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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第8章 第二の故郷にて
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第124話 最愛の骸

 紫色の長い髪に白い肌、整った顔立ち。思い返せば四年経った今でも鮮明に脳裏に浮かぶ笑顔が可愛らしい愛しい人の姿。過去の最愛の人であり、命をかけて守ると誓いながらも守ることができなかった人──そのリアトリス・カルティアナが現実にそこに立っていた。


「そんな……」


 いや、あれはリアトリスではない。彼女は四年前に死んだ。今目の前にいるその人は四年前のリアトリスの姿そのものだが、生前とは全く違う虚ろな表情でアレクのそばに佇んでいる。あれは屍だ。


「嘘だろ……!?」


 ロベルトの声が震える。彼も守りたかったのに守れなかった最愛の人物の屍を前にして動揺していた。


「大切な主人との久々の再会はどうかの? 感激して言葉も続かないか」


 アレクがリアトリスの肩に手を置きながら卑しく笑う。嫌悪感が走った。


「おい、何でリアがそんなところにいるんだよ……なんであいつに操られてるんだよ……」


「まさか……リアの墓を暴いたのはあんたか」


 ロベルトと俺の言葉を聞いてアレクは口角を上げる。


「いかにも。骨が全部揃っておれば、儂はこうして生前の姿を再現できる。これも実験に実験を積み重ねた努力の賜物じゃ。とは言えこれも目的のための副産物に過ぎんがのう」


「ふざけるなよ……」


「下衆が……!」


「それにしても、まさかあんな場所に埋葬されているとは思わなんだ。どうりで見つからない訳じゃ」


「ふざけないで! お墓を暴くなんて最低だわ!」


 後ろで八雲が叫んだ。その声に反応したアレクは八雲を見ながら顎に手を当てる。


「そこの桃色鼠。貴様は治癒を使う神子じゃな?」


「な、どうして……」


「竜の鉤爪と儂らの組織が繋がりがあるのは知っておろう? 桃色髪の娘が治癒能力者で、エルトゥールと行動しておるという情報は流れておるぞ。神子というのはそうじゃな……これまで神子を貶めてきた経験から分かる、とでも言っておこうか」


 アレクは八雲を指差してニヤリと笑う。ただでさえリアトリスを辱められて体の中で渦巻く怒りが、さらに増幅した。


「さて……まずはエルトゥール。お前は大人しく捕まってもらおうかのう」


 アレクはそう言いながらリアトリスの顎をくいと上げた。その行為に全身の血が沸騰する。


「「っ! リアに触るな!!」」


 俺とロベルトは怒りを抑えきれずにすぐさまアレクへ飛びかかろうとした。しかし、他の屍達が立ち塞がり進路を阻まれる。


「八雲!!」


「はい!!」


 治癒能力を屍達にかけるよう、八雲に指示する。だが八雲が術を発動させる前にアレクが取った行動によって、俺達は動きを止めた。八雲は術を発動せずに固まる。アレクはその様子を見て満足そうに、そして汚らわしく笑った。


「まだどういう状況か分かっておらんようじゃな。愛しい主君を二度も殺されたくなければ大人しくせんか」


 アレクはリアトリスの喉元に懐から取り出した短剣を当てていた。剣先が当たった箇所から僅かに血が滴る。


「汚いぞ……リアを離せ!!」


「ふざけんなよこの耄碌ジジイが!!」


「ふはは。このままこの少女の身を貫かれたく無いなら儂に従え」


「あいつ……マジサイテーだな!!」


「万死に値しますね」


「どうしよう、私が術をかけたらリアトリスさんが……!」


 全員身動きができずに戸惑う。すると、上方から冷え切った声が聞こえた。


「…………ホント、バカじゃないの?」


 箒に跨り浮遊しているエリザベートが、冷たい視線をアレクへと向けていた。彼女を追跡していた骨は一時的に動きを止めており、エリザベートも一箇所でホバリングしている。するとエリザベートは杖先に火を灯した。それを思い切り振り下ろし、炎の氣術を放とうとする。


「そいつらはもう死んでるのよ!? あの人質だって!! 殺すのに躊躇することなんてないわよ!!!」


「エリちゃんダメだ!!」


 俺は咄嗟に屍が持っていた骨を奪ってエリザベートへと投げる。骨は杖に当たり、エリザベートの手から杖が弾かれた。


「っ何するのよ!!」


「例え屍でも、リアをまた殺すことなんてできない!! 他の屍達もそうだ!!」


「あぁもう煩い!! アタシはあの外道が殺せるなら何でもいいわ!!!」


「エリちゃん、落ち着いてください!」


 指先に炎を灯して再び炎を放とうとしたエリザベートに琴音が飛びかかり、箒の上で羽交い締めにして静止する。


「っ離せえぇーー!!」


「! エリちゃん止めて!!」


 エリザベートは拘束する琴音を振り払うため、琴音へ氣術を使おうとする。するとその時、八雲の叫び声と同時に追尾していた多数の骨の手が再度エリザベートに襲いかかった。骨は琴音も纏めてエリザベートを飲み込み、その勢いのまま天井に打ち付ける。骨の手が離れると、天井には体を骨の帯で固定されたエリザベートと琴音の姿があった。


「琴音! エリちゃん!」


「かはっ……!」


「ぐ……」


 天井に張り付けとなった二人は意識を失っている。静かになった二人を見てアレクが溜息を吐いた。


「頭に血が上った鼠には黙っておいてもらおう。さてエルトゥール。こっちに来い」


 アレクはリアトリスに剣を突き立てながら俺に手招きする。


「……分かった」


 リアトリスを人質に取られている以上、下手に動くことはできない。俺は従い、彼のもとへと歩き出した。


「ユーリ……」


「オルト……」


 ロベルトと八雲が気遣わしげに俺の名を呼ぶ。俺は煮えたぎる怒りを何とか抑えながら、一歩ずつ進んでいった。何か、この状況を覆す方法を見つけなければ。アレクが八雲の力を警戒しているところから、恐らく影には治癒能力が有効なのだろう。どうにかしてリアトリスを奪還し、八雲が力を使える様にせねばならない。頭の中で様々な方法を思考する。

 すると、あと十歩ほどでアレクに辿り着く距離のところでアレクは俺に静止するよう掌を向けた。


「……?」


「貴様には大人しくしていて貰おう」


 直後、足元から生えた骨の手が俺の両手両足を掴む。ガッチリと骨が手足に巻きつき、完全に四肢を拘束された。


「な……!」


「オルト! 大丈夫!?」


「てめえっ! ユーリに何しやがんだ!!」


 振り解こうにも、迂闊に動けばリアトリスを刺されかねない。身動きできない俺を見てアレクは不気味に微笑む。

 すると、アレクに肩を組まれていたリアトリスが右手をこちらに向けた。


「……儂の本命はそっちじゃ!!」


 直後、アレクの叫びと同時にリアトリスの掌から光が発射される。眼前に迫る光線。

 当たる、そう思った時──その光線は俺の横を通り過ぎ、後ろへと向かった。


「何!?」


 振り向きざま、何かが割れる音と八雲の悲鳴が聞こえた。俺は血の気が引く。首を後ろに向けて確認すると──


「八雲!!」


「あ……」


 結界が割れ、その奥には立ちすくむ八雲がいた。その体が僅かに発光している。


「まさか──」


「治癒の神子は頂くぞ」


 卑しいしゃがれ声が聞こえた次の瞬間、八雲の姿が消える。結界も消失した。


「な、八雲!? どこ行ったんだ!?」


「キュキュー!!」


 驚いたセファンと葉月が周りをしきりに見回すが、周囲のどこにも彼女の姿は無い。


「リアの転移氣術……!」


「その通りじゃ。なに、王城にある儂の執務室へと送っただけのこと。後で上手く料理してやるから安心せい」


「くそ……!」


 最悪だ。リアトリスを人質に取られた上に、八雲まで攫われてしまった。大事な仲間が捕らわれ、屍達を救う手段も失われてしまったのだ。こうなっては、屍を全て葬ってアレクを倒すしか道が無くなる。


「てめえ……いい加減にしろよぉ!!」


 激昂したロベルトがアレクのもとへと迫る。しかし屍達が立ち塞がり、攻撃してきた。


「あぁくそぉ!!」


 ロベルトは剣で屍を殴っていく。しかし殴られ倒れても屍はすぐに起き上がり、また攻撃してきた。


「静かにせんか、ロベルトよ。さもなくばこの少女を目の前で凌辱してやろう」


 アレクはリアトリスの頬を舐める。全身を憎悪と憤怒の感情が駆け巡った。絶対にこいつは許さない。


「やめろっ……!!」


「てめぇ……ぶっ殺す!!」


 手足を拘束されて動けない俺の横を、屍を振り払いながら駆け抜けてロベルトがアレクに斬りかかる。しかし頭に血が上ったロベルトの足を、下から伸びた骨の手が掴んだ。足を取られてロベルトが転倒する。


「聞こえなかったか、ロベルト? それ以上抵抗すれば、少女の無残な姿を見ることになるぞ?」


 アレクは短剣をリアトリスの胸へと突き立てた。ロベルトは上体を起こしながらアレクを睨みつける。


「さて、貴様には余興でもしてもらおうかの」


 アレクが指をクイと動かす。すると屍達がロベルトの方へと虚ろに歩いてきた。ロベルトの周りに集まった屍達は、一斉に手に持つ骨を振り上げる。


「ロベルト!!」


「がぁっ!!」


 多数の骨で殴打されるロベルト。鈍い音が実験場内に響く。ロベルトは抵抗もできず、ひたすらに殴られ続けた。


「ひでえっ……!」


「クウン……」


「止めろ! これ以上は……!」


「ふはは、なんとも愉悦な光景じゃのう」


 手を緩めない屍達の攻撃によってロベルトの体が赤く染まっていく。このまま殴られ続ければ、ロベルトは死ぬ。そんなのは絶対にダメだ。こうなってはリアトリスの身柄は諦め、今生きているロベルトを救わなければ。

 そう覚悟を決め、最大限の力で手足の骨を振りほどこうとした時──





『待ってください!!』






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