第113話 月下、作戦会議
静かな鍛錬場に華麗に降り立つ影。それは二人の女性で、一人がもう一人を抱えて飛び降りていたのだった。無事に着地を終えて二人がこちらを見る。それぞれ、桃色の長い髪と黒色のポニーテールを夜風に靡かせていた。
「オルト、大丈夫!?」
「八雲、琴音!?」
目の前に現れた二人、それは八雲と琴音だった。琴音から降りた八雲がこちらへ駆けてくる。ロベルトが俺を支えていた腕を離して一歩下がり、八雲が俺の胸へと飛び込んできた。俺は体のフラつきを懸命に抑えて八雲を受け止める。
「もう、心配したんだから! 体は大丈夫なの?」
「ご、ごめん。うん、大丈夫だよ」
「……嘘つけ」
後ろでロベルトがボソッと呟いたがスルーしておく。正面に立っている琴音は安心した様に息を吐いていた。八雲は顔を上げてこちらを見る。双眸が微かに潤んでいた。
「っていうかどうしてここに? 何でロベルトが呼んだんだ?」
「ロベルトさんが助けてくれたのよ!」
「え?」
「オルトを助けるためにここに侵入した時、不甲斐ないですが私の力不足で捕まりそうになってしまいました。その時、ロベルトさんが匿ってくださったんです」
「そういうこと! 詰所の警備搔い潜って外に出るのも難しいから、ずっとあそこで隠れててもらったんだよ」
ロベルトは屋上を指差しながら言った。琴音もこちらに歩いてくる。
「やっぱり侵入者って八雲達だったんだな。ごめんな、心配かけて」
「本当よ! 捕まったって聞いてビックリしたんだから!」
「でも詰所に乗り込んでくるなんて無茶なことを……ってあれ? セファンはどうした?」
「セファンは私達が侵入する際に囮役として駆け回ってもらっていました。ここに捕まっていないことをみると、ちゃんと逃げてどこかで身を潜めていると思います」
「囮役!?」
「町に入るのに門の警備が厳しかったの。だからセファンと葉月と白丸で騎士達の目を引きつけてもらって、その間に私達がここに侵入したってわけ」
「またそんな危険な……んん? 白丸?」
聞き慣れない単語に俺が目を見開いて首を傾げると、八雲が不思議そうな表情をした。
「あ、そっか。オルトが知ってる訳ないわよね。白丸っていうのは、葉月と同じイミタシオンの成獣よ」
「え、イミタシオン? 何でそれが一緒にセファンと囮役してるんだ?」
「町を出てすぐに出会ったのよ。最初は凶暴だったんだけど、足環を外してあげたら仲間になってくれたわ」
つまり、罠か何かから救ってあげたらイミタシオンが味方になって、葉月とその成獣は八雲と琴音に変化して囮役をしてくれた、ということだろうか。
「えっと……大体状況は分かった」
「今の説明でよく分かったな? オレはさっぱりだぞ」
「ロベルト、八雲達を助けてくれてありがとう」
「はぁ全く、本当に世話の焼ける奴らだよ。詰所にわざわざ乗り込んでくる馬鹿がいるか。副騎士団長に見つかったらどうなってたか」
「ロベルトさん、ありがとうございました。……ですがそれより、早くここを脱出しないといけないのですよね?」
溜息を吐きながら頭を掻き毟るロベルトに琴音が尋ねる。俺は八雲を離した。
「おう。日が昇ればユーリの護送が始まるからな。逃げるなら今のうちだ」
「まぁ本当はロベルトが俺の無実を分かってたなら、そもそも捕まえないでいてくれると一番助かったんだけど」
「オレも一応下っ端連中のリーダーみたいなのやってるからな。あそこに駆り出された以上任務を遂行するしか無かったし、あの近くには副騎士団長もいた。あいつに捕まるくらいだったら、オレが捕まえちまおうと思ってな! あとまぁやっぱ恨み辛みは盛り盛りだったし、お前の姿見たら一泡吹かせてやらないと気が済まなくなった」
「……最後の理由が大半だろ」
「あの場で見逃してたらもう二度と会えなかったかもしれないしな! そしたらお前に一発入れれねえ!」
「……はぁ、まぁ俺が悪いんだから責められないけど」
「ハッ! 分かってるじゃねえか」
「で、逃走ルートはあるのか?」
「一応な。今日の宿直はオレともう一人で今は仮眠中。あとは詰所の入口に警備員が一人いるだけだ」
「つまり?」
「何とか正面突破でいけるんじゃね?」
「大胆だなオイ。まぁでも何とか上手くやるとして、ロベルトはどうするんだ? 俺達を逃がしなんてしたら責任取らされるだろうし……」
「オレも一緒にここから出る」
「は?」
腕を組み、鼻息を荒く吐くロベルト。八雲も琴音もキョトンとしている。
「お前、アリオストがユニトリクに乗っ取られてるって言ったろ? あとスパイがいるって。オレもよ、この国がおかしくなってるのには気づいてた。アリオストはリアが守り続けた国だ。オレはそれを取り戻したい」
「ロベルト……」
「それに、オレにはもう守るべき主君はいねえ。ここに留まり続ける意味はねえよ。あと、騎士の中で不穏な動きもあるのも気になるしな」
「不穏な動き?」
「……もしかしたらよ、副騎士団長がスパイかも知れねぇ」
「な!?」
「最近騎士達の中で噂になってるし、実際オレも見たことあるんだが……副騎士団長は怪しい部外者の男とちょくちょく密会してるんだよ」
「密会?」
「オレも遠目で一回しか見たことねえけど、白髪のデカイ男だったな。人目を避けて詰所の裏で話してた。内容までは聞こえなかったからスパイかどうかは分からないけど、でもかなり怪しいぞ」
「うーん、確かに副騎士団長がスパイだとしたら国の中枢に働きかける力もあるし、頑なに俺をユニトリクへ連れていきたがってたのも頷けるか」
「副騎士団長ってどんな人なの?」
「鬼強くて鬼真面目で鬼怖ぇ」
「なんか凄いわね……」
ロベルトの副騎士団長への評価に八雲が少し引く。まぁその評価に関してはあながち間違ってはいないのだが。
「ロベルト、アレク外務官って知ってるか?」
「ん? あーお前がいなくなった後に新しく来た外務官な。オレは会ったことないしよく知らねえけど、何か変人らしい」
「変人?」
「所謂コレクターってやつ? 収集癖が凄えとか聞いたことあるな。それ以上は知らん。何か気になるのか?」
「いや、副騎士団長がそのアレク外務官って人も俺のこと気にしてるって言ってたから」
「へぇ、モテ期だな」
「男にモテても全然嬉しくないよ」
そのアレク外務官とやらがもしかしたらスパイかもしれないと思っていたのだが、今の話を聞くと副騎士団長の方がその線は濃厚そうだ。ただここで考えを巡らせていても答えは出ないため、ひとまず詰所から脱出するため俺達は歩き出す。
「……ん?」
そうしてスパイの正体から脱出方法へと思考を移そうとした時、何かが引っかかった。副騎士団長との別れ際、彼の姿が脳裏に浮かぶ。
「どうしたのオルト?」
「大丈夫ですよ、人生には何回かモテ期があるみたいなので落ち込まないでください」
「誰が落ち込んでるんだ。それにこれモテ期じゃないし、そんなこと考えてたんじゃないよ」
「あっはっは! なかなか面白いなお前ら!」
ロベルトが豪快に笑う。今更だが、詰所にいる人間が殆どいないとは言え、こんな大声を出して見つかりはしないかと不安になる。
「えっとそうじゃなくて……八雲さっき、セファンと一緒にイミタシオンの成獣が囮役やってたって言ったよね?」
「えぇ、そうよ。まだ子供の葉月よりもずっと体も翼も大きいの!」
「なぁロベルト、八雲達が侵入する前って外で騒ぎとか起きてたか?」
「そりゃお前、その囮役って奴が門の周り走り回ってるのを騎士団が躍起になって追っかけてたぞ。嬢ちゃん達が見つかって詰所で騒ぎになってたのは外の騒動が収まった後だな」
「その囮役を捕まえるのに、副騎士団長も出たりしてたか?」
「あー、確か出てたと思う。オレは行ってないから顚末は知らないけど」
「……何か分かったのですか?」
「……昼間、八雲達がここに侵入したのがバレて騒ぎになってた時、副騎士団長が俺を見に来てたんだ。その時、彼の服に白い羽が付いてた」
「白い羽?」
「そんなのあったか?」
「……まさか」
首を傾げる八雲とロベルトの隣で、琴音が俺の言いたいことに気がついて目を見開く。
「イミタシオンの翼って白かったよね? 副騎士団長についてた羽は、葉月のものより大きかった」
「ま、まさか白丸の羽!? ってことはセファン達は……」
「副騎士団長がセファン達を捕まえに出てたのなら、対峙した可能性は高い」
「おいおい、でも副騎士団長は手ぶらですぐ帰ってきたぞ?」
「上手く逃げ切れたか、もしくは──殺されたか、ですか」
「そ、そんな!!」
「副騎士団長ならやりかねねえなぁ。罪人には容赦ねえから。別に生け捕りが必須って訳でもなかったし、捕物がどう終わったのかの報告内容はオレ知らないしな」
八雲が両頬を押さえながらみるみる青ざめる。
「……まだそうと決まった訳じゃないよ。だけど副騎士団長と会った可能性は高いと思う。あのサイズの白い羽は中々見かけないし。でもセファンだって毎日トレーニングしてるんだ。きっと無事に逃げ切れてるよ」
「……はい、私もそう信じてます」
「そ、そうよね! 私達が信じなきゃ!」
八雲の表情に活気が戻る。その様子を見てロベルトが腕を組んだ。
「……へっ。仲良くやってんだな、お前ら」
ロベルトはそう小さく呟く。俺にだけ、それは微かに聞こえた。
俺達は再び歩き出す。だいぶ目眩は解消されてきた。
「ってかロベルト。これいい加減外してよ」
俺は歩きながら左手首をロベルトに見せる。相変わらず白い腕輪がそこにははめられていた。
「……あ」
「あ?」
ロベルトの目が点になり、立ち止まる。それに合わせて皆も立ち止まった。
「……悪い、鍵忘れてきたわ」
「はぁ!? ちょっと待て、ここから一緒に出るつもりで俺を鍛錬場に連れてきたんだよな!? 全部準備してきたんじゃなかったのか!?」
「だから忘れたって言ったろ!」
「ちょ、二人とも静かにして!? 見つかっちゃうじゃない!」
「鍵はどこにあるんだ!?」
「仮眠室のオレの荷物の中だな。今はもう一人の宿直当番がそばで寝てる」
「あぁーマジか……」
「その腕輪は一体何なんです?」
「ユーリ対策のためにオレが必死こいて手に入れた、氣術封じの氣術器だ!」
ロベルトがサムズアップして八雲と琴音の方を見る。二人は俺が捕まった理由に納得したらしい。俺はガックリと全身の力が抜け、溜息を吐いた。
「えーっと、てことは一回その部屋に寄らなきゃいけないのか……」
「そのままで良くね? 氣術使わなくてもお前十分強いし」
「良くない!!」
「ふふ、仲良いのね」
俺とロベルトのやり取りを見ていた八雲が笑う。俺とロベルトは目を合わせ、そして何だか気まずくてお互い目を逸らした。
するとその時、鍛錬場と詰所を繋ぐ扉がゆっくりと開く。誰もいないはずのそこの扉が開くということは──マズイ、誰かに見つかっただろうか。俺達は一斉にそちらを見た。
「……ずいぶんと楽しそうだな?」
そこには、険しい顔をした副騎士団長が立っていた。




