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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第8章 第二の故郷にて
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第116話 逃走劇

 アリオスト騎士団の詰所、その中央には中庭の様な形で鍛錬場が作られている。そこには無骨な鍛錬用の機械がある訳でもなく、かと言って花で着飾られてもいないただ広い空間があるだけだった。優しい月明かりがその土を照らし、冷たい夜風が建物際に生えている草を揺らす。


 そんな夜の静かな鍛錬場に、突如大音量の警報が響き渡った。


「ひゃあ!?」


「な、バレたのかぁ!?」


「……まぁそうだよな」


「結構暴れましたもんね」


 警報に驚く私とロベルトさんに対して、オルトと琴音は冷静だ。確かに先ほどの戦闘で結構な音は出ていたと思うので、誰かに気付かれて当然だろう。むしろ、副騎士団長と対峙した時点で警報を鳴らされていてもおかしくなかった。


「おい、そこの大罪人! 動くな!!」


「ロベルト、そこで何をしている!?」


 詰所から騎士が出てくる。どうやら警報を出す前に援軍を呼んでいたらしく、扉から出てきた人数だけでも二十人はいた。まだ詰所内にもっといるだろう。


「あーこりゃヤベぇ。ユーリどうする?」


「どうするって、逃げるしかないでしょ」


「だからどうやって逃げるんだよ。これたぶんもう敷地内は完全包囲されてるぞ」


「それこそロベルトが最悪の事態も想定して何か対策とか考えてくれてなかったの?」


「何も無え。気付かれないうちに正面突破しか思いつかなかった。オレ考えるの苦手だからな。お前知ってるだろ。あ、でも興味あることはちゃんと考えてるぞ? ほら、リアのことは勿論だけど、お前の過去とか対策用の腕輪のこととか……」


「あーそうかい……」


 剣を構えながらジリジリと近づいてくる騎士達を見ながらオルトとロベルトさんが話す。イマイチ真剣味に欠けるが、取り敢えず緊急事態だ。


「ど、どうするの!? このままじゃ捕まっちゃうわよ!?」


「風太丸を呼びましょうか?」


「ごめん、今俺氣術使えないんだよね。だから風太丸呼んでもこの人数じゃ飛ばせられない」


「あ、腕輪のせいで氣術が使えなくなってるんだっけ?」


「うん。そしてロベルトが解錠用の鍵を部屋に忘れてきたから外せない」


「悪い悪い」


「思ってないだろ」


「それは困りましたね……」


 頭を掻きながら適当に謝るロベルトさんをオルトが睨む。しかし彼らの間には固い友情があるのか、険悪というよりは朗らかな雰囲気だった。共に過ごした時間に裏付けされたものだろう。オルトとロベルトさんは六年の付き合いがある。それに比べると私がオルトと過ごした時間は僅かなものだ。それを考えると何だか少し悔しかった。

 ともあれ、今はそんなことを考えている場合ではない。まずはここを脱出しなければ。


 少しずつ距離を詰めてくる騎士達を見ながら、オルトは先ほど回収した荷物から剣を取り出し構える。琴音とロベルトさんも武器を構えた。このままでは、騎士達との衝突も避けられない──。


「ま、待って皆! 私がやってみる!」


「? どうした八雲?」


「やるって何をだ?」


「琴音、風太丸を召喚して! 私が氣術で飛ばすわ!」


「「「!」」」


 私の発言に三人は目を丸くした。


「いけるのか?」


「た、たぶん」


「八雲は先刻オルトの術が途切れた後、術を使って風太丸の落下を防いでくれました。大丈夫でしょう」


「よく分かんねえけど朝の方法で逃げるってことか?」


「おぉ、珍しく察しがいいなロベルト」


「珍しくは余計だバカ」


 正直、自信は無い。朝はオルトがある程度の場所まで飛ばしてくれたので、私はゆっくり降りるための風を作るだけで良かった。しかもそれすら出力を間違えてまともに作れなかったのだ。何とか帳尻を合わせて無事に降りることができたが、今度は最初から全て自分でやらなければいけない。だがそれでも、ここで戦いを避けるためにはそれしか方法が無いだろう。冤罪で捕まるわけにもいかないし、かと言って騎士達を全て斬り倒して進むのは嫌だ。


「分かった、頼むぞ八雲」


「うん!」


「風太丸!」


「おわ!? ビックリしたぁ!」


 琴音が召喚した風太丸に驚くロベルトさん。今朝も見ているはずなのだが、近くで見ると迫力があるらしい。騎士達も騒めいた。そして逃走手段に気が付いたのか、一気に走り出してくる。

 私達は急いで風太丸に乗った。風太丸が渋い顔をするが、琴音が撫でて宥める。


「い、行くわよ!」


 私は氣術を練り始めた。オルトが今朝作った気流をイメージする。そして全身に氣力を巡らせ、一気に解放して風の術を発動させた。


「きゃあ!」


「おわっ!?」


「っ!」


「うおぉー!?」


 強力な上昇気流が発生して、風太丸の体が急激に空へと舞い上がった。いや、出力が出過ぎて無理矢理投げ出された様な感じだ。無駄に回転までかかって風太丸の体がグルグルと高速で回る。上昇気流というより乱気流の中だ。風太丸が体勢を保てず私達は振り落とされそうになる。


「ちょ、八雲力入れ過ぎ!」


「ごごごめんー!!」


「うえ、目が回る」


「八雲、落ち着いて今朝みたいにセーブしてください!」


「は、はいぃー」


 視界は目まぐるしく回っており、自分達がどの位置にいるのか全く分からない。だが全員の声が聞こえるので誰も落ちてはいない様だ。

 私は何とか風の勢いを鎮めようと力を抑える。すると、途端に風が止んだ。風太丸が頭を真上に向けた状態で浮いた形になる。


「あ……」


 一瞬、時間がゆっくりと流れた。正面には綺麗な夜空、振り向けば鍛錬場とそこに茫然と立ち尽くす騎士達が小さく見える。高度は百メートルほどあるだろうか。そして、すぐそばで青ざめているオルト、琴音、ロベルトさんの顔が視界に入った。

 次の瞬間、風を失った風太丸は私達を乗せたまま自然落下していく。


「きゃあぁー!!」


「八雲、抑え過ぎ!!」


「おいおいおいー!?」


「八雲、しっかりしてください!!」


「ごめんなさいぃー!!」


 風太丸は落下しまいと翼を羽ばたかせるが、悲しいかな、落下速度は増すばかりだ。

 私は再度氣力を練る。身体中の神経を研ぎ澄ませ、今度こそ適正な出力で術を発動させようと集中した。


「お願い、飛んで!!」


 風が再び風太丸を包む。先ほどの様な荒々しい乱気流ではなく、かと言って優し過ぎではない程よい強風が落下途中の私達をすくい上げた。風太丸は体勢を立て直して翼で気流を掴む。ゆっくりと上昇しはじめた。オルトと琴音がホッと胸を撫で下ろす。


「はぁ、はぁ。こ、これで大丈夫かしら!?」


「うん、良く頑張ったね」


「誰も落ちていないみたいですし、大丈夫でしょう」


「おい、マジで目ぇ回ったぞ……血の気も引いた」


「う、ごめんなさい……」


「ま、でも取り敢えずこれで逃げられそうだな。ありがとよ」


 ロベルトさんが一息吐きながらこちらを見た。笑ってお礼を言っているが、目つきが悪いのでちょっと怖い。


「八雲。高度はこれくらいでいいから、気流の流れを変えて移動しよう。ちょっとずつ町の外の方を意識して風の向きを変えられる?」


「え、えぇ。やってみるわ」


 今はただ上昇気流でだんだん上へと浮かび上がっているだけだ。ここから更に風太丸が前進するための風を作らなくてはならない。

 私はオルトに言われた通り、一番近い塀の方に意識を向けて上昇気流の方向を変えていく。出力は変えないまま、集中しながら方向だけ少しずつ変更する。風太丸の翼がその風を捉えて進み始めた。


「よし、これで大丈夫。あとはその状態を保ったまま町の外まで頑張って!」


「うん!」


「凄えな、町の外まで氣力もつのか? 結構これ力使うんじゃねえの?」


「ただ風を作ってるだけだから大量に氣力を食うわけじゃないよ。それに八雲の氣力量はめちゃくちゃ多いから、町の外まで使い続けるくらいなら余裕だと思う」


「へぇ、そうかい」


「羨ましいです」


「えへへ」


 褒められて思わず頬が緩む。ひとまずこれで一安心だ。……と思ったその時。


「きゃ!?」


 風太丸目掛けて火の玉が飛んできた。それを避けた風太丸は少しバランスを崩すが、すぐ体勢を立て直す。

 火の玉が飛んできた方向を見ると、下方、鍛錬場の騎士達がこちらに向けて腕を伸ばしていた。次の瞬間、火の玉や氷柱、雷撃が騎士達から発射される。かなりの数だ。


「ちょ、ど、どうしよう!?」


「大丈夫。八雲は術に集中してて」


「私もお手伝いします。風太丸、足貸してくださいね」


「立って大丈夫なのか……っておい!?」


 攻撃を必死に避ける風太丸の上でオルトと琴音が立ち上がり、そして飛び降りた。


「え! オルト、琴音!?」


 まさか迎撃のために降りて戦うのか、と思いきや、二人は風太丸の足に掴まっていた。そして体をくねらせて自分の足を風太丸の足にかけ、手を離して逆さ宙吊りの状態になる。


「はっ!」


「たぁっ!」


 オルトと琴音は逆さ吊りでそれぞれ宝剣と苦無を振り、火の玉や氷柱を撃ち落とす。雷撃は琴音の雷撃で相殺した。騎士達からの大量の追い討ちを二人でひたすら迎撃していく。火の玉を斬り裂き、氷は打ち砕く。散った火の粉や氷の破片がキラキラと輝きながら夜の空へ吸い込まれていった。


「曲芸だな」


「あの体勢、辛くないのかしら……」


 詰所との距離が離れていくにつれて、追撃の数も威力も減ってくる。

 ほとんど撃ち落としこれで逃げ切れるだろうと安心しかけた時、特大級の雷撃が飛んできた。


「っ!」


 琴音が雷撃で迎え撃とうとするが、彼女の枯渇した氣力では相殺できず押し返された。雷が風太丸に迫る。


「っらぁ!」


 もう当たる、そう思った瞬間至近距離で雷が強い光と共に弾けた。一瞬何が起きたのか分からず、私は硬直する。


「危ねえ危ねえ。ユーリ達だけにカッコいい真似させとけねえしな」


「今の、ロベルトさん……?」


「おーよ。言っとくけどオレも結構強いんだぞ? ユーリに勝ったしな!」


「……何か腑に落ちないな」


 ニヤリと笑うロベルトさんの発言に、下のオルトがボソッと呟く。取り敢えず彼のお陰で最後の一撃もしのげたらしい。これでようやく逃げきれそうだ。


 騎士団の詰所が遠くなっていく。警報音がうるさく鳴りっぱなしで、非常に近所迷惑になっているだろう。騎士達はこちらを見上げながら悔しそうに地団駄を踏んでいた。もう迎撃が来ないことを確認したオルトと琴音が風太丸の上に登ってきた。


「はぁ、副団長を連れていけなかったのは痛いな。色々聞きたいことがあったんだけど」


「まぁ仕方ねえだろ。逃げるのが最優先だからな」


「すみません、私が手際よく風太丸に彼を積んでいれば……」


「いや、琴音のせいじゃないよ。それに縛り付けとく縄も無しに風太丸に載せるのはリスクがあるし」


「ってか連れてったところで何も吐かなかったかもしれねえしな。口固いし」


「それなら私が薬で何とかしますよ?」


「え、ねーちゃんマジ何それ? 怖いんだけど」


 琴音の真顔でサラリと言った発言にロベルトさんが凍りつく。確かに怖い。


「さて、あとは町の外で着地してセファンと合流だな」


「そうね。無事な姿がすぐ見つかるといいんだけど」


 オルトは詰所を少し名残惜しそうに見た後、前を向いて町の景色を眺めた。今は遅い時間なので灯りの点いていない家が殆どだ。私も風の術に注意を払いながら町を俯瞰する。

 すると町を囲む塀の向こう、外の街道で小さな花火の様なものが打ち上げられるのが見えた。それは少しの間上空で光り続けた後、消滅していく。


「……? オルト、今の見た?」


「あぁ。誰かが何かの合図で打ち上げたんだと思うけど……こんな夜中に、しかも町の外で誰がやったんだ?」


「こんな時間に塀の外歩き回る人間なんていねえと思うけど」


「ですが獣魔……ではないですよね?」


「どうだろう。ある程度近づいて、遠目で確認してみる?」


「そうね。それに、もしかしたら誰かの救難信号かもしれないし」


 私は風の進行方向を少しズラして、先ほどの光の発射地点を目指す。風太丸は塀を越え、そして街道の上空を飛行していく。この辺りは、私達が午前中に通った箇所だった。目を凝らしながら発射地点を見る。すると、再び花火のようなものが打ち上げられた。そして少し光り続けた後、消滅する。その光で薄っすらと地面が照らされ、光の発射地点に人影があるのが見えた。月の光は街道を照らしているが、人影は木のそばにいるため陰に隠れて正体がよく見えない。


「「「「あれは……」」」」


 オルトが目を見開く。琴音は目を細めた。ロベルトさんは眉間に皺を寄せている。


「オルト、誰がいるか分かった?」


「いや。でも、もしかしたら……」


「えぇ、私もそう思います」


「おいねーちゃん。まだユーリ何も言ってねえぞ? 誰なんだよ」


「二人とも誰か分かったのね? 一体何者なの?」


「確証は無いし、このまま進めばすぐ分かると思うよ」


「そうですね」


「え、意地悪ね」


「なんだよ面倒くせえな」


 私達のブーイングには耳を貸さず、前方を見続けるオルトと琴音。その表情は険しいものではないことから、きっと妙な人物ではないはずだ。

 風太丸はどんどん人影に近づいていく。私は風をコントロールして少しずつ降下させていった。これに関しては本日二回目なので、何とか上手く調節できている。

 そして人影に近づき、それが何者なのかが見えてきた。




「やーぁ、無事だったー?」




 聞き覚えのある、明るい声が私達を迎えた。






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