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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第8章 第二の故郷にて
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第125話 狐の力

 透き通った美しい声色に呼び止められ、俺は動きを止める。つい先刻聞いたはずのこの声の主、それは──金色の狐だ。声が聞こえていないハズのアレクと屍達も視界に入った異物に動きを止め、こちらの後方を一斉に見た。俺もその視線を追って後ろを振り向く。


「なんじゃあの狐は? どうやってここに入った」


 俺達の後方、セファンのさらに後ろに金色の狐が九本の尾を揺らしながら佇んでいた。


「どうして……」


「え、またあの狐がいるぞ!?」


「ぐ……」


 俺と同様に驚くセファン。ロベルトは屍達の暴行が一時的に止まって痛そうに顔を上げる。


焔瞳ブレイズアイズ。抵抗するのは少し待ってください。今動けばあなたの大切な人が斬られてしまいますよ』


「でも……」


『私があの屍使い(ネクロマンサー)の力を打ち消して差し上げます。ですから、少しの間そこで見守っていてください』


 狐は暖かな眼差しをこちらに向ける。俺は狐の視線を受け止めた後、アレクをチラリと見た。アレクは舌打ちをしながら顎髭を弄っている。狐の力が屍使い(ネクロマンサー)の天敵となるなら、即座に全力で叩きにきそうだが大丈夫だろうか。


『大丈夫、あなたにしか私の声は届いていません。今の会話も屍使い(ネクロマンサー)には聞こえていませんよ。いきなり総力で潰しにくることは無いでしょう。まぁ、総力できたところで私には何の問題もありませんが」


 まるで俺の思考を全て読み取ったかの様に狐は喋る。余程自信があるらしい。俺は小さく頷いた。


「獣魔如きが儂の実験場に潜り込むなど……百年早いわ!!」


 アレクは忌々しそうに狐を指差す。すると骨山から勢いよく骨の手が出現し、狐を狙った。


「──危ない!!」


 叫んだその時、猛スピードで迫る骨の手を狐は優雅にジャンプして躱した。しかし骨の手は急角度にカーブして方向転換し、再び狐に襲いかかる。狐はそれもヒラリと避けた。


「ぬう、すばしっこい奴じゃの!」


 次々と攻撃を躱されて腹を立てたらしいアレクは、大きく手を振り上げた。


「たかが狐の分際で儂の作品を馬鹿にするような行為をするとは許さん! さっさと嬲り殺されるがいい!」


 狐の獣魔がいとも簡単に骨の攻撃を避けたのが余程癇に障ったらしく、アレクはロベルトの周りにいた屍達を狐の元へと走り出させる。歪に駆ける屍を狐は睨みつけながら、九本の尾をピンと上げた。


『たかが狐の分際、とは言ってくれたものですね』


 狐はそう言った後、頭を上げて遠吠えする。直後、屍達が動きを止めた。走るのをやめ、狐を警戒するかの様に後ずさる。


「どうしたんじゃ!? 狐一匹の咆哮に何を戸惑っておる!」


『私を侮ったことを後悔させて差し上げましょう』


 狐の頬の赤い唐草模様がじんわりと光る。すると、九本の尾の先にそれぞれ小さな火の玉が灯った。狐は尾を振り、その狐火を屍達へと放つ。火の玉は屍に当たり、一気に周囲の屍にも広がって屍の群れがたちまち炎に包まれた。


「なっ!? おいおいめっちゃ焼いてるぞ!! いーのかあれ!?」


「っ! 何しやがんだあの狐……!」


「焼いても無駄じゃぞ! 骨さえ残れば何度でも蘇らせることができるからのう!」


 セファン、ロベルト、アレクがこの光景に三者三様の反応をする。しかし、屍達の様子がおかしいことに気づいて表情が固まった。


「な、んじゃと……!?」


 屍達の身は狐火に包まれているにも関わらず全く焼かれていない。 だが、身体的ダメージが無いのに屍達は次々と力を無くして倒れていくのだ。


「え、え!? どーなってんの!?」


「これは……」


『はい、私の炎は屍使い(ネクロマンサー)が死体を操る源を焼くことができるのです。骸の中に蠢く黒く悍ましい影を燃やしました。これで、私の炎を浴びた人はもう動き出さないでしょう』


 八雲の治癒能力やフィオラの浄化能力と同じ様な力があの狐火にはあるらしい。神子が使う力と類似した能力を持つ金色の雌の狐──いったい彼女は何者なんだろうか。

 初めて会った時から何となく懐かしい様な、不思議な感覚にとらわれたのだがその正体はイマイチ分からない。八雲は何となく狐が何なのか察していた雰囲気だったが。


『ここにいる方々は、纏めて皆解放して差し上げます!』


 狐が高らかに、そして美しく咆哮する。再び尾に灯った狐火が骨山へと放たれた。


「おのれぇ、小賢しい狐めが!! 儂の作品達に何をしたあぁ!!」


 アレクは額に血管を浮き立たせながら叫ぶ。同時に片腕を振り上げ、先ほどの様に骨の手を狐へと向かわせようとした。


「……!?」


 しかし何も起こらない。燃え広がる炎に包まれる骨山からは、何も出てこなかった。


『この中の方達は、あなたの醜悪な術から解き放たれましたよ』


 狐がアレクに嗜めるように話しかける。だがアレクには彼女の言葉は届かない。


 一方、屍達から解放されたロベルトは立ち上がり、狐とアレクの交戦を横目に見ながら血だらけでこちらに歩いてきた。


「大丈夫か?」


「あぁ……何とかな」


 頭から足先までいたるところを何度も殴打されたロベルトの体は痛々しい。


「ぐ……ならばせめてこの神子だけでも……」


『させません』


 アレクがリアトリスの体を自身の外套の中に隠そうとしたその時、高速で放たれた狐火が彼女に当たった。屍を操る中身が燃やされ、抜け殻となったリアトリスは力なく倒れる。アレクは舌打ちしながら倒れるリアトリスを投げ捨てた。


「「リア!!」」


 そのタイミングで俺を拘束していた骨も燃やされ、手足が自由になる。俺とロベルトはリアトリスのもとへと駆け寄った。

 俺は倒れるリアトリスを抱き起こす。体はとても軽かった。


「良かった……!」


「リア、オレが不甲斐ないせいでごめんな」


 ロベルトは優しくリアトリスの頭を撫でた。反応が返ってくるはずなど無いのだが、心なしか少し表情が和らいだ様に見えた。


 片や、すぐ近くではアレクが狐を殺そうと氣術を大量に使用している。


「許さぬ!! この卑しい獣魔め!!」


 激昂したアレクは大きな氷柱を何本も周囲に出現させ、そして狐へと発射する。直ちに狐は跳躍して躱し、同時に天井に琴音とエリザベートを張り付けていた骨の帯も燃やした。拘束していた骨が外れ、琴音とエリザベートが地面に向かって落ちる。


「サンダー!!」


「ワウ!」


 セファンが巨大化させたサンダーが素早く琴音達の落下地点に滑り込み、二人の体を背中でキャッチした。


「う……」


「あ、あれ……?」


 丁度二人が目を覚ます。目をこすりながら起き上がった。


「……サンダーが助けてくれたのですか? ありがとうございます」


「クウン」


 サンダーは首を振り、狐の方を示した。琴音とエリザベートは視線をそちらに移す。そこには、アレクの攻撃を易々と避けながら狐火で残り少ない屍達を浄化していく金色の狐の姿があった。


「ありゃ、あれってさっきの狐のさん?」


「おう。あいつが死体の力を無くしてくれてるみたいだぜ」


 エリザベートはへぇ、と言いながら体についていた土や埃を払う。冷静さを取り戻したらしい。琴音とエリザベートはサンダーから降りた。


「死体の力を無くしてくれてるってことはさぁ……もう普通に攻撃していいのよね?」


 エリザベートが声を低くしてアレクを睨みつける。アレクは狐退治に躍起になっており、エリザベートの殺気には気づいていない。


『……もう私の力添えはいらなさそうですね』


 こちらをチラと見た狐が呟く。 そして、アレクの攻撃を躱した後高々とジャンプして俺の後ろに着地した。


「ありがとう」


『いえ、大切な者が取り戻せて何よりです』


「よくも儂をコケにしてくれたな……! これまで何年も、何十年もかけて作り上げてきた作品を一瞬で台無しにしおって……」


 アレクは激しい剣幕で狐を睨みながら氣力を練り始める。応戦しようと俺とロベルトが剣を構えた時。


「散々人をコケにしてきたのはあんたでしょ」


 突如、大火がアレクを飲み込んだ。火炎放射でアレクの体は吹き飛ばされ、壁にぶち当たる。炎を放ったのはエリザベートだ。冷静じゃなかった。


「ふん、死体が無ければあっけないものね」


 エリザベートは冷たい視線を実験場の端に打ち捨てられたアレクへ向ける。アレクの体は焼け焦げ、見るも無残な姿と変わり果てていた。もう動かないだろう。


「エリちゃん怖ぇ……」


「しっ」


 ボソリと呟くセファンを琴音が制止する。エリザベートは気にせずにアレクを暗い顔で見ていた。


「……仇は取ったから」


 エリザベートが小さく呟いた。その場がしんとなる。


「──八雲を助けに行かなきゃ!」


「八雲を……!? 何があったのです!?」


 ハッとして出た俺の発言に琴音が驚いて聞いてきた。


「ヴォルグランツ王城にあるアレクの執務室に飛ばされた。早く助けに行かないと!」


「そんな……!」


「で、でもよぉ。この屍達はどーすんだ? このまま放っておくのか?」


「リアは勿論連れ帰ってまた埋葬するつもりだが……これだけ沢山の人を運び出してちゃんと葬るのは難しいな」


 ロベルトが腕を組んで難しい顔で言う。確かに、リアトリスだけでなく彼女と同じ様に骨を利用されたこの人達も本来の墓に返すべきだろう。しかし身元も分からない上に数も多い。俺達の手に余る。どうしたものか。



 するとその時、壁際の気配に気が付いた。





「──貴様ら、冥府に送ってやる」




 しゃがれ声が俺達の耳を刺した。




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