6.過去と現在
本日3話目です。
ソザンヌ家には、使用人がいっぱいいるらしい。
風呂に入ろうとすれば、メイドがやってきて体を磨かれた。
シンプルなワンピースを着たところで、大きな部屋へと案内される。
そこには煌びやかなドレスに靴、アクセサリーがあった。
「見てよお姉ちゃん。これ全部私のものなのよ! 好きなもの選んでよ!」
カロリナが大きく手を広げて、胸を張る。
「ありがとうカロリナ。私はこのワンピースで充分よ」
「ダメ。せっかくなんだから、着てみてよ! これなんかいいと思うの!」
遠慮すれば、楽しそうにカロリナがドレスを選んでくれる。
少し胸がきついけれど、サイズはほとんど変わらなかった。
「私と服のサイズ今でも一緒なのね。見違えるようだわ!」
私を鏡の前に立たせ、カロリナは楽しそうだ。
そうねと答えながら、私も自然と笑っていた。
「昔はこうやってよく、お互いの服を着ていたわね。顔は全く似てないけど、体格がそっくりだから後ろ姿でよく間違われたりして。それが姉妹の証みたいで嬉しかったわ」
私とカロリナは、顔立ちこそ似ていないものの、背格好や体格が良く似ていた。
帽子で顔を隠したときや、後ろ姿でよく間違われたものだ。
「お姉ちゃんは……私を怨んでいるの?」
過去を懐かしめば、カロリナが呟く。
その声は低くて、鏡越しのカロリナは暗い顔をしていた。
「怨むって、何のこと?」
首を傾げて尋ねれば、カロリナは誤魔化すように笑った。
それから、私の前に回り込む。
「ううん。何でもないの。それよりもお姉ちゃん。いっぱい見せたいものがあるのよ。私、今とっても幸せなの!」
得意げにカロリナが言う。
何かを手に入れたとき、誰かに褒められたとき。
カロリナはこうやってよく、私に報告しにきた。
とっても嬉しそうな顔をして。
「ねぇ、お姉ちゃん。離れていた間のこと、たくさんお話しよ?」
一歩距離を詰めてきたカロリナに、妹の仕草でおねだりされる。
いつもやっていたように、カロリナを抱きしめようとして……私はためらった。
慣れ慣れしいかもしれない。
そう思ってしまったのだ。
目の前のカロリナは貴族のお嬢様で、私が知っていたカロリナとはもう違う人生を歩んでいる。
私が妹だと思っているように、カロリナは今でも……私を姉だと思ってくれるのだろうかと不安になった。
「お姉ちゃん」
迷った手を、カロリナが自分の体に置いた。
それから、ギュッと抱きついてくる。
「大丈夫だよ。今の私なら、お姉ちゃんを助けてあげられる。あんなボロボロの格好で、誰かに虐げられたんでしょう?」
「違うの……あれは」
「いいの。辛いことがあったなら、何も言わなくていいよ。私の部屋へ行こう」
そのカロリナの言葉に、我慢していた嗚咽がこぼれた。
カロリナの部屋へ行き、ベッドに座らされる。
「泣いていいんだよ、お姉ちゃん」
「うっ……カロリナ……」
優しくカロリナが背中を撫でてくれて、もう我慢ができなかった。
さんざん泣いて、泣き疲れてベッドに沈む。
目を閉じようとしている私を、横に座ったカロリナが眺めていた。
「かわいそうなお姉ちゃん。私が守ってあげるね?」
私の顔を覗き込みながら言うカロリナからは、きつい香水の香り。
くすっと笑うその顔は……私の知らないものだった。
◆◇◆
「美味しいでしょ、お姉ちゃん。うちのシェフは都で一番のシェフを引き抜いたのよ」
「えぇ、とっても美味しいわ」
寝て起きたら、カロリナが夕食を用意してくれた。
汁の滴る肉を、ナイフとフォークで切り分ける。
柔らかなパンをスープに浸して、口に含めば濃厚な味がした。
「……お姉ちゃん、ナイフとフォーク使えるんだ?」
孤児院にいたころは、パンを手でちぎって、ハムにかぶりつくような生活を送っていた。
私がテーブルマナーを身につけているとは思わなかったのだろう。
聖女として貴族の屋敷に招待されることもあったので、一通りのマナーは身に着けていた。
どうやら私が聖女だと、カロリナはゲイルやデルタから聞いていないらしい。
ソザンヌ家への訪問の約束が、どういう形になっているのかはわからなかったけれど、ありがたかった。
「少し習ったことがあるの」
「ふーん、そうなんだ? お姉ちゃんが使えるとは思わなかったわ」
少し首をかしげたカロリナだったけれど、そんなに突っ込まれることはなかった。
カロリナの引き取られたソザンヌ家は、とてもよい家だったようだ。
優しい両親や、婚約者のこと。
自慢げに話すカロリナを見ていれば、こちらまで嬉しくなった。
「お姉ちゃんは、どうやってすごしていたの?」
「私は……引き取られた先が教会で、お勉強ばかりしていたわ。お勤めのために、各地を旅してまわっているの」
「ふーん、巡礼者なのねお姉ちゃん。昔から精霊が見えていたものね。かわいそうに、それで逃げ出してきたんだ?」
同情たっぷりの視線を、カロリナが送ってくる。
巡礼者とは、魔物を一時的に退治する者達のことだ。
精霊を見ることができる者がなる職業で、魔物退治を生業とし、各地を回る。
巡礼者が魔物を退治すると、普通の人が退治するよりも長い間、復活を抑えることができた。
ただでさえなり手が少ないのに、民達の不安をぶつけられることも多い。
しかも危険と隣り合わせだ。
稼ぎこそいいが、不人気の職業だった。
「……似たようなものね」
嘘は言ってない。
フォークで切り分けた肉を口に運んで、私はそれを肯定した。
くすっと笑い声が聞こえた気がして、顔をあげる。
「あぁ、本当にお姉ちゃんかわいそう」
うっすらと、カロリナないびつな笑みを浮かべていた。
思わず固まれば、カロリナが首をかしげる。
「どうかした?」
「ううん、なんでもないの」
きっと――見間違いだ。
あのかわいい妹のカロリナが、私を見下すような顔をするなんて。
そう思ったけれど。
カロリナのあの表情が、頭から離れなかった。
◆◇◆
今は幸せなのというアピールをして、私を安心させたいのだろう。
カロリナの話のほとんどは、自慢で構成されていた。
これを自慢だと思うのは、私の意地が悪いのかもしれない。
けれどどうにも、言葉の裏に「お姉ちゃんはこんな幸せ、持ってないんでしょう?」というのが見え隠れする。
「ねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃんさえよければ、私の使用人にならない?」
「えっ?」
ソザンヌ家の屋敷で過ごして3日。
カロリナは思いもよらない提案をしてきた。
「本当は私と同じソザンヌ家の娘として過ごしてほしいんだけど、やっぱり立場上、両親に頼むのは難しくて。でも使用人なら好きなように増やせるのよ。そしたら、私達ずっと一緒よ?」
「でも……私は……」
聖女の勤めがある。
逃げ出してきたけれど、自分にしかできないことなのだと……私はちゃんと理解していた。
けれど、カロリナは私の迷いを別のものに捉えたらしい。
「そりゃ妹の使用人って立場は嫌だとは思うけど、今までの待遇を考えれば悪くないと思うの。他の使用人の手前、あまり特別扱いはできないけどね」
足を組みかえて、執事に塗らせたマニキュアの出来を眺めながら、カロリナは言う。
「ちゃんと考えておいてね? さすがにずっと客人扱いもできないから」
ふふっと笑うカロリナは、私が引き受けるだろうと思っているようだった。
カロリナは、変わってしまった。
その姿を見て――私は思う。
人を使うことになれたその姿に、悲しくなった。