第114話 副騎士団長の猛攻
緑色の長い前髪の束を揺らせながら、鋭い目で副騎士団長がこちらを睨んでいた。今しがたスパイ疑惑が濃厚だと見込まれていたその人物の登場に、俺達は戦慄する。建物入口で立っている副騎士団長とこちらの距離はおよそ四十メートルほど。しかし、彼から発せられる殺気はその離隔を物ともせず肌に強烈に突き刺さった。隣でロベルトがゴクリと唾を飲む音が聞こえる。琴音もいつでも飛び出られる様に構えた。
「ティル副団長、どうしてここに……」
「ふん、それはこちらのセリフだ、ロベルト。何故お前はこんなところで指名手配犯と一緒にいるのだ? 牢屋から出したのはお前か?」
「そ、それは……」
「それにそこの二人は何者だ? 部外者を連れ込むなど……む?」
慌ててフードを被った八雲を見て、副騎士団長が眉根を寄せる。八雲は俺の後ろに隠れた。
「貴様ら……昼間の? 何故ここに……!?」
目を見開いて驚いた様子の副騎士団長。昼間の、というのは恐らく八雲と琴音に化けた葉月と白丸だ。
「確かに始末したと思ったのだが……ツメが甘かったか、ふん」
「「──!!」」
「え!? し、始末って……!?」
言葉を失う俺と琴音、そして動揺する八雲。
「……? ふん、まぁいい。ここで仕留めれば問題ない」
そう言って、副騎士団長はこちらへと一歩ずつ歩き出してきた。
「ロベルト、お前はユーリと古い付き合いだったな。だがいくら付き合いが長かったからと言って、情に絆されて大罪人を解放するなど国に忠誠を誓う騎士失格だぞ」
「い、いえティル副団長これは……」
冷や汗をかき、しどろもどろになるロベルト。俺はその隣で小さく囁く。
「俺の剣はあるか? 二本とも」
「……お、おう。扉の横に置いてある袋にお前の荷物は全部入ってる」
副騎士団長が出てきた扉の少し左、地面に茶色の麻袋が置いてあるのが見えた。あの中に長剣と宝剣その他が入っているらしい。あれを取るには副騎士団長を突破しなければならない。
「何で副団長がいるのかは分からないけど、見つかった以上はどうにか切り抜けるしかない。戦うぞ」
「お、おう。……これ使え」
ロベルトは先ほど使用した木刀を二本俺に渡す。心もとないが、丸腰よりはマシだろう。一本はその場に置いておく。
ロベルトは帯刀していた剣を抜いた。琴音も苦無を構える。
「ふん、私に剣を向けるということはお前も逆賊ということになるぞ? いいのかロベルト?」
「……オレは、こいつらと一緒に行きます」
「そうか、それは残念だ」
「あの……逆に聞きますが、裏切者はティル副団長の方じゃないんすか?」
「……どういう意味だ」
ロベルトが懸命に絞り出した言葉に、副騎士団長から出るオーラが凍てつく。
「ティル副団長、あんたコンクエスタンスっていう組織のスパイなんじゃないんすか?」
「……言っている意味が分からないな、ふん」
「っ何を惚けたことを! あんたが怪しい人物と密会してんのは皆知ってんだよ!!」
「──ふん」
ロベルトが声を荒げると同時に、副騎士団長が勢いよく踏み込んできた。風が巻き起こり、一気に距離を詰めた副騎士団長の剣先が俺の首を狙う。
「っ!!」
俺は後ろにいた八雲を抱えて横に転がり、突撃を避けた。それと同時にロベルトの剣の一閃が副騎士団長の背に放たれる。しかしそれは身を回して回避され、代わりに白刃が下からロベルトの顎へと跳ね上げられる。
「!!」
間一髪、琴音が投げた苦無が副騎士団長の剣に当たって軌道を逸らし、ロベルトを救う。ロベルトは飛び退いて副騎士団長と距離を取った。
「ふん、三対一で丁度いいハンデだな」
余裕の表情で剣を構える副騎士団長。上空から見れば、彼を中心に俺とロベルトと琴音が三角形を描く様に包囲している形となっている。副騎士団長は三方位からの攻撃に備えなければならないが、そんなことは全く問題としていないらしい。
「舐められたものですね」
「琴音、気をつけて。副団長の実力はかなりのものだよ」
「助かったぜねーちゃん。でもユーリの言う通り、副団長はヤベえぞ」
騎士団長、副騎士団長ともに剣の達人だ。当然だが四年前の俺には到底叶わない人達だった。成長した今でも剣で勝つ自信は無い。
俺達は睨み合う。八雲はすぐ離れて結界を張った。
「ふん、そこまで分かっていて歯向かうか。ユーリは生かして身柄を渡さなければいけないが、それ以外は斬首されても文句は言えんぞ? 今なら命だけは助けてやるが、投降する気にはならんか?」
「っ冗談じゃねえ!!」
「お気遣いありがとうございます!」
副騎士団長が言い終わると同時にロベルトと琴音が飛びかかった。剣と苦無が副騎士団長に迫る。
「それが答えが、ふん。残念だ」
次の瞬間、ロベルトの剣は剣で受け止められ、琴音の苦無は手首を掴まれることによって標的に届かなかった。ロベルトと琴音の動きが止まる。
「後悔するなよ」
次の瞬間、琴音の表情が歪む。掴まれた手首が骨を折られる勢いで強く握られたのだ。
「させるか!!」
俺は即座に副騎士団長の間合いに踏み込んだ。琴音を掴む手を狙って木刀を振る。すると副騎士団長は琴音を手放し、ロベルトを弾き飛ばしてこちらを向いた。木刀は空振りし、副騎士団長の鋭い刃が俺の胸元へと迫る。咄嗟に大きく屈んでそれを躱し、木刀を突き上げる。それは副騎士団長の頬を掠めた。
しかし間髪入れずに剣がこちらへ振り下ろされる。木刀でまともに受ければ簡単に真っ二つにされるだろう。それを防ぐため、木刀を引き戻し少し角度をつけて剣撃に当てる。木を削りつつ剣は弾かれ、副騎士団長に少しの隙ができた。迷わずそこへ一撃をいれようとするが──。
「甘い!!」
副騎士団長は飛び退いて回避する。そして不敵な笑みを浮かべた。
「……腕を上げたな、ユーリ」
「ありがとうございます」
副騎士団長の頬の擦り傷から僅かに血が滴る。
「なるほど、手加減は必要ない訳だな」
副騎士団長が剣を構える。それと同時に増した殺気に、ロベルトと琴音の表情が強張った。俺も木刀を副騎士団長へと向ける。ロベルトと琴音は目配せし、攻撃のタイミングをうかがった。
「ふん、まずは邪魔な虫達の始末からだな!」
素早く振り返った副騎士団長がロベルトに一撃を放つ。ロベルトはすぐさま剣で応戦し、鋼同士がぶつかった瞬間火花が散った。
「邪魔虫とは、ちょっと評価が低過ぎじゃないっすかね!?」
ロベルトが斬り込む。反撃の暇を与えずに斬り、突き、そして薙ぎ払うが剣は副騎士団長まで届かない。全ての攻撃は見切られて弾かれていた。
「私も同感です!」
ロベルトと副騎士団長の攻防に琴音が参戦する。投げた手裏剣が副騎士団長の背中へと迫った。ロベルトとの撃ち合いの最中のため、剣で弾くことは叶わないはず──そう思った。
「ふん!」
しかし突如副騎士団長の背中が凍り、張られた氷に手裏剣が弾かれた。高音を響かせながら手裏剣の歯が欠ける。
「氣術ですか!」
「琴音危ない!!」
背中に張られた氷、そこから細い氷の針が五本ほど生え、そして琴音に向けて発射された。琴音は大ジャンプして全てを躱す。
「クソぉこっちだって!!」
ロベルトが叫ぶと同時に、副騎士団長の足元から岩の拳が勢いよく伸びる。副騎士団長はロベルトの剣を強く押して退かせ、岩の拳を両断した。しかしロベルトの氣術はそれに留まらず、綺麗な断面を晒して朽ちていく拳の近くからさらに沢山の拳が飛び出す。無数に出た岩の拳は中央にいる副騎士団長を囲んで籠の様に視界を遮り、閉じ込めようとした。
「ふん、ぬるいな!!」
副騎士団長の剣に次々と斬られていく拳。斬られて力を失う岩の塊の隙間から、拳に剣先を向ける副騎士団長の姿が見えた。
「しぃっ!!」
俺がその隙間から副騎士団長の首を狙う。岩の塊の裏から突然現れた俺の姿に彼は目を見開いた。次の瞬間、衝撃が走る。
「がっ!」
岩に隠れて見えない箇所から、副騎士団長は細い氷の針を一本放っていた。それは俺の脇腹に突き刺さる。木刀はギリギリのところで避けられていた。
「「オルト!」」
「ちっ読まれてたか!? 大丈夫かユーリ!?」
「ぐ、大丈夫!」
すぐさま副騎士団長と距離を取る俺達。全ての拳を薙ぎ払った副騎士団長は服についた砂を払いながら一息吐く。
それにしても失態だ。氷が刺さった腹部からは血が流れている。命に別状は無いだろうが、戦うには支障が出る。後ろをチラと確認すると、八雲が心配そうにこちらを見ていた。
「全く、三対一だってのに……情けないヘマしちゃったな」
「いえ、今のはフォローに入れなかった私にも責任があります」
「おいおい何言ってんだ? オレが抑えこめられなかったのが原因だろ」
「ふん、美しい友情とやらか? とんだ茶番だな」
副騎士団長は鼻で笑った。それに琴音とロベルトが反応し、眉間に皺を寄せる。
「一生そうしてぬるま湯に浸かっていろ。まぁ、もう浸かる暇も無くなるがな」
「っ!! さっきからふざけたことばっか言いやがって!!」
激昂したロベルトが斬りかかった。副騎士団長は涼しい顔で受け止める。
「上官への口の利き方がなってないな」
「うるせえ、もう上官じゃねえよ!!」
怒るロベルトと副騎士団長の剣戟が再び始まる。互いに剣をいなし、カウンターを仕掛け、弾いてまた突き刺し、躱して剣撃を放つ。
「ふん、なるほど。見ないうちに少しは成長したらしいな。先ほどの邪魔虫という言葉は訂正しよう。三下であることに変わりはないがな」
「くそが!!」
「ロベルト、挑発に乗るな!」
頭に血を上らせていくロベルトに声をかけながら、俺も攻撃のタイミングをうかがう。琴音も同じだ。
「ふん、これ以上は時間の無駄だ。さっさと片付けさせてもらおう」
ロベルトと撃ち合いを続ける副騎士団長の目付きが鋭く変わった。
直後、目の前が真っ白になる。
「「「!!?」」」
突然の景色の変貌。否、それは強い光に急に晒されたことにより、眩しさで一瞬何も見えなくなったのだった。刹那の白い光に視界を奪われ、そして腕で目を覆いながら後ずさる。
次の瞬間、正面に巨大な熱気を感じた。
「っ!!」
目を開き、霞んで見えた目の前の景色。
すぐ目と鼻の先に、猛烈な炎が迫ってきていた。