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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第8章 第二の故郷にて
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第108話 姿を変える獣

 薄暗い森の中、悍ましい獣の唸り声が響き渡る。敵意剥き出しで威嚇していると容易に分かる、その音の発生源へと視線を向ければ、闇の中約三メートルほどの大きさの生き物が蠢めいていた。顔があると思われる位置に二つの鋭い赤目が光る。オルトの綺麗な焔瞳とは違い、毒々しい赤黒い瞳だった。


「八雲、結界を」


 琴音が素早く私の前に立ちはだかり、小声で結界を張るよう私に促す。続いてセファンとサンダーも私の前に立った。葉月だけは何故か全く警戒していない。


「何なの……!?」


 私は結界を張りながら呟くが、セファンと琴音からの回答は無い。セファンはサンダーに鎧を着せ、琴音は苦無を構えた。


「私が行きます」


「お、おう。頼んだ」


 琴音が一歩前に出る。すると木々の奥の獣が大声で吠えた。その低く狂気を帯びた声は私達の鼓膜だけでなく周囲の木々も小刻みに揺らす。明らかに凶暴で凶悪な獣魔が今目の前にいる。私は息を飲む。しかし、恐怖で怯えたりはしない。心強い仲間が目の前に立ってくれているからだ。


「来ます」


 琴音が警戒して苦無を握り直す音がした。獣は吠え終わると同時にこちらへと歩き出す。重い体が地面の草を踏みしめる音が一歩一歩近づいてくる。そして、木々の隙間から入る光に照らされる位置へ来た。獣の姿が露わになる。


 体高は三メートル、体長は六メートルほどだろうか。四足歩行で全身は黒い毛で覆われており、鼻の上から後頭部へ走る白いラインは首元で二股に分かれて尾まで続いている。尾はフサフサの毛が生えており、こんな状況で考えるのは不謹慎かもしれないが抱きついたらとても気持ちが良さそうだと思った。



「……スカンク?」


 私の知っている動物だと、それに酷似している。知っていると言っても、私の国にスカンクは生息していないため本で見たことがあるだけだ。しかし体のデカさと目つきの悪さだけが明らかに知っているスカンクとは異なっていた。獣魔だ。


「グオォ!」


 スカンクが咆哮をあげながら飛び込んでくる。琴音を狙って開いた口には二本の大きな牙が備わっていた。


「っ!」


 琴音は軽々と跳躍して躱し、苦無をスカンクの首目掛けて放つ。しかしその瞬間、スカンクの首から尻にかけての毛が逆立った。苦無が毛で弾かれ、硬いもの同士がぶつかった鋭い音が鳴る。先ほど抱きついたら気持ち良さそうだなんて思ったが撤回だ。どうやらスカンクの毛は金属に匹敵するほど硬質らしい。


「毛の鎧ですか」


 相手が絶対防御を持つことが判明しても動じない琴音。今度は手裏剣を同時に十個ほど投げる。四肢、尾、腹、背中、額、鼻、口目掛けて飛ぶそれらは、スカンクが顔面を下げると同時に逆立てられた毛に再び弾かれる。


「どーすんだ!? 攻撃効かねーぞ!?」


「……問題ありません」


 そう言って琴音は苦無を取り出しスカンク目掛けてジャンプする。迎え撃とうスカンクは爪を立てた前足を振るが、琴音には当たらない。身を捻りながら琴音はスカンクの顔を切りつける。スカンクは首を大きく振って避けるが、頬に切り傷が付いた。


「浅かったですね」


 琴音は一発で仕留められなかったことに苦言を漏らしながら飛び退く。スカンクは頬から血を垂らしながら琴音を睨んだ。どうやら顔周りの毛は硬質にはなっていないらしい。


「それを見破るための手裏剣だったのね」


「へ? あ、そーいうことか!!」


 琴音は無駄に手裏剣を打った訳では無かった。スカンクの体に攻撃が通る場所があるか調べるために行ったのだ。スカンクが顔を狙う手裏剣だけ避ける行為をしたのが答えである。


「キュ、キュ!」


「え、葉月どうしたの?」


 葉月が私のスカートの裾を引っ張って何かを訴える。彼は視線でスカンクの足元を見るように促した。


「……足環あしわ?」


 よく見ると、スカンクの左後ろ足の踝に金属環が付いている。銀色のその足環には鎖が繋がっており、途中で引き千切られた様に途切れていた。


「何あれ? 罠にかかったか、誰かが飼ってたってこと?」


「あんな獣魔飼う物好きがいるかよ」


 琴音も私達の会話を聞いて足環に視線を向け、眉根を寄せる。

 すると、スカンクは尾を高々と上げた。──そのポーズに私は戦慄する。私の知識が正しければ、アレがくる。


「皆、息を止めて!!」


「はい!」


「えぇ!?」


 直後、鈍い音が辺りに響く。不快感を煽るその音と同時に凄まじい臭気がスカンクから発せられた。屁だ。人を卒倒させてしまう様な強力な屁の臭いが周囲に立ちこめた。


「うおあ!? オナラしやがった!! ……うえぇくっせえーー!!」


「ちょ、だから息止めてって言ったじゃない!!」


 私の声に反応して琴音は直ちに鼻と口を紫の布で覆ったが、セファンは普通に喋って臭気を吸ってしまった。強烈な臭いに鼻を押さえながら悶えるセファン。私は息を止めながら結界から出てセファンの手を引き、彼を結界内へと入れる。サンダーは息を止めながらついてきた。セファンとサンダーが結界内に入ったのを確認して、更にもう一枚内側に結界を張る。


「ぷはぁ……こ、これなら大丈夫かしら」


「はぁはぁ、う、うえぇ……。せっかくスッキリした後だったのにまた気持ち悪くなってきた」


「もう! ちゃんと言うこと聞かないからよ!」


「ご、ごめん……」


 セファンは気分が悪そうに胸をさする。先ほどの風太丸のアトラクションで催した吐き気がまた戻ってきたらしい。サンダーが心配そうに……いや、どちらかといえば呆れた様な顔で見ていた。セファンは深呼吸し、少し落ち着く。


「はぁ、ビビったぜ。いきなり何かと思ったらオナラかよ! ……うわ、臭え」


「二重に張ってもまだ臭うわね……」


 二重結界の中でもこれなのだ。直接この空気を吸えば臭気で戦闘どころではなくなる。鼻の効くサンダーなどはショック死するかもしれない。

 そんな中で立っている琴音は大丈夫だろうか。


「……」


 琴音は何も言わずに何かを取り出す。彼女の手には茶色の球体が乗っていた。スカンクは警戒して身構える。

 そしてスカンクが息継ぎのできない琴音を消耗させようと飛びかかったその時、琴音がスカンクへ球体を投げた。凄い速さで投げられた球体がスカンクの首元の硬い毛に当たる。


「!!」


 スカンクと球体が接触し火花が散った瞬間、爆発が起こった。爆炎と爆煙で視界が遮られる。


「琴音は過激だなぁ!!」


「さすがね!」


 私もセファンも琴音の心配はしない。今まで共に旅してきて、この程度で死ぬような人では無いことは分かっているからだ。というか自分で爆発させたんだし。

 爆風で臭気が吹き飛ばされ、周りの空気が正常なものとなる。爆煙が晴れると、元の位置で琴音とスカンクが睨み合っていた。琴音は当然だが無傷、スカンクは背中が焼け焦げている。しかしそれは硬い毛の表面だけが焼けているだけで、体にそれほどダメージは無さそうだった。


 スカンクは唸りながら琴音に牙を剥く。噛み付く攻撃は華麗にジャンプして避けられ、振り向きざまに繰り出す尾の打撃も空をきって終わった。


「グオオォ!!」


「!!」


 怒ったスカンクが雄叫びをあげる。その瞬間、スカンクの体が発光した。そして光りながらその大きな体のフォルムを変形させていく。


「え!? あれって……」


 光りが消え、スカンクだったものの姿が顕現する。そこにいたのは──大きなフクロウだ。

 大きさは先ほどのスカンクより一回りほど小さく、体毛はグレーで腹に茶色の斑模様が入っている。黒目がちで可愛い。


「な、変身した!? どーなってんだ!?」


「あの変身って……もしかして」


 次の瞬間、フクロウは翼を広げて琴音へと滑空する。琴音は難なく躱すが、フクロウが通り過ぎた後の突風に煽られてその身が飛ばされた。上手くバランスを取って木の枝に着地する。フクロウも別の木の枝にとまり、琴音を恨めしそうに睨んだ。


「キュキュ!!」


「え、何?」


 再び葉月が話しかけてくる。葉月は首を左右に振りながら訴える。あの獣魔を傷つけずに足環を取って欲しいらしい。私はフクロウを見る。

 左足の足環はスカンクの時よりもかなり緩くなっているが、しかし足環内側に針が生えているらしくそれが足に刺さって外れない様になっていた。血は出ていないが針が食い込んでいる様子は痛々しい。一体誰があんな悪趣味な足環を付けたのだろうか。


「琴音、その足環を取ってあげて!」


「……? 分かりました」


「急にどーしたんだ?」


「私もまだ確信は無いんだけど……ちょっと見てて」


 葉月の様子と獣魔の変身能力。もしかしたらあの獣魔は──。


「クアァ!」


「はっ!」


 フクロウの嘴を琴音はヒラリと避ける。小さく旋回して再び滑空してくるフクロウに対し、琴音は苦無を構えた。猛スピードで突っ込んでくるフクロウの軌道を見切り、十分に引きつけてから躱す。その瞬間、足環を切った。

 苦無で足環が真っ二つになる。環の綺麗な切り口が顔を出して垂れ下がるが、まだ内側の針が足に刺さっており抜けない。


「足環を付けた主はなかなか酷いことをしますね」


 足環をぶら下げながら木にとまるフクロウを見て琴音が言った。フクロウは小声で威嚇音の様なものを出す。


「すぐ外して差し上げます」


 琴音が跳躍する。軽々と飛び上がってフクロウへと迫った。対するフクロウは枝を蹴って飛び、別の木へと逃げようとする。


「お待ちください」


「クァ!?」


 飛び立とうとしたフクロウは右足を引っ張られて地面へと落ちる。右足には琴音の放ったロープが巻かれていた。ロープの先端は琴音が持っており、もう逃げられない。


「クゥー……クワァ!」


するとそれを察したフクロウは天を見上げ、再び発光する。


「うぉ、またかよ……今度は熊か!!」


 フクロウの変身。その姿は群青色の体毛の熊へと変わっていた。最初のスカンクよりやや大きいサイズで、足環はやはり針でぶら下がっている。琴音のロープは変身途中でサイズアウトして切れた。二本足で立つ熊の口からは凶暴な牙が覗く。


「やっぱり……そうなのね葉月?」


「キュウ!」


「何がやっぱりなんだ?」


 私と葉月は互いに頷いた後、琴音と熊を見る。セファンは首を傾げていた。

 熊が吼えようとした時、琴音が先手を打って飛び込んだ。鋭い爪で迎え撃とうとする熊の攻撃を身を捻りながら避け、苦無で足環目掛けて一閃を放つ。次の瞬間針がバラバラに切られ、足に食い込んでいた部分が綺麗に抜ける。


「やった!」


 最初何が起きたのか分からなかった様子の熊だが、足環が外れたことに遅れて気づく。壊れた足環を見て目を丸くした後、琴音を見た。


「キュウキュー!」


 葉月が叫ぶと熊が反応した。こちらを向き、何かを考えている。琴音は熊の次の動きに警戒して苦無を構える。

 すると熊は先ほどまでの怒気を収めて前足を垂らし、露わにしていた牙を隠す。そしてまた光った。


「また変身すんのかよ!? 一体なんなんだ!」


 光の中で獣魔の姿が変形する影が見える。ずんぐりむっくりの熊のフォルムはぐんぐんと長細く伸びてゆき、大きな蛇の体ができたかと思えばそこから大きな翼が生える。やはり、予想した通りだ。変身を終えて光が消え、獣魔の正体が現れる。


「やっぱりそうだったのね!」


「キュウ!」


「これは……」


「え!? あれって……葉月か!?」


 私達の目の前に現れたのは、翡翠色の目、狐の様な耳、角と大きな翼を持つ美しい白い竜──葉月と同じ、イミタシオンだった。





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