第106話 最悪の再会
男の低い声が聞こえた。その声は、かつての俺の呼び名を呼ぶ。俺達は全員、声が発せられた上方に視線を向けた。
高さは十メートルくらいの位置だろうか、大木の太い枝の上に黒髪の目つきの悪い男が立っている。アリオストの騎士の服を纏い、腰には長剣が携えられていた。見覚えのある顔だ。四年前に比べるとずいぶんと大人びているが、彼は間違いなく──
「……ロベルト?」
「……久しぶりだなぁ、オイ」
アリオストの六年間を共に過ごした旧友は低いトーンで喋った。声変わりをし、背もかなり伸びていて以前の子供っぽさは鳴りを潜めている。俺は旧友に久々に会えたことに嬉しさと懐かしさを感じつつ、しかし最後別れ際の状況が状況だったのでどう声をかければいいのか困った。実際今の彼は無表情で、俺のことをどう思っているのか読めない。やはり憎まれているのだろうか。
すると八雲が話しかけてきた。
「ロベルトって、オルトがここにいた時の友達よね?」
「あ、あぁ……」
「……友達、だぁ?」
八雲の発言に反応したロベルトは眉間に皺を寄せる。嫌な予感がした。
「誰が! 友達だよ!? この裏切者め!!」
「ロベルト!?」
「ここで待ってた甲斐があったぜお尋ね者ぉ!! お前なら絶対ここを使うと思ったからなぁ!!」
ロベルトはそう叫びながら大木の枝から枝へとジャンプしながら素早くこちらへ降りてくる。──そして抜剣した。
「!! 皆逃げろ!!」
「え!?」
「うっそだろぉ!?」
「はい!!」
「逃がすか!! おい野郎ども!! 指名手配犯とその仲間がここにいるぞ! 捕らえよ!!」
四メートルほどの高さまで降りてきたロベルトは叫びながら俺に向かって跳躍し、そして斬りつけてきた。すかさず俺も抜剣して受け止め、そして弾く。
琴音は八雲とセファンを両脇に抱えて飛び退き、俺から少し離れた。
「ロベルト、お前……!」
「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえよ、殺人鬼め」
「なっ!?」
するとロベルトの号令に反応して騎士達が周囲に集まってきた。俺達は剣を構えた騎士達に囲まれる。
「ヤバイだろこれ!?」
「ろ、ロベルトさん誤解よ!? オルトは殺人鬼なんかじゃ……」
「あ? 誰だよオルトって。今オレの目の前にいるのは国際指名手配されてるユウフォルトス・E・エルトゥールっていう大罪人だ。まさかユーリが偽名だなんて知らなかったよ」
「ロベルトごめん、俺は……」
「だから気安く呼ぶなって言ってんだろ!!」
ロベルトが再び斬りかかってきた。俺は飛び退いて避ける。
「おい、そいつらを捕まえろ!!」
ロベルトが周囲の騎士に指示を出した。それと同時に手をこまねいていた騎士達が八雲達へと迫ってくる。騎士の数はおよそ二十。セファンと琴音で対応できない相手ではないだろうが、しかし戦っているうちにどんどん増援がくるだろう。そうなれば戦ったところでキリがないし、時間が経つほど状況は悪化する。無実であることを主張しようにも、今のロベルトは俺の話に耳を傾けてくれそうにもない。
……ということは、逃げるが勝ちだ。
「琴音、風太丸を!」
「はい! 風太丸!!」
琴音が風太丸を召喚し、そして風太丸に飛び乗った。八雲とセファンも訳が分からないまま風太丸にしがみつく。
剣を持って迫り来る騎士達はもう八雲達の目と鼻の先だ。
「風太丸にしっかり掴まっとけ!」
「ちょ、オルト何する気!?」
「先に行け! 俺も後から行くから!!」
「えぇ!?」
焦る八雲に構わず俺は風太丸の下に強力な上昇気流を発生させる。直後、羽を広げた風太丸は勢いよく空へと飛び上がった。攻撃を仕掛けてきていた騎士達は、気流周りに副産物として発生する突風により放射状に吹き飛ばされる。飛ばされた騎士が後ろで構えていた騎士にぶつかる二次災害が起こっていた。
「オルトーー!!!」
八雲の俺を呼ぶ声がどんどん遠くなっていく。
風太丸の乗車定員を二人+二匹分もオーバーしているが、この気流に乗れば塀を越えて町の外に出るくらいはできるだろう。ひとまず八雲達を先に逃がし、俺は何とかロベルトを振り払って外へ出る算段だ。
「くそ、あいつらを追え!! こいつはオレが仕留める!!」
ロベルトの怒号で騎士達は皆門の方へと走り出した。
「悪いけど、逃げさせてもらうよ。本当はちゃんと話がしたかったけど」
「ふん、させるかよ!!」
ロベルトが剣の切っ先をこちらに向けながら飛び込んできた。俺はそれを躱し、すかさず横腹に蹴りを入れて彼がひるんだ隙に逃げる──ハズだった。
「!?」
剣を躱し、蹴りつけようとしたその足は空振りする。体を捻りながらロベルトは足を避け、剣を振り返して俺の首を狙った。間一髪、俺はそれを剣で受け止めて防御する。ロベルトは体勢を戻しながらさらにもう一発剣撃を入れてきた。俺もそれに応戦して剣を振り、剣同士が衝突する。何度か剣撃の打ち合いが続き鋭い鋼音を轟かせた後、互いに一歩も譲らず迫り合う。剣を押しながら俺とロベルトは睨み合った。
「ロベルト、俺はお前と戦いたくなんてない。頼むから手を引いて……」
「リアを殺しておいていいご身分だな」
「! それは……」
次の瞬間、ロベルトは剣を弾いて俺の下腹部を斬ろうとした。俺はそれを剣でガードする。そして反撃として剣の腹部分でロベルトの腹を殴ろうとした。
「やっぱな」
「!?」
ロベルトは俺の攻撃を手で受け止めた。全く防具の付いていない掌で俺の剣を掴んでいる。少し手が切れて血が流れていた。もしそれが剣の腹で無かったなら、今頃手は真っ二つになっていたはずだ。よって、俺が剣の腹を使うことを読んでいなければできない芸当である。
「お前の考えることなんて全部お見通しだぜ」
「くっ!」
ロベルトがニヤリと笑う。剣を無理矢理引き抜こうとすれば、ロベルトの手が斬れてしまう。しかしここで捕まる訳にもいかない。風で吹き飛ばして逃げよう。
俺は氣術を発動させようと力を練る。するとロベルトが動いた。
「させねえ!!」
ロベルトは剣を引っ張った後離し、そして何かを手に持って飛びかかってきた。俺は引っ張られた反動で体勢を崩し、対応が遅れる。その隙を突かれて何かを手首にはめられた。
次の瞬間放出しようとしていた氣力が逆流し、身体中を電撃が走ったような傷みが襲う。
「ぐああっ!?」
あまりの衝撃に俺は思わず剣を手放してしまった。膝から崩れ落ちそうになるのを何とか踏ん張って堪え、ロベルトから距離を取る。急に目眩と吐き気が襲ってきて非常に気分が悪くなったが、何とか耐えた。
息を切らし冷や汗をかきながら左手首を見ると、白い腕輪がはめられている。中央に一つ、赤い小さな宝石の様なものが埋め込まれていた。
「これは……!?」
「オレがお前を倒すために必死こいて色んなとこ探し回って手に入れた、希少な氣術器だ。お前お得意の氣術を使おうとすると、体ん中を氣力が暴走する。氣術使い対策用に作られたスグレモノだよ」
「俺を倒すためにこれを……?」
ロベルトは最愛のリアトリスを俺が殺したと思って、ずっと恨み続けてきたのだ。俺は胸を締め付けられる。
しかし、これは俺のせいだ。リアトリスを守れなかったのは俺だし、ロベルトに何も話さずにアリオストを離れたのも俺だ。ロベルトが俺を恨んでいるであろうことは予想していた。
「さ、観念しな」
「……ロベルト、ごめん。リアのこと、それに何も言わずに消えたこと。でも聞いてほしい」
「うるせえ!!」
吐き気に耐えながら発せられた俺の言葉を遮り、ロベルトは剣を振ってきた。俺は咄嗟に身をかわす──が、かわした先に剣の柄が飛んでくる。
「!!」
俺はそれをギリギリで避ける。いや、少し頬に掠った。そして避けたところにロベルトの膝が迫る。何とか躱して拳で反撃しようとするが、それは簡単に避けられてしまった。
──全て動きを読まれている。
「ふん、ずっとイメトレしてた成果が出たな!」
ロベルトは鋭い目を細めながらパンチを繰り出した。腹部に迫る拳を躱そうとした時、再び目眩がして眼前がボヤける。直後、腹にロベルトの拳がクリーンヒットした。
「がっ!!」
激痛が走る。胃の内容物が遡ってくる感覚があったが、精神力でなんとか制止する。しかしこのままではマズイ。捕まって打ち首だ。
即座に飛び退いて踵を返し、全速力で走る。
「おい待て!!」
ロベルトの叫び声と走る音が後ろから聞こえる。ロベルトも足が速い。対して俺の体調は最悪だ。恐らく普通に走っていては逃げ切れない。氣術も使えないため、何とか路地裏などに入り込んで振り切らなければ。
記憶を頼りに複雑な路地がある方へと走って行く。
「行かせねえよ!!」
突然、目の前に巨大な岩がいくつか降ってきた。岩は地面にめり込みながら砂埃を撒き散らす。俺は砂埃を腕でガードしながら急ブレーキをかけて止まった。完全に進路を塞がれている。
「くそ!」
もう逃げ道が無い。俺は振り返り、追いかけてきたロベルトを迎え撃とうとする。
「はっ! 袋の鼠だぁ!!」
ロベルトの拳を躱し、カウンターを繰り出す。しかしやはり動きは読まれており、見事に避けられて腕を掴まれた。俺は腕を捻って拘束を解き回し蹴りをするが、それもヒラリと躱されて逆にカウンターを食らう。
「ぐう!」
「これで終わりだ!!」
俺が少しフラついたところにロベルトが飛び込んできた。懐に渾身の一撃を入れられる。
「がはっ……!」
次の瞬間全身から力が抜け、立っていられなくなった。俺は崩れ落ち、意識は遠のいていく。
瞼が閉じられる直前、切なそうなロベルトの表情が見えた気がした。




