第122話 骨・骨・骨
オルトは狐から教えてもらったという合言葉を言う。私には金色の狐は言語など発していない様に見えるが、オルトだけには何故か聞こえているらしい。この不可思議な現象について、私は何となくではあるが原理が分かった気がした。そして狐の正体についても。
ともあれ確証があるわけではないし、今それを指摘するべきでもないため私は何も言わないことにした。
オルトは防護壁が外れたという実験場の入口に足を踏み入れる。
「うん、大丈夫みたいだ」
異常がないことを確認したオルトは、奥へと進んで行く。私達も彼に続いて中へ入った。狐は穴には入らず、私達を見守る様に外で佇んでいる。
「ユーリ、あの狐って何なんだ? 何で防護壁のことも合言葉も知ってんだ?」
「彼女、この森で暮らしてるからこの穴に入る人間も何度か見たことがあるらしいよ。だから合言葉も聞いてるし、部外者が入ろうとして失敗したのも見てる」
「あいつメスなのか。てかお前にしか声が聞こえないってのはどうしてなんだ?」
「それは俺も分からないよ」
「あの狐の特殊能力なのかしらねー? 子供を助けてくれた恩のあるオルトくんにだけ思念波を飛ばしてるとか?」
ロベルトとエリザベートは狐の対話能力について思考を巡らせているが、私はあえて会話に参加しない。オルトも狐の正体と会話能力について勘付いているのか、特に何も言わなかった。これ以上の議題の発展は無いとみて、ロベルトとエリザベートはこの場での追究を諦める。
「なんかジメジメしてるわね」
「ヒンヤリもするぜ」
狭い洞窟となっている通路を一列になって通りながら、私とセファンが感想をこぼす。
「まぁ滝の中にあった穴だからねー」
「どれくらい続いてんのかな」
「明かりがある程度ありますので、そこまで長い洞窟ではないとは思います」
少し歩いて行くと琴音の言う通り通路が終わり、開けた空間に出た。人工的に掘ったと思われるその空間の所々には明かりが灯され、薄暗く洞内を照らしている。湿った壁や天井の岩肌についた微細な水滴は光を反射して輝いており、鍾乳洞の景色に近かった。
「ここが……実験場なのかしら?」
「何かいかにも怪しー感じのトコだな」
「何か出てきそうねー」
私達は洞内をキョロキョロと見回す。辺りには岩の起伏があるばかりで、特に実験の跡らしきものは無い。ここが本当にコンクエスタンスの実験場なのだろうか。
「奥に通路があるね」
オルトが少し進んだ先で、起伏に隠れて見えない位置を指差した。私達は彼の元へと移動する。確かにそこには壁に穴が空いており、奥へと続く通路があった。薄暗くてその先がどうなっているのかは見えない。
私達は奥へと進んで行く。通路は暗いが、一定距離ごとに小さなランタンが壁にぶら下げられており、なんとか先が目視できる様になっていた。足下に気をつけながら歩いて行くと、再び広い空間に出る。一番前を歩いていたオルトが声をあげた。
「これは……!」
岩肌に囲まれた空間の中、そこには灰褐色の景色が広がっていた。オルトが動揺した理由──それは、目の前には大量の人骨が積まれていたからだ。それを見た瞬間、私は思わず小さな悲鳴をあげてしまう。頭蓋骨、肋骨、腰骨など各部の骨が打ち捨てられた様に散乱して山となっており、ここ入口から空間の半分ほどの距離まで敷き詰められていた。壁伝いに並ぶ本棚にはボロボロの分厚い本が乱雑に入れられており、空間の中央には大きな実験台がある。台の上には沢山の本と試験管が乗っており、台の中央には方陣の様なものが描かれていた。
いかにも悪魔の実験場らしい風景だが、人影は見当たらない。
「これ……何の実験してたのかしら。それに、この骨は一体……」
「うげぇ、気味悪い空間だぜ」
「ふむー、分かっちゃいたけど悪趣味な実験してたみたいねー」
「てか誰もいねえのか? ここがコンなんたらの拠点なら、敵に遭遇しててもおかしくねえと思うんだが」
「そうですね。滝からここまでこんなにすんなり入ってこれるなんて不自然です」
「あぁ…….嫌な予感がするな」
オルトが顔をしかめながら中央にある実験台へと歩を進めて行く。一歩一歩進むたびに下に転がる骨が軋み割れる音がし、空間内に響いた。私達もオルトの後ろをついて歩いて行く。骨の上を歩くというのは、かなり気分が悪かった。私は少し駆け足でオルトについて行く。大量の骨が積まれている光景も気味が悪いが、それ以上に何か不快感を私はこの空間に感じた。
「オルト、何かここ嫌だわ……」
「そうだね、気をつけて。俺のそばから離れないでね」
「えぇ」
皆、周りを見回しながら実験台へと向かって行く。すると、葉月とサンダーがそれぞれ私とセファンにすり寄ってきた。二匹とも全身の毛が逆立ち、そして震えている。
「どうしたの、葉月? 大丈夫?」
「キュ……!」
何かを警戒しながらも怯えている様だ。周囲には特に何もいないが、彼らは得体の知れない敵意を察知しているらしい。
──するとその時、足下の骨の山から突然、骨の手が伸びてきた。すばやく伸びた手が私の左足を掴む。
「っきゃあああぁ!!?」
「なっ!」
オルトがすぐさま剣で骨の手を叩き割り、私の左足は解放された。しかしそれと同時に大量の骨の手が下から突き出し、私達全員を襲う。
「うげええぇ!?」
「ちょ、何だこりゃあぁ!?」
「あひゃー! エリちゃん怖ーい!」
セファン、ロベルト、エリザベートが悲鳴をあげる。琴音が即座に苦無を八方に投げ、今にも私達を掴みそうだった骨を破壊した。だがそれ以上にたくさんの骨の手がさらに突き出し、こちらへと迫る。
「うおおぉ!」
ロベルトも剣を抜き、勢いよく振って骨達を粉砕する。ひるんでいたセファンとサンダーも応戦しだした。オルト、ロベルトの剣が、サンダーの牙と爪が、琴音の苦無が次々と骨を粉々に散らせていく。ちなみにエリザベートはぶりっ子ポーズで観戦だ。ただ私も観戦サイドなので彼女の態度に文句は言えない。
「くっそ! キリがねえな!」
エリザベートに迫る骨を砕きながらロベルトが眉をひそめて言う。どれだけ壊しても壊しても骨山から骨は生えて私達を狙う。ここにある骨を全て粉々にしてしまえば終わるのだろうが、これだけ大量にある骨を消す前にこちらの体力がきっと尽きてしまう。それは私だけでなく皆も既に察している様だ。
「はぁーもう。仕方ないわねー」
すると、私の隣で棒立ちしていたエリザベートが溜息を吐く。そして、杖を出した。
「みーんなっ! 避けてねー!!」
エリザベートは大声で叫びながら杖を振る。オルト達はエリザベートの声に反応して、こちらを見た。
直後、エリザベートの杖から先ほど滝を凍らせた時とは比べ物にならないくらいの冷気が発射される。
「うおあぁ! サンダー、避けろお!!」
「ちょ、あぶねぇな!!」
広範囲に噴射された冷気をオルト達はギリギリで避けた。いや、セファンは少し掠って髪の毛が凍っている。
絶対零度のベールが骨山を包み、一瞬のうちにみるみる骨を凍らせていった。完全に凍った骨の動きは止まり、骨山から出た骨の手が剣山の様に固まる。オルト達がこちらへ走ってきた。
「エリちゃん、ありがとう」
「あーぁ。結構氣力使っちゃったぁ。ボスが来るまでなるべく温存したかったんだけどねー」
お礼を言うオルトを見ながら、頭を掻いて少し悔しそうにするエリザベート。
「おい、今普通に俺らも巻き込もうとしてなかったか!? 髪の毛凍ったんだけど!?」
「あははー。ファンファン達ならきっと上手に避けてくれると思ってやったのよん」
「ホントかよ……この術結構強力なやつだろ? 当たったら死ぬぞ」
「ロッキー、その通り! 普通の出力じゃこの骨達は止まってくれなさそうだったからねー。ちょい割増でやらせてもらいましたー」
「……でもこの骨一体どうやって動いていたのかしら?」
「それもコンクエスタンスの実験の一環かもね」
オルトは骨を睨みつけた。そして振り返り、実験台へと歩き出す。おもむろに台に乗っている本や資料を漁りだした。私達も実験台に近寄り、周辺を物色し始める。
「なんか難しい言葉ばっかり書いてあってよく分からないわ」
「俺もサッパリだぜ」
書物を開いてみたものの、専門用語やら訳の分からない記号と計算式ばかりが記載されていて全く理解できない。私とセファンはお手上げ状態だ。オルトと琴音、エリザベートは真剣に書類を眺めている。ロベルトも書類を見ている……が、どうも違和感があるので恐らく読んでいるフリをしているだけだろう。
「何か重要そうな情報は載ってるー?」
「いや、実験材料の種類とか細かい重量の計算式とかが載ってるばっかりで、実験の目的とか方法が載ってな──」
「──おやおや、大きな鼠が潜り込んだものじゃなぁ」
突如、しゃがれた男性の声が空間内に舞い込んだ。