第101話 ケーキ屋さんを探れ!
オルトに連れられて私達は早足でケーキ屋へと向かう。しばらく行くと、進行方向に円形状の広場があるのが見えた。正面には二階建ての店があり、その前に人集りができている。店は一階部分が大破しており、せっかくの小洒落た外観は見るも無残な姿となっていた。
「うえー、何か人いっぱいいるなぁ? あれが例のケーキ屋なのか?」
「そうだよ。さっきより人増えてるな……野次馬が集まってきたか」
「し、シンシアぁ、だだ大丈夫でしょうかぁ……」
「ここからじゃ人が多過ぎてよく見えないけど……シンシアって人がケーキ屋を封鎖してくれてるのよね?」
「うん、ケーキ屋の中はコンクエスタンスの拠点になってるからね。関係ない人達が余計な物見て口封じされたらいけないし」
私達は会話しながら店の方へと近づいていく。すると人集りに辿り着く直前、広場の中央あたりにも人が集まっているのに気がつく。
「……あれは」
私の声に反応して皆が足を止め、そしてもう一つの人集りを見た。人と人との間から、その中心に何があるのか見える。とても大きい黒紫の何かが横たわっていた。
「オルト、もしかして」
「うん、あれが黒竜だよ」
「うげー!? でかくねぇ!? ってかあんな普通に皆近づいてて大丈夫なのか!?」
「だいぶ弱ってたからしばらくは目を覚まさないと思うよ。シンシアさんには皆を近づけない様に頼んだんだけど……さすがにこんだけ野次馬が増えれば一人で封鎖と見張りは無理か」
「ででですよねぇ……い、いくら万能なぁ、し、シンシアでもぉ……む、無茶なぁお願いでしたぁ……。はわわぁ、や、やっぱりぃ、私も残ってぇ、シンシアと一緒に見張りをしていた方がぁ……よ、良かったですかねぇ……。そ、そそそうですよねぇ、わ、私が屋敷にぃ、も、戻ったところで何もしてないですしぃ……あ、あぁでもぉ、の、残ったところでぇ、た、たたただの足手まといにぃ、な、なりそうですしぃ……ああぁ、わ、私なんかぁ……」
「あーー大丈夫よフィオラ! あなたがオルトと一緒に来てくれて良かったわ! ホッとしたし!」
「そそそうですかぁ……?」
また勝手に鬱モードに入りそうになったフィオラを引き戻す。なかなか難儀な性格だ。
「琴音、黒竜周りの人払いを頼める?」
「分かりました」
オルトの指示で琴音が黒竜の方へと走る。琴音なら例え黒竜が起きても対処できるだろう。あちらは琴音に任せて私達はケーキ屋内部の捜査だ。
オルトが手を挙げるとケーキ屋の前で人々を制止しているメイド服の女性が頷いた。アッシュグレーの髪の聡明そうな彼女がフィオラの使用人、シンシアか。オルトの合図で私達が中に入ることを察したらしい。
店の裏に周り、オルトが裏口のドアを開ける。ドアは何かの衝撃で変形して鍵は壊れており、オルトが少し力を入れて引くと簡単に開いた。
中に入ってみると、一階部分はほぼ全て何か巨大な物が通った様な破壊のされ方をしている。通った場所の壁やテーブル等は抉られ、窓やショーケースのガラスが散らばっていた。
「わ……酷いわね。あ、これが例のチョコレートかしら」
床に落ちていたチョコレートの箱を拾う。箱を開けると、中には昨日もらったチョコレートと同じものが入っていた。
「なぁ、ここ何があったんだ? オルトが戦いで破壊したのか?」
「まさか。黒竜がここで匿われててね。出てくる時に豪快に破壊して登場したんだよ」
「オルトが倒したっていう変態さんは?」
「自爆した」
「「えぇ!?」」
「だからコンクエスタンスの手掛かりを掴めるものがあるとしたらもうここしか残ってないんだ」
「マジかよ……」
「そんな、自爆だなんて……」
命はかけがえのない大切なものであり、何よりも優先されるもの。私は戦闘時の状況を知らないが、命を組織のために簡単に投げ出すだなんてして欲しくなかった。例えどんなに非道な人間であったとしても、私は命を捨てて欲しくない。
私が俯きそう考えていると、頭をぽんぽんと優しく叩かれた。見上げるとオルトが複雑な表情でこちらを見ている。
「……ごめんね」
「あ、いえ、大丈夫よ。オルトのせいじゃないし……」
「取り敢えず、何かコンクエスタンスの情報に繋がりそうなものを探そう」
「うん」
「おう!」
「は、はいぃ」
私達はそれぞれ手分けして店内を探し回る。二階には簡素な寝泊まりスペースがあるくらいで特に何も残っていなかった。一階の奥の広い部屋も黒竜に破壊されてしまっており、ケーキの材料や調理器具などが散乱している。書類や本も散らばっているが、どれも菓子作り関係のものばかりだ。
「なぁ、本当にここコンクエスタンスの拠点なのか? 普通のケーキ屋の厨房っぽいぞ? かなり広いけど」
「ここであのチョコレートを作ってたのは間違いないからね。何かあるはず……ん?」
オルトが部屋奥にある半壊した長く大きい作業台の前で足を止める。作業台奥のスペースを覗き込んでいた。
「何かあったの?」
私はオルトの方へと近寄る。すると、彼の視線の先に大きな穴が空いているのが見えた。ちょうど入口の方から見ると作業台に隠れて見えない位置だ。穴は地下へと繋がっている。地下と言ってもここからではどれくらいの空間が広がっているのかは分からない。ただ深さは約四メートル程で、茶色い壁面と地面が見えていた。ちゃんとした地下施設ではなく、穴を掘って空間を作った感じだ。
「穴? これって一体……」
「うお、何だこれ!? でっけー穴!」
「はわわ、な、何ですかねぇ……!?」
「んーたぶんここに黒竜を匿ってたのかな?」
オルトはそう言いながら穴へ飛び降りる。華麗に着地して地下を見渡していた。
「お、オルト大丈夫?」
「大丈夫だよ。そんなに空間自体は広くないね。壊れた檻があるしやっぱ黒竜の隠し場所だな」
私は穴の反対側に回り込んで床にへばり付き、地下空間の中を見下ろす。セファンとフィオラも同様にした。サンダーはセファンの後ろに立って周りを警戒しながら穴の中を覗いている。
確かに地下の奥に大きな檻があった。正面はひしゃげ、鉄柵が何本も折れており、中から大きな力が加わったのが分かる。地下にはその檻しかなく、オルトの言う通りやはり黒竜を飼うためのスペースだったらしい。
「んーじゃあそこにも手掛かりねーのかぁ」
「な、なかなかぁ、用意周到というかぁ……し、しっかり情報管理されてますねぇ……」
「さすが秘密組織ってことか。拠点の中まで証拠を残さない様にしてるとは……ん?」
喋りながらさらに奥へ進むオルトが何かを見つけたらしい。壊れた檻の奥へと歩く。地下空間自体は檻の奥までで終わっているのだが、檻と壁の間に何かある様だ。ここからでは暗くてよく見えない。
「何かあったの?」
「棚がある」
「「棚?」」
檻の奥側と壁との間、ちょっとしたスペースにオルトの背丈半分くらいの棚があるらしい。おそらくこちら側を背にしている。奥は暗いので私からはぼんやりとしか見えない。
オルトは棚の中を調べる。何個か引き出しを開けて物を取り出した。
「……伊織の薬だ」
「「「!!」」」
影付きチョコレートに使われたと思われる伊織の薬。やはりここで実験に使用されていたのだ。
オルトがまた引き出しを開けて中を調べようとしたその時、彼の動きがピタッと止まる。
「──逃げろ!!」
「「「!!?」」」
オルトが血相を変えてこちらを見た。そして棚からすぐに離れて駆け出す。
「オルト!? 一体どうし……」
オルトが紅く変色した瞳でこちらを見上げた瞬間、棚が眩い光を発した。
直後それは──爆発する。
「きゃあ!!」
「ぎゃー!?」
「ひええぇ!?」
爆炎がオルトを飲み込みそして私達も──と思った直後、目の前が氷の世界一色になる。私達は氷の球に包まれた。爆炎が氷球に激突して軽く振動を感じたが、大したことはない。爆発を見て咄嗟に起き上がっていた私達はへたり込む。
「はあぁ、これオルトかぁ? た、助かったぜ……」
「びびびっくりしましたぁ……」
「お、オルトは大丈夫かしら!?」
氣術が発動していることから無事ではあると思うが。
少し経つと氷が溶けて外の景色が見えた。爆炎は収束したらしい。しかし爆発のお陰で半壊状態だった店内はさらに盛大に破壊され、あちこちに火の手があがっている。
「オルト!!」
下を見ると先程までオルトがいた位置に同じく氷球があり、それが溶けてオルトが出てきた。
「皆大丈夫か!?」
「おう、サンキュ!」
「だ、だだ大丈夫ですぅ」
「問題ないわ!」
オルトはホッとした様に一息付き、辺りを見回す。
「関係者以外が探ろうとすると爆発する仕掛けか。これで証拠隠滅されたな」
恐らくコンクエスタンスの実験などに繋がる情報が入っていたであろう棚は木っ端微塵に吹き飛んでしまった。
しかし落胆する間も無く建物が軋む音が鳴る。
「うおぉ!? ちょ、これヤバくねーか!?」
「はうぅ! くく崩れますうぅ!!」
「は、早く逃げましょ!!」
「皆走れ!」
上昇気流で飛び上がり私達のすぐそばにオルトが着地する。それと同時に全員出口へ向かって走り出した。
柱が次々に音を立てて折れて倒れ、天井は崩れて瓦礫の雨が降ってくる。オルトが剣や氣術でそれらや退路上の障害物を弾き飛ばしてくれているので私達に被害は無い。しかし建物が崩壊するスピードと火の勢いも凄まじい。出口はもう目と鼻の先だが、私達が建物から脱出するのが先か、完全に崩れるのが先か微妙なところだ。
「ま、間に合ってーー!!」
屋根や二階部分がひと塊りとなって大質量が落ちてきた。それが私達の頭に振りかかる直前。
「出、たぁーー!!!」
セファンの大声と共に、私達の体は建物外へと出る。開けた視界の先には崩壊するケーキ屋のそばから離れようと必死に走るたくさんの町人とシンシアがいた。
「まだよ! 走って!!」
建物からは出たが、この位置では崩壊に巻き込まれる。立ち止まりそうなセファンとフィオラの背中を押して走らせた。するとオルトが体をくるりと建物方向に向け、宝剣を鞘から抜いて振る。次の瞬間、完全に崩れて瓦礫と煙と炎を撒き散らそうとした建物が、崩れ落ちたまでの状態で氷漬けになった。建物崩壊の轟音や炎の音と熱気が瞬時に消えて静寂が訪れる。
「……ふぅ」
オルトが宝剣を鞘にしまう。私達は足を止め、オルトの方を見た。
「た、助かったわね」
「はわわぁ、流石ですうぅ。あ、ありがとうございますぅ……」
「……なぁ、わざわざ走って逃げなくても最初からこうしたら良かったんじゃね?」
私とフィオラとセファンは胸を撫で下ろし、氷漬けになったケーキ屋を見ながらそれぞれ感想を述べたのだった。




