第107話 着地
オルトの風の氣術によって、私達を乗せた風太丸は勢いよく飛び上がった。広げた翼と尾で上昇気流を受けながら高度を上げ、ヴォルグランツを囲む高塀を越えられる高度まで浮かぶ。この高度まで来たところで気流は流れを変え、町の外に向かって風が吹いていた。オルトはこの様に器用に風をコントロールし、私達をヴォルグランツから離れたところまで逃がそうとしてくれている。
本来風太丸は一人乗りだ。それが今は私とセファンと琴音、そしてローブの中に隠れている葉月とサンダーも乗っている。完全に定員オーバーである。それなのにこうして飛行を可能にしているのはオルトの術のお陰だ。
「オルト……!!」
先に行け、と言い残して私達を逃したオルトの姿は大木の陰に隠れてもう見えない。たくさんの騎士に囲まれていたが、無事だろうか。風太丸に掴まる手に力が入る。
「八雲、オルトならきっと大丈夫です」
「そーだぞ! 今までも大丈夫だったじゃねーか!」
「そ、そうよね……」
「ですから風太丸を掴む力を少し緩めてあげてください。痛がってます」
「え!? あ、ごめんね!!」
風太丸が一瞬だけこちらを見た。特に睨まれた感じでは無かったので、大丈夫だ、とでも言ったのだろうか。
風太丸は翼で気流を上手く掴みながら町の外へと滑空していく。塀を越え、眼下には雄大な街道の景色が広がった。草原と森林が周辺を緑に染める中に、一本の道が通っている。大型の馬車同士がすれ違えるくらいの幅広の道で、それは前方に薄っすらと見える渓谷らしき場所まで続いていた。渓谷の手前で道は枝分かれしており、おそらくそれぞれ別の都市へと続いているのだろう。
私は少しの間、その光景に見とれていた。すると同じ様に景色を眺めていたセファンが口を開く。
「取り敢えず町は出られたからいーけど、どこまで行くんだ?」
「あまり遠くまで行くとオルトが合流するのが難しくなりますからね。この辺りで降りて隠れるのがいいかもしれませんが……」
「「しれませんが?」」
琴音の含みのある言い方に私とセファンは首を傾げる。
「今、風太丸の上にはかなりの重量が乗ってます。この気流から出てしまうと、風太丸自身のコントロールで上手く着地はできません。気流自体が少しずつ下降してくれれば、それに乗りながら降りれると思うのですが」
「えっと……ってことは、オルトが気流を降下させてくれないと降りられないってこと?」
「えぇ、どーすんだ!? オルトそこまで考えてやってくれてんのか!?」
「オルトはオルトで逃げてますので、そこまでサポートしてくれるかは微妙なところです。まぁ、最悪飛び降りましょう。私が何とかしますので」
「大丈夫かよ!?」
「ちょっと私が氣術使い過ぎて倒れるかもしれませんが」
「それは困る!!」
琴音は氣力量が少ないため、あまり氣術を使うと倒れてしまう。いつ追手が来るかも分からないこの状況で、現パーティの最大戦力に倒れられるのはかなりの痛手だ。しかも私は戦闘に関しては役立たず。どうにか他の方法を考えたい。
少し進んで風太丸の真下は森林になる。ここなら最悪落ちても木々がクッションになるだろうか。いや、かなり高度があるので普通に花と散るだろう。
──とその時、急に音が無くなった。
「……え?」
今まであった何かが、突然消えて静かになった。琴音と風太丸が目を見開く。
「皆しっかり掴まってください!!」
琴音が叫ぶと同時に風太丸は高度をガクンと落とす。一瞬浮遊感を覚えた──そう、気流が消えたのだ。
「きゃあああ!!」
「わああああ!!」
私達は風太丸にしがみついたまま速度を上げながら落下していく。風太丸が何とか体勢を保ってくれているが、落ちるスピードはどんどん増すばかりだ。怖い。怖過ぎる。全身から血の気が引く。地面がどんどん近くなっていく。
すると琴音が氣術を使おうと構えた。それを見て私ははっと我に帰る。
「ま、待って琴音!!」
「八雲!?」
「私がやるから!!」
私は片手を離して真下に振る。そして、気流を発生させた。
「きゃあ!?」
「おわあっ!?」
「クワァ!?」
発生させた上昇気流が強すぎて、落下速度と相殺どころか上空へ放り投げ出される。あまりの勢いに風太丸はクルクルと回転した。当然風太丸に乗っている私達も回転するので目が回る。
「うおお八雲強すぎだあ!! 目ぇ回って気持ち悪りぃ!!」
「ご、ごめんー!!」
回転スピードが緩んだところで風太丸が立て直し、もとの体勢になる。しかし上昇気流を止めてしまったのでまた落下だ。
「ちょ、俺も一緒にやる!! 八雲いくぞ!!」
「う、うん!!」
今度はセファンも片手を離して一緒に手を振る。先ほど失敗してしまったので、私はかなり氣術の出力を抑えた。
「うお、と、止まれー!!」
風の威力が弱過ぎるのか、風太丸の落下は止まらない。若干スピードは緩んでいるが。
私は少しだけ出力を上げる。するとまた思いっきり浮き上がった。
「わああ!!」
「や、八雲強すぎます!」
「ごめんなさいぃ!!」
急に落下したり浮き上がったりを繰り返したため、非常に気持ち悪くなった。あぁ、吐きそう。隣のセファンも口を押さえている。
しかしここで吐いたら大惨事だ。風太丸が。
「こ、これくらいかしら!?」
気持ち悪いのを我慢しつつ、私は再び風を起こす。強すぎず弱すぎず、神経を集中して氣力を練る。すると三度目の正直でようやく風太丸の飛行が安定した。
「……はぁ、良かったぁ」
「八雲、ありがとうございます」
「助かったけどよ…………うぷ。ちょっと俺ヤバいかも」
「えぇ!?」
青ざめるセファン。口を押さえながら震えている。かなり切羽詰まっているらしい。
「八雲、森に下ろせますか?」
「やってみるわ!」
風太丸を乗せる気流の高度を少しずつ落としていく。なかなかコントロールが難しく、途中気流が乱れて揺れたりした。セファンの危急度がさらに増す。
「ここまで来れば大丈夫です。八雲、止めて良いですよ」
「え、本当?」
琴音は私とセファンを両脇に抱えて風太丸から飛び降りる。高さはまだ十メートルほどあるのでヒヤッとした。しかし琴音は木々を蹴りながら落下速度を殺し、そして華麗に着地する。セファンを下ろすと彼はすぐさま走って木の陰に隠れた。
「はぁ、無事に着地できて良かったわ」
琴音に下ろされ、私はローブの中に隠れていた葉月を出してやる。葉月はからだを一度ブルブルと振り、伸びをした。私は乱れた衣服を整える。
「八雲もだいぶ氣術が扱える様になってきましたね。助かりました、ありがとうございます」
「毎日の特訓の成果ね!」
以前は治癒能力と結界しか使えなかったが、旅をし始めてからオルトの指導のもと毎日夜に氣術の練習をしている。最初は発動すらできなかった基本属性の氣術も、今は難なく出すことができる様になった。ただ、出力調整はまだ上手くできない。ちなみにセファンも一緒に練習を続けており、彼は私よりコントロールが上手い。
……そうは言っても、私もセファンも日常生活レベルの氣術が使えるだけで、実戦で使える様な代物は会得していないのだが。こればかりは才能の花が開花するかどうかなのであるが、今のところ二人ともその芽は出ていなかった。
「クワァ」
重荷から解放された風太丸がゆっくりと着地した。琴音は風太丸を優しく撫でる。
「風太丸、ありがとうございます。少し無理をさせてしまいましたね」
「クァ」
風太丸は首を振る。気にするな、と言っている様だ。
「さて……セファン、大丈夫ですか?」
「お、おう。スッキリしたぜ」
口を拭いながらセファンが木の陰から出てきた。サンダーが隣でセファンを気遣わしげに見ている。セファンの顔色は少し回復していた。
「ごめんねセファン。私が上手く氣術使えないから……」
「いいぜ気にすんな。ってか八雲が術使ってくれなかったら俺達今頃ぺしゃんこになってただろーしな。俺の氣術じゃだいぶ威力が足りなかったし」
頭を掻きながらセファンは少し悔しそうにした。
「で、どーする? 無事に着地もできたとこだし、この辺でオルトを待つか?」
「でもここ森の中よ? 私達の居場所がオルトに分かるかしら?」
「確かにサンダーも葉月もこちらにいるのでオルトが匂いを辿ってくるのはできないでしょうね」
「じゃあどーすんだ? 火でも炊いとく?」
「それは騎士達に居場所を教える様なものです」
「てことは私達がオルトを探すしかないわよね? 葉月とサンダーに頑張ってもらって」
「キュウ!」
「ワン!」
葉月とサンダーが元気に返事をした。任せろ! という感じだ。
「そうですね、急にオルトの風が消えたのも気になります。何かあったのかもしれません。オルトを探しに行きましょう……と、その前に」
琴音はキョロキョロと周りを見回す。
「どうしたの?」
「念のため、偵察を町に飛ばしておきます」
そう言って琴音は懐から何かを取り出して掌に乗せた。黄色い小さな粒が十個ほど乗っている。鳥の餌の様だ。
するとオレンジ色の小鳥が一羽、琴音の手にとまった。そして黄色い粒を啄む。
「汝、我と契約せよ。我が名は琴音、対価と引き換えに汝の尽力を望む。その意思あらば享受し、なければ去り給え」
琴音が呪文の様な言葉を小鳥に投げかけた。すると、小鳥は琴音の方を向いて少し静止したあと再び粒を啄む。琴音が穏やかに微笑み、そして小鳥を撫でた。
「契約完了です」
「「え?」」
私もセファンもぽかんと口を開ける。琴音は小鳥に何か囁いた後、とまっている手を振り上げ、小鳥を飛ばした。
「風太丸だとちょっと目立ちすぎるので、あの小鳥に町の様子を見に行ってもらいます。騎士達の動向とオルトが逃げ切れたのか調べて戻ってきてくれるはずです」
対価を払う代わりに契約者を自由に呼び出し、力を借りることができる琴音の特殊能力。その契約を今目の前で行ったらしい。
「へえ、契約ってそーやってやるんだな! カッコいいなぁ! 相手が誰でも契約できるのか?」
「いえ、互いの同意が無いとできません。あの小鳥はこの特製の餌を与える代わりに仕事を引き受けてくれましたが、中には無茶な対価を要求してくる輩もいます。そういう場合は決裂しますね」
「無茶な要求?」
「命とかですね」
「そりゃ無茶ね……」
「まぁ、あの小鳥との契約はすぐに解除しますよ。契約中はずっと対価を払い続けないといけないので」
なるほど、契約者が多ければいいという訳でもないのか。協力してくれる契約者が多い分、その対価を用意する負担も増える。
琴音は風太丸に餌を与え、撫でた後消した。
「じゃ、オルトを探しに行きましょ!」
「おう!」
琴音の言う通り、オルトの氣術が突然途切れたのが気にかかる。オルトなら余程のことがない限りちゃんと逃げ切れているとは思うが、相手はオルトの昔の友達だ。何かトラブルが起きている可能性もある。
私は気持ちのざわつきを収めながら町の方へと足を進ませようとした。
その時、私以外の全員が何かにピクッと反応した。皆私の後ろを見る。
「……な、何?」
皆の表情は真剣だ。私は恐る恐る振り向く。するとそこには──
木々の影の中、低い唸り声をあげながら赤く光る双眸でこちらを睨む何かがいた。




