第100話 フィオラの真実
メルヴィを倒した後、すぐに気を失い倒れた琴音。私は急いで彼女のもとへ駆け寄り治療を始めた。セファンは元のサイズに戻ったサンダーを抱きながら私の傍に座っている。彼らの治療もまだ途中だ。葉月にはなかなか戻ってこないオルト達を呼びに行ってもらった。風太丸は木の上で見張りをしてくれている。
「琴音、だいぶ良くなってきたな」
「一時はどうなるかと思ったけど……ちゃんと生きててくれて本当に良かったわ」
とは言えかなり酷い怪我だ。完全に治すまでは少々時間がかかる。
「そいやオルトはまだ戻ってこねーのか? 視察だけだったはずなのに時間かかり過ぎじゃね?」
「もしかしたら何かあったのかもしれないわね……オルトなら無事だとは思うけど」
「まさかあっちはあっちで敵に絡まれてるとかなのかな」
オルトとフィオラが向かったのはコンクエスタンスの拠点と思われる場所だ。確認だけして戻ってくるとは言っていたが、トラブルが発生して戦闘になっていてもおかしくない。
「全員の治癒が完了してもまだ戻ってこなかったら、私達も向かいましょ」
「そうだな」
すると、琴音の指がピクッと動いた。
「う……」
「「琴音!」」
琴音がゆっくりと目を開ける。少しの間ぼーっとした後、私の方を見た。
「……八雲」
「大丈夫? 琴音」
「……はい、八雲が治してくれていますので」
「耳はどう? ちゃんと聞こえてる?」
「はい、ハッキリ聞こえます。先ほどまでの無音の世界が嘘のようです」
「良かったわ。ちょっと待ってね、もう少しで治療が終わるから」
頷いた琴音はセファンの方を見た。
「セファン、すみませんでした。私が不甲斐ないせいで、セファンとサンダーが大怪我を……」
「何言ってるんだよ、琴音の方が大怪我じゃねーか! こんなの大したことねえ。むしろ琴音のおかげで命拾いしたぜ、ありがとな」
「セファン……」
その時、風太丸が鳴いた。私達は木の上を見上げる。
「風太丸、どうしたの?」
「クワァ!」
「……帰ってきたみたいですね」
「「!」」
私とセファンは顔を見合わせる。遠くから声が聞こえた。
「──大丈夫か!?」
「はわわわわぁ! な、なななんか酷いことにぃ、な、なってますねぇ……!」
「「オルト!」」
私とセファンは声の主を呼んだ。琴音は首だけオルトの方へ向ける。
オルトとフィオラと葉月がこちらへ駆けてきていた。
「もう、遅いわオルト! 大変だったのよ!?」
「ご、ごめん!」
オルト達がよくやくこちらに辿り着き、琴音は上体を起こす。
「まあいいわ。オルトも何かあったんでしょ? ……なんかまた全身怪我してるし」
「まさかコンクエスタンスとやり合ってたとかか?」
「セファン大正解」
「マジかよ!!」
「やっぱり……」
私は琴音の治療を終え、続いてサンダーの治癒を再開する。それを見てオルトはふう、と一息ついた。
「取り敢えず皆無事みたいだね」
「無事ってほど軽傷じゃなかったけどな。まぁでもオルトの特訓のお陰で死なずに済んだぜ」
「もっと早く帰ってきてくれればもっと無事に済んだんですけどね」
「え、ごめん!!」
「冗談です。私も……特訓の成果が出ました。まさかナンバー四に勝てるなんて」
「ナンバー四ってことは……襲撃に来たのは竜の鉤爪か」
「はい。裏切者である私の抹殺と八雲の身柄確保が狙いでした」
「そっちは一体何があったの?」
「ケーキ屋に入ったら俺とフィオラの正体がバレちゃって。それでキフネ病を流行らせた変態と戦って倒した。この傷はそいつじゃなくて、影で操られた町人達につけられたんだ」
「うげ……えげつねーな」
「な、なかなかのぉ……非道ぶりでしたよぉ……」
「傷は大丈夫? オルト普通にしてるけど、見た目は結構痛々しいわよ?」
「ん、大丈夫。全然大したことないよ」
「ならいいけど……後でちゃんと治すわね」
私はそう言いながらサンダーの治療を終え、セファンの治療へ移る。そのタイミングでサンダーが目を覚ました。最初少しぼーっとしていたが、すぐにキョロキョロした後状況を飲み込んで私の頬を舐めた。治療したお礼らしい。
「フィオラは大丈夫? 怪我はしてなさそうだけど……」
「あ、ああいえぇ、わ、私は大丈夫ですぅ……。お、オルトさんがぁ……かか体張ってぇ、ま、守ってくれたのでぇ……」
「っていうか影で操られた人達に襲われたのよね? 今その人達はどうなってるの?」
「あぁ、フィオラの力で元どおりになったよ」
「「フィオラの力?」」
私とセファンは声を揃えて言う。フィオラは恥ずかしそうにした。
「フィオラから出た光を浴びたら皆影から解放されたんだ。俺が思うに……フィオラは浄化と増強の能力を持っているんじゃないのか?」
「ふ、ふえぇ……?」
「どういうこと?」
「まず浄化。体内にある悪いものを取り除くことができる力。八雲の治癒とは違って、解毒って感じかな? そして増強。フィオラの光を浴びたら俺や町人は体がいつもより軽くなった。それに氣術の威力も増した。まだ能力を出しきれてないのかそこまで飛躍的に身体能力がアップした訳じゃなかったけど、たぶん練習すればかなり戦闘で有利になると思うよ」
「何かよくわかんねーけど、フィオラの能力ですっげえパワーアップするってことか?」
「そんな感じ。まぁあくまで俺の予想なんだけど」
「……なるほど。ではここの木が一夜にしてとんでもなく成長するのはフィオラの力ということですか」
「ふ、ふえぇー!?」
琴音はピンときたと言わんばかりの表情だ。オルトは頷く。
「たぶんフィオラはまだ自分の力のことをよく分かってないし制御もできてない。だから、寝ている間に増強の能力が暴走して庭の木がとんでもないスピードで成長するんだよ」
「ひぇ……ま、まままさか私が原因だったのですかぁ……し、シンシアぁ、ごごごめんなさいぃ」
「シンシア?」
「あぁ、フィオラの元使用人だよ。彼女はコンクエスタンスに捕まってた。今はケーキ屋の封鎖と倒れた黒竜の見張りをしてもらってる」
「「こ、黒竜!?」」
私とセファンは驚く。そんなものがこの町の中にいたのか。というか先ほどオルトはそんなものと戦ってきたのか。そしてそれを使用人に見張らせていて大丈夫なのか。
「……まぁ後で行けば分かるよ。治療が終わったら行けそう? それとも少し休んだ方がいい?」
「えっと……黒竜っていうのの見張りをさせてるなら早めに行った方がいいのかしら? セファンの応急処置くらいならもう終わるけど。あとはセファンと琴音とサンダーが大丈夫なら……」
「私は問題ありません」
「俺も大丈夫だぜ! ここまでしてもらえば後は放っときゃ治るし!」
「ダメよ、ちゃんと後でしっかり治すからね。跡が残っちゃったら困るじゃない」
「俺男だし、そーいうの別に気にしなくていいぜ? 八雲とかフィオラなら跡とか残ると困るかもしれないけどさぁ」
「……私は困らないのですね」
「あ、え!? ごめんそーいうつもりじゃ……!!」
琴音がジロリとセファンを睨んだ。
「酷いわーセファン。琴音だって私とフィオラと同じ女の子よ? ちょっと……いやだいぶ強くて逞しいけど」
「あ、え? えええっとぉ……」
「? どうしたのフィオラ?」
フィオラがなんだか気まずそうにこちらを見ている。どうしたのだろうか。するとオルトが頭を掻きながら私を見た。
「あーえっと……勘違いしてるみたいだけど」
「「?」」
私とセファンは首を傾げた。
「フィオラは……男だよ」
「「…………え」」
「あう……は、はいぃ。わ、私、おお男なんですぅ……」
「「ええぇーーーー!!?」」
衝撃の事実。フィオラは黄緑色のショートカットに少し地味めの服を着た可愛らしい──男の子だった。
「ま、俺も途中で気づいたんだけどね」
「私は分かってましたよ」
「嘘だろおい!? こんなナヨナヨした奴が男だなんてーー」
「はうぅ、ごごごめんなさいぃ!!」
「ちょ、ちょっと! 失礼よセファン!!」
「はわわぁ。そ、そうですよねぇ……わ、私なんてぇ……こんなぁナヨナヨでぇフニャフニャでぇヒョロヒョロでぇ頼りない私なんかぁ……お、男になんかぁ、みみ見えないですよねぇ……。お、男らしさのぉ、かかカケラも無い私なんかがぁ……し、しかもぉ、自分の力もまともに制御できない私なんかがぁ……み、神子だなんてぇ、や、やっぱりぃ……つつ務まらないんですぅ……」
「あーーご、ごめん!! 言い過ぎた! 俺が悪かった!!」
「ほらセファン! フィオラが鬱モードに入っちゃったじゃない!!」
慌ててセファンはフィオラを宥める。オルトも一緒に背中を撫でてやっていると、少ししてようやく落ち着いた。
「……と、取り乱してぇ、すみませんでしたぁ……」
「いや、俺のせいだ。ごめんな」
落ち着いたフィオラは一度、深呼吸する。オルトはそれを見てふう、と息を吐いた。
「よし、じゃあ行こうか」
「えぇ、急ぎましょ!」
こうしてオルト、フィオラと合流した私達はケーキ屋へと向かった。
 




