第102話 事件の収束
建物の崩壊が止まったことに気がついて、町人達は走るのを止めてこちらを見た。最初は皆呆気にとられて口を開けていたが、次第に状況を飲み込んでオルトへ賞賛の拍手を送る。
「あ、あんた凄いな! さっき竜と戦ってた時もそうだったけど」
「また助けてくれて本当にありがとうございます!」
「さすが神子様のお付きの方だ!」
「あ、いや俺は……」
逃げていた町人達がこちらへと引き返してきた。そして次々と話しかけてくる。オルトは困った顔をしていた。恐らく注目されて正体がバレるのが嫌なのだろう。
「フィオラ様、大丈夫ですか!?」
シンシアが焦った表情で走ってくる。
「は、はいぃ……お、オルトさんがぁ、まま守ってくれたのでぇ……も、問題ありませぇん」
相変わらずオドオドしながら受け答えするフィオラ。フィオラが神子であることは既に町人達に知られているらしい。こんな挙動不審な様子を見られて大丈夫だろうか。神子は信用第一なのに。
「神子様はなぜ建物の中にいたのです?」
「どうしてケーキ屋が突然爆発したんですか?」
「神子様、そちらの方達は一体どなたです?」
町人達の質問攻めの矛先がフィオラに向いた。さらにフィオラのオドオド感が増す。町人達は好奇の目で私とセファンを見ていた。
町人達のプレッシャーに気圧されて、フィオラが手をモジモジさせながら伏し目がちに口を開く。
「え、ええっとぉ……こ、この人達はぁ……」
「グオォーー!!」
その時、大音量の嘶きが聞こえた。野太い鳴き声の振動で肌にビリビリとした刺激を感じる。声の発生源の方へと視線を向けると、倒れていた黒竜が起き上がっていた。琴音が人払いをしてくれたお陰で、近くにいるのは琴音一人だけである。
「わあぁ!? 竜が起きたぞー!」
「きゃあーー!!」
「ひいっ! 逃げろぉ!」
悲鳴をあげて町人達は一斉に散開していく。緊張が走った。
しかし、黒竜は特に暴れることもなくただその場でうずくまる。全く攻撃に移る気配はない。琴音は苦無を構えたまますぐそばで様子をうかがっていた。
「何か……様子が変ね?」
「行ってみよう」
「うげ、近づいて大丈夫か?」
「はわわぁ」
「ここで待っててもいいよ?」
「……じゃあ俺そーしようかな」
「わ、わわ私は行きますぅ……」
「え!? なら俺も行く!!」
「ほらさっさと行きましょ!」
私達は黒竜に近づいて行く。黒竜は相変わらずうずくまったままで、特にこちらを威嚇する素振りは見せない。それどころか、震えていた。
すぐそばまで来ると、琴音が一歩引いて苦無を下ろす。
「この竜、どうしちゃったの?」
「分かりません。先ほどの爆発音で起きたのですが、特にこちらを攻撃する訳でもなく……怯えてるみたいですね」
黒竜の方から目を離さずに琴音はそう言う。
「アレハンドロに好き放題やられて人間が怖くなったのかもしれないね」
「はうぅ……そ、そうですよねぇ……ひ、酷いことされちゃいましたもんねぇ……か、かか可哀想ですぅ」
「そんなに酷いことされたの?」
「あぁ。影を埋め込まれて操られて、しかも使えない氣術まで無理矢理絞り出させられてた。お陰で体はボロボロの筈だよ」
「うわ……ホントえげつねーことする奴だな」
すると、フィオラが黒竜の方へと歩を進める。
「フィオラ様!?」
「おい、あぶねーぞ!?」
シンシアとセファンの制止を聞かず、フィオラは黒竜に右手で触れる。すると黒竜がビクッと動いた。そして首を少しだけ持ち上げてフィオラを見る。
「グルル……」
黒竜がフィオラを見ながら唸り声をあげた。オルトと琴音はそれぞれいつでも黒竜の攻撃に対応できる様に構える。
「……あ、あの……だ、大丈夫ですよ。わ……私達は怖くありません。あなたを傷つけたりしませんから……だから、怖がらないでください」
「グルル」
フィオラは竜に睨まれて最初は腰が引けていたが、言葉を紡ぐうちに次第に優しく、そして堂々した喋り方になってくる。竜の目を見つめて真剣に、真摯に語りかけた。しかし黒竜は警戒を解かない。
「人間は……酷いことをしますよね。本当にすみませんでした」
「グルルル」
「でも、そんな人間ばっかりじゃないです。今ここにいる人達は皆、優しくて素晴らしい人ばかりです。そこにいるオルトさんが、あなたを悪い人から解放してくれたんですよ」
「解放したのはフィオラだよ」
黒竜は唸りながらフィオラを睨み続ける。フィオラは大丈夫だろうか。そもそも言葉がちゃんと通じているのだろうか。
「私は……ただあなたを助けたいだけなんです。だからどうか、怖がらないでください」
「グワァ!?」
フィオラは両手を黒竜の首に当てた。黒竜は驚いて逃げようとしたが、体がボロボロで上手く動かないらしい。フィオラから離れることもできず、ただ少しだけ身じろぎしただけで終わった。
すると、フィオラから淡い光が発せられる。温かい光だ。私の治癒能力と似ている。
「これが……フィオラの力?」
「そうだね」
「ホントだ、何か調子よくなってきた気がするぜ」
フィオラは黒竜に能力を使い続ける。最初は怯えていた黒竜が、段々と落ち着いてきた。
確かに、体の調子が良くなってきた気がする。私の『傷を治す』力とはまた別の、癒す力だ。手を当てた者以外にも効果があるのは……フィオラが力を制御できていないからだろうか。
「グル、ル……」
黒竜の震えが止まり、表情が穏やかになる。ある程度黒竜が回復したところでフィオラが両手を離した。そして竜を優しく撫でた後一歩下がる。
──その時。
「……っ」
「フィオラ様!」
「「「フィオラ!」」」
フィオラが突然崩れ落ちる。地面に倒れる寸前にオルトがキャッチした。
「大丈夫か?」
「……は、はいぃ。ちょ、ちょっと目眩がぁ……し、しただけですぅ」
「フィオラ様、無理はなさらないでください」
シンシアがしゃがんでオルトからフィオラを受け取る。黒竜からは完全に警戒の色は消え、心配そうにフィオラを見ていた。
「たぶんまだ能力の扱いに慣れてないから、一気に全力出しちゃったんだろうね」
「でもお陰で竜はかなり良くなりましたね」
武器をしまいながらオルトと琴音が言った。
「……だ、大丈夫ですぅ」
「おい、あんま大丈夫じゃなさそーだぞ?」
「フィオラ、休んだ方がいいんじゃない?」
すると、黒竜は身を起こして顔をフィオラに近づけた。そして、フィオラの頬を優しく舐める。
「グァ」
「……!」
どうやら黒竜はフィオラに心を開いてくれたらしい。フィオラが嬉しそうに黒竜の鼻を撫でる。黒竜は嬉しそうに目を細めて鼻を鳴らした。
「……み、神子様が竜を手懐けたぞ!」
「わあ! さすが神子様だ!!」
「す、凄い! あの怖くて大きな竜を宥めちまうなんて!」
散開した町人達はどうやら遠巻きに見ていたらしい。次々に歓声をあげながらこちらへ戻ってきた。
「……何か全然心配いらないみたいね」
「な、何がですぅ……?」
こんなオドオドした状態で神子としての示しが付くのか、なんて先ほどまでは思っていたが前言撤回だ。フィオラはやる時はちゃんとやる人。何の問題も無かった。
この後シンシアに町人達の対応を任せて、私達は黒竜を連れて神子屋敷へと戻った。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
あれから三日。シンシアは神子公表による様々な対応に追われていた。具体的には問い合わせ対応やら各所方面への連絡やら……らしい。セファンと琴音は広場やケーキ屋など戦闘で破壊された箇所の修復の手伝い、オルトはフィオラに氣術のコントロールの仕方を伝授している。私は暇して……いる訳ではなく、屋敷の掃除をしたりしていた。なんだかエイリンの屋敷のことを思い出す。
エイリン達同様に神子を発表した際は大変だったが、これまた万能メイドのシンシアの力で特に大きな混乱もなく収まってきている。さすが、この広い屋敷を一人で維持していただけのことはある。
そして今はちょうど夕餉を終えたところだ。
「俺達はそろそろ出発しようと思う。明日の朝にでも」
オルトが話を切り出した。だいぶ事態が落ち着いてきたので、確かにそろそろここを発つ頃合いだろう。
「そ、そうですかぁ。ささ寂しくなりますねぇ……」
「そうですよね、オルトさん達には旅の目的がありますものね。これまでお手伝い頂きありがとうございました。とても助かりました」
「いや、大したことはしてないよ。フィオラもだいぶ力の扱い方が分かってきたみたいだしね。この短期間でコツを掴めるなんて凄いよ」
「そそそんな恐れ多いですぅ……」
「フィオラはそーいうところは凄えのになぁ。ゴンちゃんも簡単に懐かせちまったし。あとはそのオドオドが無くなれば完璧なのにな」
「は、はうぅ……ご、ごめんなさいぃ」
「いや別に責めてねーよ」
この三日でフィオラの挙動不審にも完全に慣れた。セファンは格段にフィオラの扱いが上手くなっている。
ちなみにゴンちゃんとは黒竜ゴンザレスのことだ。変態アレハンドロと同じ呼び方をするのは何となく嫌だし、ゴンちゃん自身もトラウマになっている様なのでそう呼ぶようにしている。ゴンちゃんは神子屋敷の大きな中庭でフィオラ達に飼われることになっていた。
「フィオラ達もこれから色々大変だと思うけど、頑張ってね。私も応援してるわ」
「は、はいぃ……ありがとうございますぅ」
シンシアはテキパキと片付けをしている。琴音もそれの手伝いだ。私もした方がいいだろうか。そう迷っているうちにシンシアが使用済みの食器類を大量に持って食堂から出て行った。
すると、少ししてバタバタとせわしない足音が聞こえた。シンシアが焦った表情で戻ってくる。
「……どうしたのシンシア?」
「あ、あの!! えっと……ちょ、ちょっととんでもないことになってるかも……しれません」
「え?」
その手に紙切れ一枚を持って息を切らしながら話すシンシア。彼女らしくない。どうしたのだろうか。
シンシアがゆっくりとその紙を私達の方へ掲げる。するとそこには──
「「「「……あ」」」」
オルトの似顔絵が中央に大きく描いてあった。
その下にはユウフォルトス・E・エルトゥールの名。上には指名手配犯、と記載されていた。
「あー、ついにやられたか……」
「ちょ、何よこれ!? オルトが指名手配!?」
「あんま似てねーな? こんなにカッコいいか?」
「逃げた、っていうケーキ屋の店員の仕業ですかね?」
「はわわわぁ!? な、何なんですかぁ……お、おおオルトさんってぇ……は、犯罪者なんですかぁ……!?」
「違う!」
ついにコンクエスタンスがオルトを堂々と標的にしにきたらしい。
これからの道のりは……更に困難になりそうだ。




