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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第8章 第二の故郷にて
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第112話 月下の撃ち合い

 夜の静寂な鍛錬場に響き渡る叫び声。人気ひとけのない詰所の壁にその音が反響する。月明かりに照らされたその空間、俺の真正面でロベルトは木刀の切っ先をこちらへと向けた。


「……は?」


 彼の真意が分からず、俺の口から間抜けな声が出る。ロベルトは今、勝負しろと言ったのか。どういうことだ。


「っだから!! 俺と勝負しろって言ってんだよ!!」


「え、いや何で?」


「いいから!!」


 何故か怒るロベルトは質問に答える気は無いらしい。何か考えがあってここに俺を連れ出したのだとは思うが……ひとまず従うとしよう。


「……分かった」


 俺は木刀を構える。正直まだ全身が痛いし多少の目眩も残っているが、戦えないほどでは無い。こんな堂々と詰所の中で対決をすれば、誰かに見つかるかもしれないのだが──その辺りはロベルトが配慮してくれていると信じよう。


「やる気になったか……ケガ人だからって容赦しねえ! 行くぞ!!」


 叫ぶと同時にロベルトがこちらへと走り、木刀を振りかぶる。


「うおらぁ!」


 ロベルトが大振りした木刀を俺は簡単に避けた。そして彼にできた大きな隙を突こうと木刀を振るが、


「っ!」


「ハッ! 流石に何度もやらせてはくれねえか!」


 ここに収容される前のロベルトの動きを思い出し、俺は咄嗟に攻撃を止めて飛び退いた。それと同時に、ロベルトから繰り出された剣撃が空振りする。もし攻撃を続けていたら返り討ちに遭っていただろう。やはり、俺の動きを全て読まれている。


「一体どういうカラクリだよ? 思考回路が筒抜けになる氣術なんてロベルト使えたのか?」


「馬鹿か、オレにそんな術の才能ないことくらい知ってんだろ」


 ロベルトは再び木刀を構え、俺の次の動きを窺っている。

 ロベルトは氣術を使えるが、決して得意という訳ではない。四年前は従騎士の中では平均か、少し上くらいの力量だったはずだ。それに彼に特殊な術が使えないことは俺も知っている。となると、俺の動きが全て見切られてしまうほど強いのか、それとも……


「……お前が消えてから四年間、オレはずっとこの日を待ってた!!」


 ロベルトが突撃してきた。突きを弾き、俺はロベルトの手の甲を狙うがそれは木刀で阻まれる。木刀同士がぶつかり乾いた音が鍛錬場内に響いた。互いに弾き合った木刀を再度振り、打ち合いが続く。突き、払い、振り、躱して弾き、そしてまた振る。お互いに一歩も引かない。


「オレはずっと、お前を倒すことを考えて腕を磨いてきた! お前のどんな攻撃パターンにも対応出来る様に、ずっと練習してきた!!」


「……!」


 つまり俺の動きが全て読まれているのは、俺の動き方や癖を全てインプットして対策しているからという訳か。確かにロベルトとは五年間ずっと共に騎士を目指して鍛錬していた。俺の攻撃パターンはほぼ全て知っているだろう。……しかし、だからと言って全ての動きのパターンを把握して攻略するなど簡単にできることではない。この四年間で相当の練習をしていたのだろう。


「……だったら」


 基本的な動作が全て読まれているのなら、変則で攻撃すれば良い。俺は少し身を屈めて木刀で攻撃を受け止めた後、木刀同士を上手く滑らせてロベルトの懐へと入る。そして彼の腹部を狙って木刀を振った。


「させるかよっ!」


 間一髪、ロベルトは木刀でガードしながら飛び退く。彼は少し驚いた様に目を見開き、そして口を歪めた。


「ちっ。そう簡単にはやられてくれねぇか」


「そりゃ俺だって痛いのは嫌だよ。それに、あの日から一歩も進歩してない訳じゃない」


「まぁそうだろうよ。だけどな、オレは……そのお前すら越えられる様に、ずっとずっと努力してきた!!」


 ロベルトが切りかかってくる。振り下ろされる軌道を見切って避け、カウンターをロベルトの腹へと打ち込もうとするが、それは彼が飛びずさって空振りとなる。後退したロベルトに追い打ちをかける様に距離を詰め、手元の木刀の切っ先は円弧を描いて彼の左肩を狙う。ロベルトは体勢を崩しながらそれを躱し、すかさず蹴りを入れてきた。俺は腕でガードし、さらに木刀を振る。しかしこれも見切られて当たらない。


「ロベルト、君は……」


 木刀を打ち合っていて分かる。ロベルトはこの四年間、きっと血の滲むような努力を続けてきた。


「オレはな……あの日、あの後お前のことを必死に調べた! 何でリアが死ななきゃいけなかったのか、何でお前が消えちまったのか、お前が一体何者だったのか調べたんだよ!」


 ロベルトは打ち合いを続けながら話す。


「そもそも急にリアの親戚だなんて言って屋敷に住み始めた時点でおかしいとは思ったんだ!」


「……」


「お前の正体がエルトゥールだと知った時はもう訳わかんなくなったよ。リアが重罪人を匿ってたってことだからな」


 俺の剣撃をロベルトは薙ぎ払い、そして返り討つ。俺はそれを避けて飛び退いた。再び俺とロベルトは距離を取って睨み合う。ロベルトは語気を弱めて喋り出した。


「あのクーデターで一体何があったのかも、オレはずっと分からないままだった。何でリアにお前の剣が刺さってたのかも知らないままだった」


「……ごめん」


「誰に聞いても、何を調べてもあの日の真相は全く分からない! 何でリアが死ななきゃいけなかったのか、何でお前が消えちまったのか、全然分からないままオレだけ取り残された!!」


「ロベルト、すまない。俺があの時……」


「だから!! アリーチェまで居なくなっちまってオレはずっと……一人で……!」


 木刀を握るロベルトの手に力が入る。彼の声は少し震えていた。


「……だからよ、オレは何も言わずに消えたお前をぶちのめすって決めて今日まで過ごしてきたんだよ」


 ロベルトの鋭い眼光が俺を射抜く。彼が木刀でこちらを指して布告したその時、月が陰った。


「はあぁ!!」


 月が雲に飲まれ、薄暗さが増したと同時に飛び込んできたロベルト。俺は木刀の一振りを躱し、すかさず反撃を試みる。しかし動きを読まれて避けられ、代わりに腹に蹴りをお見舞いされた。


「ぐっ!!」


 俺はすぐ飛び退いて体勢を整える。しかし、今の衝撃で目眩と吐き気が戻ってきた。


「う、はぁ、はぁ……」


 俺は忌々しい腕輪をチラリと一瞬だけ見る。目が少し霞んだ。

 俺の様子を見たロベルトはさらに眉間に皺を寄せ、攻撃にくる。


「ずいぶんと苦しそうだなぁ!?」


「──お陰様でね!」


 ロベルトの木刀を受け止め、そして弾く。こちらも蹴りを繰り出すが、それは体を捻って躱された。その体勢から振られる木刀が俺の首を狙う。頭を瞬時に下げて避けた。


「らぁ!!」


「!!」


 その瞬間、ロベルトの拳が右頬に直撃した。そのまま俺の体が吹っ飛ぶ。視界が一瞬白くなったあとグルグルと回転し、目の前には地面が現れた。俺の体は受け身も取らずに土に打ち付けられ、そして仰向けに横たわる。


「……はぁ、はぁ。オレの勝ちだ!!」


 息を荒げたロベルトが叫んだ。月が再び顔を出す。


「……うん、俺の負けだ」


 真上に出た月を眺めながら、俺は呟く。腕輪のダメージや先ほど食らった蹴りで全身痛いところばかりだ。それに目眩もする。だが、そんなものよりも今の拳の一撃が一番痛かった。威力の話ではない。もちろん頬は痛いのだが……ロベルトの悲しみの篭った一撃に心が抉られたのだ。

 ロベルトは静かにこちらへと歩いてくる。


「……ちっ。散々予習して、腕輪の力まで借りてようやく勝てるのかよ。さらに強くなりやがって、この脳筋が」


「……だから脳筋じゃないってば」


 ロベルトは木刀を捨て、俺のすぐ隣に立った。そしてこちらを指差す。


「──今の一発は、何も言わずに逃げた罰だ、馬鹿野郎!!」


「……ごめん」


「オレがあれからどんだけ大変だったか知ってるか!? 死んじまったリアを革命派に見つからない様に埋葬して、死体は焼失したことにして、お前の身辺整理も全部したんだぞ!!」


「……!」


「最初からお前がリアを殺したんじゃないことくらい何となく分かってた!! お前の正体を知っても、そんなことする奴じゃないって知ってた!!」


 ロベルトの声がどんどん大きく、荒々しくなる。指した指は震えていた。


「でもどうしようも無かった! リアの無実もお前の無実も証明できずに、ただ革命派の動きに流されながら騎士になって働き続けることしかできなかった!」


「ロベルト……」


「もう、守るべき人間がいないのにな」


 急にロベルトがうなだれる。俺は上体を起こした。


「だからオレは、お前が生きてることを信じて、戻ってくるのを信じて待ってたんだ。それで、何にも言わずに消えやがったお前が帰ってきたらぶちのめしてやろうってな」


 するとロベルトは顔を上げて片手を腰に当て、もう片方の手で再び俺を指差す。


「ざまあみろ!! 痛かっただろバーカ!!! オレの四年分の恨みだ!!」


 高らかに叫んだロベルトの声が建物の壁に反射して鍛錬場内で木霊する。彼は、口の端をめいいっぱい吊り上げて笑った。


「うん、凄く痛かった……ロベルト、ごめんな」


「ハッ! まだ全然殴り足りねえが……まぁ勘弁してやるから有り難く思え!!」


「ありがとう」


 少しの沈黙が流れる。ロベルトは手を下ろし、額に手を当てた。


「ホントによお……ちゃんとお前自身のことも話してくれればもっと何かできたかもしれなかったのによぉ」


「黙っててごめん」


「リアが死んで、お前が正体隠してたことも知って、オレがどんな惨めな思いしたか分かってんのか?」


「本当にごめん、ロベルト」


「…………オレはお前のこと、親友だと思ってたんだけどな」


「……!」


「まぁでも……本当のこと、お前の口からちゃんと聞けて良かった」


 ロベルトは寂しそうな声で呟いて、後ろを向いた。そして去ろうと足を踏み出す。


「ロベルト!」


 俺は立ち上がり、彼の背中に向かって叫んだ。ロベルトは振り向かないままだ。


「俺も、君のこと──親友だって思ってる! 今もだ!!」


 ロベルトの肩がビクッと動いた。


「だから、あの日何も言えなかったこと、正体を隠してたこと、本当に後悔してる!! 本当に申し訳なく思ってる!! 本当にごめん!!」


「……」


「ロベルト、俺は……」


「もういいよ」


 ロベルトは囁くと同時に振り向いた。その顔は──切なげな笑顔だった。立ち止まったロベルトは、大きく息を吐く。


「うし、この話もう終わり!」


「へ?」


「お前のこと思いっきり殴ってぶちのめしたし、言いたいこと全部言ったし、聞きたい話も聞いた!! だからこれでチャラだ!」


「!」


「だからもうそんな辛気臭い顔すんな、ユーリ!」


 屈託のない笑顔を見せるロベルトに、俺は体の力が抜けた。緊張が一気に解かれたせいか、強く目眩が押し寄せてフラつく。


「お、おい!? 大丈夫か!?」


「ご、ごめん。ありがと」


 慌てて駆け寄ってきたロベルトに支えられて、倒れこむのは免れた。


「はは、ロベルトは優しいな」


「はぁ?」


「いや、絶縁されてもおかしくないと思ってた。何も話さなかったしリアも守れなかったし」


「あの時はめちゃくちゃ恨んだぞ。呪いのかけ方とか調べたからな」


「マジ?」


「まぁでも六年間一緒に過ごしてきたんだぜ? 何か理由があったんだろうなって考えることにしたんだよ」


「後処理までさせて本当に悪かった」


「あれはマジで心がぶっ壊れるかと思った」


 ロベルトと俺は建物の方へと歩き出す。途中、ロベルトは俺を支えながら落ちていた木刀二本を拾い上げた。そして溜息をつく。


「……まぁ、それはいいとしてこれからだな」


「これから?」


「あのよ、お前あと数時間もすればもうユニトリクに連行されるんだぞ? そうなったらお前の言う、コンクエスタンスとやらの思う壺になるんじゃねえのか?」


「そうだね」


「随分と余裕だな」


「いや、そんなこと無いからさっき腕輪外そうとして氣術使ったんだけどね」


「はぁ……本当に世話の焼ける奴だ」


「うん?」


 ロベルトは頭をくしゃくしゃと掻き毟る。そして夜空を見上げた。


「言っとくけど、ここにわざわざ連れ出したのはお前を殴るためだけじゃないからな」


「え?」


「おい! 良いぞ、出てこい!」


 ロベルトの言葉の意味が理解できずにいるうちに、彼は上を向いて誰かを読んだ。すると、詰所屋上から夜空に向かって影が飛び出す。月明かりに照らされたその影が何者であるのかは、逆光のためよく分からない。影がどんどん落下して近づいてきた。


「……な!?」


 地面に叩きつけられる直前、巻き起こした風で落下速度を緩めてその影達は着地する。淡い月の光で、ようやくその正体が見えた──。







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