第115話 ハンデ戦の結果
フラッシュで目が眩んだその直後、猛火が眼前に迫る。咄嗟に氣術を発動させようとしたところ、それは左手首の腕輪によって阻害された。腕輪が軋む音がすると共に体に激痛が走る。そして同時に俺達は炎に飲み込まれた。
「ぐっ!」
「あぁっ!」
「うあぁ!!」
炎の音の隙間から琴音とロベルトの悲鳴が聞こえた。いけない、このままでは全員丸焼きにされる。なんとか炎から逃れようと体勢を戻そうとした、その時。
「「!?」」
身を焦がす熱い炎が無くなり、体はずぶ濡れになった。目をこすって周りを見ると、ロベルトもビショビショになって呆気に取られている。
そして視線を更に移すと、琴音は息を切らしながら副騎士団長を睨んでいた。
「ふん、私の術を打ち消すとはなかなかの技量だな」
「お褒めに預かり光栄です」
水の氣術を使って俺達を助けてくれたのは琴音らしい。しかし彼女の潜在的氣力量は少ない。恐らく今の術でほぼ使い切ってしまっただろう。
「くっそ、目くらましとは卑怯な手を使ってくれるなあオイ」
「三対一で戦っている時点で卑怯も何もないかと思うが?」
「ぐぬ……」
ロベルトも琴音もいくらか火傷を負っている。その上琴音は疲労困憊。先ほどよりも戦力が低下した上に、俺は氣術も剣も使えない。同じ手をまた食らうつもりはないが、また強力な術を使われた場合太刀打ちする手立てがない。自分の剣を取ろうにも、ここからでは距離があり過ぎる。迂闊に走れば副騎士団長の剣の餌食になるだろう。八方塞がりだ。ロベルトが対抗できる術を持っていれば話は別だが。
俺はロベルトに目配せする。それに気づいた彼は小さく首を振った。この状況を打開できるような策は持ち合わせていないらしい。
「はぁ……さて、どうするかな」
思考回路を回転させて副騎士団長の攻略方法を考える。俺は怪我を負った上に武器は木刀しかないが、それでも三対一だ。勝てない相手じゃない。
「ふん、どうやら力の差を思い知った様だな。まだ投降する気にはならんか?」
「っだから! んなことするかよ!」
「ふん、まぁ今更投降したところでもう受け入れはしないが」
「じゃあ何で聞いたんだよ!?」
「……さぁ、夜間に騒ぐのも迷惑だ。そろそろ終わりにするぞ」
「無視かよ!?」
副騎士団長は一度鼻を鳴らした後、こちらに切っ先を向けた。直後、猛スピードで突っ込んでくる。
「っつ!」
風に乗って突撃してきた副騎士団長を、ギリギリで躱す。勢い余って通り過ぎた副騎士団長は急ブレーキをかけて止まり、そしてまたこちらに踏み出す。その鋭い剣先が俺の肩めがけて振られるが、それを身を捻って避けた。同時に、間合いに入った副騎士団長の横腹目掛けて蹴りを放つ。彼は腕でガードし、さらに斬りつけてきた。俺はその剣の腹を狙って木刀を振り、弾く。
そして、副騎士団長の正面に隙ができたところへロベルトの剣が突入してきた。
「小賢しい!!」
次の瞬間、暴風が吹き荒れる。俺とロベルトは吹き飛ばされた。空中で体勢を立て直して着地し、前を見る。副騎士団長がロベルトの目の前に迫っていた。
「ロベルト、危ない!!」
不安定な体勢で着地しつつ、副騎士団長の剣撃に応戦するロベルト。また撃ち合いが始まるか、と思った時、副騎士団長の腕に電流の光が発現する。直後、ロベルトの体へと電流が放電された。
「あああああ!!」
「くそ!」
俺はすぐさま木刀を副騎士団長へと投げた。木刀は彼の頭へと一直線に飛ぶが、ヒットする寸前に副騎士団長の横顔が氷に覆われ、木刀が弾かれる。
副騎士団長の口が緩んだ次の瞬間、琴音の投げた手榴弾が彼のすぐ後ろに落ちた。
「ロベルト、壁だ!!」
「まっじかあぁ!!」
中規模の爆発が起こる。ロベルトは爆炎に飲まれる直前に岩の壁を張り、自身を守ったのがこちらから見えた。煙が辺りに立ち込め、副騎士団長がどうなったのかはここからでは確認できない。
「……やりましたかね」
「どうかな」
これで倒れてくれれば良いが、恐らく彼はその程度の人間ではないだろう。俺は置いてあったもう一つの木刀を拾う。夜風が吹き、爆煙が少しずつ晴れてくる。警戒しながらその様子を見ていると、何かが中で一瞬光ったのが見えた。
「!! 来るぞ!!」
「はい!」
突然、風と共に副騎士団長が灰色の煙の中から飛び出てきた。後頭部、背中、胸から腹、腕、足に氷の鎧を纏っている。
彼は切っ先を向けて高速で突っ込んでくる。標的は琴音だ。琴音は高く跳躍して躱した。しかし副騎士団長はすぐに反転した後、宙を舞う琴音に向けて氷針を十本ほど発射する。
「はあっ!」
空中で琴音は迫り来る氷針を苦無で全て打ち落とした。だが副騎士団長の猛攻は止まらず、琴音の落下地点へと走って剣を振ろうとする。
「させるか!」
俺は腹に刺さっていた氷針を抜いて副騎士団長に向かって投げ、そして彼の元へと走る。副騎士団長は氷針を剣で弾いた。その僅かな時間稼ぎのお陰で、俺は木刀が届く範囲まで距離を詰めることに成功する。
「はあっ!」
真正面から放たれる剣撃を避け、木刀による打撃を肌が露出している首へお見舞いする──が、当たらない。すんでのところで躱され、第二撃が繰り出される。上手く剣の腹を叩いて弾き、腕と胸の間にある氷の鎧の継ぎ目を狙った。副騎士団長は一歩下がって回避し、すぐに踏み込んでこちらを斬りつける。
「ぐっ!」
斬撃が肩に掠った。しかし体勢を崩さないままこちらも仕掛ける。木刀で頭部を狙った。副騎士団長は剣で木刀を受けにかかる。
次の瞬間、木刀は真っ二つに斬られた。副騎士団長の頭に届くことは叶わず、離れた切っ先が慣性に従って飛んでいく。
「ふん、ここまでだ!」
「それはどうですかね!!」
手元に残った半分の木刀、それを剣を振ろうとする副騎士団長の手の甲に叩きつけた。刹那、副騎士団長の動きが止まる。素早く屈んで彼の腹へと蹴りを入れた。それと同時に先ほど弾かれていたもう一つの木刀を拾い、そして副騎士団長の顎へと突き出す。
「ぐ!!!」
見事に命中し、木と骨がぶつかって鈍い音がした。反動で副騎士団長の手からは剣が落ちる。
「やったか!?」
「まだです!」
壁に守られて助かったロベルトの叫びを遮り、琴音が飛び込んできた。彼女の手には先ほど真っ二つにされた木刀の先の方が握られており、更に副騎士団長を思い切り殴りつける。容赦無い。
「ぐ、は……」
琴音の渾身の一撃を受けた副騎士団長。その体からは力が抜け、よろける。そして一度こちらを恨めしそうに睨み──刹那、動きが止まったあと後ろへと倒れた。
近寄って見てみると、仰向けの状態で倒れた彼は白目を剥いている。上手く気絶してくれたらしい。
「ねーちゃん、結構えげつねえな?」
「あれくらいやらないと昏倒させられなかったでしょう? オルトの一撃ではまだ意識があったみたいですから」
煤まみれになったロベルトがこちらへと歩いてくる。琴音はまだ警戒して副騎士団長を見ていた。
「オルト、この方どうしますか? 連れ帰りますか?」
「うーん、コンクエスタンスのスパイだとしたら情報を聞き出さないとな」
「じゃあ取り敢えず連れてって拷問でもしてみるか?」
「確証は無いし、そこまで物騒な方法は取りたくないけど……でも色々聞きたいことはあるからひとまず連れていくのが良いかな」
「分かりました。私が受け持ちます」
琴音はしゃがみ、副騎士団長が武器を他に所持していないか探り始める。
「え、ねーちゃん一人で抱えていけんのか?」
「米俵四つ分くらいまでなら割と簡単にいけますよ」
「半端ねえな……」
サラリと女子らしからぬ頼もしい発言をする琴音にロベルトは若干引いていた。
すると、後ろから走る足音が聞こえてくる。
「オルト、琴音、大丈夫!? あとロベルトさんも!」
振り向くと、戦闘が終わったことを察した八雲が駆けてきた。
「おいおい、オレはついでかよ? まぁ仕方ねえか」
「あ、え!? い、いえそんなつもりじゃないわよ!?」
ロベルトの他愛の無い揶揄に八雲が本気で焦る。ロベルトが冗談冗談、と言いながら手振りすると八雲は少しむくれた。
「あ、それより早く皆の怪我治さないと!」
「ロベルトから治してあげて。たぶん一番ダメージ受けてるだろうから」
「分かったわ」
煤を払うロベルトに、八雲が治癒能力をかける。
「うわ、何だこれ? 凄えな嬢ちゃん」
「それが八雲の特殊能力だよ。希少な力だから他言無用でよろしく」
「お、おう。それにしてもビックリだな。凄い速度で傷が癒えてくぞ」
「あ、ちょ、あんまり動かないで? やり辛いわ」
「すまんすまん」
八雲は手際よく三人の怪我の治療をしていく。あまり時間はかけられないため、取り敢えず応急処置のみになるが。
治療は無事に終わるが八雲の表情はすぐれない。恐らく、セファン達のことが引っかかっているのだろう。俺は八雲の頭を撫でる。
「八雲、セファン達ならきっと大丈夫だ」
「でも……さっきこの人始末したって言ってたわよね?」
「うん。でもまだ分からない。上手く逃げてる可能性だってある」
実を言うと俺もかなり不安だ。だが、セファン達だって簡単にやられる様なタマでは無い。ちゃんと事実が確認できるまでは、彼らのことを信じている。
「私も正直とても不安です。ですが、オルトの言う通りちゃんと無事に逃げられていると私も信じています」
「……そ、そうよね。まだ分からないものね」
頭を左右にブンブンと振り、八雲は気持ちを切り替える。この光景をロベルトは腕を組んで眺めていた。
「……オルト、か」
「? どうしたロベルト?」
「いや、何でもねえ。それより早く脱出するぞ」
何か言いたそうだったが、止めて歩き出すロベルト。俺達も後に続いて進み出そうとする。そして琴音が副騎士団長を背負おうとした、その時。
──詰所内に大音量の警報が鳴り響いた。




