第132話 二つの名の誇りにかけて
その瞬間、時が酷くゆっくりと流れた。騎士団長の剣が俺の腕へと振り下ろされる。強靭な、屈強なその斬撃に当たれば腕一つくらいは簡単に切り落とされてしまうだろう。騎士団長は本気だ。
俺はその剣の軌道を読む。宝剣を握る左掌には力を入れず、全神経を集中させて左腕を上げた。振り下ろされる剣と振り上げられる左腕。刀身が腕へと肉薄したその時。
金属同士が当たった音と、そして割れ砕ける音が鳴った。
「なっ……!?」
騎士団長の目が見開かれる。その様子を見て、そして忌々しい束縛から解放されて、俺は口角を上げた。
──騎士団長の剣が左手首の腕輪に当たり、破壊したのだ。何度も大量の氣力を流されて傷んでいた白い腕輪は、鋭い刃を受けて見事に砕け散った。
もし少しでも腕を振り上げるタイミングと位置が間違っていたら、腕がスッパリと斬られていただろう。
「これでようやく──まともに戦える!」
激しい痛みと悪寒が腕輪の崩壊とともに無くなり、それと同時に練っていた氣力が爆発的に込み上げた。溢れ出る氣力をそのまま宝剣に乗せる。
「はあぁ!!」
「ぐぅ!!?」
紅く揺らめく炎を纏った宝剣が騎士団長に迫る。騎士団長は咄嗟にガードしたが、炎の斬撃と共に発生した熱風によって後方へと吹き飛んだ。壁際に立っていた本棚にぶち当たり、本棚が倒れて下敷きになる。砂埃があがった。少しの間沈黙が流れる。
「ふ……はは! まさか私の剣を利用して腕輪を断ち切るとはな!! 驚いたぞユーリ!」
砂埃が舞う中、倒れた本棚を押しのけて騎士団長が笑いながら立ち上がった。体についた埃を払いながらこちらを見る。
「目の色が変化したな」
「これが本来の色です」
氣術を使用したことにより紅くなった俺の双眸を見て、騎士団長が眉をひそめた。そして自身が持っていた剣を見つめる。炎の斬撃を受けた箇所が溶けていた。
「これでは使い物にならんな。……なるほど、ユーリの本気の力が途轍もないということはよく分かった。では、私も本気で相手をせねばならんな」
そう言って騎士団長は剣を捨てる。そして部屋の隅へ行き、おもむろに棚を開けた。そこから何かを取り出す──剣だ。鞘と柄には豪華で繊細な装飾が施されており、抜かれた刀身は怪しく光を反射する。騎士団長が掲げたそれは超一級品の代物だと分かった。
「……あれ? 体に力が戻ってきたぞ」
倒れていたロベルトとグランヴィルが起き上がる。俺の体も軽くなった。どうやら騎士団長は能力を使うのを止め、こちらに全神経を集中させることにしたらしい。
「はぁ、はぁ……死ぬかと思ったぜ」
「助かりましたね」
セファンや琴音達もゆっくりと体を起こす。無事な様子に俺は少し安堵した。
「皆、ちょっと後ろの方に下がっててもらえるかな?」
「分かりました」
「……頼んだぜ、ユーリ」
ロベルト達はよろめきながら立ち上がり、俺の後方、八雲のそばへと移動する。騎士団長は何も言わずにその様子を見ていた。
そして彼はこちらへと近づき、立ち止まって切っ先を俺に向ける。
「アリオスト騎士団団長、ディートリヒ・バイエル」
「……元アリオスト騎士団所属、神子リアトリスの騎士、ユーリ・カルティアナ……又の名を、オルト・アルクイン」
「ほう、ユウフォルトスの名は名乗らないのか」
「今は……この二つの名であなたを討ち取ろうと思います」
リアトリスとアリーチェのためにユーリとして。そして、八雲のためにオルトとしてこの場を戦おう、そう考えた。
「ではいくぞ。加減は無しだ。殺すつもりでいくからな」
「はい」
途端、強大な殺気が騎士団長から発せられる。気を抜けば恐怖に心が抉られて息もできなくなりそうだ。これがアリオストが誇る百戦錬磨の騎士団長のプレッシャーか。
俺は宝剣を構え、理性をしっかり保ちながら彼の出方を窺う。汗が頬を伝った。
「──っ!」
直後、騎士団長が猛スピードで突っ込んでくる。突きが繰り出された。俺はそれを身を捻って躱す。そして騎士団長の腹へと宝剣を向かわせた。しかしそれは弾かれ、カウンターが迫る。宝剣で攻撃をいなした。
「ぐ!!」
騎士団長の剣撃が非常に重い。いなしたものの、手に痺れが残った。さすが騎士団長だ。普通に撃ち合っていてはこちらが押し負ける。
「まだまだだ!!」
騎士団長は攻撃の手を緩めない。再び剣が俺の胸を狙った。俺は氣術を発動させる。
「む!」
斬撃を受け止める宝剣が剣に触れた瞬間、騎士団長の剣が氷漬けになる。そして同時に突風が発生し騎士団長の体を押し返した。騎士団長がバランスを崩す。
「──つあぁ!」
その隙を突いて炎を宿した宝剣が騎士団長にふりかかる。焼き斬られる寸前、彼の左手から冷水流が発射された。うねりながら竜の形を模した水が俺を宝剣ごと飲み込む。水竜に押されて壁に押し付けられた。
「がはっ!」
衝突と同時に水竜は飛沫となって消滅する。
「ユーリ!!」
ロベルトの叫び声が聞こえた。俺は顔を上げる。咳き込みながら体勢を整えようとする俺の前に、更に雷撃が迫っていた。俺は咄嗟に氷の壁を目の前に出現させ、雷撃を防ぐ。それと同時に氷は粉々に砕け散った──瞬間、氷の破片の隙間から騎士団長がこちらへ掌を向けているのが見える。
「くっ!」
騎士団長の掌から光線が放たれる。俺も即座に光線で迎え撃った。ビーム同士が衝突し、爆発が起こる。
「うひゃー、二人共なかなかいい氣術使うわねー」
「すっげぇー! 男同士のアツイ戦いって感じだぜ!」
「……セファンもエリちゃんも楽しそうですね?」
「おいおい、そんな綺麗な胸熱バトルじゃねえからなコレ!? 相手は最低裏切りヤローだぞ」
「……」
俺達の戦闘を見ながら騒ぐ外野。相変わらずグランヴィルは無口だが。
しかし今はそんなことに気を取られている場合ではない。
「はあぁ!」
俺は炎の宝剣で斬り込む。騎士団長は剣で受け止めた。先ほどの剣とは違って、灼熱の炎を受けても騎士団長の剣は溶けない。宝剣を押し返される。そして騎士団長は剣の猛攻を仕掛けてきた。
側からみれば目にも留まらぬ速度で鋭利な刃が俺を斬り刻まんとする。俺はその斬撃を一つ一つ見切り、弾き、薙ぎ払い、躱していく。騎士団長の重い剣撃は、弾くと同時に手にダメージが残る。あまり何度も受ける訳にはいかない。
「ふん!」
その時、騎士団長が足に力を入れた。次の瞬間床に地割れが入る。
「なっ」
床が動いた反動で俺はバランスを崩した。そこへ剣が振り下ろされる。
「だぁっ!」
俺は体周りに竜巻を発生させる。俺へと迫った剣は渦巻く暴風によって軌道を逸らされた。俺の体は宙へと舞い上げられる。
そして、空中で回転しながら巨大な氷柱を大量に顕現させて発射した。騎士団長は咄嗟に岩の防護壁で自信を覆い、氷柱の直撃を防ぐ。氷柱は岩壁にめり込んだが、貫通するには至らず消滅する。岩の壁も崩れて消えた。
「ふはは、さすがはエルトゥール。氣術の一撃一撃が重いな!」
着地し睨む俺を見ながら騎士団長が豪快に笑う。
「それにしても、私も驚きだ。これほど氣術を乱発しても氣力はまだ存分にある。ユーリが提供してくれたお陰だな」
「提供した覚えはありませんよ。奪われただけです」
「それにこれほど氣力を吸い取られてもまだそうして術を乱発できるとは、お前の潜在能力は恐ろしくて……羨ましくもある」
騎士団長は渋い顔をしてそう言った。そして剣を見つめる。
「だが、私には勝てんぞ」
「……それはどうでしょうね」
互いに睨み合い、剣を握る手に力を入れる。直後、騎士団長が踏み込んできた。俺も宝剣を振る。
「──!」
剣と剣がぶつかり合う、そう思った瞬間俺は宝剣を手前に戻した。姿勢を大きく下げて斬撃を躱しながら騎士団長の懐へと入る。すかさず斬り込もうとする騎士団長の剣の軌道を、後ろ手で振る宝剣で逸らした。そして、拳を思い切り騎士団長の腹へと打ち込む。
「ぐは!」
見事クリーンヒットした打撃に騎士団長が顔を歪め、後ずさる。俺は攻撃を畳みかけようと間合いを詰めた。
「舐めるな!」
力強い斬撃が下方から振り上げられ、咄嗟に体をそらして避けようとした俺の顎と頬を掠める。血が飛び散った。間髪入れずに次の一手が来る。この体勢では避けきれない。俺は目を見開いた。
「ぐあああぁ!?」
次の瞬間、騎士団長の体に電流が走る。大量の電気を流されて仰け反る騎士団長。すぐさま俺はそこから離れた。
「ぐ……な、んだと……」
電流が流れ終わり、うなだれる騎士団長が俺を睨みつける。
「今、全く予備動作も無しで……あぁそうか。これがエルトゥールの得意技か……」
頭を左右に振って痛みを振り払い、剣を握り直す騎士団長。声に怒気が漲っている。
「少々厄介な技だな。離れていてもモーション無しで遠隔操作されるとなると……防ぎようが無い」
「……」
「ならば……!」
「──うっ!」
騎士団長がギロリとこちらを見たその時、再び全身から力が抜けた。彼の吸収能力だ。
「これを使いながらでは剣の精度が落ちるのだが……お前もお前で術のお陰で精度が落ちているだろう、問題あるまい」
「ぐ……」
先ほどよりも吸収の度合いが強い。俺の氣力を全て奪い取って、遠隔操作を使えなくさせるつもりだろう。手足に上手く力が入らない。
「いくぞ!」
騎士団長が襲いかかってくる。この状態で剣撃を受け止めようとすれば、握力が負けて宝剣が飛ばされてしまうだろう。避けなければ。
「くそっ!」
騎士団長の猛攻を身を捻って躱し、体を傾けて避ける。バク転して更に避け、そして飛び退いた。
騎士団長の掌から光線が放たれる。今避ければ八雲達に当たる。防がなければ。
「はぁっ」
こちらも光線で応戦した。氣術を使うと同時に体が非常に重くなる。騎士団長の術中にあることからかなり負担がかかっているのだろう。しかし止める訳にもいかない。
光線同士の衝突で爆発が起きる。爆煙の中から更に光線が放たれ俺を狙った。俺は即座に氷の壁を作る。光線と氷の壁が相殺し、光の粒となって消えた。
「さぁ、どこまで持つかな!?」
騎士団長がこちらへ駆けてくる。俺は再び騎士団長の体に電撃を発生させた。
「ぐぬううぅ……!!」
苦しそうに顔を歪める騎士団長。しかし電流に喘ぎながらもそのままこちらへ向かってきた。俺は炎を放つ。
「うおらああぁ!!」
「なっ!」
騎士団長は剣を大振りし、炎を真っ二つに断ち斬った。そして俺へと剣を突き立てる。俺は宝剣で弾こうとした。だが、騎士団長の術で力の抜けた俺の手は衝撃に耐えきれず、剣同士が当たった瞬間に宝剣を手放してしまう。回転しながら宝剣が後方へと飛ばされた。
「「オルト!!」」
「ユーリ!!」
セファン、琴音、ロベルトの悲鳴が耳に入る。電撃に苦しみながらも騎士団長が剣を振り下ろす。
「ぐ!!」
左肩から腰辺りにかけて、浅く斬られた。激痛が走る。直後、騎士団長がタックルしてきた。俺の体が吹き飛ばされる。
「があ!」
俺の体は勢いよく飛んで壁にぶち当たり、そして床に崩れ落ちる。斬られた傷からどんどん血が流れ出ていく。あぁ、マズイ。
「さて、そろそろ終わらせよう」
電流が消え、肩を回しながら騎士団長が歩いて来る。俺は何とか起き上がり、彼を睨んだ。宝剣は手元に無い。体からは氣力がかなり抜かれており力が入らない。おまけに傷からは血が流れ続け、意識を手放すのも時間の問題だ。
一歩ずつ、ゆっくりと近づいて来る騎士団長。俺が動けないことを分かっている。
「ユーリ、お前とこうして剣を交えることができて良かったぞ」
そう言いながら騎士団長は剣を振り上げた。
するとその時。
「……だ、ダメ……!!」
後方からか細い声が聞こえた──八雲だ。
騎士団長も声に反応して八雲の方を見る。
「お、お願いだから……オルトを……殺さないで……!!」
弱々しい泣き声。怯えながらも、懸命に声を振り絞って出している。それを聞いて、全身が熱くなった。
そうだ。八雲をあんな状態にしたこの男を絶対に許してはいけない。絶対に倒さなければいけない。絶対に、この俺が──。
俺は顔を上げる。一か八か、やってやる。
騎士団長と目が合った。俺の表情を見てその双眸に戸惑いが揺らめく。
「──氣力、欲しけりゃ全部くれてやる!!!」
騎士団長の術に抗うのを止め、むしろ体中の氣力を勢いよく押し流す。俺の中の全ての氣力が騎士団長の体へと流れ──。
そして、何かが弾ける音がした。




