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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第8章 第二の故郷にて
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第130話 戦う理由

 苦しそうに喘ぐグランヴィルを軽々と持ち上げる騎士団長。首を掴む手を引き剥がそうとグランヴィルが必死にもがくが、騎士団長の屈強な手はビクともしない。


「あ……だ、ダメ……!」


 何とか声を絞り出す私。しかし依然として全身の震えは止まらず、歩き出すこともままならない。グランヴィルを助けなければ。このままでは彼の命が危ない。だが恐怖で支配されたこの体は、騎士団長の方へ踏み出すことなど全くできなかった。


「う、ぐ……」


「ふふ、苦しいだろう? 力が入らないだろう?」


「……お前、の……力を奪い取る、能力か……!!」


「力を奪い取る、か。まぁそんなとこだな」


 騎士団長を睨みつけるグランヴィル。その様子を見て、騎士団長がさらに手に力を加えた。グランヴィルが苦しむ。あぁまずい、本当に私がどうにかしなければ。


「や、やめて……」


 振り絞った声を聞いて、騎士団長がこちらに視線を向ける。その途端、私の体は恐怖で硬直した。蛇に睨まれた蛙の様に、ただ怯えて立ち尽くすことしかできなくなる。


「安心しろ。グランヴィルの始末が終わったら、次はお前だ」


「っ……!!」


 先ほど騎士団長に襲われた光景が脳内にフラッシュバックして体が震える。ビリビリに破かれ、帯の外れた着物。衣服としての機能を殆ど失ったそれがずり落ちない様に押さえながら、私は身を縮こまらせた。

 怖い。どうしよう。助けなきゃ。

 でも怖い。ダメだ。お願い、誰か助けて──。


 するとその時。


「!!?」


「なっ!?」


 轟音と共に、私のすぐそばの壁が吹き飛ぶ。外から何者かに攻撃されたらしく、壁材やガラス、棚などが破壊されながら部屋の内部に向かって勢いよく飛ばされた。私は身を守るために目を瞑ってしゃがみ込む。

 そして破壊音が収まる。少しの間の後、恐る恐る目を開けると周囲は砂煙で灰色になっていた。すぐ隣の壁は無くなり、外から風が舞い込んでいる。外、下方をチラリと見ると、ここが高い階層の部屋だということが分かった。


「……どうやら当たりだった様ですね」


「さっすがー! ラッキーねー」


 聞き慣れた声が外の方、遠くから聞こえた。同時に部屋に涼しい風が入って土煙が消える。騎士団長がこちらを見ながら立っていた。グランヴィルは騎士団長から少し離れた位置に跪いている。どうやらこの衝撃のお陰で解放されたらしい。


「何事だ」


 騎士団長が眉をひそめながらこちらを……いや、壁に開いた穴の外を見る。私もそちらに視線を向けた。すると──そこに白い竜が現れた。


「あ……」


 白丸だ。空を飛ぶ彼の背には、琴音、セファン、エリザベート、ロベルト、葉月、サンダー、そして……オルトがいる。その姿を見て酷く安心して、とても嬉しくて涙が出た。


「八雲!! 大丈夫か!?」


「やや八雲!? 一体何があったんだー!?」


「おいちょっと待て、あそこにいるのって団長か?」


 部屋の様子を見て、オルトとセファンとロベルトが叫ぶ。琴音の指示で、白丸が私のすぐそばに降り立った。壁の穴は大きな白丸が入るギリギリのサイズだ。


「八雲!」


 オルトが血相を変えて白丸から飛び降り、私に駆け寄ってきてしゃがむ。心配したオルトが私に触れようとした時、反射的にビクッと肩を跳ねさせ身を引いてしまった。


「あ……ご、ごめ……んなさい……」


「大丈夫……じゃ、なさそうだね」


 自分を抱きしめながらしゃがんで震える私を見て、オルトの表情が暗くなる。オルトは自分の着ていたベストを脱ぎ、私にかけた。そして立ち上がり、騎士団長の方を見る。


「……団長、これは一体どういうことです?」


 私の前に立ちはだかったオルトが低く、鋭い声で騎士団長に話しかける。ロベルト達も白丸から降り、騎士団長の方を睨んだ。ロベルトの体はアザだらけでボロボロだ。私が転移させられた後に何があったのかは分からないが、痛々しい。

 琴音は私を気遣って隣に跪く。こちらを向いて少し微笑んだ。それを見てちょっと安心する。


「ユーリにロベルトか。……神子が鳥籠にいたということはお前達はマグナガハルトの所にいると思っていたのだが……あぁそうか、奴はしくじったのか」


「おいおいマグナガハルトってさっきのアレクのことだよな……? 団長、どうしてスパイの名前を……」


「ロッキー。こりゃどう見てもアイツは敵でしょーよ? グランが何かやられちゃってるし」


「あ、本当だグラン!? 何でこんなとこにいるんだ!? ってか団長って騎士団の団長ってことか!?」


「セファン、ちょっと静かにしましょう」


「何で俺だけ!?」


 騎士団長の姿を見て動揺しているロベルト。騎士団長は険しい顔で頭を掻く。グランヴィルは頭を左右に振り、そして立ち上がった。


「団長、あなたもコンクエスタンスのスパイ……ということでよろしいですね?」


「ここを見られてしまっては隠しようが無いな。そうだユーリ。私がアリオスト中枢に陣取るスパイだ」


「……! なぜあなたが。あれ程人望が厚くて、実力があって、国への忠誠心が強くて。アリーチェだってあなたのことを心から尊敬していたのに……!」


「またアリーチェか。ユーリといいグランヴィルといい、なかなか彼女は慕われていた様だな」


 騎士団長はオルトを見ながら鼻で笑う。オルトの握る拳に力が入った。するとロベルトがグランヴィルの方を見て目を見開く。


「あ、あいつ!! 副団長と密会してた怪しい奴!!」


「な……グランがですか?」


「んー? グランは怪しい者じゃないわよー。エリちゃん達の仲間! アリオスト中枢について一緒に探ってた人よー」


「てことは?」


 セファンが首を傾げる。


「副団長は無実か!!」


「とんだ濡れ衣でしたね」


 真実を知ってロベルトは愕然とする。オルトは無言でずっと騎士団長を見ていた。私から彼の表情は見えないが、背中からピリピリとしたオーラが出ているのが分かる。


「さて、答え合わせは済んだか? 真実を知られた以上はユーリ以外全員皆殺しだな」


 騎士団長が切っ先をこちらへ向ける。オルトは宝剣を抜いた。他の皆も武器を構える。


「こんな形であなたと戦うことになるとは……残念です」


「ほほう。ずいぶんと自信がある様だな、ユーリ。私に勝てると思っているのか?」


「……今の俺の剣の技術では、団長には叶わないと思います」


「ならばなぜ戦う? お前だけなら、抵抗しなければ丁重に扱うぞ。何と言ってもユニトリクの組織本部に護送しなければならんからな」


「……あなたはずっと前からコンクエスタンスの一員としてアリオストにいたんですよね?」


「そうだ」


「四年前も?」


「あぁ」


「では……あのクーデターの時、あなたはアレク外務官と共にリアを陥れたのか」


「マグナガハルトは当時はまだ外務官ではなかったがな。そうだ。私が手引きしてクーデターを起こさせ、彼と共にリアトリスを憑魔ドゥルジの餌食にした」


「っ! てめぇっ……!!」


 ロベルトが額に血管を浮き上がらせて歯をくいしばる。オルトが手で制止していなければ、今にでも跳びかかりそうだ。


「あなたは……リアも、アリーチェも、それに俺やロベルト、騎士団の皆を裏切った。そして……八雲を傷付けた」


 オルトの話す言葉から怒りが滲み出てくる。騎士団長は目を細めてオルトを見た。


「これが、あなたと戦う理由です。俺はあなたを許さない」


「……なるほど」


 騎士団長はオルトの言葉を聞いて一度目をつむり俯いた後、鋭い目をしてこちらを睨んだ。


「では来い。全ての力をもって、私を打ち倒してみよ」


 騎士団長が構える。緊張感が走り、皆が息を飲んだ。


「全員でかかってくるといい。お前らもマグナガハルトとやり合ったのか知らんが、消耗しているみたいだからな。ハンデ無しじゃ勝てんだろ。グランヴィル、お前もだ」


「……ふん」


 名指しされて不機嫌そうにグランヴィルが剣を構える。


「あいつ、舐めやがって。こんだけ人数差ありゃ勝てんだろ!?」


「おいガキ、舐めてんのはお前だ。団長の実力は半端ねえぞ」


「だからガキじゃねえ、ってか……マジ?」


「彼の言う通り、私達もだいぶ消耗してますからね。オルトを凌ぐ実力者となると厳しい戦いになりますね」


「エリちゃんも殆ど氣力残ってないからねー。あんま戦力として期待しないでねー」


「えぇ、じゃあやっぱ逃げる……訳にもいかねーか」


 セファンが少し青ざめながら私の方に視線を向けた。すると表情が変わり、覚悟を決めた様子で騎士団長の方を見る。サンダーも戦う気満々だ。葉月は私にずっと寄り添っている。

 騎士団長の威圧感とオルトの怒気が部屋中に立ち込める。戦線から離れている私も息が詰まりそうだった。


 そして少しの沈黙の後──戦いの火蓋が切られる。


「──ッ!」


 最初に飛びかかったのはオルトだった。宝剣が騎士団長の首を狙うが、それは剣で受け止められる。直後、琴音の苦無が騎士団長目掛けて飛んだ。騎士団長は宝剣を押し退け、苦無を弾く。


「うおらぁ!」


 間髪入れずにロベルトとグランヴィルが斬り込みにきた。しかし、騎士団長が発生させた突風で二人の体は飛ばされる。風が勢いを消すと同時に攻撃を仕掛けてのはセファン、サンダーとエリザベートだ。岩のドリルと火炎放射が騎士団長を襲う。


「ふん!」


 騎士団長は剣を大振りする。岩は真っ二つに斬られ、火炎は斬撃によって掻き消された。


「うわちゃー。一振りでエリちゃんの炎を消しちゃうとか恐ろしいわねー」


「六人と一匹で一斉攻撃してこれですか……」


「まだまだぁ!!」


 ロベルトが再び斬りかかる。騎士団長は難なく躱す。ロベルトは攻撃の手を緩めず、更に剣撃を繰り出していった。


「……まだまだ修行が必要だな、ロベルト」


 騎士団長はロベルトの猛攻を涼しい顔で避け続ける。全身ボロボロのロベルトは既に息が上がり始めていた。彼は顔を歪ませる。


「お前もだ、グランヴィル」


 瞬間、騎士団長は後ろからきたグランヴィルの剣を籠手で受け止めた。驚くロベルトとグランヴィルの刹那の隙をつき、二人の手首を握って引っ張る。無理矢理引かれたロベルトとグランヴィルの体がぶつかり合った。ひるんだ二人に騎士団長の剣が迫る。


「っ!!」


 その剣を弾き返したのはオルトだ。ロベルトとグランヴィルは即座に飛び退く。

 騎士団長は眉間に皺を寄せながらオルトへと剣を振る。オルトは躱し、攻撃を繰り出した。騎士団長はそれを避け、斬撃を放つ。オルトは薙ぎ払い、宝剣で騎士団長の腹を突こうとする。また躱された。


「やべー、どうしよう。攻撃する隙が無えよ……」


「セファン、ここはじっくり待ちながら機会を待つべきです」


「でもねー、相手が相手だからあんまりじっくり待てないかもよー? 待ってたら殺されちゃいそう」


 オルトと騎士団長の攻防を見ながらセファン、琴音、エリザベートが手をこまねく。


「ユーリ、お前もまだまだだな。四年経ってもこの程度か」


「ぐ……!」


「さて、もう夜も遅い。人払いしてあるとはいえ、これだけ騒いでいれば面倒ごとも起こりかねん。さっさと終わらせようか」


 騎士団長が余裕で呟く。その言葉にオルトが警戒し、騎士団長と一旦距離を取ろうとした時。


 再び先刻の悪夢が訪れた。



「!!?」



 瞬きの瞬間、オルト、ロベルト、グランヴィルが崩れ落ちた。




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