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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第8章 第二の故郷にて
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第111話 閉ざされた突破口

 騎士団長とロベルトが出て行き、しんとなる地下牢。過去を打ち明けることができた解放感を感じる一方、騎士団長が協力してくれるとは言えまだ危うい自分の立場に危機感を覚えた。

 ……そして、何故か妙な違和感が自分の中に残っている。それが腕輪の影響によるものなのか、はたまた別の要因なのかは分からない。

 すると、また地下牢の扉が開く音がした。静かに扉が閉まり、コツコツと足音が近づいてくる。俺は息を殺し警戒しながら廊下を注視し続けると、格子越しに音の主が視界に入った。


「……副騎士団長」


「……ふん」


 目の前に現れたのは、副騎士団長ティル・ゲーベルだった。長身だが、騎士団長とは違って細身だ。しかしその肉体は強く鍛えられており、前を開いた騎士服の隙間からたくましい腹筋が見える。髪は深緑色で、右前髪を長く垂らしていた。副騎士団長は切れ長の目で俺を見据えている。


「……見張りがいないから何事かと思えば、まさか騎士団長と内緒の話とはな、ふん。悪いが、扉が少し空いていたから盗み聞きさせてもらったぞ、ユーリ」


「……お久しぶりです」


 副騎士団長ともそこまで親密に話したことがある訳では無い。だが、副騎士団長は超が付くほどの大真面目且つフットワークの軽い人だ。遠征や都市の見回り、詰所訪問などかなり積極的に取り組んでいるため、騎士団長よりは会う機会が多かった。俺が当時見聞きした情報だと性格は冷静沈着で、少々真面目過ぎて規則に厳し過ぎる傾向がある。騎士達の間では『仕事の鬼』だなんて呼ばれていたらしい。


「ふん、大罪人と交わす挨拶などないわ。騎士団長はお前に協力的な様だが、私はそうはいかんぞ」


 俺を鋭い目で睨みつける副騎士団長。俺は唾をゴクリと飲む。副騎士団長は先ほどの話を聞いた上で、俺の事を信用ならないと考えているということだろうか。


「ユーリ。いや、ユウフォルトス・E・エルトゥール。お前の身柄は明日ユニトリクへ護送する。騎士団長の一存だけではどうにもならん話だ、期待するな」


「……はい」


「アレク外務官も指名手配犯であるお前の引き渡しにご執心みたいだからな、ふん。お前も元はアリオストに忠誠を誓った身なら、ユニトリクとの関係を悪化させないためにも妙な気は起こすんじゃないぞ」


「……」


 アレク外務官という人物については初耳だ。俺がいた時の外務官は別の人間だったはず。クーデター後に国の中枢部に参入した……もしかしてその人がスパイだろうか。

 考え込む俺を見て、副騎士団長は訝しげに顔を歪めた。するとその時、大きな音を立てて扉が開かれる音がする。


「ティル副団長!! 緊急事態です! すぐ来て頂けますか!?」


「何事だ?」


「詰所に何者かが侵入しました! 所内にいる者で対応していますが、これがなかなかの手練れみたいでして……」


「「!」」


「二人組なんですが、一人が軽業師みたいな動きをする上に妙な武器を使っていて、苦戦を強いられています!」


「分かった。すぐに行く」


 副騎士団長はひとつ溜息をついた後、こちらを見る。その時ふと、副騎士団長の腰後ろのあたりに白い羽が引っかかっているのが目についた。何の羽だろうか。


「……もしかしたらお前の仲間が助けに来たのかもな、ふん」


 そう言い残して副騎士団長は地下牢を去っていく。呼びに来た騎士と共に牢屋を出て扉を閉める音が響いた。


「……まさか八雲達が?」


 俺が捕まったことを知って乗り込んできたのだろうか。軽業師というと琴音が該当しそうだが、だとしたら何故二人組なのだろう。別行動を取っているのか?

 ともかく、もし侵入者が八雲達だとしたら大問題だ。ここには騎士団長も副騎士団長もいる。八雲達だけで団長達に相対してしまったら敵わないだろう。事情を知っている騎士団長でも八雲達の顔はよく知らないだろうし、これだけの騒ぎになっていればひとまず捕まえざるを得ない。副騎士団長の言っていた通り、騎士団長が便宜を図っても俺達を開放するのはかなり難しいだろう。そうなれば俺と一緒にユニトリクに引き渡されるか処刑される可能性がある。団長達に会う前に逃がさなければ。


「くそ、この腕輪さえ外せれば……」


 左手首についている白い腕輪。よく見ると、裏側に鍵穴のようなものがついている。恐らくこれを外すための鍵はロベルトが持っているだろう。

 しかし現状、彼がこの腕輪を外してくれるとは思えない。牢屋の中を見回しても、腕輪を外す道具になりそうなものは無かった。


「力ずくでいくか……?」


 一気に大量の氣力を練りこめば、もしかしたら力に耐えられずに壊れるかもしれない。その分、壊れるまでに自分が受けるダメージもかなりのものになるだろうが。

 試しに、少しだけ炎の氣力を練ってみる。


「──うっ!!」


 途端に走る激痛。威力が弱い分、先ほど感じた苦痛よりはだいぶ和らいでいるが、それでも痛いし、全身に悪寒が走り冷や汗が垂れる。俺は腕で額の汗を拭った。


「……よし、いくぞ」


 ここで苦痛を怖がっていても何も解決しない。それどころか、八雲達が捕まれば状況はますます悪くなるだろう。ここは思い切って、腕輪を吹き飛ばせるくらいの氣術を使ってやる。

 そう決心して一度深呼吸をし、胸を落ち着かせてから俺は左腕を正面に伸ばす──そして、一気に氣力を練りこんだ。


「────ああああああ!!!」


 全身を駆け巡る激痛、悪寒、痺れ。血管の中に異物を無理やり流し込まれている様な感覚。目の前がチカチカと光り、俺の声は地下牢中に反射して響き、苦痛に全身が軋む。それでも氣術を発動させ続けると、方向感覚もバランス感覚も分からなくなって体勢が崩れた。頭がクラクラとし次第に目の前が暗転してきたその時、かすかに腕輪が軋む様な音が鳴る。しかし限界に達した体は俺の意思とは別に氣力を練るのを止め、その場に勢いよく倒れた。俺はそのまま後を引く痛み、吐き気、痺れに蝕まれながら────。







 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎






 固く冷たい地面、規則的に滴る水滴の音。全身に感じる鈍痛と寒気。頭がガンガン鳴っており痛い。しかし額の上に乗った冷たく柔らかい何かが、その痛みを少しだけ和らげていた。


「……う」


 両目を開ける。すると、目の前には薄暗い地下牢の天井が映し出された。目眩のせいで世界がグルグルと回転している。まだ痺れの残る左手を額の方へと伸ばし、痛みを和らげていたものに触れる。おでこに乗っていたもの、それは濡らしたタオルだった。


「よぉ、お目覚めか?」


 棘のある低い声が聞こえた。……デジャブだ。


「……ロベルト」


 牢屋の格子の外でロベルトが腕を組んで立っている。俺は痛みがある体をゆっくりと起こして彼の方を見た。体のあちこちが軋む。


「全くお前は何してんだ、馬鹿。何やってぶっ倒れてたのかは予想つくけどよぉ……下手したら死んでたぞ」


「はは、そうかもね。……これ、用意してくれたのはロベルトか?」


 左手に握ったタオルを示して尋ねる──それと同時に、左手首にまだ腕輪が付いているのが判明して落胆した。気絶する直前に腕輪が軋むのを確かに感じたが、壊れるまではいかなかった様だ。


「……知らねえよ、脳筋」


「誰が脳筋だ。……ありがとう」


 ロベルトの照れ隠しが見れたのと、いつものやり取りが成立して俺は嬉しくなる。しかし表情は未だ固いままだ。

 そして俺ははっと思い出した。八雲達と思われる侵入者が来ていたこと、それを助けるために脱出しようとして気絶してしまったことを。


「ロベルト、侵入者はどうなった!?」


「おいおい、そんなことより自分の心配したらどうなんだよ? もう連行されるまでそんなに時間ねえぞ?」


「え?」


「……不届き者が来たのは昼だ。お前がぐーすか間抜けに寝てる間にとっくに日が暮れてもうすぐ日付が変わる」


「な!?」


 何ということだ。あれからそんなに時間が経ってしまっていたとは。予想以上に体へのダメージが大きかったということか。その上まだ腕輪はついたまま。最悪だ。


「朝になったらユニトリクに連行することが決まった。騎士団長が責任者としてついてく」


「……それで、侵入者はどうなったんだ。捕まえられたのか?」


「……」


 眉間に皺を寄せながらこちらを睨んで黙るロベルト。俺は彼の回答を待つ。


「……逃げられたよ」


「!」


 ロベルトは舌打ちをしながら嫌そうに言った。その言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろす。最悪の状況は免れたらしい。


「ずいぶん安心してるみてえだが、状況は何も良くなってねえぞ? お前はあと数時間もすればユニトリクに引き渡されるんだからな。あっちに行ったら即行で処刑だろ」


「……そうかもね」


 八雲達まで捕まって、全員処刑なんて事態は避けられた。しかし俺はまだ囚われの身だし、腕輪がついている以上は簡単に逃げ出すこともできない。このまま朝を迎えれば、完全防備、厳戒態勢のもと俺の護送が行われ、ユニトリクでコンクエスタンスの手に落ちる。騎士団長も引き渡しを止めることはできなかった様だし、彼でも引き渡し後の俺の身柄をどうこうする手立ては無いだろう。ユニトリクで足掻いてみる手もあるが、不確定要素が多すぎる上にコンクエスタンスの力が大きい場所だ。逃げ出すのは困難を極めるはず。所謂、詰んだ状況だ。これまでにない最悪な事態に気が滅入る。

 いっそのこともう全てを諦めて、奴らの手に落ちてみるのも手だが──


「……いや、それはダメだ」


 リアトリスとの約束。必ず生き延びて、国と一族の未来を取り戻す。そのために、俺はここで死ぬわけにはいかない。八雲達だって、俺が諦めるのを許さないだろう。


「……来い」


「?」


 俺の様子を見て、ロベルトがぶっきらぼうに言った。彼はポケットからいくつもの鍵がまとめられた小さなキーリングを取り出し、そしてその中の鍵の一つを牢屋の鍵穴へと入れる。ロベルトが鍵を捻ると、カチャ、と子気味良い音がして牢屋が開錠された。牢屋内に入ってきたロベルトは俺の両手両足についている鉄枷も外していく。


「ロベルト、一体……?」


「いいから、ついて来い」


 全ての枷を外して牢屋の外へ出るロベルト。俺も言われるがままについていく。全身にまだ痛みは残っているが、長い時間寝ていたせいか幸いにも頭痛や吐き気、悪寒などの不調はかなり軽減されていた。

 ロベルトは一体何を考えているのだろうか。朝会った時よりはだいぶ俺に向ける敵意が緩んでいる気がするが、それでもまだ彼が俺を逃がそうとするとは思えない。それに、仮にそうだとしたらロベルトも巻き込んでしまうことになる。ロベルトとは最悪な形で別れて最悪な再会になって、信頼も失ってしまっているが、それでも俺にとっては六年間を共に過ごした大切な親友だ。


「ロベルト、勝手にこんなことしていいのか? 俺は重罪人として捕まってるんだ。許可取らずに連れ出したなんてバレたらロベルトが……」


「はぁ……何でお前はそうなんだよ」


「え?」


 ロベルトは歩きながら心底嫌そうな顔で振り向く。


「何で、人の心配なんかしてんだ? 今状況的に一番ヤバいのはお前だろ。今がチャンスって逃げ出すだろうが普通は」


「それはできないよ」


「何でだよ」


「今俺が逃げたらロベルトが罰せられる。俺は友達を犠牲にして自分を守るほど落ちぶれちゃいないつもりだよ」


「! ……お前、本当に馬鹿だな」


「ありがとう」


「褒めてねえ」


 舌打ちをして目を逸らし、前を向いたロベルトは詰所内をどんどん早足で進んでいく。夜中ということもあって、所内には誰もいない。宿直はロベルトなのだろうか。

 廊下を進んで角を何度か曲がり、ある扉の前でロベルトの足が止まった。


「ここは……」


「鍛錬場だ」


 ロベルトは扉を開け、入る──いや、出る。扉の先は詰所の中庭の様な場所で、そこは騎士達が剣の稽古をする鍛錬場となっていた。砂が敷かれた大きな鍛錬場には鍛錬用の機械などは特に何も無く、ただ広い空間とそれを囲む建物の壁が静かでミステリアスな雰囲気を醸し出している。そして空を見上げると綺麗な月がこの場を照らしていた。

 ロベルトは扉近くに立てかけられていた木刀を二本、持って鍛錬場の中央まで歩く。俺も無言で彼についていき、そしてロベルトが足を止めたと同時に俺も止まった。ロベルトとの距離は十メートルほどある。


「ユーリ、受け取れ」


 こちらに振り返ったロベルトが木刀を一本こちらへ投げた。それを俺はキャッチする。


「ロベルト、これは……」


 何をするのか──そう問おうとした時、ロベルトは叫んだ。






「来い、ユーリ!! 勝負しろ!!!」






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