第105話 実験場へ
エリザベートの言葉に、その場がしんとなる。
アリオストがユニトリクに乗っ取られているかもしれない──それを聞いて俺はアレハンドロの発言を思い出した。彼はキフネをコンクエスタンスの支配下、つまりユニトリクの支配下に入れると言っていた。そして、コンクエスタンスはユニトリクと深い繋がりがあるとも。
「ゆ、ユニトリクに乗っ取られてるってどういう意味なの?」
「何でユニトリクが出てくるんだ?」
八雲とセファンがエリザベートへ質問する。するとエリザベートは笑みを浮かべながらこちらを見た。
「ふふーん、オルトくんは分かってるんじゃないかな?」
「……ユニトリクの王族関係者の中に、コンクエスタンスと繋がる人間がいる。そいつがコンクエスタンスを使ってアリオストにスパイを派遣し、この国を乗っ取ろうとしてるってことか」
「え、ユニトリクの王族ってオルト達エルトゥールとあと二つの神子一族のことよね!? その中に裏切者がいるってことなの!?」
「マジかよ!?」
「そ、エリちゃんの予想もそうなんだよねー。だって町の中見て違和感感じなかった? アリオストなのに、ユニトリクみたいになってるものー」
「! あぁ、だからか……」
町に入ってから感じていた違和感。それは、店に並ぶ商品や建物の外観、人々の服装や言葉のイントネーションなどがユニトリクのそれとそっくりなのだ。アリオストとユニトリクは隣国で文化が似ているとはいえ、細かい部分で多少の差異はある。しかしその些細な違いがアリオストから消えているのだ。
「そういえばオルト、なんか町の雰囲気変わったって言ってたものね」
「すぐ答えが出なかったのが情けないよ。六年もいたのになぁ」
「オルトの中ではユニトリクの文化もアリオストの文化も普通になっていたのでしょう。慣れすぎて逆に気がつかなかったのでしょうね」
頭を掻きながら少し落ち込む俺にすかさずフォローを入れる琴音。優しい。
「っていうかユニトリクの神子一族の関係者に裏切者がいるって……オルト……」
八雲が心配そうにこちらを見てきた。ん、可愛い。
「あまり考えたくは無いけど……ローウェンス家かバルストリア家の関係者の誰かがコンクエスタンスと関係を持っている。エルトゥールが滅ぼされたのも、そいつがコンクエスタンスを使って行ったことなんじゃないかな」
「で、でもその二つの神子一族ってオルトの幼馴染の家だろ!? そんなことって……」
「ま、ユニトリクのその三家は王座を奪い合うライバル同士でもあるからねー? 良からぬ方法でライバル排除を狙う輩もいるでしょーよ。オルトくんにとってはあんま考えたくはないことだろうけど」
「……心の片隅ではずっと考えてたよ。信じたくなくてなるべくそう思うのは避けてたけど、アレハンドロからユニトリクとコンクエスタンスの関係を聞かされてからはそうもいかなくなったな」
「「オルト……」」
八雲とセファンが複雑な表情でこちらを見上げた。
「まぁでも神子一族の中にそういう人間がいるのか、それとも一族を取り巻く関係者の中にいるのかも分からないしな。まだレオンやハインツの家族がエルトゥール殲滅を画策したと決めつけるのは早いよ」
「そ、そうよね! 残りの二家の使用人とか庭師とか料理人とか一族のファンとかが犯人かもしれないし!」
「そうそう、ファンファンが犯人かもしれないし!」
「何でだよ!! 俺ユニトリク行ったことねーよ!」
「あはは、冗談冗談ー」
「八雲もあだ名連想されるようなことゆーな!」
「え、私のせい!?」
「……お後がよろしい様ですね」
琴音が締めたところで、俺はまたエリザベートへ質問する。
「クーデターとアリオストの今の状況については分かった。で、もう一つ調べてるっていう実験場のことは何か分かったのか?」
「うんうん、オルトくん達はそっちが本命だよね? 何か分かったか、と聞かれれば分かったよ、と答えるかなぁ」
「また面倒くせー言い方するなあ? 普通に教えてくれよ!」
「おやおや、ファンファン急いては事を仕損じるよー? 男ならどんと構えてなきゃ!」
「うおお、面倒くせえ!!」
「……情報の代わりに何か対価がいるってことか?」
セファンが頭を掻き毟るのを尻目に、俺はエリザベートに質問する。彼女はトレジャーハンターだ。職業柄、何か価値のあるものを相手に渡す際は等価の何かを要求する契約を交わす。俺達が今欲している情報は、彼女にとって契約を交わすべき価値のものなのかもしれない。
そう思っていると、エリザベートはうーん、と言いながら人差し指を顎に当て首を傾げた。そして目だけで部屋を一周ぐるりと見回した後、俺を見てウインクする。
「……?」
「うんにゃ、大丈夫! 本当なら取引するんだけど……オルトくんからは十分もらってるから」
「え、オルト……何かあげたの?」
「い、いや……?」
八雲が怪訝な顔をしてこちらを見る。何か妙な疑いをかけられている気がする。
直後、急にエリザベートがニヤニヤしながら腕を組んできた。
「ごめんねー八雲姫? オルトくんから色々イイコトしてもらっちゃったー」
「は!?」
「えぇ!?」
「な、オルト何したんだ!?」
「……不潔です」
「誤解だ!!」
八雲の顔が急に真っ赤になり、そしてその後目つきが鋭くなる。琴音の視線も非常に痛い。いやいや、冤罪だ。
「あは、やっぱ八雲姫の反応は面白いわねー! 冗談よ、冗談! オルトくんが話してくれたエルトゥールの過去、あれだけでかなり価値のある内容だからね。前教えた情報だけじゃたくさんお釣りがくるくらいだもん。だから普通に教えてあげる! っていうか琴ちゃんも中々良い顔してるー」
「わ、私は何も動揺なんてしてませんよ!」
「琴音、そんなに必死で言うとかえって怪しーぜ?」
「……」
琴音は少し顔を赤らめて咳払いした。そして顔を上げ元の表情に戻る。八雲も落ち着きを取り戻した。
「も、もうエリちゃんっ! からかわないでよね」
「もぉーー可愛いなぁ八雲姫は。またやりたくなっちゃうじゃない」
「いや勘弁してくれよ……」
俺がエリザベートの腕を解いたところで本題に戻る。ヴォルグランツ北にあるという実験場についてだ。
「まぁエリちゃんも詳しい情報までは掴んでる訳じゃないんだけどねー。でも位置は分かったわよ」
「! どこにあるんだ?」
「アイゼン渓谷。ここから北に馬車で大きな街道を通って半日ってとこかしら。渓谷に着くと急に切り立った崖になって馬車は通れないわ。入口すぐの崖から崖に架かってる長い橋を渡って奥に入るとしばらくして滝がある。その滝の裏側に実験場とやらはあるらしいわよ」
「滝の裏側!? なんかすげー!」
「裏側なんて行けるのかしら……」
「ま、エリちゃんが掴んだ情報はこんなとこかしら」
「凄い詳しいな。ありがとう」
「いえいえー!」
さすがエリザベートだ。あの秘密組織の実験場の場所をそこまで詳しく特定するとは。どんな手を使ったのかは知らないが。
「じゃあ明日はアイゼン渓谷に突撃ね?」
「そうだね」
「あ、でも気をつけてねー? アイゼン渓谷って何か変な噂あるみたいだしー」
「「変な噂?」」
八雲とセファンがハモりながら首を傾げた。
「……ウルビースト」
「そうそう! オルトくんはここに住んでただけあって知ってるわよねー」
「オルト、何なのそれ?」
「アイゼン渓谷に生息するって言われてる獣魔だよ。姿形も能力も不明、ただ人間を襲うらしいってことだけが分かってる都市伝説みたいなやつ」
「姿形が分からないのに存在だけは知れ渡っている、というのは不自然ですね。目撃者がいるから知られているはずなのに、目撃した容姿の情報が無いのは何故でしょう」
「だから都市伝説なんだよ、存在自体を疑うような。でも実際にウルビーストを倒そうと渓谷に入った人達は戻ってないらしい」
「じゃあもしかしたら、アイゼン渓谷でそのウルビーストに遭遇するかもしれないってことね」
「うげぇ。そんな訳わかんねー獣魔がいる場所に行くのか……」
「留守番しててもいいよ?」
「留守番しててもいいわよ?」
「留守番しててもいいですよ?」
「しねーよ!! 何で皆声揃えて言うんだ!?」
俺達三人の発言に全力でセファンが抗議する。とその時。
「…………ふっ」
今までずっとダンマリだったグランヴィルが静かに笑った。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
翌日朝。
あのボロい空き家で一晩寝泊まりした俺達は、ヴォルグランツの町の北にある門を目指している。エリザベート達とはあの後すぐ別れた。今頃はまたクーデターについて調査しているのだろう。
エリザベートの話だと北門から出ている馬車で渓谷まで半日らしいが、それが使えない俺達は徒歩で向かう予定だ。
「……今のところ大丈夫そうね」
「門の警備が厳しくなってなければいいんだけど」
昨日指名手配犯の俺がこの町にいることは市井の者に完全にバレた。もしかしたら空き家まで捜索が来るかもしれないとかなり警戒していたが、何事も無かった。
今こうしてフードを被りながら歩く町中の様子は穏やかだ。セファンと琴音も昨日俺と一緒に逃げたところを見られているはずなので、今日はローブとフードで身を隠しながら歩いている。葉月とサンダーはそれぞれ八雲とセファンのローブの中に隠れており、少々窮屈そうだ。
道中が捜索の騎士だらけだったらどうしようかと思っていたが、そこまでの事態にはなっていないらしい。問題なく町を抜けられるといいが。
「「「「……あ」」」」
そんな淡い希望は打ち砕かれる。視線の先、門周辺には十人ほどの騎士がうろついており、門を通ろうとする者には検問を行なっている。
「これ、出られねーパターンじゃね?」
「じゃあ俺は留守番してるからあとはセファンに任せようかな」
「無理だよ!! っていうか俺もオルトの同行人だって顔バレしてるからダメだろ!」
「どうしましょ……検問なんて受けたら一発でバレるわよね?」
「ここがダメなら他の門から出て周りこんだほうがいいでしょうね。ただ他の門もこうなってる可能性は高いですけど」
「だよな……どうしようかな」
検問を受けず、騎士の目をかいくぐって外へ出る方法。高い塀に囲まれるヴォルグランツから外の街道に出るためには、この町の東西南北に一つずつある大きな門をくぐる必要がある。門を使わずに出ようと思うと、塀が無い箇所を探さなければならない。俺は昔の記憶を辿ってみる。
「……あそこから出られないかな」
「何かアテがあるの?」
「ヴォルグランツも子供の頃結構探検したからね。リアとロベルトと一緒にコッソリ町から出たりしたこともあるんだけど、その時に使った抜け道が使えないかな」
「……オルトって懲りないのね。まぁ私も人のこと言える立場じゃないけど」
「はは、さすがにエルトゥール滅亡のすぐ後はそんなこと全くしなかったけどね。耳が痛いよ」
「まぁそー言うなよ? 探検は男のロマンだぜ!」
「その抜け道っていうのはどこです?」
「こっちだ」
門から離れ、人通りのない道を塀沿いに進んでいく。
少し歩くと塀が途切れ、御神木級の一本の大木がうねりながら生えている場所が見えた。大木の箇所だけ塀が無く、有刺鉄線が張り巡らされている。
「あそこだ」
「あれ電流とか流れてないわよね?」
「それは大丈夫」
「案外簡単に出られそうだな!」
「油断禁物ですよ。誰か見ているかもしれませんし」
俺達は早足で大木のもとへと進む。人目をはばかりながら歩き、周りを見回して人がいないことを確認してから全員目を合わせて頷く。そして俺は有刺鉄線の中をくぐり抜けようとした。
その時、上方に何者かの気配を感じる。
「……ユーリ?」




