第109話 ヒーローを救え
目の前に現れた美しい白竜。それは、イミタシオンという葉月と同じ種類の珍しい竜だった。目の前の竜は成獣で、隣にいる葉月よりもずっと体長は長く翼も大きい。
目の前の竜には先ほどまでの荒々しさは無くなり、謝罪するかの様に、感謝するかの様に目を閉じながらこうべを垂れた。戦意はもう無いらしい。
「きゅ、急に大人しくなったなぁ」
「葉月と同じ種類の竜ですか。だから変身できたのですね」
静かに頭を下げている竜をセファンと琴音がまじまじと見る。
「えっと……足、大丈夫?」
足環の針が食い込んでいた左後ろの足首。そこには痛々しく跡が残っていた。
「ちょっと待ってね。治してあげる」
私が近づくと、竜はビクッと顔を上げて後ずさる。しかし葉月が口添えすると竜は安心したらしく、大人しく私に足を触らせた。
「この竜が襲ってきたのって足環のせいなのか?」
「足環を付けた人間が怖かったのかも?」
「なかなか悪辣な足環でしたからね。人間が恨まれても仕方ありません」
足を締め付けた上で肉に針を食い込ませる足環。動けば動くほど針が食い込んで痛かっただろう。足環の鎖は途中で千切れているが、千切るためにかなり痛い思いをしたはずだ。どこに鎖が括り付けられていたかは知らないが、かなり悪趣味な拘束の仕方である。
それにしても賢い竜だ。この竜の中で人間が悪と認識されているなら足環が外れた後も襲ってきそうなものを、足環を外した私達を竜は即座に敵では無いと判断した。葉月も賢いところもみると、イミタシオンはかなり知力の高い竜らしい。
葉月が心配そうに竜に話しかけると、竜は長い舌で葉月の頬を舐めた。問題ないと言いたげな表情だ。
「一体誰がこんな酷いことしたのかしら」
治療を終えながら私が言うと、竜は目を逸らした。答えが返ってくることを期待した訳ではないが、どうやらあまり聞かれたくない様だ。体も震えているのでよほど怖い思いをしたらしい。
「よし、怪我治ったわよ! もう捕まらないようにね?」
「全く、ビビったぜ。もう闇雲に人襲ったりすんなよ?」
竜が静かに鳴く。葉月曰く、分かったと言ったらしい。
「じゃあ、私達はオルトを探しに行きましょ」
「おう!」
「……あ」
竜に別れを告げて町の方へと向かおうとする。すると琴音が何かに気づいて視線を上に上げた。私も顔を上げると、枝葉の隙間から小鳥が飛んでくるのが見えた。先刻、琴音が契約した小鳥だ。早い帰還だが、ヴォルグランツとオルトの状況は掴めたのだろうか。
琴音が差し出した指に小鳥がとまる。
「どうでしたか?」
琴音が話しかける。すると小鳥は顔を近づけた琴音の耳元で何かを囁いた。それを聞いた途端、琴音の顔が強張る。
「……何かあったのか?」
「琴音、どうしたの?」
明らかに表情が硬くなった琴音にセファンと私が訝しげに質問した。琴音は顔を小鳥から離し、一呼吸おいてから私達の方を見る。
「……オルトが捕まったらしいです」
「「……えぇ!?」」
小鳥からもたらされたのは、悪い知らせだった。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
時は数時間後、私達は今ヴォルグランツの門近くの茂みに身を隠している。
オルトが捕まったと聞いた時は頭が真っ白になって、心配と不安と後悔で混乱してしまった。そして思考回路がショートし、動揺して震えていたところを琴音に宥められる。
今は、オルトは簡単に殺される様な人じゃないし、騎士だってすぐに殺したりはしないだろうということを信じて彼の奪還作戦を敢行しにきたのである。
「うげぇ、騎士だらけじゃねーか」
「私達を血眼になって探してますね」
「ちゃんと町に入れるかしら……」
騎士達は当然だがまだオルトの同行者の私達を探し続けているらしい。騎士だらけと言っても分散して探しているらしく、門の周りに数十人もいるわけではない。しかし警備も厳しくなっており、そう易々と町の中へ戻ることはできそうになかった。
「まぁ、予想通りですね。セファン、行けますか?」
「おう、任せとけ。大船に乗ったつもりで……と言いたいとこだけど、そんな自信はねぇ。でも頑張るぜ」
「無理はしないでね。危なくなったらすぐに逃げて。葉月もセファンのこと、守ってあげてね」
「キュウ!」
「え、俺ってそんなに頼りない?」
不満げにこちらを見るセファン。その右隣には、私の姿に変化しローブを羽織った葉月。左隣には琴音の姿に変化しローブを羽織った成獣のイミタシオンがしゃがんでいる。さすが成獣だけあって変化は完璧だ。対する葉月の変化はまだ未熟で、未だに狐耳と羽が生えてしまっている。どちらもフードとローブで隠せるから問題は無いが。
私達の計画はこうだ。まず葉月とイミタシオンを連れたセファンが騎士達を引きつけ、逃げ回る。指名手配犯の同行者全員がいると分かれば、町中の騎士達は皆セファン達を追い回すはずだ。そこで警備が手薄になった隙に、私と琴音は町中に入りオルトが監禁されているらしい騎士団の詰所を目指す。オルトを奪還し次第町を出てセファン達と合流する予定だ。
「本当はエリちゃん達にオルトの奪還を手伝ってもらえるといいんだけど……仕方ないわよね」
「連絡を取る術もありませんし、彼女達を巻き込む訳にもいきませんからね」
正直、騎士団の詰所に乗り込むのが私と琴音だけというのはかなり不安が残る。隠密行動に関しては琴音はエキスパートなので、侵入することに問題は無さそうだが、私は戦えないので戦闘になれば実質琴音に頼りっぱなしになる。かと言ってセファンの様に囮をするのも体力的に厳しい。……あれ、私役立たずじゃないか。
「でも本当にサンダー連れてかなくてもいいのか? オルトの居場所突き止められる?」
「あの小鳥がしっかり位置まで教えてくれたので大丈夫ですよ。それにサンダーがいないとセファンも戦闘になった時困るでしょう?」
「まぁ俺一人で戦えないこともないけど、相手の人数が人数だからなぁ」
「もし何かあったら遠吠えで知らせてください。できるだけ早く行きますので。まぁ、今は白丸と契約してますので、有事であればすぐ気づくとは思いますが」
琴音は今、足環を付けられていたイミタシオンと契約している。白竜なので白丸と名付けたらしい。小鳥からオルトが捕まったことを聞いて、今の作戦を実行すると決めた時、囮役が一人足りないことに気がついたからだ。白丸は足環のお礼がしたいとのことで、琴音の提案を快諾した。ちなみに琴音はあの小鳥とはもう契約解除したらしい。
「へぇ、契約してると相手の状況とかも分かるの?」
「切迫した状況だとかは伝わってきますね。あまり距離が離れると分かりませんが」
「琴音達こそ、何かあったら知らせてくれよ。たぶん何にもできねーけど」
「ダメじゃん。いや私が言える立場じゃないけど」
「何かあったら、というかオルトを助け出したら連絡しますね。花火を上げるか白丸を引き寄せるかなんかして」
「おう」
セファンが準備運動をする。葉月も真似て屈伸した。
「うし! じゃー行ってくる!」
「気をつけてね!」
「任せました!」
セファンはサムズアップした後、サンダーと葉月と白丸を連れて茂みから飛び出す。そして、騎士達に見える様に走り出した。
「! おい、いたぞ!!」
「そこの者達、待て!!」
「あいつらを捉えよ!!」
騎士がすぐにセファン達に気づく。セファンは自身の方を見やる騎士達を視線の端にとらえながら、スピードを上げて私達のそばからどんどん離れていく。門の外で捜索していた騎士と門から次々と出てくる騎士が合流して、セファン達を駆け足で追う。
「八雲、私達も行きましょう」
セファン達が遠くなって行くのを見届けながら、琴音は私の肩を叩いて言った。
「──うん」
私は琴音の言葉に力強く頷く。そして立ち上がり、騎士達の目がセファンに向いている今のうちに門へと静かに駆け出す。
大切な、大好きなオルトは今、冤罪でアリオストの騎士に捕らえられている。今までずっと私を支えてくれて、助けてくれたオルトが酷い目に遭わされている。あなたがいないこの状況で自分達と敵対する者の拠点に突入するのは心細い。でも、今までいっぱい救われた分、今度は私があなたを救う番だ。
──オルト、必ず助けるから。




