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神子少女と魔剣使いの焔瞳の君  作者: おいで岬
第7章 実験場
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第98話 血塗れの女

 先程まで倒れていた場所で、琴音が立ち上がってメルヴィを睨みつけている。両耳からは血が流れ、落下した衝撃で全身に傷を負っていた。


「あらま、よく起き上がれたわね。あの鳥はあなたの使い魔かしら?」


「相棒です」


「へぇ、鳥を出すなんて特殊な力持ってるのね。せっかく鮮血が噴き出すのが見られると思ったのにまた邪魔されちゃったわ」


「私の仲間を傷つけることは許しません」


 琴音が苦無をメルヴィに向ける。メルヴィは髪を弄りながら琴音を睨み返した。


「琴音、大丈夫なの!?」


「……」


 琴音からの反応が無い。すると私に気づいた様にこちらに視線を向けた。


「……」


「……琴音?」


 琴音の様子がおかしい。私の声が届いていないのだろうか。


「変ねえ。あなた、私の超音波を至近距離で食らったわ。耳は使い物にならないはずよ。どうして私と会話できてるのかしら?」


「……耳は聞こえずとも、唇の動きで何を言ってるかは分かりますよ」


「あら、読唇術なんて使えるの? 素敵」


 なるほど、私が喋る瞬間を見ていなかったから琴音は反応しなかったのか。というか読唇術も会得しているなんてさすが忍者。


「でも、ってことは琴音耳が全然聞こえてないのよね……」


 琴音は衝撃波を音を頼りにかわしていた。それができないとなると、かなり不利な状況になる。


「それにあの超音波をゼロ距離で受ければ、脳にダメージが入って大抵の人間はしばらく目覚めることなんて無いわ。高所から落下してもその程度の怪我で済んでるし……ずいぶんと頑丈なのね」


「昔から訓練はしてますので」


 琴音はそう言いながら手で合図し、風太丸を私の方へと向かわせる。メルヴィは風太丸を見たが、特に攻撃はしなかった。


「あなたを殺した後あの子も鳥も殺してあげる。おチビちゃん、結構良い色の血だったの。切り刻むのが楽しみだわぁ。あの大きな鳥の血の色も気になるし」


「させません。私がここであなたを倒します」


「言ってくれるわね、裏切者」


 メルヴィがサーベルを構える。

 その時ちょうど風太丸が私の結界へと辿り着いた。私は結界の中へ風太丸を入れてやる。風太丸は着地し、セファンとサンダーを優しく下ろした。


「大丈夫、セファン!?」


「うぐ……だ、大丈夫。俺よりサンダーが……!」


 セファンは血が入ってしまった目をこすりながらサンダーを指差す。サンダーはぐったりと倒れており動かない。サンダーに急いで近づいて見てみると無数の裂傷があり、四肢は骨が折れて変な方向に曲がっている。衝撃波の威力の強さがうかがえた。


「もし鎧が無かったら死んでたわね……」


 私はすぐ治癒をかけ始める。セファンがフラつきながら横に腰を下ろし、サンダーを心配そうに見つめた。


「ごめんな、サンダー……」


「大丈夫、ちゃんと助けるわ」


「頼む……」


 治癒を続けつつ、私とセファンは琴音とメルヴィの方を見た。風太丸は飛び立ち、琴音の上空を旋回する。


「へえ、あれが治癒能力。便利ねえ」


「……余所見している場合ですか」


 琴音が手裏剣をいくつか投げる。メルヴィはすぐ振り返り、それを弾いた。その間に琴音はメルヴィの真後ろに跳躍して移動し、苦無で切りつけようとする。しかしメルヴィは後ろ向きのままサーベルの切っ先を脇の間から通し、琴音を狙った。琴音はすぐ反応して苦無でサーベルの軌道を逸らし、もう片方の手にも苦無を構えてメルヴィの背中を切りつけた。メルヴィがすぐ反転したためかすり傷程度にはなってしまったが当たり、服が裂けて間から少し血が滲んでいるのがチラリと見える。


「あは、やってくれるじゃない! でもそれだけよ!」


 メルヴィはすぐさま掌を琴音に向け、衝撃波を放った。琴音は衝撃波のモーションに気づいて高くジャンプし、衝撃波の軌道から抜ける。


「そうすると思ったわ! でも上空じゃ避けられないでしょう?」


 宙を舞う琴音にメルヴィが続けて衝撃波を発する。


「風太丸!」


 琴音が叫ぶと同時に風太丸が降下して彼女を背に乗せ、メルヴィの攻撃を避けた。そして琴音は風太丸の上から何かをメルヴィに向かって投げる。


「……!?」


 メルヴィの足元に投げつけられた灰色の小さな球体。メルヴィがキョトンとしてそれを見た瞬間、球から煙が噴き出しそして爆発した。


「!!」


「うおお琴音凄え! あんな物騒な道具携帯してたのか!」


「や、やっつけたかしら!?」


 なかなかの火力の爆発だ。いくら竜の鉤爪の幹部といえど、モロに食らえばかなりのダメージのはずだが。

 風が吹き、爆煙が晴れる。するとそこに──余裕の表情で佇むメルヴィがいた。


「え、あれで無傷かよ!?」


「そんな……」


「ちょっとビックリしちゃった。でも残念だったわね。衝撃波で相殺させてもらったわよ」


 体周りに衝撃波を発生させて、自分周囲だけ爆発を打ち消したらしい。琴音は難しい顔をして風太丸の上からメルヴィを睨んでいた。


「さあ、下りてきてもらおうかしら」


 メルヴィは不敵な笑みを浮かべる。すると琴音が私達に向かって叫んだ。


「!! 耳を塞いでください!!」


「な!?」

「え!?」


 私は咄嗟に両耳を手で塞ぐ。セファンは自分の両耳を塞ぎながらサンダーの頭に覆いかぶさり、耳を塞いだ。

 次の瞬間、メルヴィが大出力で超音波を出したらしい。周りの景色が歪んで陽炎の様に揺れ、薙ぎ倒されずに残っていた木は振動していた。しかし耳を塞いでいない琴音と風太丸は平気な顔で上空からメルヴィを見下ろしている。


「……どういうことかしら? 今のをまともに食らえば脳に相当なダメージがいくはずよ」


「まともに食らえば、ですよね」


 直後、風太丸が羽を畳んで直滑降でメルヴィへ迫る。メルヴィはかわして風太丸を斬ろうとしたが、琴音が苦無でガードした。風太丸は琴音を乗せたまま再び空へ舞い上がり、そして直滑降する。風太丸の鋭い嘴がメルヴィを狙うが、サーベルで弾かれた。それと同時に風太丸の首をサーベルがかする。隙をついて琴音が手裏剣を投げた。メルヴィの左腕をかする。そしてまた風太丸は上空へと飛んだ。しばらく同様の攻防が続く。


「……あぁ、なるほど。耳栓ね。そんなものまで持ってたの」


「即席ですけどね。あなたが薙ぎ倒した木と藁で作ってみました。同じ手は食らいませんよ」


 攻防を続けるうちに琴音と風太丸の耳に栓が入っているのが見えたらしい。いつの間にそんなもの作ったんだ。


「はぁ、小賢しいこと。イライラしてきちゃった」


 そう言いながらメルヴィはうなだれた。そして溜息をついた後、顔を上げる──表情が変わった。眼光は鋭く、笑顔が消えて怒りが露わになっている。


「さっさと死んで血をぶち撒けなさい!!」


 メルヴィは両手を掲げ、衝撃波を放った。両手からそれぞれ発射された衝撃波は、残り少ない木を抉りつつ湾曲した軌道を描きながら琴音達に迫る。ここからでも音で衝撃波の位置がだいたい分かった。


「くっ!」


 風太丸は旋回して衝撃波の軌道から外れる。風太丸は耳栓をしていても衝撃波の位置が分かるらしい。野生の力だろうか。

 しかし次の瞬間、それぞれ反対方向に逸れた衝撃波はUターンして再び琴音達を襲いにきた。挟み撃ちだ。


「琴音、危ない!!」


「クワァ!」


 風太丸が真上に急上昇する。すると、挟み撃ちにきた衝撃波同士がぶつかり、相殺された。それを確認した風太丸は急降下でメルヴィへ迫る。


「いらっしゃい!!」


 メルヴィは風太丸に向けて衝撃波を出した。風太丸は速度を緩めず畳んだ羽を少し広げて軌道を変え、衝撃波をかわす。あと少しでメルヴィに嘴が届く、そう思った時メルヴィはサーベルを風太丸へと投げた。


「クアァ!!」


 至近距離まで迫っていた風太丸は避けきることができず、肩にサーベルが刺さる。しかし構わずメルヴィの喉を嘴が突こうとした時。もう一本出てきたサーベルが風太丸の目を狙った。


「はあっ!」


 サーベルが風太丸の目を貫こうとした直前、琴音の苦無が刃を弾き返した。サーベルが後方へと回転しながら飛ぶ。そして琴音は風太丸の背中から飛び、メルヴィの首を苦無で狙った。メルヴィのもう一本のサーベルは風太丸の肩に突き刺さったままであり、彼女は今丸腰だ。


「ふふ、上出来よ」


 メルヴィがニヤリと笑う。そしてまた一本新たにサーベルを取り出して苦無を弾いた。さらにもう一本、即座にもう片方の手でサーベルを取り出し琴音の胸を貫く。


「……がはぁっ!!」


 サーベルが刺さった風太丸は崩れ落ち、琴音の背中からは長く鋭いサーベルが突き出る。


「「──琴音!!」」


 思わず私はサンダーの治療を止め、立ち上がった。セファンはサンダーを抱きかかえながら琴音を見る。


「そ、そんな……!」


「嘘だろ……!?」


 琴音の口からは血が滴り、手足は力なくだらんとぶら下がった。目からは生気が消える。


「あぁ、なんて素敵な光景……なんて良い鮮やかな赤色! はぁゾクゾクしちゃう。やっぱり血は良いわねえ!!」


 メルヴィは半狂乱気味に高笑いし、サーベルで串刺しになった琴音をまじまじと見る。

 あぁ、何てことだろう。琴音は……死んでしまったのだろうか。


「嫌……嫌よ琴音!!」


 私の全身から血の気が引く。どうしよう、琴音が刺された。動かない。琴音が死ぬだなんて絶対に嫌だ……助けなければ!

 そう思い、私は結界の外へと踏み出そうとした。



 しかし直後、メルヴィの顔が硬直する。



「……え?」



 メルヴィは視線を落とす。すると、自身の胸からサーベルが突き出ていた。


「がはあぁ!」


 メルヴィは琴音を突き刺していたサーベルを手放す。それと同時に琴音の体は液体へと変化して流れ落ちた。風太丸の体も液体に変わり、地面を濡らす。


「ぐ……な、に?」


 メルヴィの後方に目をやる。すると、そこに琴音と風太丸が立っていた。二人共無事だ。


「……これ、は……幻術か何かかしら、ね?」


「……変わり身ってやつです」


「へえ……? うぅ、やってくれたわね……!!」


 メルヴィは血を吐きながら琴音の方へ振り返った。落としたサーベルを拾い、両手に武器を持った状態で臨戦態勢に入る。


「! その状態で動ける訳が……」


「あるのよ!」


 サーベルが刺さったままで琴音へと向かっていくメルヴィ。常軌を逸している。

 何事も無かったかのようにメルヴィはサーベルを振り、琴音を斬りつけようとした。琴音は苦無で応戦し、反撃する。そしてお互い一歩も引かない撃ち合いが始まる……と思いきや、メルヴィがサーベルを投げた。


「! 風太丸!!」


 投げられたサーベルは琴音のすぐ後ろでスタンバイしていた風太丸を狙う。間一髪、風太丸は飛び立ち凶刃から逃れた。そして一瞬気を取られた琴音をサーベルの刃が襲う。


「うあっ!」


 琴音の右肩が斬られた。血が噴き出し、紫の忍装束が赤へ染まっていく。そしてメルヴィがさらに追撃しようとする。しかし琴音は歯を食いしばり、腹を狙うサーベルを苦無で受け止めた。そしてもう一本の苦無でメルヴィの顔面を突き刺そうとする。


「なっ!?」


 だがメルヴィはその苦無を掌で受け止めた。正確には、掌に苦無を刺させて止めた。そしてメルヴィが歪に笑った瞬間、その掌から衝撃波が発射される。


「!!!」




 ゼロ距離での衝撃波。避ける暇は与えられていなかった。


「ああああ!!!」


 琴音が咄嗟に出現させた水の壁。それは瞬く間に弾け飛び、彼女の体は血を撒き散らしながら大きく飛んだ。地面に打ち付けられ、何バウンドかした後転がって止まる。悲痛な鳴き声を発しながら舞い戻ってきた風太丸が琴音の前に立ち塞がった。


「琴音!!」


「や、八雲ダメだ!」


 結界から飛び出そうとする私を服を引っ張って止めるセファン。


「あぁ、私もあなたも死にかけの血塗れ。げほっ……なんて美しい光景なの。もうたまんないわぁ」


「……がはっ。この変態め……」


「あらあ、まだ起き上がれるのね」


 ゆっくりと、そして震えながら立ち上がる琴音。もはや満身創痍でまともに立ってはいられないだろう。


「うふふ、仕上げにもっと盛大に血を出させてあげるわあ」


 メルヴィが左手の血を舐めながらサーベルを琴音へ向けた。風太丸が威嚇する。

 すると、琴音が口角を上げた。


「……もうそろそろ、ですかね」


「え……?」


 琴音が出血する右肩を押さえながら言った。メルヴィの表情が歪む。そしてその直後、メルヴィはフラつき倒れた。サーベルが手から離れ、高い音を立てて転がる。


「な、ん……ですって?」


「苦無に毒を塗っておきました。効いたみたいで良かったです」


 メルヴィの背中の切り傷。琴音が苦無でつけたものだ。そこから毒が回ったらしい。


「さすがナンバー四です。こんなに毒が回るまで時間がかかる人は初めてです」


「ぐ……うぅ、おのれえっ!!」


 メルヴィは苦しそうにもがく。しかし体は言うことを聞かず、地面にひれ伏したままだ。


「もう動けませんよ。わざわざ私のためにここまで御足労頂きありがとうございました。……自分の血を見ながら逝ってください。さようなら」


「ああぁ、裏切者。やってくれたわね。はあ、大好きな血を眺めながら逝ける、最高じゃない! あははははは!!」


 メルヴィは狂ったように大声で笑う。琴音が足を引きずりながらメルヴィへと近づいた。

 すると風太丸が私達の目の前に羽を広げて立ち塞がる。琴音とメルヴィが見えない。


「ちょ、風太丸!?」


「おい!? 見えねーよ!?」


「クワァ」


 風太丸は横目でこちらを見ながら頭を振った。



 そして──メルヴィの高笑いが消えた。


「……琴音」


 風太丸が私達の前をどく。見えた先にはメルヴィの姿はどこにも無く、琴音だけが右肩を押さえながら立っていた。





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