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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第8章 第二の故郷にて
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第110話 囚われのオルト

 紫色の艶のある髪、華奢な体、優しい瞳。美しい容姿がこちらに微笑んでいる。彼女は手を差し伸べ、寝ている俺の手を引いて起こした。俺は頭を掻きながら微笑み返すと、彼女はくるりと背を向けて走り出す。


「──待ってくれ」


 遠ざかる彼女を追いかけて俺も走り出した。周りを見ると、そこは見渡す限り緑が広がる草原だ。遠くまで伸びる緑が地平線で青に変わり、そこからは雲一つない大空が澄み渡る。草原のところどころには小さな白い花が咲いており、春の清々しい風景の一枚がそこにはあった。

 細身の体は楽しげに声を弾ませながら駆けていく。俺もその声を聞いて心が躍るが、しかしなぜか追いつけない。足の速さに関しては、俺の方が圧倒的に勝るはずなのに。俺はギアを上げ、大人げないと思いながらも本気を出して走る。すると縮まらなかった距離がどんどん埋まり、彼女の背中があと一歩で手の届く範囲まできた。俺は彼女の肩に手をかけようとする──その時。


「!!」


 突然、静かだった草原に火の手があがり、一瞬で俺達は囲まれた。澄み切った青空は日が落ちたように暗く──否、夜どころか黒い絵の具で塗りつぶされたようにどす黒くなり、周囲の赤黒く燃える炎以外に光源は無い。俺と彼女はその場で足を止めた。炎は周囲で燃えながら勢いを増していくが、不思議と俺達の方へは延焼してこない。突如起こった異変に訳も分からず、俺は背を向けたままの彼女の肩を掴みこちらを向かせた。


「……なっ!?」


 先ほどまで元気に笑顔で走っていた彼女。その胸に、騎士剣が突き刺さっていた。目は虚ろで口から血が滴り、刺された箇所からは大量の血が流れ出ている。直後、急に脱力し崩れ落ちる彼女の体を俺は咄嗟に抱きかかえた。腕の中の彼女がかなり切迫した状態であるのを目の当たりにして、俺の全身から血の気が引く。手で傷口を押さえるが、血は止まらない。いけない、これでは──





「──リア!!!」






 ……叫び声が、硬い石壁へと吸い込まれる。冷たい地面に薄暗い部屋、静寂の中に水が規則的に滴る音。急に景色が変わった。


「よぉ、お目覚めか?」


 燃える草原と漆黒の闇、そして抱きかかえていたはずの少女の姿は無くなり、目の前は粗末な牢獄へと早変わりしている。そこで俺は上半身を起こしたまま息を切らして固まっていた。耳に届いたのは少々棘のある低い声だ。


「……ロベルト?」


「ずいぶんとうなされてたなぁ? 昔の罪でも思い出してたか?」


 冷や汗をかき、早鳴りしている鼓動を落ち着かせながら俺は声の方へと顔を向ける。鉄格子の向こうに立っていたのは黒髪三白眼のロベルトだ。彼を見て、気を失う前の出来事を思い出す。


「俺は……捕まったのか」


「このオレに、面白いくらいあっさりな」


 腕を組み、冷ややかに言うロベルト。そこで八雲の顔が脳裏をよぎる。


「っ! 他の皆は!? 捕まったのか!?」


 風太丸に乗せて高く打ちあげたはずだ。その後も気流に乗って飛んでくれていたなら無事に逃げきれていると思うが。


「ずいぶんと大事にしてる仲間なんだな? オレとリアはあっさり捨てたくせに」


「それは違っ……」


「ふん、残念だが奴らは取り逃がした。お前の術のせいでな。まぁでも今も捜索は続けてるから、そのうちここで再開できるんじゃねえか?」


 ロベルトは舌打ちしながら目を逸らす。


「……ここは中央詰所の地下牢か」


「さすが元アリオスト騎士。よく分かってんな」


「数時間しか正式な騎士はやってないけどね」


「けっ」


 叙任式のすぐ後にクーデターが起きて俺はアリオストを離れてしまったため、騎士としてここにいたのはほんの少しの間だけだ。しかし、従騎士の時からアリーチェに連れられて各所の詰所を回ったりしていたため、この牢獄にも見覚えがあった。

 ともあれ、八雲達が捕まっていないと聞いて一安心する。


「……!?」


 緊張が解けたのか、急に目眩がした。俺は左手を額に当てようとして、妙な鎖の音と腕に違和感を感じる。フラつきを抑えて左腕を見ると、先ほど戦闘中に付けられた白い腕輪と、そして鎖が繋がる鉄枷がはめられていた。よく見るとそれは両手両足に付いており、四つの鎖を辿って見ればそれは牢屋奥の丈夫そうな金具に留められている。振り返ってロベルトの方を見て気づいたが、牢屋の格子も通常のものよりかなり厚く太いものだった。


「なかなか厳重な拘束だな」


「なんてったってユニトリクで至高の戦力を誇るエルトゥール一族の身柄だ。そりゃ一般人閉じ込めるよりは断然しっかり閉じ込めるだろ」


 確かにこの牢屋は特別仕様だし、牢屋で暴れ出す狂乱者以外には付けられないはずの枷もはめられている。だが、エルトゥールを拘束するにはそれだけでは足りない。この程度なら簡単に抜け出せてしまうはずなのに、ロベルトが余裕でいる理由──それは、


「ロベルト。この腕輪は一体……」


 無理矢理付けられた白い腕輪。さっき氣術を使おうとした時、これが原因で身体中の氣力が逆流して激痛や不調を引き起こした。ロベルトは対氣術使い用の スグレモノ、と言っていたが。


「さっきも言ったろ。氣術使おうとすると、氣力が暴走すんだよ。使おうとする氣力が多いほど、あと体ん中の氣力の巡りが良いほどダメージが強くなるらしい。お前には相性最悪だったみたいだな。予想以上の効果を発揮してくれた」


「あぁ、みたいだね」


 正直、今もまだ若干目眩と頭痛が残っている。これが付けられている限り、俺は氣術を使えないし、つまりは牢獄からの脱出は図れない。それがロベルトが余裕綽々でいる理由だ。


「それにしても、お前が腕輪で受けたダメージ相当みたいだな? よっぽどの威力の術使おうとしてたのか? オレを殺すつもりだったのかよ、殺人鬼」


「いや、そんなつもりは……あ」


「あ?」


 あの瞬間、使おうとした術はロベルトを軽く吹き飛ばす程度のものだった。俺がこの腕輪と相性が悪いのを差し引いても、その時走った激痛はそれに見合う重さでは無い。

 しかしあれ程のダメージを受けた理由──それは、もう一つの術を発動中だったからだ。


「まさか、墜落してたりしないよな……?」


 八雲達を空へと飛ばした気流。その気流に乗ったまま町から離れられる様に、術を発動し続けていた。だから腕輪のダメージもその分上乗せされて大きかったのだ。だがあのダメージを食らった瞬間術は途切れてしまったはず。急に風が消えて八雲達は無事に降りれただろうか。


「いや、琴音がいるし……大丈夫だよな」


 琴音なら何とかしてくれそうだし、八雲やセファンだって毎日氣術の練習はしている。きっと無事だろう。


「……さっきから一人でブツブツ何言ってんのか分かんねえけど、ずいぶんとお仲間を信用してるみたいだなぁ、オイ?」


 ロベルトが眉間に皺を寄せながら言う。彼の目は憎悪に満ちていた。その鋭い視線に俺は心が抉られる。


「でもまたどうせ裏切るんだろ? オレ達みたいに。あいつら可愛そうだな」


「ロベルト、だから俺はそんな……」


「──目が覚めたか」


 取りつく島もないロベルトになんとか弁明しようとしたその時、別の男の声が割り込んできた。太く低い、威厳のある男の声。ロベルトは顔を上げ、入口があると思われる方向を見る。そして敬礼した。その姿と先ほどの声から俺は誰が来たのかを察する。

 コツコツと足音を立てながら声の主は近づいて来た。そして格子越しに、俺はその人物の姿を捉える。


「騎士団長」


「久しぶりだな、ユーリ」


 牢屋の目の前に立った人物、それはアリオストの騎士団長、ディートリヒ・バイエルだった。長身でガタイが良く、一目で位の高い騎士だと分かる勲章が装飾された騎士服を着用している。白髪混じりの黒髪に黒い顎髭はその人から出る風格をさらに増幅させており、堂々とした佇まいは威厳に満ち溢れていた。


「……お久しぶりです」


 騎士団長と話したことはあまり無い。従騎士として働いている時は、アリーチェと騎士団長が話しているのを遠目で見ていることが多かったし、騎士になった時は叙任式の前後で少し話したくらいだ。しかし、騎士達の中では彼が人格者であり実力者であることは有名だった上、アリーチェがとても尊敬して慕っていた相手だったので良く話は聞いていた。彼女が騎士団長のことを話す時は、目がキラキラと輝いていたことをよく覚えている。憧れの人物だったらしい。ともかく、武術にも知力にも秀でたアリオストを守る重要な剣とのことだ。

 騎士団長の姿は六年前と変わらない。多少白髪が増えた気もするが、以前の猛々しいオーラは健在だった。


「ずいぶんと大きくなったな」


「……はい」


 騎士団長の知る俺は十四歳の俺だ。あれからかなり背も伸びたし、声も低くなった。


「お前はてっきりクーデターの中で死んだかと思っていた。それが生きていて、指名手配犯となってまた再開するとは本当に思ってもみなかった」


「……はい」


 威圧感を放ちつつ話す騎士団長。ロベルトは眉をひそめ、口をへの字に曲げながら騎士団長の後ろで立っていた。騎士団長から出る重いプレッシャーに晒されて、俺の体に力が入る。そして騎士団長は神妙な顔になって口を開いた。


「ユニトリクでの王族殺害、国家反逆罪。そんな大罪を犯した奴が名前を変えてアリオストの騎士になっていたとはな」


 全くの無実。むしろ被害者側である俺を指名手配犯とせしめているのは、おそらくコンクエスタンスだ。


「アリオストとユニトリクは同盟国だ。お前を明日、ユニトリクに引き渡すことになっている」


「……団長、俺は」


 今ここで、全てを打ち明けるべきだろうか。エルトゥールを滅ぼしたのはコンクエスタンスであること、クーデターを引き起こしたのもコンクエスタンスであること、俺は無実であること。もう正体がバレている以上、隠す必要は無い。さらに言えば、アリオストの国の幹部にスパイがいることはほぼ確定だ。騎士団長にこのことを話せばスパイを炙り出すことができるだろうか。

 だがしかし話したところで証拠は無いし、そもそもコンクエスタンスなんていう秘密組織の存在自体を信じてもらえない可能性もある。今の俺は国家反逆罪で捕縛された身。まともに話を聞いてもらえるだろうか。

 そんなことを頭の中でグルグルと考えていると、騎士団長の頬が緩んだ。


「……まぁ、そう硬くなるな」


「団長?」


「何があったかは分からないが、こうなってしまっているのは理由があるんだろう? お前のことはアリーチェからよく聞いていたし、お前を見る機会も多々あった。指名手配される様な奴じゃないのは分かる」


「……え」


 今さっきの神妙な、そして険のある眼光は収まり、優しい表情になる騎士団長。その姿に無意識に肩の力が抜ける。


「今まで何があったのか、聞かせてくれるか? 本名を偽ってアリオストに来た理由、そしてクーデターの日から今日までどうしていたのか」


「……」


 騎士団長の後ろでロベルトがゴクリと唾を飲んだ。彼にとっても俺のこれまでの来歴はかなり気になるところのはずだ。


「君達は外してくれ」


「「はい」」


 騎士団長は入口の方に向けて手振りする。ここからは見えないが、恐らく見張りの騎士がいるのだろう。見張り達が返事をして出て行く音が聞こえた。


「騎士団長、オレは……」


「ロベルト、お前は一緒に聞くといい。旧友がなぜ指名手配犯とされているのか気になるだろう?」


「な、き、旧友なんかでは……」


 騎士団長の言葉に反論しようとして口をつぐむロベルト。騎士団長は小さな溜息をついてからこちらを見据えた。


「ここにはお前とロベルトと私しかいない。話してくれるか?」


「……はい」


 騎士団長の真剣な眼差しを受けて、俺も答える。俺は一呼吸おいてから、ゆっくりと、淡々と今までの出来事を話し始めた。ユニトリクでのエルトゥール襲撃のこと、リアトリスに拾われユーリとして暮らし始めたこと、クーデターのこと、そして『異変』を止めるためにコンクエスタンスを追っていること──。




 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎




 全てを話し終えた時、ロベルトと騎士団長は俯いていた。顎に手を当てながら考え込んでいた騎士団長は顔を上げる。


「……なるほど、大変だったなユーリ。今まで辛かっただろう」


「あ、いえ……騙していてすみませんでした」


「それも重大な理由があってのことだ。気にすまい。それよりも、驚いたのはこの国の中枢にそのコンクエスタンスとやらのスパイがいるということだな。そもそもそんな組織があったとは寝耳に水だが」


「団長は心当たりはありますか?」


「いや、分からん。だが知った以上は探ってみるつもりだ」


「お願いします」


「あとはお前の処遇をどうするかだな。無実であることは分かったが、それを証明するすべが無い。解放しようにも、ユニトリクから引き渡し要請がきている案件だ。それを無視すれば国際情勢に関わる。騎士団長だけの判断で無罪放免とすることは出来ない」


「それに……例えそれができる手段があっても、スパイがそれを許さないと思います。コンクエスタンスは俺を狙っているので」


「そうだな……。少し時間をくれ。対策を考えてみる」


「──ありがとうございます」


 騎士団長の心強い言葉に、安心感を覚える。そもそも信じてもらえるかも怪しい話を真摯に受け止めてくれ、そしてこうも協力的な返事を貰えるとは思ってもみなかった。

 騎士団長はロベルトの肩を叩き、そして入口の方へと歩いて行く。それまで腕を組んで難しい顔で俯いていたロベルトはビクッと肩を上げ、そして敬礼して騎士団長を見送った。地下牢の扉が閉まる音がして、ロベルトは手を下ろしこちらを睨む。


「ロベルト……」


 相変わらず眉間に皺を寄せたまま睨んでくるロベルト。どう声をかければいいのだろうか。俺の過去を知って、彼は今どんな心境でいるのだろうか。


「ロベルト、今まで内緒にしていてごめん」


 謝る。が、ロベルトからの反応は無い。

 そして少し間があいた後、ロベルトはようやく口を開ける。


「……ユーリ」


 俺の名前を呼び、そして何か言いたげに唇を震わせるロベルト。しかし彼は何も言わずに顔を逸らした。


「……いや、また後で来る」


 ロベルトはそう言ってその場から立ち去っていく。俺はその後ろ姿を、何も言わずに見送った。





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