第131話 力を奪う力
突然、体から力が抜ける。思わず膝からその場に崩れ落ちてしまった。
視線を上げると目の前の騎士団長が不敵な笑みを浮かべている。そして彼はこちらへ歩み寄ろうとした。
「くっ!」
俺は咄嗟に全身の力を振り絞り、体のバネを利用して飛び退く。するとそれを見て騎士団長が少し驚いた顔をした。
「ほう、動けるか。さすがエルトゥール、氣力量が豊富な様だな」
「……これが噂の力を奪う能力、というやつですか」
「その様な言い方をした覚えはないが、騎士団内ではそう広まっているらしいな。まぁ、要するに特定の相手の氣力を吸収する力だよ」
「くっそ、全然動けねえよ……!」
「ぐぅ……」
ロベルトとグランヴィルは少し離れたところで突っ伏している。かなり苦しそうだ。彼らも騎士団長の能力の餌食となっているらしい。
「おいおい、何が起きてんだ!? オルト達どーしちまったんだ!?」
「今の話ですと、騎士団長に氣力を吸い取られて動けなくなってるみたいですね」
「んーでも何でエリちゃん達は全然平気なのかしらー?」
「先ほど特定の相手、と言っていたので何か発動条件があるのかもしれません」
外野で俺達の攻防を見守っていたセファン達は無事だ。琴音の言う通り、騎士団長の能力は何かしらの条件をクリアした者にだけ課せられるのだろう。そして現状を見る限り、潜在的氣力量が少ない者ほど体へのダメージは大きいらしい。
「そこの黒髪はなかなか聡明だな。その見覚えのある白竜を操って乗り込んできたことといい、少々こちらとしては厄介な人物になりそうだ」
「……お褒めに預かり光栄です」
「琴音そんなこと言ってる場合かよ!?」
「よって、先に始末してやろう」
「うおぉヤベェ! こっちに標的ズラしてきたぞ!」
「謹んで辞退させて頂きます」
「冷静だなオイ!」
「ファンファンちょいと静かにしようねー?」
直後、横槍を入れるセファンを完全に無視し、騎士団長が琴音へと駆ける。琴音は白丸に八雲を守る様指示し、高く跳躍した。迫り来る騎士団長の真上を回転しながら舞う。
「はっ!」
「ふん!」
琴音の投げた手裏剣を騎士団長が弾く。そして騎士団長は琴音に掌を向けた。
「琴音危ない!」
俺の叫びと同時に騎士団長の手から光線が出る。しかし琴音は空中で上手く身を捻り避けた。外れた光線は天井に当たり、打ち破って穴を開ける。
「ほう。空中でそうも動けるとは素晴らしい」
「ありがとうございます」
律儀に礼を言いながら着地した琴音はすぐさま苦無を二本投げる。
「だが、攻撃がワンパターンだな」
騎士団長は残念そうにそう言いながら苦無を弾くために剣を振ろうとした。
「それはどうでしょうか」
「!!」
目の前に迫った苦無を見て騎士団長の目の色が変わる。飛んできた苦無には、小さな玉が括り付けられていた──爆薬だ。
次の瞬間、騎士団長のもとで小規模の爆発が起こる。爆風が近くの机や椅子、書類などを壁まで吹き飛ばした。
「ひゃー琴ちゃんお得意の爆破攻撃ー!」
「ちょ、こんな部屋の中でやるとかあっぶねぇよ!」
「うおああぁ!」
「ぐっ!」
エリザベートとセファンが八雲の前に立ちはだかって爆風を遮り、ロベルトとグランヴィルは爆風に煽られてそれぞれ少し飛ばされる。
「……これで傷の一つでもつけられれば良いのですけどね」
「どうだろう。騎士団長はこの程度でやられる人とは思えないな」
恐らく騎士団長は健在だろう。グランヴィルがつけたと思われる右肩に入った刀傷以外、六人がかりでも騎士団長には全く傷を負わせられていない。分かってはいたことだが、恐ろしく強い人物だ。
「そうですよね。ですが……せめて彼の能力の発動条件が分からないとこちらも迂闊に近づけません」
爆煙に包まれる騎士団長を見ながら琴音が呟く。もし琴音に騎士団長の能力が発動した場合、氣力量の少ない彼女はすぐに戦闘不能になってしまうだろう。条件を知らない以上、慎重に攻撃しなければならない。
「術にかかっちゃってるオルトくんとロッキーとグランの共通点と言えば、男の子ってのと元アリオスト騎士団ってことかしらねー?」
「男が条件なら俺もかかってるはずだぞ」
「ワウ!」
後方でエリザベートが考察する。性別が条件ならセファンに術が発動していないのは説明がつかないし、アリオスト騎士団関係者であることが条件だとしたら使用相手が限定的すぎる。彼が敵地で能力を使って功績をあげていることから、それは無いだろう。
──もしかして、騎士団長と接点があることが何か条件に繋がるのだろうか。
「なるほど、先の壁を破った爆発はお前の仕業か」
「!!」
騎士団長の声が聞こえた瞬間、先ほどと同じ光線が爆煙を蹴散らしながら琴音に迫った。琴音は躱す……が、不意打ちを避けきれずに左腕を掠ってしまう。
琴音が左腕を押さえながら睨んだ視線の先、そこでは爆煙が全て消え、変わらぬ姿の騎士団長が琴音を見据えていた。
そして次の瞬間、騎士団長は剣を構えて琴音へと走る。
「私の力を警戒して飛び道具に頼っている様だな。だがそれでは私を落とせんぞ!」
速さに関して定評のある琴音も、この決して広くは無い部屋の中ではその力を十分に発揮できない。素早さを利用して逃げ切ることができず、琴音は苦無で剣に応戦した。武器同士のヒットの瞬間に火花を散らせながら、琴音は騎士団長の剣撃を薙ぎ払う。
しかし騎士団長も攻撃の手を緩めない。どんどん琴音が追い詰められていく。
「まずい、このままじゃ……」
俺は剣を握る手に力を入れる。未だ騎士団長の術中の俺の体からは氣力が抜かれ続け、全身に上手く力が入らない状況だ。だがこのまま見ているだけでは琴音がやられてしまう。それに時間が経てば経つほど俺も体力を蝕まれていずれは倒れるだろう。何とかあそこに割り込まなければ。
「あぁーもう見てらんないわねぇー!」
すると後方から炎が放たれた。燃え盛る赤い炎が騎士団長の背中へと迫る。
「ふん!」
騎士団長はすぐさま振り返り、剣を勢いよく振って炎を掻き消す。その隙を見逃さず、琴音が騎士団長の首へと苦無を突き立てた。
「甘い!!」
「がぁっ」
まるで琴音の動きを読んでいたかの様に騎士団長は屈んで苦無を躱し、肘打ちを仕掛ける。琴音は腹部に打撃を食らって喘いだ。騎士団長が間髪入れずに琴音の首へと剣を向かわせる。
「琴音!!」
俺は腰に携えていたもう片方の通常の剣を抜き、騎士団長へと投げた。剣は回転しながら騎士団長へと飛ぶ。
「ちっ」
琴音に向かっていた剣が軌道を変え、俺の剣を打ち落とす。その僅かな時間稼ぎでできた間に琴音は飛び退き、騎士団長から距離を取った。
「あ、ありがとうございます」
「大丈夫か!?」
「なんとか……う!?」
直後、琴音がその場に倒れた。苦しそうに顔を歪めながら床で体を震わせている。ロベルト、グランヴィルと同じ現象だ。
「まさか……琴音も術にかかったのか!」
「うおおマジで!? どゆこと!?」
「あー、もしかして団長さんに触っちゃダメってことかしらー?」
琴音の様子を見て騎士団長が鼻で笑った。
「まぁそういうことだ。私に触れられたことのある生物で、かつ私が指定する距離にいるものが能力の餌食となるのだよ」
なるほど、確かに騎士団に属していた俺達は騎士団長に何らかの形で触れる機会があったはずだ。当然条件クリアとなる。戦闘時においては今の様に相手に一発入れることができさえすれば、後は能力を発動して力を奪って終了だ。氣力量の多い敵でなければ簡単に仕留めてしまえるのだろう。既に触れられたはずの八雲が術にかけられていない様子なのは、騎士団長があえて効果範囲を絞っているということだろうか。
彼に触れずに戦うとなると遠距離攻撃しかなくなるが、まだ術にはまっていないセファンもエリザベートも生憎アレクとの戦闘で殆ど氣力を消費してしまっている。
──ふとそこで、後ろをチラリと見た時に八雲が視界に入った。彼女は白丸の傍で破れた衣服の上に俺のベストを羽織ったまま、まだ怯えている。体の震えは止まらず、声も出せていない。
「……」
全身が熱くなるのを感じた。怒りが更にまた込み上げてくる。
……リアトリスを、アリーチェを裏切り、そして八雲を凌辱した騎士団長を絶対に許さない。
「それにしてもユーリ、お前の氣力量は凄いな。どんどん私の中に力が流れてくるぞ? その様子だとまだしばらくは能力に耐え続けられると見える。さすがエルトゥールの底無しの力だな」
「……これ以上、好きにはさせません」
騎士団長に宝剣の切っ先を向け、睨みつける。宝剣に氣力を宿らせようとした。
「ぐ……!」
途端、体に激痛が走る。腕輪の影響だ。しかし俺は氣力を練るのを止めない。
「苦しそうだな? あぁそうか、ロベルトが付けたと言っていたその左手首の腕輪のせいか」
腕輪に阻害されて氣術が発動しない。それどころか頭痛、目眩がし、悪寒が全身を駆け巡る。だが構わず更に氣力を宝剣へと注ごうとする。激痛と不快感に襲われる中で、腕輪がまた軋む音が聞こえた──もう少し頑張れば、腕輪が壊れるかもしれない。
「何をしようとしているのか知らんが、大人しく見守ってやるつもりは無いぞ」
騎士団長が俺の行動を訝しんでこちらへ突っ込んできた。重厚な剣撃が俺へと迫る。
「させねえっ」
「ガウ!」
セファンとサンダーが俺の前に割り込んで迎え撃とうとする。セファンの拳が騎士団長の腹を狙うが避けられ、サンダーの牙も躱される。そしてセファンに向かって剣が振り下ろされた。至近距離での素早い攻撃にセファンは対応できない。
刃がセファンの額へと肉薄したその時、サンダーの牙が騎士団長の剣を握る腕に食らいついた。
「目障りだ」
騎士団長は勢いよくサンダーを振り払い、剣を振り下ろす。サンダーの岩の鎧が砕け散った。それと同時にセファンに後ろ蹴りをかまして突き飛ばす。
「ガウウッ」
「がはっ」
セファンとサンダーは部屋の隅に飛ばされて倒れた。そして彼らが痛々しく体を起こそうとした瞬間、表情が変わる。
「あ……うぅ……」
「クウウン」
突然力無く倒れるセファンとサンダー。騎士団長に触れたために、術が彼らにも発動したのだ。これで術にかかっていない戦闘員はエリザベートしかいない。しかし彼女に戦う力はもう残されていないだろう。
「さぁ。大人しく捕まれ、ユーリ」
「……拒否します」
「そうか。……だがお前に拒否権など無い!」
再度騎士団長がこちらへ駆けて迫る。剣だけでは彼には勝てない。エルトゥールの力を使って戦わなければこの状況を打開できないだろう。だがそのためにはこの腕輪を外す必要がある。
俺は宝剣を構え、切っ先を騎士団長へと向けた。
「生きてさえいれば問題ないだろうからな。少々痛い目を見てもらうぞ!」
騎士団長の強力な剣が振り下ろされた。俺の腕を狙う。
「──ッ」
俺は神経を集中させる。呼吸を合わせ、剣の軌道を見切り、そして──左腕を上げる。
「なっ……!?」
次の瞬間、騎士団長の驚いた双眸が視界に入る。彼の視線の先、そこには砕けた白い腕輪があった。




