第96話 変態は最高の褒め言葉
琴音が屋敷の壁を蹴り宙を舞う。その瞬間蜂の羽音様な音と共に見えない何かが飛んできた。それは今さっきまで琴音が張り付いていた壁に当たり破壊する。
「うおおお!? 何なんだああ!?」
「ひゃあああ!?」
破壊された壁の瓦礫が落ちてくる。私は結界を張り、自分とセファン達を守った。
琴音は飛びながら苦無を謎の衝撃波の発生源へと投げる。木々が鬱蒼とし過ぎてここからでは衝撃波の犯人が見えなかったが、苦無を弾く金属音が聞こえた。琴音は大木の枝に着地する。
「琴音大丈夫か!? 一体何が……」
「しーっ」
セファンが大声で琴音に尋ねようとした時、琴音は口に人差し指を当てそれを制止した。そして手でどこかへ行けと合図する。
「……セファン、琴音の言うとおり隠れましょう」
「……おう」
私とセファンは小声で喋って移動する。姿勢を低くして茂みに隠れながら少し離れた木の陰に隠れた。
「一体何が起きてるんだよ? 琴音は大丈夫なのか?」
「私にもさっぱり分からないわよ。いきなり変な攻撃が飛んできて……でもさっき女の人の声が聞こえたわよね? 裏切者って言ってた様に聞こえたんだけど……」
「裏切者?」
「もしかして……竜の鉤爪が琴音を追ってきたのかしら?」
「!! マジかよ」
私とセファンは琴音の方を見る。後姿しか見えないが、彼女は明らかに警戒態勢を取っていた。
すると再び女性の声が聞こえる。
「はーあ。やっと出会えたわね、裏切者さん?」
「……あなたは?」
「あら、私のこと知らない? まぁ支部も違うし仕方ないかあ。あなたは脳筋ガルシオの下にいたんだものね? 遠いところからわざわざここまで追いかけるの結構大変だったわよ?」
「……まさか」
「私は竜の鉤爪ナンバー四のメルヴィ。ボスに頼まれて裏切者のあなたを始末しにきたわ」
「!!!」
「それと……あなたと一緒にいる治癒能力の少女を頂きにね。さっき後ろでコソコソしてたのはその少女でしょ?」
メルヴィの言葉に私とセファンは肩をビクッとさせた。これはまた最悪の展開だ。オルトがいないこの時に竜の鉤爪幹部が襲撃してくるだなんて。しかも琴音が以前敵わないと言っていたガルシオよりもランクが一つ上。このままでは私以外皆殺しになるかもしれない。
「……私は始末されるつもりはありませんし、八雲を渡すつもりもありません。お引き取りください」
「うふふ、誰に向かってものを言っているのかしら? あなたに拒否権なんて無いのよ」
メルヴィが言い終わると同時に再び不快な低音と見えない攻撃が放たれる。音で攻撃の位置を察知しているのか琴音は跳躍してかわし、代わりに木の幹が大きく抉れた。そして琴音がまだ着地しないうちに第二波が飛んでくる。琴音はすぐそばにあった木の枝をつかんで即座に方向転換し、衝撃波の軌道から逸れた。衝撃波は近くの藪や気を薙ぎ倒し、道路から屋敷までの道を切り開く。おかげでこちらからメルヴィの姿が確認できた。
「まるで猿ね。アクロバティックだわ」
オレンジ色の髪を腰まで伸ばし、高いヒールの靴に大きく胸元の開けた妖艶な服装という肉弾戦には向かなそうな格好をしている。顔は美人で胸が大きくスタイルが良い。全身から男を何人も誑かせそうな色気を放っていた。そして左掌には切り傷があり、血が出ている。右手にはサーベルを持っていた。
「全く……こんなごちゃごちゃしたところじゃ戦いにくいわね。全部吹き飛ばしちゃおうかしら?」
そう言いながらメルヴィは左手から滴る血を舐めた。そしてうっとりとしながら琴音を見る。
「ん……あぁ血はいいわねぇ。ゾクゾクしちゃう。裏切者、あなたの血も見てみたいわあ。それに治癒少女の血も。ちょっとそそらせてくれないかしらね?」
「……!!」
メルヴィが私の方へと視線をずらした瞬間、怖気が走った。あの女はヤバい。
「な、なんだよアイツ……! ただの変態じゃねえか!」
「キュ、キュウ」
眉間に皺を寄せるセファンと心配そうにこちらを見上げる葉月。
「そんなこと、許すはずがないでしょう」
「あら残念。じゃあ、力づくで血を出させてあげるわぁ!」
メルヴィが私達に向かって駆け出してきた。
「させません!!」
すかさず琴音が苦無を五本投げる。メルヴィはサーベルでそれらを弾き返した。返ってきた苦無を避け、琴音は苦無を構えながらメルヴィのもとへジャンプする。
苦無とサーベルがぶつかり鋼音が鳴り響いた。少しせり合った後、お互いに弾き返して飛び退く。そして間髪入れずにメルヴィは左手から衝撃波を放った。
「くっ!」
衝撃波自体は見えないが、ギリギリで避けれたらしい琴音。
「良く避けましたー。でもこれで終わりじゃないのよ?」
直後、メルヴィはサーベルを琴音に向かって投げる。衝撃波をかわして体勢を崩していた琴音は上手く避けきれず、左腕をかすった。傷口から血が出る。
「う……」
「あぁー良いわね! もう少し深く入ってくれると良かったんだけど……でも良い色してるわ。舐めちゃいたい」
「……お断りします。それよりあなたの能力、もしかして……」
「うふ、分かった? この術の正体」
「音、ですかね」
「ほぼ正解ね。これは音は音でも、人の耳には聞こえない超音波の振動を極限まで増幅して起こしてる衝撃波。増幅する時に聞こえる低周波音が余分に出ちゃうんだけどね。だから衝撃波自体は見えないけど変な音はするのよ。あなたは音で避けてたみたいだけど……でも、この衝撃波はただ避けるだけじゃダメなのよ?」
「……」
メルヴィが焦らしながら琴音の方を妖艶な目つきで見る。
「衝撃波自体は避けれても、そこから発生している音の影響はあるわよ。さっき至近距離で衝撃波の音を聞いたはず。だったらもう……分かってるわよね?」
「……っ」
琴音が痛そうに左耳に手を当てた。衝撃波音を間近で聞いたせいで耳がおかしくなってしまったのだろうか。
「もうそっちの耳はしばらく使い物にならないわよ? そして……両耳聞こえなくなったらどう戦うつもりかしら!?」
言うと同時にメルヴィが衝撃波を出した。琴音は大きく跳躍し、離れた木の枝に乗る。
「そうやって避けれるのも木があるうちよ!」
メルヴィは琴音へ衝撃波を繰り出す。そして琴音は他の木に飛び移る。それを何度も繰り返すうちに鬱蒼としていた屋敷周りの藪がかなり開けてきた。
「何か手入れする手間が省けたな!?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょセファン!?」
みるみるうちに木々が倒され見通しが良くなっていく。倒れた木や抉れた藪原が放置されている状態なので、綺麗な景色とは程遠いが。
「でも……音で攻撃って意味わかんないよな? 大きい音聞いたら耳が聞こえにくくなるってのは分かるけど、音だけで木があんなになるのは何でだ?」
「そ、それは私もよく分からないわ。でもさっき音を増幅してナントカって言ってたわよね」
原理はイマイチ理解できないが、あの術が見えない上に木や屋敷を抉る威力があるのはまちがいない。衝撃波が出る際独特の音が鳴っているので琴音はそれを頼りに避けているらしいが、もし両耳が聞こえなくなったらどうなってしまうのだろうか。
「うふふ、さぁもっともっと血を流してちょうだいな!」
メルヴィは残り少なくなった木に飛び乗り、予備のサーベルを取り出して琴音を斬りつけにかかる。琴音は苦無で応戦した。木上での戦闘が始まる。メルヴィの斬撃を苦無で弾き、カウンターを仕掛けるも避けられてしまう。そしてまたメルヴィがサーベルを振る。しばらく二人の攻防が続いた。
「どうしよう、琴音大丈夫かしら……」
「助けに入るにしても、琴音が苦戦する相手じゃ俺なんてなぁ……」
悔しそうに手をこまねくセファン。
すると琴音が仕掛けた。サーベルと苦無を撃ち合う隙間に手裏剣を投げたのだ。至近距離から飛んできた手裏剣を避けられず、メルヴィの右腕と両足に刺さる。
「あぁ痛いっ」
メルヴィは苦しそうに顔をしかめて退いた直後、口角を上げて手裏剣を引き抜き、そこから流れる血を眺める。
「うふ、いい具合に出血してるわね。でもちょっと物足りないくらいかしら」
「……でしたらもっと血を流させて差し上げますよ」
「うふふ。それもいいけどやっぱり自分のじゃなく他人のが見たいわ。そっちの方が興奮するのよ」
「変態ですね」
「最高の褒め言葉よ」
そう言ってメルヴィがサーベルを投げた。琴音はそれを避け、苦無を投げようとした時。メルヴィは予備の予備のサーベルを手にし、琴音へと迫った。再び鋼音が鳴り響く。また撃ち合いが始まるかと思った時、メルヴィが不敵に笑った。
「その変態に、堕とされなさい」
「!!?」
メルヴィの発言と同時に彼女達の周りが陽炎の如く揺れたかの様に見えた。すると琴音が苦しそうな表情になる。
「ぐあっ……!」
琴音の足から力が抜け、木の枝から滑り落ちた。
「──琴音!!」
高さは五メートル以上あるだろうか。その枝から落ちた琴音は地面に打ち付けられた。




