第118話 基地と墓
オルトとロベルトに連れられて私達はアイゼン渓谷に向かって街道を進み、森の中へと入る。この森の中にオルト達が子供のころに作った秘密基地とやらがあるらしい。秘密基地という単語にロマンか何かを感じるらしく、セファンはウキウキしていた。セファンが楽しそうなので、サンダーもつられてご機嫌になり尻尾を振っている。
「セファン、あんまり期待しないでくれよ? もう四年以上使ってないから壊れてるかもしれないし、健在でも大した基地じゃないから。ちょっとした子供の創作物だよ」
「そうなのか? んーでも俺そういうの憧れてたんだよなぁ。タネリもアウラも基地作るのにはあんま興味なくて、俺一人でやるのは寂しいから結局断念したんだ」
「へぇ。あのアウラって子、何か活発そうだったからそういうの楽しんで作りそうだと私思ったんだけど」
「ま、アウラも何だかんだで女の子だからな。タネリは真面目過ぎるから、大人に隠れて秘密基地なんて作る発想なかったみたいだし」
「ふうん、男の子にも色々あるのね」
「その点、オルトくんは超やんちゃっ子だったのねー?」
「え? どうだったかなぁ」
「だってユニトリクではよく屋敷を抜け出して探検したり、アリオストでも町を抜け出して秘密基地作ったりしてたんでしょー? お陰で危険な目にも遭ったみたいだしぃ?」
「う、耳が痛いな……」
「なんだユーリ、やたら手馴れてると思ったらやっぱり故郷でもやらかしてたのか」
「あー、やらかしたことには変わりはないかな……」
エリザベートとロベルトの言及にオルトが苦笑いする。まぁ私もオルトの過去の話を聞いた時は、かなり自由人というか……やんちゃなイメージを受けたが。
そんな会話をしながら歩いていると、すぐに秘密基地へと辿り着いた。森の中、茂みやほかの木に隠れて見えづらい位置にある木。その根元の方に大きな洞が空いており、そこがオルト達の秘密基地らしい。茂みをかき分けながら近づいてみると、大人十人くらいなら座れそうなスペースの空洞がそこにはあった。大人が立っても頭がつかえないくらいの高さもある。中は落ち葉だらけになっているが、奥の方に手作りと思われる本棚や小さな机があり、古びた本や瓶が落ちていた。壊れたランタンもある。ここを使っていた頃の名残だろうか。
「お、意外と綺麗に残ってんな」
「本当だね」
「へー! これがオルト達の秘密基地かぁ!!」
「ふんふん、人目につかないしそこそこ広い良い基地だねぇー!」
「よくこの場所を見つけましたね」
「オルト達はここでよく遊んでたの?」
「そうだよ」
懐かしそうに基地内を見るオルトとロベルト。セファンの目はキラキラしていた。私はイマイチ感動を感じないが、まぁそれは言わないことにしよう。ちなみに琴音の反応もまぁまぁ薄い。
「取り敢えず入ろう。ちょっと狭いけど、朝まで待つくらいなら大丈夫だろう」
「よっしゃ! 俺一番乗りー!」
「あ、てめ!! オレ達の聖域に一番に入りやがって!」
「うっせえ! 早いもん勝ちだぁ!」
「このガキぃ!」
「ロベルト、大人げないぞ! いいだろそれくらい。大体もう十九にもなって聖域とか……」
「な、ユーリ……しばらく見ないうちに擦れたなぁ」
「誰が擦れてるんだ。ロベルトがお子様過ぎるんだよ、もう立派な騎士なんだろ?」
「おうよ、ちゃんと叙任受けた騎士だ。でも純粋な心も忘れてないだけ」
「そうかい」
オルトは呆れ顔でロベルトを見る。対してロベルトは歯を光らせてサムズアップ。目つきが悪いので少々怖い。
とまぁそれは置いといて、ひとまず私達は基地の中へと入った。さすがに六人+二匹が入ると多少狭い。私は歩き疲れたので腰を下ろした。琴音とエリザベートも近くに座る。セファンはワクワクしながら基地の中を見学しており、オルトとロベルトは本など過去に置いて行ったと思われる物品を調べていた。オルトが隅に置いてあった箱を覗く。
「ロベルトがこれ全部持ってきてくれたのか?」
「おう。クーデターの後、お前の所持品で大事そうなものだけその箱に入れて持ってきた。本当はリアのも持ってきたかったんだが、リアは反逆罪の容疑がかかってたからな。証拠品とか言って全部物品は回収されちまってて何も残ってなかった」
「そういえばロベルトがリアを埋葬してくれたんだよね?」
「おう。何とかリアの体だけはあの時隠れて連れ出せたからな。すぐそこに墓があるぞ」
ロベルトが親指で基地の裏側を指す。そちらの方向にリアトリスの墓があるらしい。
「墓参り、していいか?」
「おう。てかオレも最近忙しくて来れてなかったからな。一緒にリアに挨拶しようぜ」
「わ、私もしていい?」
「……では私も」
「あれ、皆行くの? じゃあ俺もー!」
「それじゃあ勿論エリちゃんも参るよー!」
「はは、賑やかな方がリアが喜ぶかもしれねえな」
「そうだね」
私達は立ち上がり、ロベルトとオルトについて行く……と、基地のすぐそばで彼らは立ち止まった。前方には大きく、そして意匠に凝った錫杖が地面に突き刺さっている。それが恐らくお墓なのだろう。二人はしゃがみこんだ。
「最近来れなくてごめんな、リア。ユーリが帰ってきたぞ。このポンコツ騎士様に遅えよ、って言ってやれ」
「リア……ただいま。遅くなってごめん」
二人がお墓に向かって話す後ろ姿を私達は見守る。旧友同士の久々の再会を目にした様で、何だか胸が熱くなった。
「あれから……色々あったよ。でも、ちゃんとリアに言われた通り俺は強く生きてるつもりだし、それにこれからエルトゥールとユニトリクを取り戻しに行くんだ」
少しの沈黙が流れる。皆、オルトが紡ぎ出す言葉を黙って聞いていた。
「あの時守れなくて本当にごめん。本当に……」
「ユーリ、別にリアはそのこと怒ってないと思うぞ?」
「……うん、でもやっぱりもう一度謝っておきたかったんだ。だから、ごめんな。……リア、君のお陰で俺はここまで生きてこれた。ありがとう」
そう言って、オルトは錫杖へと手を伸ばす──すると、手を触れた瞬間。
「おわ!?」
「え!?」
ゆっくりと傾いた錫杖がそのまま後ろに倒れた。倒れて錫杖全体が地上に露出した状態になるが、そこそこの長さのある錫杖だ。地下に埋まっていた部分の長さを考えると触れた程度では傾かないはずなのだが、よっぽど土が緩かったのだろうか。
「ちょ、ごめん!」
「いや待て、これおかしいぞ!? 何でこんな簡単に抜けるんだ!?」
「おやおやー? これは何だか怪しい雰囲気ねーえ?」
事態の異常さを察知したエリザベートが前に出る。オルトの隣にしゃがみ、錫杖が刺さっていた箇所の土を触った。
「ねぇ、ロッキーがお墓を作ったのは四年前よね? その時からずっと錫杖は刺さってたの?」
「そうだ。ちゃんと土は固めたから、こんな風に抜けることなんて無いはずなんだけどな……雨とかで柔らかくなっちまったか?」
「いーや、この錫杖結構深く刺さってたでしょ? 雨なんかでそんな深さまでやわやわにならないわよー」
「じゃあ何なんだ?」
エリザベートは土を握り、そしてそれを開けた指の間からパラパラと落とす。ロベルトを見て真剣な表情になった。
「墓、最近暴かれたのかもね」
「「!!」」
エリザベートの言葉に、オルトとロベルトの顔が一気に硬くなった。後ろで見ている私達にも緊張が走る。
「この深さまでこれだけ緩くなってるってことは、誰かがここを掘り返したとしか思えないのよねぇ」
「だ、誰がそんなことを……」
「さぁ? それはエリちゃんには分からないかなー」
オルトが土に手を当てながら何かを考えている。
「まさか、革命派の誰かか? だとしても何のために?」
「でも革命派なんてクーデター以来別に目立った行動なんてしてねえぞ? そもそも本当に暴かれてるのか?」
「それは、掘って確かめてみるしかないわねー」
「「……」」
「オルト……大丈夫?」
オルトとロベルトが青ざめている。エリザベートは首を傾げながら、冷静に二人を見ていた。
「な、なんかとんでもねーことになってるみたいだな……」
「墓を暴くだなんて、とんでもない気狂いがいたものですね」
セファンと琴音が眉間に皺を寄せながら言った。オルトとロベルトはまだ固まっている。
「オルト……もしあれでしたら、私が掘って確かめましょうか?」
「あ、いや……いい。ロベルト、俺達で掘ろう」
「うぉマジで……?」
「リアには申し訳ないけど……でも、もしかしたらそのリアはここにいないかもしれない。リアの友達として、俺達で確かめよう。もし連れ去られたりしてるなら……許せない」
「……そうだな。それにオレがちゃんと見張ってなかった責任もある。やるか」
立ち上がったオルトはこちらに振り向いた。
「ごめん、皆は先に基地で休んでて。俺達はリアがここにいるのか確かめる。朝までには終わらせとくから」
「え、えぇ……。でも二人は休まなくて大丈夫なの?」
「俺は牢屋の中で結構寝たから大丈夫だよ」
「オレは夜勤もしょっちゅうだから、これくらい平気だ」
「そう……? でも無理はしないでね」
「うん、ありがと」
「もし手伝いが必要でしたら、いつでも声をかけてくださいね」
「オルト、頑張れよ! 俺は悪いけど先に寝るぜ」
「エリちゃんもお肌のためにねんねしまーす!」
「うん、おやすみ」
墓の前で佇む二人を背にして、私達は基地へと入る。外で二人が土を掘る音が聞こえた。
オルト達の様子は気になるが、取り敢えず私達は休んでおこう。各自、寝る準備を始めた。
「一体誰があんなことを……オルト、大丈夫かな……」
「……八雲、大丈夫ですよ。取り敢えず彼らが答えを見つけるのを待ちましょう」
私の呟きを聞きつけた琴音が優しく話しかけてきた。とその時、横から黄色い声が割り込む。
「あらー、ファンファンこれってハーレムじゃない? やだー、この状態で寝るとかもー欲張りな男の子ねぇー」
「はぁ!? んなっ……別にこの状況俺が作り出した訳じゃねーし!! それに男って言ったらサンダーも葉月もいるぞ!」
「いやいや、犬と竜は含まないでしょー」
「ただの犬じゃねえ、獣魔だ!」
隣でセファンとエリザベートが大きな声で会話する。それを聞いていたら、なんだか気分が紛れた。私と琴音は顔を見合わせ、そしてお互いに微笑む。
「じゃあ、寝ましょっか」
「そうですね」
こうして、長い一日が終わる。私達はようやく眠りについた。




