第95話 慈悲深さのカケラも無い
ケーキ屋を破壊しながら出てきた竜は、その大きな背にアレハンドロを乗せてこちらを睨んだ。体長は二十メートルほどあるだろうか。黒紫色の鱗で覆われた長い体から鋭い爪を持つ四本の足が生えている。凶悪な牙が二本と鼻の上から突き出た角が一本あり、低い声で唸りながら鼻を鳴らした。よくもこんな竜をケーキ屋の中に隠していたものだ。
「ひ、ひえぇ……!!」
「な、何て悍ましいものを」
フィオラとシンシアが怯える。俺はフィオラ達の前に立った。
「ふむ、まずはエルトゥール。君から八つ裂きですネ。先走って殺せば上から何か言われるかも知れませんが……まぁお叱りは甘んじて受けましょう」
「俺を殺したことじゃなくて、俺に倒されたことでお叱りを受けるかもよ?」
「ふふ、言ってくれますね。我が愛しのゴンザレスに敵うとでも?」
アレハンドロはそう言いながら竜を撫で、そして背中から降りる。ゴンザレスと呼ばれた竜は目を細めた。
「さぁゴンザレス、奴を殺ってしまいなさい」
「グオオーー!!」
「「ひゃあ!」」
「二人とも離れて!」
ゴンザレスの雄叫びに後ろの二人が驚く。俺は剣を構えた。
直後、ゴンザレスが四本の足で駆けながらこちらへ突っ込んでくる。俺は体当たりをかわし、それと同時に横腹を斬りつけた。しかし剣は硬い鱗で弾かれてしまう。
「普通に斬らせてはくれないか……!」
通り過ぎたゴンザレスは急ブレーキをかけ、そしてこちらを振り返る。そして少し唸った後、また突っ込んできた。フィオラとシンシアを巻き込まない様に二人から離れる方向へ回避する。ゴンザレスの体がすぐ横を通り過ぎ、俺が再び剣を振ろうとした瞬間──背後に気配を感じた。
「!」
咄嗟にしゃがみ、攻撃をかわした。ゴンザレスの尾が後ろから殴りつけにきたのだ。二段階攻撃を避けられてゴンザレスが憤慨した様に唸る。
俺はすぐさま距離を取り、剣をゴンザレスに向けた。
「さて、次はどうくるかな?」
体こそ硬い鱗で覆われて斬撃が届かない様になっているが、仕掛けてくる攻撃自体は今のところ危険視する類のものではない。ここはゴンザレスの動きを見ながら隙をついて、鱗が無い部分である目や口を狙うのが定石だろう。
「ふむ、ずいぶんと余裕ですネ?」
顎に手を当てながらアレハンドロが言う。そして右腕を振り上げた。
「そんな悠長に構えてられなくしてあげましょう!」
「グワアァーー!!」
一瞬ゴンザレスの体が黒く光ったかと思った直後、青い炎を吐いてきた。
「っ!!」
避ければ町人に当たる、そう思い氷の壁を出現させ防いだ。正気に戻った大勢の前で氣術を使いたくなかったのだが仕方がない。何故か思ったより分厚く出現した氷は溶け切ることはなく、ゴンザレスは炎を吐き終わる。コントロールを少し間違えただろうか?
そしてゴンザレスは下を向き息を切らせていた。その隙に俺はゴンザレスに駆け寄り、剣で目を狙う。しかしゴンザレスはそれに気づいて爪で攻撃してきた。剣で爪を弾き飛び退く。
「グルルル……」
涎を垂らしながらゴンザレスがこちらを睨む。そしてお互い少しの間様子をうかがった後、またゴンザレスは炎を吐いた。だがそれは先ほど同様に氷の壁に阻まれる。その後も走って近づいてくる俺に何度も炎を吐くが、その度に氷でガードされ目を狙われる。ゴンザレスは間一髪でかわしているが、炎を吐く度に疲労具合が増しているのが目に見えるので剣撃が当たるのは時間の問題だろう。
「ぬぬ、舐めた真似を。ゴンザレス、そこにいる人間達を焼き払いなさい!」
「!!」
「グワアァ!!」
アレハンドロの命令と共にゴンザレスは雄叫びをあげ、そして炎を吐きながら首を回した。周辺の建物や植木などが燃え、周りの人々から悲鳴があがる。
「くそ!!」
宝剣を抜き、そしてゴンザレスを斬りつける。剣自体は弾かれたが、しかし次の瞬間ゴンザレスを強力な冷気が覆った。
「グア……ア……!?」
みるみるうちにゴンザレスの体は凍りついていき、尻尾の先まで完全に凍って動かなくなった。黒竜の氷像の出来上がりである。周囲を見ると、幸いにも怪我人はいなさそうだ。
「ひえ……す、凄いですね……」
「助かりました……」
フィオラとシンシア、そして町人から安堵の声があがる。すると不気味な声が聞こえた。
「……ふむ、まさかこれで終わったなどど思ってはいませんよネ?」
すると氷漬けになったゴンザレスの目が光り、そして氷が蒸気を上げながら溶け出した。黒紫の鱗は高熱を浴びているのか赤く光っている。
「……マジ?」
何もできないくらい完全に凍らせたと思ったのだが、威力が足りなかったのだろうか。宝剣のコントロールはだいぶ慣れてきていたはずなのだが。
先ほどは出力を上げ過ぎていたので今度は抑えてみたのだが、どうやらそれが災いしたらしい。
「グルルル……」
完全に氷が溶け、ゴンザレスは鋭い目でこちらを睨んでいる。
しかし様子がおかしい。とても苦しそうで、息も絶え絶えだ。炎を吐いていた時も思ったが、炎を使う時の疲労具合が異常に大きかった様に見える。これはもしかして──。
「……なぁ、ゴンザレスって本当は炎なんて使えないんじゃないのか?」
「──!!」
俺の言葉に目を見開くアレハンドロ。
「その顔は図星か。明らかに術を使った後疲弊してる。無理矢理使わされてる証拠だ」
「……ふふ、さすがエルトゥールですネ。その通りです。慈悲深い私が改造して強くして差し上げたのですよ」
「なな、なんて酷いことをぉ……」
「酷いとは心外ですネ。大した能力もなく、ただ森で人に怯えながら暮らしていた竜を私が変えて差し上げたのです。私に尽くすという生きる目的を与え、そして戦う力を与えた! あぁ、私は何て慈悲深いのでしょう!!」
陶酔したアレハンドロが笑いながら言う。その様子に嫌悪感を抱いた。
「──それはエゴだ」
「はい?」
「ゴンザレスをちゃんと見てみろ。どこが幸せそうなんだ」
息は荒く、口から涎は垂れ続け、足は震えている。とても苦しそうで、そして悲しそうだ。
「ふむ、竜の感情など人間に分かるわけがないではありませんか」
「……話にならないな」
恐らくアレハンドロは何らかの方法でゴンザレスを従わせ、体をいじって炎を使わせているのだろう。どうにかして服従関係を解消させられないだろうか。
「──?」
その時、ゴンザレスの首の付け根あたりの鱗の隙間がキラッと光った様に見えた。
「さぁゴンザレス! エルトゥールを殺しなさい!」
アレハンドロの命令でゴンザレスが突進してくる。俺はギリギリまで引きつけ、そしてかわした。その刹那、首元の鱗の間に小さな杭のようなものが刺さっているのを確認する。杭の周りには薄っすらと影のようなものがまとわりついていた。
「あれか!」
あの杭がゴンザレスを操るための媒介だろう。先ほどの氷を食らっても無事なところを考えると、特殊な術でないと体から取り除くことができないのかもしれない。影と同様だ。他者を操る影を剥ぎ取るとなると……フィオラの光か。
「フィオラ、ちょっと協力して!」
「え、えぇ!?」
息を切らして下を向いているゴンザレスから離れ、フィオラのもとへと駆け寄る。
「さっきの力使える? あれならたぶんゴンザレスを救えるんだ」
「ふえぇ!? そ、そそそんなこといきなり言われてもぉ……」
「ふむ、ゴンザレスを救うですって? 何を血迷ったことを。救うもなにも、ゴンザレスは今こうして私のために身を尽くしていることが幸せなのですよ!? 救うというのならそれは慈悲深い私がとうの昔にやっています!!」
高らかにそうアレハンドロは言い切る。するとそれを聞いたフィオラの表情が真剣なものへと変わった。アレハンドロを睨み付けながら口を開く。
「……何が救い、ですか。あなたの価値観を勝手に押し付けているだけじゃないですか」
「……はい?」
「あの竜は、明らかに苦しんでいる様に見えます。悲しそうにも。あなたはあの竜の気持ちなど全く汲んではいない」
「神子よ、ではあなたはゴンザレスの気持ちを汲めるというのですか? 言葉を話さず、意思疎通などできない竜の。神使と通じることができるというだけで、思い上がってはいねませんネ」
「……そもそも理解する気もないのですね。竜の気持ちも、私とオルトさんの言葉も」
フィオラはため息をつき、そして俺を見た。
「オルトさん、やります」
「うん、よろしく」
「……一体何をする気ですかねえ?」
「……行くぞ!」
「はい!」
俺とフィオラはゴンザレスの方へと走り出す。俺達に気づいたゴンザレスは尻尾で殴りつけにきた。俺はフィオラを抱えてジャンプし、それをかわす。
「何をする気か知りませんが、好きにはさせませんよ!」
アレハンドロが叫ぶと同時にゴンザレスが炎を吹くモーションをする。俺は宝剣を振り、ゴンザレスの口を凍らせた。上顎と下顎が凍ってひっつき、焔が吐き出せない。そして四本の足と尾も地面につけた状態で凍らせ、動きを封じる。ゴンザレスのもとへと辿り着いた。
「フィオラ、これだ!」
フィオラを下ろして動けないゴンザレスの首元の鱗をめくり、杭を見せる。フィオラはゴクリと唾を飲んだ後その杭を掴み、そして目を瞑った。
「……はあああぁ!!」
力強く叫ぶフィオラから白い光が出る。すると杭にまとわりついていた影が消え、そして杭が抜けた。
「んなあっ!? 何てことをするのですか!!」
杭が抜けたのを見て激怒するアレハンドロ。杭が取れたのと同時にゴンザレスの体からは力が抜け、倒れ込んだ。巨体が地面に打ち付けられて轟音が鳴り、遠巻きに見ていた町人達は肩をビクッとさせる。
「こ、この慈悲深い私の大切な竜に!! 何てことを!! 慈悲深い私でももう許しません!! エルトゥールもろとも神子も処刑です!!」
「──許さなくて結構だ」
ゴンザレスが倒れると同時に俺はすぐさま風に乗ってアレハンドロの元へ急接近し、そして宝剣を戻した鞘で腹部に一撃を入れた。
「……がはぁっ」
何の抵抗もできずに思い切り打撃を食らったアレハンドロ。彼は白目を剥き、その場に倒れた。武術の心得は無いらしい。
「相手の気持ちも考えずに自分の価値観だけ押し付けて、それで全部を意のままに操ろうだなんて──あんたには慈悲深さのカケラもないよ」




