも予てから共にアリオストに潜む闇を探っていたグランヴィルが言うには団長が裏切者……ふん、意味が分からないな」
「副団長……」
「ならば、証拠を見せてみろ。騎士団長が裏切者だという証拠を」
「な、副団長!? 証拠っつったって……本人気絶しちまってるし……」
「反逆者は黙っていろ。グランヴィル、どうなんだ。もし証拠を示せないなら、大罪人と共にいるお前も同じく反逆者となるぞ」
物凄い剣幕でグランヴィルを睨みつける副騎士団長。するとグランヴィルが懐に手を入れ、何かを取り出した。一冊の本だ。
「これが証拠です」
「これは……?」
副騎士団長はグランヴィルが差し出した薄い本を受け取り、開く。私達は固唾を飲んで見守った。
「日記……いや、計画書の様なものか」
「騎士団長の部屋に厳重に隠されてました。主に四年前のクーデター前後のことが書かれてます」
「……!」
ページをペラペラとめくる副騎士団長の双眸が揺れる。だんだんと彼の怒気が退いていった。ある程度流し読みしたところで、副騎士団長は本を閉じる。そして溜息をついた。
「……他の騎士達を呼んでくる。騎士団長……いや、ディートリヒ・バイエルを逮捕する」
「!」
副騎士団長の発言を聞いて、私達の表情は明るくなった。
「よろしくお願いします。それと」
「?」
副騎士団長が訝しげにグランヴィルを見る。
「アレク外務官もスパイです」
「なんだと?」
「そこにも記されていますが、彼もクーデターの関係者です。そして今はユニトリクにある闇の組織コンクエスタンス本部との橋渡し役となっています」
「まさか……」
「コンクエスタンスの要請でユーリを指名手配させたのも彼です。……ですから、ユーリの罪は濡れ衣ですので指名手配を解除してください」
「グラン……!」
あの無口で無表情で何を考えているのか分からないグランヴィルが、オルトのために副騎士団長を説得しようとしている。それに私は驚き、そして感動した。エリザベート以外の皆も、意外そうにグランヴィルを見ている。
「……ふん。確かにこのままユーリを引き渡せば、その闇の組織とやらの思う壺ということか」
副騎士団長は煩わしそうに髪を掻きながらオルトを見た。そしてまた溜息をつく。
「……分かった。ひとまずユーリ達は客人として王城に迎え入れよう。私もこれをちゃんと読んで状況を把握する。だがもしお前らに裏切者として疑わしい点があれば、すぐにまた捕まえてやるがな」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
グランヴィルが深々とお辞儀をした。副騎士団長は身を翻し、部屋の外へと出て行く。彼の姿が見えなくなった。
「はーぁ、これで一件落着ってことかしらー?」
「うはぁっ!! やべえ、マジで息が詰まったぜ!! あいつこえーよ!!」
「グラン、ありがとうございました」
「ありがとうグラン、助かったわ。それにオルトを庇ってくれてありがとう」
「……」
副騎士団長が部屋を出た途端、部屋に張り詰めていた緊張した空気が一気に弾けた。セファンとエリザベートが気だるそうに脱力する。グランヴィルは私と琴音の謝辞を眉ひとつ動かさず聞き流していた。
「これで、ようやく第二の故郷を堂々と歩けるのね」
私は手当を終えて白丸にもたれかかせたオルトに話しかける。彼はすやすやと、穏やかな表情で眠っていた。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
翌日朝。いや、朝と言うよりは昼が近い。昨日の夜は遅くまで起きていたから、必然的に起きるのも遅くなった。
私達一人一人に丁寧にあてがわれた王城の一室をあとにして私は廊下を歩く。広い王城は部屋と部屋との間に少し距離がある。私は隣の部屋の前に立った。オルトの眠る部屋だ。
「まだ寝てるかな……」
昨夜の戦闘でオルトの氣力は空っぽになった。氣力を貯めるには休養が一番だが、彼の莫大な氣力量を再び捻出するにはかなりの睡眠時間が必要だろう。しばらくは起きないかもしれない。
「……?」
その時、部屋の中から声が聞こえた気がした。私はゆっくりと扉を開ける。
「オルト……?」
静かに開けた扉から顔を出す。そっと覗き込んだ客室のベッドの上、そこには金髪の────焔瞳がいた。




